村の記憶

                                                       中井龍彦




川淵にガタロウの棲む不可思議を問はず語らず村は病みにき


けだものの鼻ヒクヒクと春を嗅ぐ辛夷の花の散り急ぐ午後


ある朝は雪にうもれし山並みに春の光の射すを見てゐし


トタン屋根赤、青、黒くたたずまふ村の記憶は語り継ぐべし


人も名も消えゆく村にわれ住みて娘に送る携帯メール


古茶釜ゴミ置き場より拾ひ来て銀河の水をすくひて入れむ


手の行かぬ背中の隅に苔、草木生ひ茂りたればわれも山守


遅ればせながらようこそわが村に人殺せし人いまだ出ず


明日も良き日なり鴉の巣の中に七つの子ゐる里山辺り


ゆめゆめに死者たち顕れし寂静の地をひたひたと木漏れ日のうつ


夜明け前友を悼みし歌を詠む携帯電話の灯りのなかに







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