経済人類学の創始者にポランニーという学者がいる。ポランニーは、「労働」「土地」「貨幣」は商品として売り買いしてはならないものだと言った。その理由は、「労働」や「土地」は再生産できないものであり、「貨幣」はそのもの自体に価値は無く、商品を交換するための道具(ツール)にすぎないからだと言う。ところが、グローバル経済のシステムは、大々的にこれらを市場経済に取り込み、商品に変えた。

 現在起きている複数の「危機」は、このことによって引き起こされた(資本主義の陥穽)といっても言い過ぎではない。まず「労働」を極端に分断し、商品化することによって、雇用危機が起きた。「土地」の私有地化によって、森林破壊や水資源の枯渇、またゴミ問題や薬品汚染等の環境危機を招いている。また、「貨幣」の自己増殖性を利用することによる行き過ぎたマネーゲームは、百年に一度と言われる金融危機を生み出した。

 いま、日本で起きている環境危機は、やはり土地にまつわるものだが、少し音色が違っている。それは利用されずに放置されてゆく土地が増えていることである。食料を作る農地が放棄され、輸入飼料や大豆などの高騰によって、食料危機は身近なこととして実感されるようになった。一方で国土の67%を占める林地の荒廃は、治山治水、および温暖化対策となりえない機能不全を引き起こすだろうと予感している。

 実体経済の主役は、何も自動車や家電に限ったことではなく、衣、食、住に関わる一次産業を中心として考えるべきところだった。ところが、戦後の日本は、容赦なくこの「部門」を切り捨て、(食べる)という事と(住む)という事を、外国に丸投げして来たのである。じっさいに「食料や木材、繊維などは安い外国産を輸入して、日本は高品質、高付加価値のハイテク製品を輸出すればよい」というのが、ものづくり神話に傾斜した、日本人の大半の意見であった。ところが、京都議定書に日本が批准した〇二年ごろから、やや風向きが変わり始め、二酸化炭素の吸収源である日本の森林や棚田、里山にも眼がむけられ始めた。

 とはいえ、現在、農業人口は二百五十万人、林業従事者は四万六千人。第一次産業に占める人口の割合は五十年代の49%から4・8%に激減した。食料自給率は39%、木材の自給率は20%前後、ちなみに、食料の年間輸入総額は6兆円、木材は1・4兆円となっている。この数字が示すのは、もはや日本の農林業を立て直すのは容易ではない、ということである。林業人口にいたっては、過去十年の間に年間四千人というペースで減少し続けてきた。そして、守らねばならない森林と、果たすことのできない京都議定書の約束のみが残されている。

 このたびの雇用危機を、農水省は農林漁業へ労働力をシフトさせるチャンスとして捉えている。とすれば、製造業が成しえなかったセフティーネットの確立、所得の安定、また少し大げさに言えば(自然回帰への雇用)という面からも下支えしてゆかねばならない。

 




中井龍彦
自然回帰への雇用