灯台になった鳥     中井龍彦

                                    
 

 「あの星をたべてみたいな」 いちめんの星ぞらをみあげながら、わかい鳥がひとりごとをいいました。
 するととなりにいたおばあさん鳥が、
 「あの星をたべようなんてかんがえてはいけないよ。あれは私たち鳥が、けがをしたり病気になって死にそうなとき、はじめてたべることができるんだ。そのようなことはよいことではない。いいかい。あの星さまをたべようなんてかんがえてはいけないよ。」

 それからいく日かたって、鳥は山火事にあい、まるはだかで仲間のいる森ににげかえってきました。
 そして、木の葉のふとんにねかされていたのですが、なにしろからだじゅう大やけどです。
 「もうこれは、たすからないな。」
 と、仲間の鳥たちはあきらめました。

 その夜もいちめんの星ぞらでした。鳥はだんだんかすんでくる目をせいいっぱい開けながら、いちばん明るくかがやいている星を見つめていました。
 するとどうでしょう。
 星がスーと鳥のからだまでおりてきたかと思うと、鳥の口のなかにとびこんでしまいました。
  しばらくして、鳥のからだがピカピカと銀いろにひかりはじめました。銀いろの羽根がうつくしくはえそろい、尾も口ばしも銀いろです。

 鳥はゆっくりととびたちました。すると森じゅうが昼のような明るさになりました。
 仲間の鳥たちがバタバタととびだしてきて、
 「まるはだかで死にそうだった鳥が銀いろの鳥になった。」
 といっておどろきました。
 それからというもの、鳥はもううれしくてうれしくて、夜も昼も森じゅうをとびまわりました。
 しかし、うれしいことのとなりには、かならずといっていいほどよくないことがひそんでいるものです。

 ある夜、鳥は森のばんにんであるミミズクのおじさんに呼びつけられました。
 ミミズクはいいました。
 「おまえは命をとりとめて銀いろの鳥になった。それはそれでたいそううれしいことだ。しかし、おまえは夜を昼のように明るくする。夜は鳥たちにとって、羽根をやすめるたいせつな時間だ。そして、このわしにとっては森じゅうを見てまわる時間なのだ。だが、おまえがいるだけで夜か昼か区別がつかなくなる。どうか遠いところへとんでいってくれ。」
 そのようにいわれると、かえすことばもありません。
 鳥は銀いろの羽根をふるわせながら、どこか遠いところへととびたちました。 

 鳥は、たいそうしめったうすぐらい森にやってきました。
 「ここでならくらせるだろう」
 といいながら、鳥は沼のほとりのおおきな木に羽根をおろしました。
 「ここをねぐらにしよう」
 鳥が羽根をやすめ、ねむりにつこうとしたとき、なまずとうなぎがヒョッコリと沼から顔をだしました。
「鳥さん、鳥さん。わしらはこの沼で、もう百ねんいじょうもくらしている。この沼もあたりの森も、うすぐらくてわしらにはなかなかいごこちがいい。しかし鳥さん、あんたがそこにやってきただけで、夜がまるで昼のようじゃ。わしらはたまったもんじゃない。どうか遠いところへとんでいってくれ。」
そのようにいわれると、かえすことばもありません。
 鳥は銀いろの羽根をふるわせながら、どこか遠いところへとびたちました。

鳥は丘のうえの花ばたけのなかにあるイチジクの木に羽根をやすめました。
 「ここなら見えるかぎり花ばかりで文句をいう者もいないだろう。」
 鳥がようやくねむりにつこうとしたとき、
 「鳥さん、鳥さん。」
と、花たちがさわぎはじめました。
 「鳥さん、私たちはこの花ばたけで、わずか十日間の花をちらすのです。昼にはたっぷり太陽の光をすい、夜は星のひかりにそよぐのです。けれどあなたがそこにいるだけで、夜を昼のようにしてしまいます。おねがいですから、どこか遠いところへとんでいってください。」
 と花たちがいうと、はたけの土をこんもりともりあがらせて、もぐらとミミズがいいました。
 「まったくめいわくなことだ。これじゃ目も開けておれない。さあさあ、はやくどこか遠いところへとんでいってくれ。」
 そのようにいわれると、かえすことばもありません。
 鳥は銀いろの羽根をふるわせながらどこか遠いところへととびたちました。

鳥は町のなかの動物園にやってきました。じぶんのからだがめずらしいので、ひょっとしたら人間がねぐらをあたえてくれる、と思ったからです。
 鳥が動物園のなかのカシの木に羽根をやすめていますと、しばらくして動物たちがさわぎはじめました。
 「おいおい、鳥くん。」と、ぞうが話しはじめました。
 「わしらはここへ人間に見られるために遠くからつれてこられた。べつにわしらがのぞんだわけじゃないが、まあたべるにはことかかない。わしらは昼のあいだ人間に見られることを仕事にして、そして夜はぐっすりやすみたいのじゃ。しかし、おまえさんがそこにいるだけで、しずかな夜がまるで昼のようじゃ。人間がそのあたりをぞろぞろと歩いているような気がする。たのむからどこか遠いところへとんでいってくれ。」
 鳥にはかえすことばもありません。
 銀いろの羽根をふるわせながら、鳥はどこか遠いところへとびたちました。

鳥はとうとう海にやってきました。
 「海ってなんて広いのだろう」と思っていますと、
 「おうい、鳥くん。」と灯台が話しかけました。
 「ようこそ、鳥くん。きみはまったくめずらしい鳥だね。きみがそこにいるだけで夜が昼のようだ。」
 「わかっています。あなたのお仕事のじゃまはしませんから、すこしのあいだ羽根をやすませてください。すぐにとんでゆきますから。」
と、鳥はこたえました。

「私はなにも、そのようなつもりでいったわけじゃない。きみがそこにいるだけで、私はむりに光をださなくてもすむ。私などは夜のあいだじゅう光という光をしぼりつづけ、昼はもうグッタリさ。きみは昼も夜もそんなで、だいじょうぶかね。」
と灯台がいいました。
 鳥がいままでのことを灯台に話しますと、
 「きみのすばらしさがだれにもわかってもらえないなんて、ざんねんなことだ。でも、やけになってはいけない。もしきみがよければだが、私のような灯台になってみてはどうかね。きみは夜を昼のように明るくする。私のように光をしぼりださなくても、きみがいるだけで夜が昼のようだ。」
と灯台がいいました。
 鳥はためらっていましたが、この姿のままではゆくところがないのはあきらかです。
 「どこへいって灯台になるのですか。」
と、鳥はおそるおそるたずねました。
 「ほら、この磯のむこうにちいさい島が見えるだろう。あのあたりは海があさく、ふねの事故もおおい。それであの小島に灯台があればいいのだが、波があらくてつくれないらしい。鳥くん、あの島の灯台になろうとは思わんかね。」

 鳥はしばらくかんがえたあげく、
「そうだ、灯台になるのもわるくない。あの星をたべたとき、ぼくはすでに生まれかわっていたんだ。」
 鳥はそのようにかんがえながら、灯台にわかれをつげ、ゆっくりと島のほうへとんでゆきました。
 
                           おわり


                                          
                     1988年(昭和63年)1月4日