山人

                                                 中井龍彦




樹を見あげ一人もの言ふ山人の癖を盗みて鳴く法師蝉


かたはらの草木の名前そらんずる生まれし日よりわれは山人


足裏にかたつぶり潰す感触を残せしままに過ぎし八月


縁どりをされしごとくに村と村 分水嶺にて言葉をつなぐ


くちはなの腹這ひ道をよぎるとき確かに夏は遠ざかりゆく


遠く近くひぐらし蝉の声を聴く居眠るわれとゆふぐれの蜘蛛


百人に一人となりし村びとの我ら集ひてたくらむテロル


蟻の列たどりてゆけば地下深き浄土にひかり運びゐるらし


生活に根ざせしこともさうでなきことも関はりなくくしゃみせり


かげりゆく野山をしばし写すごと朱き彼岸の花咲きそむる


窓に射す秋の木漏れ陽、突きつめて思ひ
(あぐ)めることもなかりき


一様にわれら凡夫でありしこと悟りて帰る彼岸会の夜




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