IINAZUKE!1
「周助、手塚くんって同じ学年にいるだろう?」
今朝、赴任先から一時帰国した父親がこれからとんでもない事を言い出すなんて思いもせず、
(手塚ってあの手塚しかいないよな?)頭の中で考えてから
「うん。同じ学年っていうか、部も一緒だけど・・・。」と不二は答えた。
「えっ?手塚くんって周助と同じテニス部なのか!」
何だか父親の顔が一瞬華やいだような気がした。
何でそんな事を言うのか、そもそも何で手塚を知ってるのか?と問う間もなく、父親は話を続ける。
「すると、周助は・・・その・・手塚くんとは気心が知れているって訳だな。」
「う・・ん。気心が知れてるっていうか・・。普通に話したりはするけど・・?」
それが何か?と問いかけるのを遮られ、
「お前から見て手塚くんってどんな奴だ?」逆に聞かれてしまった。
「ど、どんな奴って・・」
さっきからなんでこんな会話がなされてるのか不二は疑問に思うが、そこは彼の性格なのかご丁寧に答えだした。
「とにかく凄い奴って感じ・・・かな。テニスの腕は彼の右に出るものは青学にはおろか全国にもいないって程だし、統率力っていうのかな、我が部の部長はもちろん生徒会長の責務も立派に果たし、そうだなあ、一目置かれる存在でもあるのに皆から慕われていて・・・」
手塚を称えるネタはいくらでもある。語りだすと次から次に言葉は出てくるものだ。本当に手塚はお世辞抜きで凄い奴だから。
「今の言葉からするとお前は手塚くんに好意を持っているように思えるが・・」
「好意って・・・うん、まあそうだね。色んな意味で尊敬できる奴だよ。事テニスに関しては僕にとっても憧れの存在だし・・」
「手塚くんはそんなにテニスが強いのか?」
「うん!僕は一度も勝った事がない。いつだって完敗だよ。でも悔しいってより流石だなって思えるんだ。それだけ嫌味がないっていうかさ、普段の努力も知ってるしね。」
「そうかそうか!!父さんから見てもお前のテニスセンスはかなりなものだし、将来の相手もテニスをする人ならある程度腕がなければ伴侶として惨めな気持ちになるのではと気にしないでもなかったんだが・・」
「や、やだなあ。父さんったら!将来とか伴侶とか気が早いよ。僕、まだ中3だよ。」
結婚を仄めかすような父の台詞に恥ずかしさが先だってその流れが妙な雰囲気である事も特に気に留めずに返答した。
「いやいや大事な事だぞ。結婚前から付き合うことを考えると早すぎるなんて事はない。性格なんてそう変わるもんではないからな。お前より弱い事を卑屈に感じたりされるとお前だってあんまりいい気分じゃないだろう?お前以上であればそんなことにもなるまい。」
「それはそうだけど・・・なんか結婚とか言われてもピンとこないけど、例えば恋人がテニスできなくっても全然いいんだけど・・そりゃ一緒に打ち合えれば楽しいだろうけどね。でもそれが選ぶ基準じゃ・・・」ない・・・と言おうとしたが不二は何となく父の言葉に違和感を感じてもう一度頭を整理してみる。
(僕より弱い?・・・お相手の事だよね・・ん?)
「ねぇ?父さん、何で僕より弱いと相手が卑屈に感じたりしちゃうわけ?」
不二の疑問は最もである。このご時世、男尊女卑なんて考えは不二には毛頭なかったが、相手が現役のプロ選手とでもいうならともかく男の自分に女の子が敵わなくても全然恥じるような事ではない。
いや、むしろ至極当然ではなかろうか・・?
「どっちかって言うと僕の方が肩身狭いんじゃない?相手のほうが強いなんて・・」
「そんなことないぞ。いくら男女対等の世の中でもやはり妻たるもの控えめである方が可愛げがあるというものだ。」
「えっと?だからぁ・・それじゃ僕が妻みたいじゃない。反対だって。」
不二は父親の勘違いをくすくす笑いながら訂正する。父親も間違いに気付き笑って納得する。・・・・・・は・・・ず・・が。
「僕が妻みたいって、そうじゃないか。」
「・・・・・・・・・は?」
「だから、お前が妻だろう。」
「・・・・・・・・・・・・・なんですと?」
「お前が妻だ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
真顔で答えた父の声が頭の中を木霊した。
(お前が妻・・おまえ・・って僕?僕がつ・・ま?・・ぼく?)
「僕がつまぁ〜〜〜〜〜?」
「こら、周助!でかい声出すな。」
「な、な、何言ってのんさ!僕が妻って何なのさ。話の趣旨が全然見えないんだけどっ!!大体なんでいきなりそんな話になる訳?え、えっと?話の発端は・・・・・そ、そう!確かテニスが巧いとか下手とか・・」
「違うぞ、巧い下手ではなく強い弱いと・・・」
(そんなこたぁどっちでもいいっ!)
「と、とにかく!何で僕が妻なわけ?っていうか何でこんな話になるの?し、支離滅裂じゃん。訳わかんない!」
「父さんは筋立てて話を進めていったつもりだが・・」
「どこがっ!!」
「だからまず手塚くんの事を聞いただろう?」
父親の一言で不二ははっとする。そうだ。手塚。そもそもそれが始まりだった。何故父が手塚を知ってるのか?疑問に感じながらも話が進み妻にいたる。一体何処からややこしくなっていったのか?必死で頭を整理する。
「手塚くんはお前よりテニスが強いということだったな。」
そういえば、さっき手塚に勝った事がないといった辺りから、父は将来云々言い出したのだ。何故、そこで気が付かなかったのだろう。不覚にも伴侶って言葉に少々照れてしまったのだ。だ、だがそこで気付いても同じ事かもしれない。手塚から妻まで一気にいくまでだ。
い、いや、ちょっと待て・・・手塚から一気につ・・ま?
不二の手がわなわな震え、心臓が爆発するかの如く上下しだした。
まさかとは思うがいま頭をよぎった事に少々寒気を感じる。
こ、ここは確認するしかないだろう。
「ととと、父・・・さ・ん?その、あっと、え〜・・僕が、その・・つ・・ま・なら夫はだれかな〜?なんて・・・・・」
恐々と言ってみた言葉に少しの間もおかず父は正に即答だった。
「手塚くんに決まってるだろう?」
不二の動きが止まった。普段細められた目は大きく見開き、口をあんぐりと開けたまま、そのまま意識が遠のいていきそうになる。
必死で平静を取り戻そうと大きく息を吸い込んで一気に吐き出した。
「あ、あ、あの、てづっ・・か・なっ・・で・・れるっ・・ろっ!」
何で手塚を知ってるの?と言ったつもりだったが全く呂律が回っていない。
「何を言ってるんだ?大丈夫か周助?」
正気も正気だ。大丈夫か?はこっちが言いたい台詞である。
とにかく落ち着け、落ち着くんだ不二周助!!
目を閉じてもう一度深く深呼吸する。
うん、大丈夫だ。不二は次の瞬間ぱっと開眼し、冷静に問いただした。
「父さん、どうして手塚を知ってるの?」
よし!言えた。不二は父の返答を待った。
「お前には話した事がなかったがな、手塚家とうちは古い縁で結ばれておって・・」
「縁って?」
「いや、その昔我が家のご先祖に手塚家の子息と恋仲にあった娘がおったらしくてな。」
「へぇ・・」
「互いの家柄の相違という理由で結ばれなかったそうだ。」
「家柄の相違って、どんな・・・?」
「ああ、簡単に言えば武家筋と公家筋ということだ。時代が時代だったからな。朝敵にあたる手塚家の息子と官軍に属する不二家の娘が一緒になることは許される事ではなかったんだよ。」
「・・・・・・・・・・」
何だかロミオとジュリエットみたいだ・・・不二はこの両家のご先祖の事を思い少し胸が痛んだ。
・・・ってつまらん感傷に浸ってる場合ではなかった。冷静にならなければ・・・
「で、どうして僕が手塚の妻なわけ?」
「まあそれでだな、自分たちの叶わなかった恋を何時の日か成就させたいと子孫にその願いを託したという訳だ。しかし、お互い同姓だったり、年齢が釣合わなかったり、すでに決まった相手がいたりと旨くいかなくてな。ずるずると何年もの月日が流れてしまったんだよ。で、今回お前たちに白羽の矢が立ったというわけだ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。父さん肝心な事忘れてない?」
父の話に反論せずにいられない。
「肝心な事?」
「僕たちだって男同士なんだよ。」
「・・・・・・・・」
「ね、これまでもそれが理由で旨くいかないこともあったんでしょ。」
「ふむ・・・でもお前は女顔だからそんなに気にしなくてもいいんじゃないか?」
(頼む!気にしてくれ)
「そういう問題じゃ・・」言葉が続かない。今この父を説得させる確実な事実はないのか・・
大体何なんだこの展開は・・例えば僕が女でも勝手にお相手を決めるなんて横暴だと思うのに何が嬉しくて男を宛がわれねばならんのだ・・・それに・・・そうだ!!うちには歴とした女性がいるではないか。これしかない!!
「あ、あのさ!普通、その場合姉さんを考えるでしょ!」
姉さんに振るのは聊か気が引けたがこの際そんなこといってる場合ではない。溺れる者は藁をも掴めだ。
「う〜ん、それもチラッと考えなくはなかったのだが・・・」
(どっぷり考えてくれよ・・)
「由美子じゃなあ・・年が十も違うしな・・」
「たったの10歳だよ。それに大丈夫。手塚は凄く老けてるからさ、違和感全くないって!そ、それに手塚はハンサムだし、頭もいいしさ!うん、ある意味姉さんおいしいって。」
「い、いや年齢のことだけならまだしも・・あいつは性格がきついから」
「何?だから手塚に悪いとか思ってんじゃ・・」
「そうじゃなくて、・・・その・・わしが怖い・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
(・・こっ、この男は・・・娘に怯えてどうすんだっ!)
「その点お前はやり易いなあ。ははは」
(・・ははは・・って笑ってんじゃないよ!)
不二は今まで両親に対して素直すぎたことを心底後悔した。
「と、とにかく、僕が姉さんに話すから!それなら問題ないでしょ。」
父にそう投げかけた瞬間、背後から声がした。
「やぁよ!冗談じゃないわ。」
振り向くと、姉由美子が腕組しながらドアに凭れ掛かっていた。
「姉さん、何時から居たの!」
「う〜んと、僕が妻?のあたりかしら・・」
「ちょっ、ちょっと居たんなら早く助けてよね。僕一人じゃ敵わなくて・・」
「でもぉ、面白そうだったし・・」
「お、面白そうって・・人事だと思ってそんな・・」
不二の必死の台詞を遮って由美子から出た言葉は・・・
「だって人事だわ。」
「うっ・・・・」
不二は思わず言葉に詰まった。
「周助には悪いけど、ここで何か口出しすると私に影響がありそうだわ。現に、あなたこの話を私に振ろうとしてたしね。手塚家とうちの縁なんて私にはさっぱり関係ないわ。っていうか大体結婚自体興味ないし・・男に頼って生きてくなんて真平ごめんよ。この時代女は自立してなくちゃ、少なくても私はそう思ってるの。もちろん結婚してても自立してる人は沢山居るわ。だけど何をするのも2人分になるでしょ。例え、フィフティフィフティであってもね。私はそれがウザイのよ。それに下手すりゃ3人4人・・・あ〜考えるだけでぞっとする。一人のほうが全然いいわ。ま、結婚なんて一生する気ないのよね。今のところは・・だけど。」
一気に姉に人生観を語られてしまって不二は何も言えない。最後に今のところは・・とつけ足しておいて考えが変わったときの逃げ道をしっかり作ってあるところはさすがである。
完敗だ・・思えばこの姉に敵うことなど今まであったろうか?いや、逆らったことすらなかった気がする・・・だからといって、このまま「はいそうですか」と引き下がるわけには・・・
「そういうことだ。周助、近いうちに手塚くんをうちに呼んでみたらどうだろう。」
(お、おいそれで纏めんなよ!)
一体どうすればいいんだろう。何か考えなければこのまま話がどんどん進んでいきかねない。俯いて必死であれこれ考えてある一点に辿り着いた。
(そうだ!手塚だ!)
不二は一瞬ほっとして顔を上げた。
結婚なんて双方の問題だ。いくらうちが話を進めても相手にその気がなければ自然と消滅する。なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。あの、極めて真面目な常識人がこんな馬鹿げた話を承知する分けないではないか。
「分かったよ。父さん。でもさ、手塚の気持ちってのも大事だと思うんだよね。こっちで勝手にあれこれ言っててもさ・・」
「心配しなくていいぞ。これは手塚家からの申し出でもあるんだ。」
「いや、だから家がなんて言おうが肝心の手塚の気持ちを無視しては・・」
「大丈夫だ!お互い中学生だしせめて成人してから事を運べばいいかと両家で話してたんだが今すぐ婚約だけでもと言い出したのは手塚くん本人だそうだからな。」
「・・・・・・・・・・・・」
(・・・・・なに?・・・なんだって?・・・・)
「ぬぅ、ぬぅわぁにぃ〜〜〜〜〜〜!!!」
「お、おい周助!!」
「ちょっと周助大丈夫!?おかぁさ〜ん!!周助が〜。」
父と姉の声がだんだん遠くになり、そのまま意識が消え去った。
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