挑戦的な大きな目がギラリと揺れる。

「次のゲーム取ったら追いつくっすよ」

しかし、そんな眼光も物ともせず、不二は不敵に笑った。

「ふっ、相変わらず強気だね。でも簡単に取れると思ったら大間違いだよ」
「ふーん。じゃあ、俺が勝ったらデート一回ね。言っとくけど『テニスでデート』とかダメだから。きちんと男女のフルコースでやってもらいますよ」
「いいよ。デートでもチュウでも何でもしてあげる。でも・・」

僕に勝つのはまだ早いよ。

「はっ!」

ぎらぎら照りつける太陽の下、不二はその光に向かって投げた黄色いボールを渾身の力を込めて打ち放った。
女子の打球とは思えない切れのある鋭いサーブ。ラインすれすれの際どいコースに突き刺さる。が!
そこでエースを取られるような越前リョーマではない。
華麗なスプリットステップで即座に反応し、見事なリターンを決めてくる。

「女に二言はないっすよ!」
「もちろん!だけど、それは僕に勝ってからの話だよっ」

傍で見る限り、ものすごい試合が展開されているのだが、当の二人は余裕綽々と会話しながらリターンの攻防を繰り返している。
互いに一歩も譲らない中、笑みさえ携えて。

このままでは埒が明かない。不二は前に出てきた越前の足元をピンポイントで狙った。
しかし球が放たれた瞬間に越前は反応する。
低い大勢から滑り込んでドライブボレーを打ち込んだ。
越前の得意とするドライブB。大きくバウンドした球は急速に落下する。
不二は急いで落下地点に走りこんだ。

届け!

不二のラケットがぎりぎり球を掠める。
ギャラリーが「あ!」と声を出したのも束の間、何とか返球した球は越前の頭上高く大きく跳ね上がった。
もちろんそれを逃す越前ではない。直後、強烈なスマッシュが叩き込まれた。その瞬間―――、

ざざっと砂を蹴る音と共に、再び球は越前の頭上を高く超えて、遥か後方のベースライン上に落ちた。

「後ワンゲームで僕の勝ち」

不二はごくりと生唾を飲み込んだ越前をドヤ顔で見つめた。

追いつかれる前に突き放す。
このぎりぎりの感じ、なんて高揚するのだろう。
不二のボルテージは今最高潮に達していた。

「さすが先輩!でも、ここで満足してるようじゃ、まだまだだね。面白いのはこれからでしょ」

越前リョーマも負けてはいない。
俄然やる気を見せて、右手にラケットを持ち替えた。

アレが来る。

不二はラケットを強く握って腰を低く下げた。
越前リョーマの必殺技とも言えるツイストサーブ。
顔面に向かって跳ね上がってくる球を打ち返すのは、かなりのテクニックとパワーがいる。
だが、攻略しなければゲームすら始まらない。
狙うは跳ね際。
不二は越前が放った打球に向かって走り出した。



LOVE ATTACK 55 最終回




「ばか者っ!」

大きな怒鳴り声に、ひゅっと首を竦めて不二は小さくなった。

「試合をするなとは言わん。だが、お前は女だということを忘れるなといつも言ってるだろう」
「そこは関係ないじゃん!」

勝手に男子に混じって試合をしたことを咎められるのは仕方がない。
しかし、勝負に女であることを問われるのはおもしろくない。
眉間を狭めて喧々囂々と説教を続ける手塚に、不二はぷっと口先を尖らせた。
確かに男子と並ぶ実力を持つ不二に、女を理由に自重しろというのは手塚にとっても本意ではないのだが。
ちらりと下げた視線の先には、短いスコートからすらっと伸びた細い足。
この華奢な身体のどこにあのような脚力があるのか、正直驚くところではあるが、そういう問題ではない。
手塚はやれやれと首を横に振った。

「威勢がいいのはいいが、サービスリターンの時に突っ込みすぎる。お前の悪い癖だ」
「だって、越前くんのツイストサーブが変化する前に叩かなきゃと思って・・・」
「一歩踏み込むのと、突っ込むのは違うだろう・・・何度も注意させるな」
「うっ・・・」

技量を追求されると弱い。
手塚の言うことは一々尤もで、悔しくも言い返す言葉はなかった。

「ご、ごめん・・」
「謝ってほしいわけじゃない。気をつけろと言ってるんだ。・・・・怪我をするんじゃないかとハラハラする」

西洋人形のような白い肌。
以前も越前との試合で派手な擦り傷を作った。
手塚の記憶にもまだ新しいというのに、本人に全く自覚がないから困ったものだ。

「俺が練習に集中できなくなる。・・・・あまり心配させるな」

お前のテニスは荒っぽいからと、ぶつぶつと小言を並べる手塚を見ながら不二は口元を押さえた。

「止めなかったら今頃どうなっていたか・・・ってお前、何笑ってるんだ。俺が言ってることが分かっているのか?」
「分かってるってば。うん、もっとビューティフルなテニス目指すね!」

本当に分かっているのかどうか。
くすくす笑うばかりで今ひとつ真剣味の足りない不二に、手塚はがっくりと肩を落とした。

手塚の説教はくどくどと耳が痛い。
けれど、時々覗かせるその中にある想いはほっこりと暖かく、ついつい顔が綻んでしまうのだ。

あれから手塚との関係は一進も一退もしていない。
現状は相も変わらず片思いのまま。
だが、以前には分からなかったことが一つ分かるようになった。
手塚は自分に対して決して無関心ではないのだということ。
そしてこの気持ちを知った上で、今なおこうして向き合ってくれる。
それが分かったら、いろんなことが急にばからしくなった。
届かない想いに落胆したり、未来の関係が不安になったり。
そんな気持ちに惑わされ、悩んで、失望することになんのメリットがあるのだろうか。
手塚が好きで、そんな自分が好きで。
それならそれでいいじゃないか。
今、この時に焦がれる気持ちが「恋」なんだから。

それにあの時の一言―――

お前の方が大事だ。

もちろん比較の対象が「ジャージ」だったってことはよく分かっているけれど。
それでもその言葉に導かれた。
事実、ちょっとくらい未来を期待してもいいのかなって思えるくらいには大切にしてもらってる・・・・・ような気がする。

「それともう一つ。よく考えもせず軽々しいことを口にするな」
「何だよ、それ。僕がいつ軽々しいことなんて・・」
「『デートでもチュウでも何でもする』それは一体誰の台詞だ。そんな安請け合いをして負けたらどうするつもりだ」
「ま、負けないよっ」
「その自信はどこからくるんだ。相手は仮にもあの越前だぞ」

ルーキーだけにその実力は計り知れない。
しかも、相手が強ければ強いほど力を発揮してくる。
越前とはそういう選手だ。
それは不二も十分分かっていることだったが、あからさまに「負ける」ことを前提にされるとつい向きになってしまう。

「じゃあ、越前が望むことを何でもするよ!約束は守る主義だからね」
「おまっ・・!何でもって何をするか分かってるのか!?」

啖呵を切ったはいいが、そこに深い考えなどあるはずもなく。
不二は「ん?」と首を傾げて、

「さあ?マック奢るとか・・・?」

能天気も甚だしい不二に手塚の堪忍袋の尾が切れた。

「馬鹿かお前は!「デート」で「チュウ」ときて、その後の「何でも」がその程度なわけないだろう!よく考えないか」
「馬鹿とは何だよ、馬鹿とは!じゃあ手塚の言う「何でも」は何だってのさ!」
「・・・・っ!」

手塚は言葉を飲み込んだ。

それを俺に言わせる気か!?

「ほぉら、手塚だって答えらんないじゃん!「何でも」って言うんだから、奢るでも歌うでも踊るでも何でもいいの!」
「・・・・・」

呆れて開いた口が塞がらないとはこのこと。
ああ言えばこう言うで、自分を省みる気はなさそうだ。
大体、デートやチュウだけでも大概ではないか。

「経験もないくせに、よくそんな約束ができるものだ」
「それは君にも責任があるんじゃないかな!」
「なっ!お前が拒んだんじゃないか!」
「あれはっ!気持ちもないのにするからだろっ。それこそ軽々しいじゃないか!」

コート内で揉め事か!!

と、一喝あってもよさそうな私情だらけのやりとりが延々と続く。
手塚と不二の言い争いなど誰にも止められないようだ。

「何すか、あれ?」

これからというところで試合を一方的に止められたのはこの人も同じ。
しかし、不平を垂れる隙も与えてもらえない。
越前はぎゃあぎゃあと言い合う二人を唖然と見つめるしかなかった。

「知らないのか、あれは世間で言うところの『バカップル』というやつだ」
「それって出来上がってるってことじゃないっすか。そんなこと聞いてないけど」
「公表する以前に、本人たちに自覚がないからね。だが既に俺たちの入れる領域じゃない」

確かに聞こえてくる内容は、どう考えても痴話げんか。

「ふぅ・・ん」

このデータ男の分析を聞くまでもなく、割り込む隙はゼロに近い。だが、

「ま、いいや。自覚、ないんすよね。だったらまだ可能性はあるってことでしょ」

目の前でこんな場面を見せ付けられても、全然落ち込まない。
部が悪ければ悪いほど燃える性質なのだ。
越前は不敵な面構えでフフンと笑って見せた。

「それでこそ、越前」

眼鏡の奥にある双眸をキラリと光らせて、乾は何やらノートにメモを取り始める。
テニス部のプリンセスを簡単に奪われたくないのは皆同じ。

「今回ばかりは越前の肩をもたせてもらうよ、手塚」

二人の恋の行方は前途多難のようだ。
それでもまだ中学三年生。
未来への第一歩を踏み出したばかり。

「話は終わっていないぞ、不二」
「もう十分!手塚のお説教は長すぎるよっ」

我慢も限界。
泣く子も黙る手塚部長のお咎めも何のその。

「おいっ、待たないか!不二っ!!」

あっかんべーと舌を出して、不二はさっさと男子部コートから出て行こうとする。
堂々たるその態度に手塚の額にはピシリと青筋が刻まれた。

そして極めつけ。
出て行く寸前、フェンスの扉に手を掛けた不二は、もう一度手塚を振り返って言った。

「あ、そうだ。今日一緒に帰ろうね、手塚」

部室の前で待ってるねーと、満面の笑みでひらひらと手を振る。

よくもぬけぬけと。

どこまでもマイペースの不二に呆気に取られるばかりの手塚だが、その顔からはいつの間にか眉間の皺はなくなっていた。

その調子だ、不二。
遠慮せずかかって来い。そして、

「いつか俺を捕らえてみせろ」

手塚が呟いたその声は不二には届かず、夏の青空へ吸い込まれていった。

不二の手塚獲得作戦は、まだまだこれからが本番。


Devise the attack of love!


end / back


長い間かかった作品に、ここまでお付き合いありがとうございました。何年もに渡ってしまいましたが、最後までお越しくださったこと本当に感謝しております。
ラストの展開を最後までどうしようか迷いました。もしかしたら皆様の期待を裏切る形になったかもしれません。私自身、きっちりハッピーエンドを迎えるものが好きなので、前回の後、部室での二人の会話をもう少し詰めて書きかけていたんですが、ああでもない、こうでもないと迷って、消して、また書いて、を繰り返しました。でもどうしても当初の予定が頭から離れず、片思いのままラストを迎えることに。そう決断した途端、この最終回をあっさり書き上げることができました。結局私の中で譲れない何かがあったのだと思います。今はすっきりした気分で満足しています。けれど、後一回だけ番外編という形で後日談をアップする予定でいます。そちらで期待を裏切った分を取り戻せるかなあ、どうかなあ・・・と思ってたりもしますので、よろしければまたお付き合いいただけたら嬉しいです。
それと もう一つ、お気づきになった方もいると思いますが、手塚と不二君のやりとりは、昔々、その昔(笑)、このお話をイメージして描いてもらった漫画をそのまま引用させてもらってます。ご本人様には許可は頂いていたのですが、それから長い時が流れてしまい^_^;、そんな約束はもうお忘れになっているかも!?と思いつつ(そもそも、もうこんなところ見てらっしゃらないと思います)、これもまたラストシーンに使いたいと思った私の中の拘りということで、無効になってそうなお約束ですが、引用させていただきました。場所などのシチュエーションはちょっと違いますが、台詞などはほぼ同じということで、ここに書き記しておきます。お約束したとき、並べてその漫画を表示させてほしいとお願いしたのですが、それは恥ずかしいので・・・とのことでした。すごく可愛く仕上げてくださってたんで、そんなことは全然ないのですが、ご本人の希望ということでここでは紹介いたしません。でもどこかにあります(ばらす!)。

それでは作品と同じく後書きまで長くなりましたが、LOVE ATTACKを可愛がってくださって、本当にありがとうございました。(2011.11.4)