恋愛心理 〜後編〜

ガラッ――

音がなるほどに僕は思い切り教室の扉を開けた。

し・・・ん

戻った教室の中はさっきまでの喧騒は影もなく静寂としていた。
移動してあった机や椅子もすでにきちんと整頓され、他の教室ではまだ学生達が騒ぐ声が響いているのに、ここだけ妙に落ち着いて淋しいとさえ思えてくる。

「もういない・・よね」

当たり前・・か。
僕は入れていた力を抜くようにふーっと息を吐き出した。
教室の窓から校庭を見下ろすと、後夜祭の準備が進められていた。
ど真ん中に木の枠が組まれていく。
日が暮れて夜になると、ファイアーストームが始まるんだ。
ぐるりと火を囲んで学園祭の締めくくりのダンスが行われる。
今時フォークダンスなんてこっ恥ずかしいと思うけど、そこはお祭り好きの学生達。案外人は集まるものだ。
毎年、もし手塚が参加していたら、僕もどさくさに紛れて飛び込んだかもしれないな。

そっと目を閉じて、手塚と踊る自分を想像する。

「タンタタンタタンタタン〜♪タンタタンタタ・・・・・・」

鼻歌を歌いながらくるりとターンしたとこで硬直した。

「手塚・・。あ・・あは・・あははは・・・やだなあ、そんなとこで何やってんの?」

咄嗟に笑って誤魔化した。

「片付けていた。お前こそ何をやってる?」
「何って・・」

頭の中で君と踊ってました・・なんて言えるか!

「ここ全部手塚が片付けたの?」
「机を並べて、ガラクタを倉庫へ持っていっただけだ」
「ごめん」
「お前が謝る事じゃない。これも生徒会の仕事だからな。俺が手伝うのは当たり前だ」
「そうじゃなくて・・・。さっきは逃げたりしてごめん。でもやっぱりちゃんと話さなきゃって・・・」

手塚は何も言わない、でも僕の言葉の続きを待っている。
そんな顔付きでこっちをじっと見つめてくる。

「あのね、君の言うとおり、僕は君を避けてた。でもそれは君が嫌いとかじゃなくて・・・、何ていうか・・・」

寧ろその逆―――
でもどうしてもそれを口にする勇気がない。
現在進行形の恋、春さんに告白したようにはいかない。
ここにきてなんて意気地がないんだろう。
それでも戸惑って言葉途切れる僕を手塚は急かさず待ってくれる。
その優しさと自分の不甲斐なさにじわりと涙が出てきた。

「ごめ・・。・・・どうして僕・・・」

素直に好きだって言えないの?

いつの間にか震えていた手。
気付かれないように隠そうとした時、

パシッと音がして、大きな掌に押さえられていた。

「もういい、十分だ」
「・・・怒った・・の?・・ごめん手塚、僕は――」

何時までたっても煮え切らない僕にとうとう手塚は呆れてしまった。
そう思って謝ってもそれ以上何を言えばいいか分からなくて、ただ唇を噛む事しか出来なくて。
真直ぐ見つめられるのが辛い。目を合わす勇気がない。
どうすることも出来なくて、下を向いていると、

重ねられた掌が更にぎゅっと力を込めて僕の手を握り締めた。

「そうじゃない、俺の言い方が悪かった。何もお前の気持ちを一方的に聞きたかったわけじゃないんだ。お前が分からなかったのは事実だが・・・」

手塚にしたら珍しく一瞬逡巡するかのように言葉を止めてから続けた。

「そんなお前が気になるのは俺の方の気持ちだからな」
「・・・・・」
「言いたくないなら言わなくてもいい。ただ・・・俺が嫌いじゃないのならこれからはもう少し一緒にいてみないか?」


僕は涙が溜まった目を大きく見開いた。
驚いてしまう。何で、そんな風に思えるのか。
だって僕は君に何も与えていない。
それどころか好きだという気持ちすら直隠しにして、その結果君からずっと逃げてきた。
手塚は気にも留めてないだろうと思っていたのは僕の思い上がりだ。
人から避けられて何も感じない人なんていない。
不快な思いをさせていたに違いないのに。
それなのに何で・・・?

「分かんないよ。何で・・そんな事言えるの?僕が君にした事って、人を傷つける行為だ。自分に意気地がないのを君に押し付けたんだ。今だって・・・言いたくないんじゃない、言えないんだ。勇気がないだけ・・。でもこれからも多分僕は僕だ。そしたらまた君を傷つけてしまう。僕はそんな弱い人間なんだよ・・?」
「それも個性じゃないのか?お前は自分で言うほど弱くない。他人のことを自分の事のように思いやれる奴だといつも思っていた。それは優しさでもあるが強さだ」
「何の事言ってんの?話・・ずれてるよ、手塚」

慰めなんていらない。
庇ってなんてほしくない。
自分のことは自分が一番知っている。
僕はそんな立派な人間じゃない。
他人のことなんて。いつだって自分だけで精一杯だ。

「先輩の嫌がらせを庇ってくれたのはお前が初めてだった。俺が友人の輪に入れるようにさり気無く導いてくれた事も知っている。誰かと話すようになる度それを喜んでくれたことも」
「それは・・・・」
「夏の試合、女子が負けてお前があんなになるなんて正直驚いたが、そんな時でも俺たちの優勝を祝福するお前を見て、霧が晴れたんだ」
「・・・・・」
「俺がお前を気になる理由。こいつに近くにいてほしいからだと漸く気付いた」

そんなの、それは手塚だったからだよ。
手塚だったからから守りたいって思った。友達に溶け込む君が嬉しかった。
辛い怪我を克服したことが嬉しかった。

「買い被り・・すぎだよ」

誰でも好きな人が笑うと嬉しい。だからその人の幸せを願う。
ただそれだけのこと。

「だからくだらないイベントにも参加した。名簿にお前の名前があったからな」
「理由って・・僕だったの?」
「お前がどんな奴だろうと、例え俺を嫌っていようと関係ない。俺は俺の中でお前を見つけた。それ以外何もない」

それだけのことだったけど―――
君はそれでも僕を望んでくれるの?

君が嬉しいと僕は幸せになれる。
反対に君が悲しいと僕も悲しい。
ここで背を向ければきっと君は悲しい思いをするってことだよね。

君にそんな想いはさせたくない。
好きだから、笑ってほしい。
だったら後は僕が素直になるしかない。

何を躊躇う必要があるの?
手塚がここまで言ってくれてるのに、今更何を恥ずかしがる必要がある?

自分を隠さないように、本当の自分を出したい・・・

それは僕が求めたこと。
ずっと憧れてどうしても出来なかった理想の自分。
今なら―――

「受け止めてくれるの?こんな僕を」
「ああ、今度は俺の番だ」
「これからもいっぱい意地を張っちゃっても?」
「好きにしろ。ずっと俺が庇ってやる」

君に意地を張るのに君が庇ってくれるの?

「クスッ――手塚、それじゃ意地張る意味がないよ。クスクス―――」
「そうだな。だったら面倒な事はやめて、素直になったらどうだ?」
「・・・・・」

庇ってくれるって言ったばかりなのに。
でも・・・こんな会話をしてること自体、これまでの僕には考えられない現実。
それがこんなに心地よくて、幸せなんて。
こんなに単純なことだった。

「あ、火がついたよ、手塚」

後夜祭のファイアーストームが始まったようだ。
スピーカーからお決まりとも言える音楽が流れ出した。
まばらに散らばっていた生徒達が何処からともなく集まって輪になっていく。

「俺達も行ってみるか?」
「・・・・・・」
「何だその顔?」
「だって手塚がフォークダンスなんて、恐怖だよ」
「お前・・・普通に言いたいことを言ってるじゃないか」

僕の悪いところでね、悪態つくのは平気なんだ。
頭では君と踊っていたのに、本当にやんなっちゃうくらい素直じゃないね。
でも、ついでにもう一つ。

「折角だけど、行きたくない」
「何故だ?」
「だって、あんなのつまらない」

ぷいっとふくれながら僕は手塚に手を差し出した。

「相手がどんどん変わっていくんだもの。僕は・・・君とだけ踊りたい」

凡そ僕がそんなことを言い出すなんて思いもよらなかったんだろう。
手塚は目を白黒させて、突っ立ったまま。

「は、早くしてよっ!こういう時は僕の手を取るんでしょっ」

自分の台詞に自分で赤面した僕自身を誤魔化すために、乱暴に言い放った。
こんな可愛い僕は自分でも初めてだ。

「あ、ああ、すまない」

怒った僕に慌てて手を取るような手塚も・・初めてだ。

音楽に合わせて体を揺らした。
想像でやったように手塚の手を軸にくるりと回ってみた。
スカートが翻り、髪が靡く。
きっと後で思い出したら、顔を上げられないほど照れくさいようなシーン。
でも・・・手塚が踊ってる姿はそれを上回るほど凄かったからいいかと思って。
フォークダンスでお腹が捩れそうになるとは思いも寄らなかった。
やっぱり手塚はテニスをしているのが一番いいと思った。


照れ隠しもあって、僕は踊りながらも色々手塚に言い続ける。

「動きが固いよ、顔も怖い!」
「何でも完璧なのに、こういうことはからっきしダメだよね」
「あ、ほら!今のステップ間違えたでしょっ・・もうっ!」
「もっと楽しそうにできないかなあ・・」


あれだけ手塚から逃げ回ってたくせに、行き成りこれじゃ君はやってらんないね。
でもぽんぽん出てくる台詞はとっても楽しくて止まらない。

「ねぇ・・・」

だからどさくさに紛れて言ってみた。

「・・・インスピレーションじゃないよ。1番の彼を選んだのは」

意地っ張りの精一杯の告白。
めったに笑わない君がふっと目を細めて言った。

「そうみたいだな」

君のそんな顔が嬉しくて、つい「うん」と言ってしまった。






10年後―――

何年たっても僕は僕。
相変わらず素直に自分を表現できないでいる。


「ただいま」
「お帰りなさい」


それでも手塚が僕の元へ帰ってきてくれるのは、僕をいつも見つけてくれるからだって信じてる。

「試合、どうだったの?」
「ああ、まずまずだ。それよりも・・・」
「ちょっ!何するんだよっ?」

仰向けで君を見上げる格好になりながらも、虚勢を張ってしまう僕。

「お前はそのまま寝てたらいい」
「寝てたらって・・こらっ!・・・ちょっと待っ・・てづっ・・」
「従順になれとは言わないが、少し黙っていろ。そのうち身体の方が素直になる」
「かかかからっ・・だっ?何てこと言うかなっ!このすけ・・・・・ぁんっ・・」

いつまでも大人しくならない僕に、唇を押し当てて最終的に黙らせる。
手塚が使ういつもの手段。
分かっているけど、今日も僕は一生懸命抵抗する。

でも君は知ってくれている。
これは僕の恋愛心理に基づいた、最上級の愛情だってこと。



でもそうだね、10年に一度くらいは言ってみてもいいかな。



大好きだよ―――



end / back


恋する気持ちなんて黙っていてなかなか分かってもらえるものじゃありませんが、手塚は黙っていてもフジコの事が理解できるといい。でもその前に手塚って、俺が好きなんだからそれでいい的な所があるようにも思います。あとべーとはまた違った俺様な人だと私は思ってるのですが。思いません?(笑)。
10年後、もちろん周ちゃんは手塚のお嫁さんです。手塚は「○月○日に式場押さえたからそのつもりで」と有無を言わさず行動にでました。そうでもしないと一生素直に「はい」とは言わないので。いえ、言わないのでなく、言えないのが分かっているので、これは手塚の愛の形です。もちろんご両親にはきっちり挨拶もしています。お互い家族には気に入られてるので問題なく協力してもらえます。周ちゃん一人当日になっても「僕は承知した覚えないよ!」って意地を張りますが、最後には幸せの涙をポロポロ流しながら「誓います」って言っちゃうの。こうやって、生涯手塚は周ちゃんを導いていくのです。ああ幸せだぁ v(一生言ってろ)。
もちろん中編、後編はフィクションです。手塚のような人はそんな都合よく現れてくれませんので。モデルになった春さんも可奈ちゃんが好きで付き合っていたんだと思います。人生何事もトライです。 (2006.11.19〜11.23)