恋愛心理 〜中編〜
手塚とは部活を通して出会った。
女子と男子の違いはあったが、往々にして練習を共にする事があった。
その中で手塚の実力はずば抜けていた。
幼い頃から父の影響でテニスをしていた僕は、それなりの実力も認められていたし自信もあった。
だけどそれを根底から覆すようなテニス。
僕がやっていたのは子供の遊びだったのかと思い知らされるような衝撃を受けた。
テニス部の皆とは男女問わずすぐに仲良くなったのに手塚だけは少し違った。
無口、無愛想、無表情、これだけ「無」が揃っているとなんとも近寄りがたい雰囲気ができる。
手塚も自分から輪に入って、和気藹々と過ごしたいと思ってるわけではなさそうだった。
いつもだったら手塚のようなタイプに興味を持つことはなかったのだが。
「ねぇ、ぼく手伝ってくるよ」
手塚はしょっちゅう部活後の後片付けを罰当番と称してさせられていた。
口答えをした、生意気だ、色んな理由はつけられていたが、手塚の実力をやっかんだ先輩達の歪んだ行為だった。
一年同士仲間ならそれをフォローしようとも思うが、手塚は仲間と受け入れられるほど皆に打ち解けようともしない。
当然彼を庇う友達も少なかった。
そんな彼が何故気になったのか。
テニスが上手かったから?
違う―――
どこか彼に強さを感じたからだ。
何かにつけて色んなことが先に立ってしまう僕と違って、手塚は自分に真直ぐだ。
自分のあり方に計算も何もない。
少しは打算的に考えれば上手くいくものを、そんな風に呆れる一方でその姿勢に憧れる自分がいた。
僕も手塚のように生きれたら、もっと世界が変わるかもしれない。
何をされても何を言われても、自分を曲げずにいられる強さがあれば、もっと物事に前向きになれるような気がする。
「手塚君、一緒にやるよ」
声を掛けた時彼は珍しく驚いた顔をして振り返った。
でもすぐ普段の表情に戻って、「これは俺の仕事だ」と断られた。
いつもの僕ならそれで引き下がったと思う。
それは断られているのにそこから尚関わる勇気がないのだ。しつこいと思われたくないから。
それでもその時は『一緒にやる方が早いよ』って押し切った。
何となくだが、手塚は僕が疎ましくて断っているんじゃないと思ったからだ。
案の定、『君まで先輩に怒られる』という言葉が返ってきた。
誰かにやってもらって自分が怒られる事を気にしているのでなく、手伝った僕が怒られる事を気に掛けているのだと分かったら、手塚の「無」の中に確かな感情を感じた。
その時僕はドキドキしたんだ。
知らなかった。こんな優しさもあるなんて・・・
何も言わない中にも人を思う気持ちがあることを、僕は初めて感じた。
「・・・いいよ、僕が勝手にやってるんだから」
手塚は少し困った顔をした。
それでも僕は手伝うのをやめなかった。
結局先輩達に見つかって、何を言われるかってびくびくしたけど意外にも「ご苦労さん」と肩を叩かれた。
「良かったね」とその時は胸を撫で下ろしたけど、後日その付けを手塚一人背負う事になったと知った。
僕が女テニの部員だったから、先輩達もその場は穏便に済ませただけだった。
同じクラスの英二にそのことを聞かされて、僕は愕然とした。
手塚は断ったのに、僕が強引に手伝ったから。
そのせいで手塚が余計に辛く当たられたと思ったら申し訳なくて胸が痛んだ。
「ゴメンね・・」
手塚は僕に腹を立ててるだろうし、「お前のせいだ」くらい言われるだろうと覚悟して謝ったが、返ってきたのは至極意外言葉だった。
「何で謝るんだ?お前は俺を手伝ってくれただけだろう?」
それには本当に驚いた。
僕が余計な事をしたばっかりに、自分が責任を科せられたというのに、それを責めるどころか自分を手伝ったと言い切れるなんて。
馬鹿みたい―――
馬鹿みたいに真直ぐで、何て純粋なんだ。
心の中を見て、人を好きになったのは初めてだった。
部活に行けば必ず会えると分かっていても、それ以外でも僕は手塚に会いたくて仕方がなかった。
わざと手塚のクラスにいる友達に用事をこじつけて、手塚を見に行くこともあった。
制服のリボンを可愛く結んでみたり、髪にお洒落なピン留めをしてみたり、ちょっとでも僕を見て何か気付いてほしいと期待した。
だけど手塚はそんなことに関心を示すことはない。僕に視線さえ向けないことが殆どだった。
それでも時々目が合えば、それなりの態度は示してくれた。
そんな時は、嬉しくて妙にはしゃいで一日舞い上がったものだ。
手塚は無愛想だが、人を無視するような奴ではなかった。
初めは敬遠していた同級生たちも、次第に手塚を認め彼はいつの間にか友人に慕われるようになっていった。
僕は本当に嬉しかった。でも、同時に淋しくもあった。
いつのまにか手塚はモテ男ナンバーワンにもなっていたのだ。
あまり喋らない、いつも怖い顔をしている、ふざけて羽目をはずすこともない。
初めにあったそんな印象も単なる性格で、人当たりが冷たいわけでもなく、付き合いが悪いわけでもない。
勉強もできて運動神経も良く、部活のテニスでは三年生をも負かしてしまう天才肌、一年の後半頃からすらりと背が伸び出して、加えて端正な顔立ちとくればモテないはずはない。手塚国光といえば青学の女子の憧れの的になっていた。
もともと手塚に何を求めているわけでもなかったが、彼を好きな女の子なんて僕くらいかなって思ってただけに、何十人の中の一人になったと思うと胸がもやもやした。
2年になって手塚と同じクラスになった。
涙が出るほど嬉しくて、胸の前で手を組んで神様に真剣に感謝した。
だけど小学生の頃のようにそれを前面にだしてはしゃぐことはしなかった。
クラスでは同じ部活ということで連絡めいた事柄には関わったが、それ以外では手塚と話すことはあまりなかった。
「ねぇ、周は手塚君と同じ部活でしょ?何でもっと仲良くしないの?」
勿体無いと言いたげなクラスメイト。
「同じ部活ったって女子と男子だし、それほどの接点なんてないよ。皆で出掛ける時は一緒に行くけどね」
「でも、それがきっかけでお近付きになれるじゃん!」
「う・・ん、まあ・・ね」
そんなことは言われなくても分かっていた。
英二たちに誘われて、部活外でも手塚と行動を共に出来る機会はたくさんあった。
そんな時は手塚に見てほしくて、わざと目立つような言動ばかり発した。
そのくせ、目を合わす事もできないのだから笑っちゃう。
手塚に気付いてほしくて、印象に残りたくて、精一杯明るく楽しくちょっと可愛いを意識して振舞ってみたが、実のところ、そんな自分を手塚が見てくれていたのかどうかすら分からないほど、僕は手塚の方を見ることもできなかったんだ。
「だって、こいつ手塚くんに興味なしだもんね」
「そうなの〜??」
「そうそう、あったらこんな美味しい立場利用しない手はないじゃん。周は菊丸くんみたいなタイプのほうがいいんだよね」
目が点になった。
確かに英二とは去年同じクラスで仲良くなった。
気取らない性格で向こうから遠慮もなくどんどん入って来るので、僕も気兼ねなく接することができた。
そう言えば、小学生の頃好きだった春さんと僕の関係に似てるのかな、とふと気付いた。
もしかしてあの頃に英二と出会っていたら、僕は英二を好きになっていたかな。
けれど英二は楽しい友達なだけで、男の子として意識するようなことは一度もなかった。
僕は手塚に出会って、本物の恋を見つけたんだ。
そう、本物だから目を逸らしてしまう。
本物だから、意識しすぎて距離をとってしまう・・・・。
時は無常にも過ぎて、中学三年生になった。
手塚とは同じクラスにはなれなかった。
部活動意外では殆ど顔を合わすこともない。
けれど僕は、用事がなければ部活の時ですら手塚に声を掛けることをしなくなっていった。
僕と違って周囲の女の子たちは皆積極的だ。
もちろん上手くいくケースだってあるけど、振られる事だって少なくない。
振られたらその彼に対して気まずくないのかな。
友達にだってあれだけ相談してるんだから、その結果も必然的に分かってしまうし。
それでもその恋に賭ける想いのほうが強いのだろうか。
気まずくたって一生にしたら、ほんの一握りの時間。
いつか笑い話にできるような事だと割り切れるのかな。
でも、僕はそんなに強くない。
格好悪いとこみせたくないっていう僕のプライドなんだろうか?
ううん、そんな偉そうなことじゃなく、終わりにする勇気がないだけ。
一度想いを伝えたら、もう友達には戻れない。
上手くいけば一緒にいられるけど、振られちゃったらそこで終わりだ。
今のままではきっと卒業したら途切れてしまうって見えてるけど、それでも大人になってから会うこともあるかもしれない。
そんな小さすぎる期待が、とことん自分を隠そうとしてしまう。
なんて臆病な生き物なんだ。
滑稽すぎて、笑う事もできない・・・よ。
中学三年の夏、女子テニス部は惜しくも途中で敗退。
唯一前向きに頑張ってきたテニスで、上に進めなかったことが悔しくて、自分の存在価値がないような気になってどん底まで落ち込んだ。
対して手塚率いる男子テニス部は念願の全国制覇を成し遂げた。
関東大会の緒戦、団体戦で勝ちはしたものの、シングルス1に出た手塚は負けた。
腕の負傷が原因だったとはいえ、いや、負傷だったからこそ手塚にとっては辛い結果だったに違いない。
それでも彼は怪我を克服して戦線に戻ってきた。
そして、優勝という結果。
強い彼をまた見せ付けられた気がした。
けれどそのお蔭で僕も次へ行こうと切り替えることができた。
乗り越えれば向こうはある。
男子の勝利はやっと笑う事ができた瞬間になった。
そして、僕ら3年生は引退した。
手塚とはますます顔を合わせる機会がなくなった。
留学の話をちらほら耳にする。
ああ、もうすぐお別れだなあ。そう思うと胸がぎゅっと軋んだけれど、ただその日が来るのを待つだけのような日々を送った。
11月、学園祭―――
3年生にとったら大きな娯楽のイベントは最後と言ってもいい。
内部進学を決めていた僕は学校そのものに対しての名残などはなかったが、手塚がいる学園生活は後僅かと思うと、少しでもそこでの思い出を作っておきたいと思った。
思い出といっても隣に手塚がいるわけではないのが笑っちゃうけど。
それでも僕にとっては手塚がいる青学と手塚がいない青学とは全く違うものだから、手塚がいる青学での生活を僕なりに楽しんでおきたかった。
一応学園祭のメインらしいこのイベント。
それも思い出作りの一つと称して出場・・・いや、ホントは友人に無理やり出場させられることになっただけだけど。
まさかこんな展開になるとは思いも寄らなかった。
「ねぇー、一人出場者が足りないんだってー。周お願い!」
「嘘だよ。その辺で声かければ喜んで出てくれる子一杯いるよ。っていうか自分が出たらいいじゃん」
猫なで声でやってきた友達が適当な事言ってるのはすぐにわかった。
手塚が好きなことを黙っている僕は、当然「好きな人なんていない」ことになっているから、面白半分出場させたいだけに決まっている。
「誰でもいいなら苦労しないって。周だからお願いしてんでしょ」
「意味わかんない」
「あのねー。選りすぐりの女の子集めてるらしいのよ。でも彼のいる子はNGだし」
「それじゃ、僕じゃ役不足だよ。彼氏はいないけどさ」
「あんた、それ他で言ったら絞め殺されるよ。ねぇ、頼むっ!後輩から頼まれてさー私に免じてこの通り!」
両手を合わせて懇願してくる友人は手塚と同じ元生徒会役員だ。
新生徒会の手伝いをしているのは知っているけど、だからと言って何も人前でカップルになろう的な恥ずかしいイベントに何で僕が参加しないといけないんだ。
「でも・・・」
「男子もさー、格好いいどころ揃うんだよ。これ現在の名簿!特別に内緒で見せるからさー」
「興味ないし、そんなの・・」
「やならさ、相手の番号押さなきゃいいから!そしたらカップルになることないし、お互いのスイッチが一致しない限りは分からないようになってるから、ね?」
無理やり押し付けられた相手の名簿の中に懐かしい名前を見つけた。
春さん・・・・
「恋人いる子はだめって言ったよね?」
「そうなんだー、男子も後一人見つけなくっちゃいけないの。こんなとこで時間食ってられない。いいわよね?名前入れとくからね!!」
「・・・・・え?ちょっ・・・ちょっとまっ・・・」
しまった。
春さんの名前に気がとられて、一瞬返事を忘れてる間に・・・もうっ。
まあ、いいか。スイッチ押さないと分からないみたいだし。
それにしても春さん・・可奈ちゃんと別れちゃったんだなあ。
今となっては懐かしいだけの名前。
たった3年のことなのに、僕は別の人を好きになって、春さんは女の子と付き合って。
そして月日が流れる間に、春さんにはまた別のドラマがあったんだなって思うと、何気なく過ごしているうちに、どんどん大人に近づいていってるんだと実感する。
小学生だった僕は、もうすぐ高校生になろうとしている。
身長も伸びて、ほんの少しだけど女の子の体格になってきた。
好きな男の子とふざけて楽しむのがわくわくしたあの頃と違って、言葉をかける事も儘ならないほど影で見つめるような恋をするようになった。
もちろん自分の性格とか気持ちの問題でもあるけれど、それだけ自分を変えていくほどの時を得ながらも、肝心な事は立ち止まったままの僕が、じれったくて歯がゆかった。
「まず第一印象をお答えください」
何で?
聞いてないし!
それに君、こんなとこで並んでいるキャラじゃないでしょ!
ご対面で互いの前を仕切っていた布が取り払われた時、僕は目に映る光景が信じられなくて、何度も目を閉じて開いてみた。
それでも、どう見ても、1番の席に偉そうに腕を組みながら愛想の一つも見せず座っているのは手塚だった。
そういえば後一人、男子の出場者が決まっていなかったと言ってたっけ。
生徒会の繋がりで手塚に泣きつきに行った・・?
有り得る、そう考えたら手塚がそこに来る可能性は実に有り得ることだ・・・けど手塚の性格からして考えもしなかった。
今更ながらに安易にしてやられたことを僕は後悔していた。
なーんて悠長なことじゃなく、後悔しまくっているっていうか、もう何でもいいからこの場から逃げ出したい。
そうだ、席を立って一気に走り去れば・・・って何でこんなに人が集まってるんだろう。
ぐるっと取り囲まれて、逃げ出す隙間も何もない。そんなのこの場で御用になるのは目に見えている。
「トイレ!」なんていうのもちょっとカッコ悪いし・・・
「カッコ悪い・・・ですか?いきなり辛口の答えが出ましたが・・」
「へ?」
戸惑う司会者の言葉に顔を上げると手塚が思いっきり不機嫌そうな顔でそっぽを向いていた。
「あ・・ちがっ・・」
「じゃあ、2番の方の印象は・・?」
慌てて否定しようとしたけど質問は次へと移行する。
「え・・・あの・・はあ、よろしいかと・・・」
2番も3番もその次も・・・当たり触らぬことを適当に返しておく。
最悪にも手塚にだけ悪態をつっつくという形で折り返し、こっちの印象に入った。
そして手塚が僕に言ったのは・・・
「よく分からん」
ナヌ?
一体手塚はどんな事を言うのか、緊張してドキドキ騒いでいた心臓がパンと弾けて飛び散った。
「た、確かに。第一印象なんてよく分からないっていうのが本音かもしれませんねー」
そんなのフォローになるかっ!適当でもお世辞でも何か言い様があるだろう。
可愛いや綺麗なんて事じゃなくても、明るいとか元気そうとか。
実際僕の前の女の子には「学園の風紀を乱さぬ制服着用の仕方が好ましいと思います」とか何とか、どこぞの面接官さながらな事言ってたじゃないか。
「第一印象ではない。不二の事はもともとよく知っている」
「そ、そうですか。では3番の方を・・」
「ちょっ、ちょっと待って!分からんじゃ分からないよ。よく知っているなら何かあるだろっ!」
ドンッと机をたたいて僕は立ち上がった。
僕は臆病だけど、控え目ではない。
甘い台詞は言えなくても、文句や不服を吐くのは大丈夫だったりする可愛くない性格をしている。
この場に及んで褒めてもらおうとか思ってないけど、僕があれだけ君を追い続けていた間、僕に対する印象はないなんて。それはちょっと酷すぎる。
この際、ネガティブでもマイナス思考でも否定的でも何でもいい。
普段君が僕をどう評価してるのか聞かせてもらおうじゃないの!
「印象がないとは言ってない。よく分からんというのが印象だと言ってるんだ」
「じゃあ具体的に何が分からないのか言ってみなよ」
「・・・・そうだな。こっちを見てるのかと思ったら急に背を向けるし。菊丸や河村達と騒いでいても俺が近づくと急に静かになる。俺は休憩時間までグラウンドを走らせることはしてないつもりだが。もしかしたら嫌われているのだろうかと思ったこともあったが、それなら俺が試合に負けた時泣く意味が分からない。何故避けられるのか理解に苦しむのだが、話をする手段がない。そういう状況でお前をどう分かれというんだ?」
僕は立ち上がったまま、動くことが出来なくなってしまった。
確かに君の言うとおり。
僕は手塚と目が合いそうになったらわざと視線を外したし、他の男子部員とは普通に話せても手塚がきたら緊張して・・・。
それに何で僕があの試合で泣いたことなんて知ってるの?
誰にも気付かれてないと思ってたのに。こっそり目を擦ってただけなのに!
見られていた・・?
あんな時に手塚は僕のことを見ていたってこと?
「それに、お前がこんな場に出ている事自体が意味不明だ。一体何を考えてるんだ?」
「な・・・・」
何をって・・よく素な顔して人のことだけ言えるもんだ。
「それはこっちの台詞だよ。僕だってまさか君が目の前に登場するなんて思ってもなかった。真面目な顔しちゃってこういうことに興味あったなんて!天地が引っくり返るほどびっくりするってのはこういうことを言うんだね」
「それはお前も同じだろう?そんなにまでして恋人がほしいのか?」
「そんな浮ついた気持ちで出たわけじゃない!君こそ、こんなところに出なくたって恋人の一人や二人いつだって作れるでしょっ!」
「俺はそれなりの理由があって出場した」
「理由って何さ」
「それをここで言うのはルール違反かと思われる」
「何だよ、それ!僕はっ、僕だって仕方な・・・」
そこまで言って口を噤んだ。
出場者が足りなくて仕方がなく出たなんていったら、このイベントを盛り下げる事になる。
他のメンバーには自分から立候補した子もいるだろうし、ギャラリー達がこういうのにワクワク興味を持って見てるのも分からなくはない。
大方手塚も同じ理由だろう。ルール違反と言う手塚が正しい。
僕は一旦深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「・・・次、どうぞっ」
ドカッと椅子に座りなおして心の中で叫ぶ。
何よ、何だってんだよ。こっちの気も知らないで。手塚のバカッ!
・・・でも、
思わず手塚と言い合いになってしまったが、こんなに思い切り話したのは久しぶりだと思った。
話してみれば何てことはない。次から次へと台詞は飛び出すものだ。
手塚を意識する前は、もっと普通に話しかけていたのにな。
その時のほうが本当は楽しかった。
想いを伝えられなくても、背を向けるより笑いあった方がもっと日々が輝いた。
思い出も一杯できたはず・・・。
今頃気付いても、遅いよね。ううん、そんなこと本当は初めから分かっていた。
それでもこの恋は僕をますます臆病にしていった。
「2番の彼女に質問です」
男子出場者の一人が僕に質問した。
「あなたは彼氏ができたら、どんな付き合い方がしたいですか?」
「そうだな・・。自分を隠さないように・・・本当の自分を出してみたい・・」
せめて卒業までの間、ちゃんと手塚に向き合ってみたい。
自分を誤魔化さないで、もっともっと話したい。
もう、遅いかもしれないけど。きっとこれからも今までの自分を後悔するだろうけど。
それでもここで変わらなきゃ、もっともっと後悔する。
告白とかそんな大それた事はできないけど、そういうことじゃなくて、好きとか嫌いとかじゃなくて、一友人として楽しく過ごすことから何も逃げる事はない。
「さあ、青学ベストカップルの誕生の瞬間がやってまいりました」
司会者の声が響いた。
そうか、これはカップル誕生が目的だったっけ。
手塚が誰かと結ばれちゃったら悲しいな。
僕は初めっから番号を押すつもりはなかった。だから今の心境は周囲のギャラリーと同じ。
誰と誰がカップルになるかというより、手塚が誰かとカップルになるかだけが興味の対象だったのだけど。
「ではインスピレーションで選んでください。あなたがビビッときた相手の番号を上げてくださいー!!」
「・・・・・・」
え・・・・?
上げてくださいってどういうこと?
だって、スイッチ押さなきゃ分かんないって・・・・
じょ、冗談じゃない。
僕はここに来て初めて友人に嵌められた事に気付いた。
考えたら、たかが中学の学祭で電光スイッチなんて設置されるはずがない。
だけどこの土壇場で逃げ出すのも不可能。
どうしよう。言葉がでない・・・。
ちくしょーっ!覚えておけ!!
僕は思い切り友人を睨みつけた。
けど、そんなことをしたところで事態が変わるわけでもなく。
「さあ、用意はいいですか!番号をどうぞ〜!!」
全身がぶるっと震える。背筋をすーっと流れる汗。
どうしよう、どうしよう。でも、考えてる暇なんてもう・・・
ええい儘よ!!
下を向いてぎゅっと目を瞑った状態で大きく番号を上に掲げた。
ごくりと唾を飲み込んで結果を待っていた会場はシーンとなっている。
ん・・?何静かになっちゃってんの?
そろっと僕は片目を開けてみた。
あれ?隣の娘は・・・・?
もう反対側の目も開けてみた。
あれれ?こっちの娘もいない。
僕はガバっと顔を上げて周囲を見た。
前に座っていた男子も立ち上がる。
「ちょっ、ちょっと皆さんっ!!」
司会者の慌てた声が会場に響き渡ると同時に、ぐるりと周囲を取り囲んでいたギャラリー達もガタガタと立ち上がりだした。
「な、なんで・・?」
「あ〜あ!ばからしくてやってらんないわ!」
出て行こうとしている一緒に並んでいた女の子が振り向きざまに言う。
「ばからしっ!こんなの既に出来上がってんじゃない。痴話げんかするために出てくるなっちゅーの」
「へ?へ?」
彼女が言ってるのって・・・・もしかして僕と手塚?
唯一席に残っていた男子メンバーの一人に目を移す。
そいつはぶすっと登場したときと同じ愛想の欠片一つない顔で、僕のナンバーAの札をあげていた。
「嘘ぉ・・・」
「はっははっ、カップル誕生のようですー。おめでとうございます〜〜!!ここに青学ベストカップルが誕生しました〜!!」
「ってか、誰もいないじゃん!」
やけくそで祝福の台詞を吐く司会者だが、その声を聞いてるのは僕と手塚だけだった。
「誰のせいだと思ってんですかぁ〜!!これ今日のメインイベントだったんですよ」
司会者の彼は肩をがっくり落として泣く泣くマイクを置いて教室を出て行った。
「あっ!ちょっと君・・・」
「やめておけ」
彼を止めようと思った僕を今度は手塚が止める。
「もう誰もいないんだ。止めても意味がない」
「でも・・・」
でも君と二人きりになっちゃう。
僕の心臓の音が聞こえちゃう。
さっきの、見間違いじゃないよね。確かに手塚は僕のナンバーを上げたいた。
聞いてみようか?でも、もし違ったら?
真面目な手塚のことだから、ルールに則って仕方なく僕の番号を上げたとか。
「また黙ってしまうのか?」
「え・・?」
「さっきの勢いで少しは腹を割って話が出来るかと思ったんだが」
手塚はそう言って僕をじっと見つめた。
逃げる事はない。そう決めたのに。
「その・・・ごめんっ」
僕はその視線に耐えられなくて教室を飛び出してしまった。
廊下に出る。
いろんな催しで盛り上がる中を僕は必死で走りぬけた。
階段を降りて昇降口まで来た時、右腕をぐいっと誰かに掴まれた。
「何処行くんだ?」
ドキッとして振り返ったとき目の前にいる彼に更に驚いた。
春・・さん
「よう、こうして近くで喋んの久しぶりだな」
「そう・・だね。全然話さなくなったもんね」
春さんは相変わらず気さくでさっぱりとした印象があった。
どことなくホッとする。
さっきまでいた奴と何て違うんだろう。
「さっき目の前でお前を見てついつい懐かしくなってさー」
「うん。僕も懐かしいなって思ってたんだ」
「ほんとかよー!!お前手塚の事しか見てなかったんじゃないのー?」
春さんはカラカラと笑いながら結構核心を突いてきた。
その通りだったけど、僕ってそんなに手塚を意識してる素振りをしてたっけ?
僕のいつもの悪いとこ、春さんの意外な発言に咄嗟に否定してしまう。
「そ、そんなことないよっ!春さんが出てるなって、思ってたんだから・・・」
「無理すんなって!他の女子も全員同じだし。あいつら手塚を見た瞬間あからさまに目の色変わったもんな。もう決まり!って態度だぜ。ま、こっちもお互い様だから文句は言えねぇけどな」
「お互い様?」
「そりゃー、青学のアイドルが目の前に登場したら俺らもその子しか目に入らんだろー!」
「そうなんだ、あの中にそんな娘がいたんだ」
へぇ〜って感心して言ったつもりだったけど、春さんは目をぱちくりさせて、ぶっと噴出した。
「何だよ。噴出すほど面白い事言った?」
「いや、相変わらず鈍い奴だと思ってさ。あれだけ騒がれててマジ気付いてないの?青学のアイドルさん!」
「何がアイド・・・・僕?」
春さんの言ってる意味を飲み込むのに時間が掛かった。
いや、正直まだよく分かっていない。
「そうだよ。全校男子の憧れの的、不二周さん」
「・・・・・」
アイドル?
憧れの的だって。僕が・・?
「ぷっ・・あはは、冗談きついよ。笑っちゃう・・・あはは」
「冗談なんかじゃないって。まあ、そういうとこ昔っからお前らしいけど。俺の恋心も届かなかったわけだ」
「え?」
さらっと今凄い事言わなかったっけ?
何よ、恋心って。
恋してたのは僕のほうだよ。
ぽかんと間抜けた顔をしてる僕に春さんが続ける。
「今だから言うけどさ。ずっとお前の事好きだったんだぜ。でも散々アプローチしたのに全然脈ないんだもんな」
「な・・・に言ってんの?」
何言ってるんだろう?
脈がなかったのは一体どっち?
「だって、そんな事一度だって・・・」
「ガキなんだからどうしたらいいかなんて分かんねぇじゃん。だから一生懸命くっ付いてたのに、お前って超鈍感!それに中学生になったら急にマドンナ的存在になっちまって、クラスも離れてっからすっかり手が届かない存在だよ。でも何となく諦めつかなくてさ、お前と雰囲気似てる奴と付き合ったけど、そういうのって上手くいかないもんだな。長くは続かなかった」
可奈ちゃんの事だ。
じゃあ、春さんが可奈ちゃんと付き合ったのって、僕の所為だったの。
別れたのも・・・僕の?
そんな・・・だって、そんなのって・・・。
僕は春さんの告白にすっかり戸惑ってしまった。
もう昔の話しだし、今更どうするとかじゃないけど、あの頃は僕だって大好きだったのに。
「そんな顔するなって。別にこれから付き合ってくれって言ってんじゃないから。お前、さっき彼氏出来たばっかだし」
「かっ!彼氏なんて、あれは成り行きで・・・」
仕方なく手塚の番号を上げた。そう、成り行きだったんだ。
真剣にそんなこと出来るくらいなら、今まであんなに逃げたりしない。
手塚だってきっと同じ。
出場した手前とか、義務感とか。どうせそんなとこに決まってる。
「そなの?だって初っ端から二人で暴走してたじゃん。互いの目当て同士が行き成り二人の世界かよって、そこにいた全員唖然だったぜ。何てーか、やってらんねーって感じ?」
「そんなつもりじゃ・・・僕達は・・・」
一緒に参加してた彼女の言った「痴話げんか」の意味が漸く分かった。
皆が白けて出て行ったわけも、司会者が嘆いていたことも。
そんなつもりじゃなかったのに。
だって痴話げんかなんて出来る仲じゃない。
「・・・・・」
言葉なく落ち込んでいると、
「まあま済んじまった事は仕方ないって。そんなつもりじゃなかったんなら、そんなつもりにしてくれば?」
「してくればって・・・」
「好きなんだろ?」
『周さ、春さんのこと好きでしょ?』
昔、友達に言われたことがふと頭を過ぎった。
『うん。そうなんだ』
そう言えてたら、春さんと両想いになれてたのかもしれないね。
チョコレート、自分で食べなくても良かったのかもしれない・・ね。
嫌だ。
手塚とはそんな風にすれ違うのは嫌だ!
好きなんだろ――――?
好きだよ、誰よりも手塚が好き
「うん。・・・大好き」
「そっか、じゃあ本当の自分出して来いよ」
本当の自分・・・さっき僕が言った事?
『自分を隠さずに、本当の自分を出してみたい・・』
ぼんやりしていてよく分かってなかったけど、あれって春さんが聞いたんだね。
「ありがとう。・・・あのね・・・」
一生隠しておくつもりだったけど、時効だね。
春さんの気持ちも分かったし。もう、振られることもないし。
そういうのってずるいかな?
「僕もあの頃春木君の事好きだったよ」
生まれて初めて告白ってのをした。
それはもうすでに終わった想いだったけど。
あんな恥ずかしいこと絶対にできないって思ってた割りに、なんかちょっとだけ清々しかった。
春さんは一瞬驚いた顔をしたけど、その後ふっと笑ってくれた。
「ちくしょー鈍感だったのは俺も同じか、やっぱ思い切って告白しにいけばよかったな。でも・・・」
俺はもう春木君なんだな。
最後に呟くように言ったのは、お互いに届かなかった恋の結末。
そうだね、思い出の中では今でも春さんだけど、もう声に出してそう呼んじゃいけない気がした。
「じゃあな」
春さんは笑顔で手を上げた。
僕も笑ってそれに応えてから、くるりと背を向けた。
後ろから聞こえた声援。
「頑張れよ、不二!」
唇をきゅっとかみ締める。
自分の中で手塚への気持ちが膨らんでいく。
今から行くから!もう少しだけ待ってて。
もう少しだけ・・・僕を待ってて、手塚―――。
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長っ・・。もうちょっと短く区切ってlongの方に放り込めばよかった。
途中で女テニは負けましたが、原作の不二君のあの敗戦を意識したわけではないです。何となく、青学女子テニス部はそこそこ実力はあるものの、男子ほどは・・・って勝手にイメージしてるので途中で負けるのが妥当かなと。ただ女の子ちゃんのフジコは個人では結構カリスマ的存在(本人意識ゼロ)っていうのが私の願望でもあり。だから中学生最後の試合で団体戦に勝てなかったことにとことん落ち込んだって事で。そもそもストーリーにはテニス自体何の関係もありませんが(ならいちいち言うな)。