聖なる夜になる鐘を・・・  前編


9月―――
大学へ来るのは久しぶりだった。
4回生ということもあって、夏休みを少しばかり超過して海外で過ごしていた不二は、約2ヶ月ぶりに現実の生活に戻ってきた。

「ねぇ、ねぇどうだった〜?」

ほら、早速やってきた。
不二の現実には相変わらず目尻を下げながら人の色恋沙汰に首を突っ込みたがる彼女達も含まれる。

「どうって、何が?」

どうせ男のことに決まってる。
内心では分かっているが、依然、他人のそれに何故そんなに興味がもてるのか分からない不二は素っ気無く答える。

「そんなの!彼とのラブラブライフに決まってるじゃない。」
「僕のそんな話なんて、なんで聞きたいのかなあ?」
「周だから余計聞きたいんじゃない。この堅物が一番に結婚するなんて!しかも婚前ラブラブ旅行でしょ、夏休み過ぎても帰ってこないなんて、これを聞かずしてどうするっての!!」

久しぶりに学校へ顔を出した不二にここぞと突っ込んでくるところはさすがだ。
しかし、にまにまとラブラブを連呼する嬉しそうな友人の言葉にはっとした。

そうか、僕が婚約解消したこと知らないんだ・・・。

不二は3月に見合いをし、大学卒業後結婚することになっていた。
しかし、夏休みを利用して今後の居住地になるスイスへ下見を兼ねて遊びに行く当日、婚約者の寺下から急に婚約解消を言い渡された。
もちろんスイス行きは中止、寺下は一人で旅立ち、自分は置いていかれたわけだが。
この解消は寺下が不二の気持ちを汲んでのことだった。
実は不二にはずっと心の奥で想っている彼がいて、寺下はその彼の元へと不二を旅立たせたのだ。

無事想い人との再会を果たし、夏休みはずっと想い続けてきたその彼、手塚との日々を満喫していたわけであるが・・。
帰国してから大学の友人に会うのは今日が初めて。
当然彼女達は不二は婚約者とスイスで過ごしていたと思っている。

婚約解消したなんて言ったらまた大騒ぎだろうな・・。

想像するだけで恐ろしい。
どうして?に始まり、彼が浮気したのかとか、生理的に受け付けなかったのかとか言うに決まってる。
挙句の果て、セックスがあわなかったとか、彼が変態だったとかあらぬ疑いまでかけられかねない。
しかも今は他に恋人がいます・・・なんて言おうもんなら今日は生きて帰れないかも知れない。
ここは穏便に黙っておくに限る。

「う、うん、まあ、それなりにね!」

不二は誤魔化すようにとりあえず笑顔を向ける。
しかし、こんなことで引き下がるような玉なら不二も苦労はしないのだ。

「それなりってどれなりよ〜!」としつこく食い下がってくる彼女達に盛大な溜息が漏れる。
全く!なんで女の子ってこんなに人の恋が気になるんだろう。

僕は、彼とのことは自分だけの胸に置いときたいけどな・・。

と、手塚と過ごした日を恍惚と思い出しながら一人にやついてしまう。

イギリスまで手塚を追いかけていった後、不二は彼が現在基点として居住しているアメリカへ一緒に渡った。
そして、全米オープンに向けて様々なトーナメントを重ねる手塚にいつも連れられて、文字通りラブラブな2ヶ月を送ったわけである。

全米オープンの会場で特別席に座った不二は、手塚のプロとしての試合を初めてその目に焼き付けた。
中学時代、黄金と呼ばれた左腕が使われることはない。
それでも目の前で繰り広げられる手塚のプレイは懐かしく、時々冷たいまでに情けのない球を放つ彼に変わってないあの頃を思い出させた。
彼の全米の優勝をこの夏最後の思い出に不二は帰国の途に着いた。

早く手塚に逢いたい。別れたばかりでもうそんなことを考えてしまうのは、今最高に幸せな証拠なのだろう。

「ちょっと何ひとりでにやついてんのよ!」

友人の突っ込みに我に返った。
手塚との想いが通い合った今、不二の頭の中は彼のことばかり。
ふと気付けば思考はいつも手塚にトリップしている。

「に、にやついてなんか!!!」

と言い訳しつつも自分がすっかり手塚に囚われている自覚はある。
というか、帰国してすぐ母にそのことを突っ込まれた。

『顔が緩んでる・・。』
と、菊丸を初めとする中学時代からの仲間は、手塚との復縁をいち早く嗅ぎ付け喜んでくれたが、あまりの不二の変わりように皆呆れ声を出したものだ。

「ふーん、あんたもただの女だったのね。ここまで顔で表現されると聞く気失せちゃうわ。」
「全くだわ。なんかばからしー!!」
「ねぇねぇ。そんなことよりさあ、麻衣の好きな人がね・・・・・・。」
「えぇ〜うっそー、きゃあ!!」

不二の予想を他所に彼女達の関心はもう他に移行している。
要するに、不二は男に対して鉄壁のガードを固めていたからこそ、興味の対象だったわけだ。
あれだけ容姿に恵まれて、引っ切り無しにアプローチを受けまくってるに関わらず、浮いた話の一つもないところが面白く、からかい甲斐もあるというもの。
それがまた、結婚という大どんでん返しに一瞬花は咲いたが、それこそ普通に話しが進行していけば退屈なだけ。
どうだった?というのは、また何かわくわくする落ちを期待してるのだ。喧嘩でもなんでもいい。ドラマがあれば彼女達はここぞと食らい付いてくる。
しかし、婚約解消という格好のネタを隠してる今、普通によろしくやってるカップルの話などどうでもいいのが本音。
自分とは全く関係のない人の恋の話を聞いて、本当に面白い奴などいるはずもない。話して楽しいのは本人だけである。

その証拠に、不二の恋物語は「そんなこと」とあしらわれてしまった。

「そんなことで悪かったね。」

と、解放された安堵を感じながらも、実のところちょっぴり面白くない気持ちが言葉になって出た。

もちろん手塚との2ヶ月を自分から彼女達に話すつもりなんてなかったが、やはり誰かに聞いてほしい気持ちは不二とてあったのだ。
菊丸達はどうせ冷やかすばかりで、まともに聞いてなんてくれないだろうし。
かと言って、両親に話すのは少しばかり照れくさいのである。
姉の由美子がいれば・・・

不二が帰国して、真っ先に会いたかったのは他ならない姉だった。
手塚との恋に一番協力してくれた人。姉がいなかったら自分は再び彼の許に行くことはなかった。
手塚との再会、そしてその後のこと、約2ヶ月間の生活を姉に聞いてもらいたくてうずうずしていたというのに、空港に迎えに来たのは両親だった。

「嘘、ホントに?」

てっきり由美子が迎えに来るとばかり思っていた不二は、最初両親の姿を見て驚いたが、取り立てて不思議なことでもないかとイギリスでの事、その後のアメリカでの出来事を掻い摘んで話したが、手塚との事細かい生活まで馬鹿正直に話せるものでもない。両親にだからこそ言えない事もいろいろあるのだ。だけど姉には包み隠さず報告するつもりだった。同姓として一番身近にいるのが姉だったから。中学時代から恋の相談相手はずっと由美子だったのだ。
その由美子が、不二がいない間に日本を発ったと言う。
何と寺下の後を追ってスイスに行ってしまったというから驚きだ。

『寺下さんがどういう方なのか知りたいの。だからもう一度お会いしてみたい。』というのが理由だったらしいが、
日本を発って一週間後にはこのまま暫くスイスにいると連絡があったらしい。
もう一度、会うだけではなかったのか。以後姉は帰ってくる気配なし・・だそうだ。

「姉さんったら、大胆〜。でも寺下さんにとっても良かったんじゃないの。」
「そんな単純なことじゃないわよ。まあ、寺下さんなら人柄も間違いないし、あなたと違って年齢的にも由美子にはいいお相手と思うのだけど・・。」
「だけど・・って、何か問題でも?」
「そりゃ、元は由美子に来たお話だったとはいえ、実際お見合いして婚約までしたのはあなたなのよ。それが破談になったばかりだと言うのに。お仲人さんや寺下さんのご両親になんて申し上げたらいいか。」

母の言う事は最もである。結納まで交わした相手との婚約解消は簡単なものではない。
それを両親に全部任せて、自分は手塚と呑気に暮らしていたのだ。
寺下の両親は父の仕事での上司にあたると聞いている。
きっと両親は頭を下げて回ったのだろう。その上、次は姉がスイスまで乗り込んで行ったなんて分かればさすがに気まずいだけでは済まされない。

「あの・・・、寺下さんのご両親、怒ってらした?」
「安心なさい。それは大丈夫よ。寺下さんが自分の問題で解消を申し出たとお話されてたみたいで、反対に謝罪に参られたくらいで・・。」
「そんな・・それじゃ―――」
「ええ、申し訳ないとは思うけど、その方が穏便にことが済むと思って寺下さんに甘える事にしたの。でも由美子がくっついていったなんてことになったら、話がややこしくなるでしょう・・。」

はぁ〜っと力が抜けるような溜息を漏らす母を見て、どうも娘ふたりにはどこまでも悩みは尽きないようで、不甲斐ない自分が申し訳なかった。

「ごめんなさい、父さん、母さん。」
「まあ、何とかなるわ。それより元気そうで良かったわ。あなたったら殆ど連絡してこないんだもの。お父さん拗ねちゃって大変だったんだから。ねぇ?」

ごほっごほっ・・・
「わたしは、断じてそんなこと!!」
急に振られた父は咳払いをして慌てて言い訳する。

「くすくす、無理しなくてもいいですよ。娘二人が相次いで男の人のところへ行っちゃうなんて、淋しいですからね。でもあなたには私がいるでしょう?」

とまるで幼子を宥めるように話す母に父の風格も形無しだ。
そんな両親の姿を見ながら、不二は理想の夫婦だと微笑ましく思う。
だけど同時に、父の娘に対する思い入れの深さに改めて胸を締め付ける感情も沸きあがってきた。
幼い頃「お父さんのお嫁さんになる。」と女の子なら一度はそんな事を言うものかもしれないが、不二も例外ではなかった。
姉はその時もう中学生だったので、「お父さんのどこがいいのかしら?」と反抗的なことを口にしたが、母に言わせれば由美子とて昔、同じ台詞で父を喜ばせたと言う。
花嫁の父なんてよく聞くが、父は既にそんな気持ちを味わってるのだろうか。
いや、実感する間もなく突然、姉も自分も想い人の元へ行ってしまったのだ。
特に姉は父にとって初めて出来た我が子。寂しさも一入ではないかと思ったら、不二の胸はきゅんと痛くなる。

「僕はまだ父さんと一緒にいるよ。手塚はほら、あっちでの暮らしが主だし、時々会えるぐらいが精々だと思うから。」
不二がそう言った途端、父の顔がぱっと明るくなる。

「そうか、周。そうだよな。お前はまだまだわたしといるか。」

上機嫌に答える父が不二にはなんだか可愛くてくすりと笑みを漏らす。
今まで心配かけた分、暫くは父の傍で親孝行したいと思った。

「あら、手塚君と結婚の話はしてこなかったの。」
と父の上がったばかりのテンションを急降下させる台詞をさらりと母は吐く。

「結婚なんて!!それこそ一つ潰れたから次みたいで。それにまだまだやっぱり僕には早いと思うの。ちゃんと仕事だってしたいし。」
「そう・・。何だか拍子抜けね。」
「何を言うか。そうだな、まだ周には早いな。社会を見る事も大切だ。そこで揉まれてこそ立派な女性になれるというもの。」

最もらしい台詞を並べ立ててはいるが、その実、娘の結婚否定説に賛同してるだけである。
母親はそんな父に呆れ顔をしているが、不二は素直に肯いてみせる。

「うん。これからも宜しくね、父さん。」
これが作ったものでないから、我が子ながら本当に愛らしいと父はにやけてくるのだ。

「でも・・僕、姉さんと寺下さんのことは認めてあげてほしいな・・。」

元婚約者の寺下は、昔、由美子を一目見てずっと想い続けていたと言う。
自分と見合いをしたのも本当は由美子に会いたかったから。姉の面影を求めて不二と婚約してしまったが、やはり由美子への気持ちは拭いきれなかったと寺下は言った。
それを恨む気持ちなど全くない。不二も手塚を忘れるために決めた結婚だったからだ。
寺下は自分が手塚の許へ行く事に背中を押してくれた。そして最後は何を望むことなく、一人身を引いて旅立っていったのだ。
そんな寺下の幸せを誰より願っているのは他ならない不二である。もし姉が寺下とともにその幸せを分かち合ってくれるなら、これ以上のことはない。
もちろん姉が寺下を想う気持ちもなくてはならないが、同情や哀れみでその身を捧げる人ではない。
スイスから帰ってこないということで、それは証明されているも同じ。
後は両家の両親が二人を認めさえすれば・・・

「認めるもなにも。これを逃したら由美子は一生結婚しないかもしれないわ。時期をみて、なんとか纏めてみせるわよ。」
「先方に上げる頭がないと言いながら母さんはずっとこの調子だ。」
「あら、あなた。悠長なこと言ってたら、すぐおばさんですよ。そうなったら小さい頃の面影もなにもあったもんじゃないわ。」
「はいはい。淑子さんの言うとおりです。」

父とは違って至極母は現実的である。
この調子なら、何だかんだ言っていても、何れ寺下さんのご両親に挨拶に行くつもりなのだろう。
父も別に反対しているわけではなさそうだし、後は先方次第という事か。

不二も寺下の両親にはきっちり挨拶に伺いたいと思っていた。
先方は寺下の一方的な理由で婚約解消したと思われているようだが、実のところそうではない。
たまたま姉が好きだったということは分かったが、きっと手塚とのことがなければ寺下は自分と結婚しただろう。
つまりこの解消は自分の方に原因があった。それを黙っているなんて、不二には忍びないことだったのだ。
一生懸命頭を下げよう。そして出来ることなら姉とのことを・・。
もう少し落ち着いたら、寺下のご両親に逢いに行こうと不二は考えていた。




××××××××




不二が日本に帰ってから3週間。
年々日本の夏が長くなって、もう10月に入ったというのに未だ汗ばむ陽気が続いていた。

「あっついわねぇ〜。いつになったら秋らしくなるのかしら。」
「なら、そんなに暑苦しい格好しなきゃいいのに。」

不二はここ最近の気候に対する不満を口にする友人の装いを見て呆れてしまう。
暑い、暑いと騒ぎ立てる割にはすっかり秋・・いや、冬と言っても過言ではないスタイルである。
ベロア風のジャケットに、スカートの下には当然とばかりブーツを履きこんで、その上から靴下をちら見せするのが今風なのか、きっとあれはハイソックスだろう。

「何言ってんのよ。季節を先取りするのがお洒落じゃん!周ももうちょっと意識しなさいよ。」

確かに流行は先取りするほうがお洒落ではあるが、

見てるだけで暑苦しいじゃん・・・。

汗をかきながらもそこまでの格好をすべきものかと不二には理解不能だった。

「ま、容姿で何もかも許されるあんたにはこの努力、きっと分かんないでしょうね。」
「容姿ねぇ・・。」

自分の姿を頭に浮かべて、深い溜息が出る。
日頃より友人からはよく褒めていただいているが、自分ではそんな意識全くないのである。
それどころか、小さい頃から色素が薄く、西洋風の顔立ちはどちらかと言えばコンプレックスなわけで。
そのくせ身体は思い切り日本人で、ボリュームの欠片もない。
細身であることを今まではさほど気にしていなかったが、手塚に全てを見せたと思ったら急にこの薄っぺらい身体が情けなくなった。
自分の胸に手を当てながら、ちらりと隣にいるうるさい彼女達のそれと見比べてみる。
彼女達の方がよっぽど女と実感できそうだと、不二はまた一つ溜息を漏らした。

男の子です!って言っても何気に通じてしまうんじゃないだろうか・・。
僕達って並んで歩いてて、恋人同士に見えるのかな?
わーん!!彼に会うときだけはスカート穿こう。
今日みたいに白いシャツにジーンズなんて、さわやか好青年って自分で宣伝してるようなもんじゃないかっ!!

と、すでに頭の中は手塚との妄想に入り込み、一人パニックに陥ってしまう。
そこに、ますますそのパニックを追い込むものが飛び込んできた。


ほらね、やっぱりどう見ても兄と弟だ。

不二は目の前にいる人物をマジマジ見つめて、改めて自分との釣り合いを実感する。
そして徐々に妄想と現実が重なりあって一つの事実に結びつくのも実感した。

「手塚っ!!なんでっっ???」

そう、アメリカにいるはずの手塚が、不二の大学の正門横に立っていたのだ。

「お前に会いたくなって、休暇を取ったんだ。」
「う、嘘・・・。」
「嘘も何もここにいるだろう?」

次に会えるのは冬休み頃か、しかも自分の方から逢いに行くことになると思っていた不二は、この嬉しい誤算がまだ信じられなくて口をぽかんと開けて目をぱちくりさせている。

「いつ―――、」
日本に着いたのかと口にしようと思った瞬間、背後から黄色い声が上がった。

「ね、ねぇ、ねぇっ!!周のフィアンセってこの人?」

頬を赤らめながら、目を輝かせて興味深々といった態度で擦り寄ってくる友人達。
不二の婚約解消を知らない彼女達は、目の前で「会いたかったから――」なんて浮いた台詞を吐いている手塚がフィアンセだと思うのも無理はない。
確かに今の不二にとって、手塚は特別な男性である。が、婚約者というわけではない。
それにいくら以前不二が婚約していた事情は知っていても、それを未だ訂正もされず事実のように思われてることを手塚がどう感じるか、不二に焦りが走る。

「え・・?その、婚約者っていうか彼は、えっと・・・。」

慌てて言い訳しようとする不二に、手塚はさらっと至極意外な事を口にした。

「婚約者の手塚です。以後、お見知りおきを。」
「てっ、手塚、何言って・・」

お見知りおきをって、そんな言葉一体いつ習得したのか、じゃなくて、なんで手塚がそんなこと・・・

「きゃあー、今海外にいらっしゃるんでしょう?じゃあこっちにいる間、お食事にでも〜。案内しますぅ。」

不二が手塚に取り付く間もなく、友人達はもう次へ展開している。
しかも人の彼と分かってて、誘うなっちゅーの。

手塚はその世界では相当な有名人であるが、芸能人の若手アイドルならともかく、スポーツのプロなんて精々サッカー選手くらいしか知らない彼女達は、目の前にいるのがテニス界の王者だとは誰も気付いてないようである。

「ええ、是非。」

おーい!!いつからそんなに愛想よくなったんだよ、手塚?

一通りぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる女子大生相手に見事な躱しっぷり。
しかも以前のように相手がたじろぐような仏頂面で有無を言わせず退散させる手塚ではなく。
あくまでもソフトに、印象よく、優しげな笑顔まで覗かしている。

これが、あの手塚・・?

その姿を唖然と見てるだけの不二の腰にさっと手が回された。

「行こうか。」
「え・?は、はい。」

「では、失礼。」と最後まで紳士的に頭を下げる手塚に友人達はメロメロだ。

「何よっ!周たらっ、男に興味ありませんなんて顔をしておいて、あれはあまりに出来すぎだわ。」
「そりゃ、あんなかっこいい彼氏がいたんじゃ他の男になんて目を向けないわよね。いつもシラッとした振りして、やられたわ!」
「あ〜ん、でも羨ましいぃ〜!!」

すっかり手塚のペースで、訳の分からないまま彼女達に手を振って退散する不二を皆、羨望と嫉妬の眼差しを向けていたのは言うまでもない。





「ねぇ、ホントに手塚なの?」

不二は未だ目の前にいる手塚が信じられなくて、本人に間違いないことは分かっているものの、そんな事を聞いてしまう。

「お前なあ・・。」
呆れて眉間を寄せる手塚は先ほど友人を相手にしていた時と違って、何処をどうとっても手塚である。

「だってぇ、急に現れたらびっくりもするよ。それに愛想いい手塚なんて初めて見た。ああいうの本当は好きじゃないでしょう?」
「そんなことないぞ。ファン心理というものを嫌というほど学んだからな。黄色い声も自分の為だと思えばありがたい。」

やっぱり手塚の台詞とは思えない。
中学時代、あれだけ沢山の女の子が擦り寄ってきたにも関わらず、迷惑な顔こそすれ喜んだためしなどない人だった。
今はサポーターの大切さというものが、彼なりに熟知しているのだろう。
彼女達はファンとは違うがそれなりに彼も大人になったということだ。

「それに・・婚約者だなんて。いいの?あんな事言って。」
「別に問題ないだろう。俺は一生を共にする相手はお前だと思っている。だから―――」
「ちょっ、手塚っ!!それ以上言わないで!」

この男はなんてことを言い出すのだ。
自分も確かに手塚が人生最後の人だと思っている。
ということは、二人の想いは同じ。いつかは結婚する相手だと疑うつもりはないが・・。

こんな成り行き紛いのプロポーズはいくら口下手な手塚が相手でも嫌である。
不二も一応女の子、それなりの夢や希望はあるわけで・・。

「何を怒ってるんだ?」
「別に!!」

ぷいっと横を向いて唇を尖らせる不二であるが、手塚も不二の事は扱いなれている。
手塚にとっては突然拗ねだして訳が分からないが、覗き込むように瞳を見つめて、そっと手を取れば、キュッと握り返してくる感触がある。

「おかえり・・。」小さな声で届いたそれに「ただいま」と優しく返す。
それだけで不二の顔に笑顔が戻る。
そんな単純な不二が何処までも愛しい手塚であった。

「スカート穿いてくればよかった。」
「ん?何か言ったか。」
「別に。」





その夜、手塚は両親に律儀に挨拶に訪れた。
まさか、昼間のあれがプロポーズで、いきなり「お嬢さんを下さい」なんて言い出さないかと内心ひやひやしていたが、さすがにそれは考えすぎだった。
いつかそんな日がくるのかもしれないが、不二はまだまだ結婚は先にしたかった。
プロポーズの理想は置いておいて、手塚にとっても油の乗ったこの時期に、自分というお荷物を背負わしたくなかったし、不二自身も以前父に言ったようにもう少し社会というものを見つめたいと思っていた。
一度は寺下との結婚を決めたとはいえ、いや、一度結婚をしようと思ったからこそ、自分にはまだ早いということが分かったのだ。
もっと広い世界を見てみたい。もっと世間を知りたい。何よりも手塚に相応しい人間になりたい。
手塚は待っていてくれる。そんな自信がようやく持てるようにもなったのだ。

今のところ、手塚が両親に結婚を仄めかす気配はないようだ。
それよりも父が思いのほか、手塚を気に入って会話に話を咲かせているのが嬉しかった。
ちょっとだけ「うちの娘に手を掛けやがって〜」なんて言い出さないか心配していた自分は、テレビドラマの見すぎだろうかと、苦笑が漏れたくらいだ。
母が手塚に好感を持ったのは言うまでもなく、「貴方にはもったいないわねぇ」なんて言い出す始末。
何はともあれ両親にも祝福されて、不二は今この上ない幸せを感じていた。


トゥルルルル、トゥルルルル・・・
電話の呼び出し音がなる。
受話器を取った母の声でその電話が姉、由美子からだと分かった。

「え?姉さん!!代わって代わって!!」

久しぶりに聞く姉の声は、今にも扉を開けて入ってきそうなくらい近くにあった。
あれからずっと寺下と一緒に暮らして、とても幸せだという。
寺下も元気で今、会社へ行ってるということだった。
寺下の長年の想いが叶って、二人が仲良くやってる事は何よりも不二が望んでいた事で、姉の幸せそうな声に涙がでそうになる。
不二も手塚との事を報告し、今、帰国した彼が家にやってきてる事を話すと、由美子は自分の事のように喜んでくれた。
「よかったね、周。よかったね。」と何度も何度も繰り返して。

「ねぇ、周。父さんと母さんにはまだ内緒にしてほしんだけど、実は・・・・。」

突然、耳打ちするような小声で話し出した姉に不二は天地がひっくり返るほど驚きの声を上げた。

「えぇ〜〜〜嘘ぉ〜〜〜〜〜!!!」

何事かと両親も手塚も不二を凝視するが、何よりも姉に内緒と言われたのである。
あはは・・・と笑顔を咄嗟に取り繕って、何事もなかったかのように電話を切った。

「何なの?周、大きな声出して。」
「ベ、別に何でもないよ。姉さんが突然変な事言うからさ。」
「変な事って?」
「えっと・・そ、そう駄洒落をちょっとね。布団が吹っ飛んだ〜とか。あの姉さんがさ!ね、変でしょう?あはははは・・」

変なのは不二の方である。
が、そんなことは言ってられない。

「手塚、ちょっと来て!!」
不二は手塚の腕を引っ張って、ばたばたと2階にある自室へ駆け込んだ。

「何なんだ、一体?」
「どうしよう、手塚!!」

手塚の腕を掴んだまま、不二はどうしてよいか分からず取り乱している。

「とにかく落ち着け不二。どうしたんだ?」
「う、うん・・あのね・・」

不二の慌てぶりに手塚もごくりと喉をならす。
そしてぼそりと不二が言った。


「妊娠した。」



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