奈良歴史漫歩 No.031      土塔、土師氏のモニュメント 
      

    瓦葺きの土の塔

 堺市の大野寺は、神亀4年(727)に行基によって創建された古刹であるが、元の境内に土を盛り上げて作った土塔があることでも有名である。

 土塔は、史跡公園化を目指す堺市によって近年、発掘調査され、多くの新たな知見が得られた。なかでも「神亀4年」銘のある軒丸瓦の出土は、土塔の完成時期をめぐるこれまでの論争に一応の決着をつける画期的な発見であった。

 土塔の構造についてこれまでの調査の成果からまとめておこう。主軸をほぼ真北にする四角錐をなして、基壇の一辺は53m(180尺=30歩)、高さは8.6m以上(30尺=5歩)ある。13段に築かれて、頭頂部は円形か8角形をなす。

 平らに整地した後に土を盛り上げていったのであるが、段ごとに外側は粘土ブロック(30cm×25cm×10cm)を積んで固めてある。版築は施していなかった。
 
 基壇の外装は割った瓦を平積みにして整え、各段の上表面は瓦で葺かれていた。したがって、本来の土塔はまさしく瓦の塔といった光景を呈していたことだろう。

●大門池越しの土塔

 
   1000点の文字瓦

 土塔を有名にしているのが、おびただしい文字瓦の出土である。1000点を数えるという文字瓦は、知識衆である寄進者の名前を刻みつけたものと思われる。

 そのなかの姓表記を分析して、表記変更の時期変遷から土塔の完成時期は奈良時代の後半と推測する説が有力であった。しかし、冒頭に述べたように、「神亀4年」銘のある軒丸瓦の出土や瓦の製作技法と様式の分析から、土塔の完成は、行基の生存した奈良時代の前半に求められるようになった。

 瓦の種類で大半を占めるのは、丸瓦ではいわゆる行基式と称される無段のもの、平瓦では桶巻作りによるものである。これらはいずれも奈良時代初期に製造された瓦である。

 瓦の文字には、「知識」という字も見えて、行基のもとに結集した信者集団の存在を語る。人名の内容は、姓をもつ豪族層、僧尼、一般民衆に大別できるが、瓦の製造時期に伴なって、その割合に変化が見られる。創建期は、一般民衆が約5割、僧尼が約3割、豪族が約2割であるが、時代が下るにしたがって豪族の割合が高くなる。各層に女性を含む。

 人名を刻んだ瓦は、同時期の国分寺からも発見されているが、郡名なども記した一定のスタイルで統一されていることから、官による規制が想定される。土塔の瓦は、名前のみを記して、人名ごとに書体も変わることから寄進者自身が刻みつけるという純粋な民間の知識活動を証しているようだ。

 土塔の北西約170m離れた場所から土塔の瓦を焼いた瓦窯が見つかっている。半地下式の平窯で、新旧2基重なっていた。

●土塔全景 西側から見る


    土師氏のモニュメント

 現地に立つと、周囲は住宅地で、小山のような土塔はいやがうえにも目立つ。地形的には西側と南側が緩やかな斜面をなす丘陵の端に立地するが、目立つことが意識されて、この場所がえらばれたのだろうか。

 南側には富栄養化が進んで草の繁茂する大門池があるが、土塔の土取をした跡かもしれない。

 土塔を見てまず連想するのは古墳である。高さの割には広いすそ野があり、なだらかな傾斜が形作る均整のとれた小山は、これが方墳といわれれば、疑いなく信じてしまいそうだ。
 地元に土師町の地名が残るように、この地域は、百舌鳥古墳群の築造に従事した土師氏の本拠地であった。土塔の瓦に、土師氏の氏寺である土師観音廃寺の瓦と同笵のものが見つかっているが、土塔と土師氏との関わりを示す一例となる。

 大野寺が創建された神亀年間から天平にかけて、行基とその弟子たちは和泉、摂津、河内を舞台にして、さかんに灌漑治水、運河掘削などの土木事業を興している。その目覚ましい成果の裏には、土木の専門技術を持つ集団の参加が想定されるが、土師氏を措いて他には考えられない。

 おそらく、行基集団に加わった土師氏の知識衆が、専門の土木技術を駆使して土塔を築いたのだろう。それが形としては墳墓にそっくりとなった理由でもあろう。しかし、瓦で覆い尽くしたところがユニークであり、これが仏塔たるゆえんの意匠となったのだろうか。後世の絵伝には、頭頂部に宝珠が描かれるから、信仰を表す施設や装飾もあったかもしれないが、今のところその種のものは出ていない。

 周辺の調査では奈良時代の建物跡などが見つかっていないことから、創建期の大野寺は土塔のみがあったらしい。

 行基集団の熱狂的な活動の様子は、当時の記録がよく伝えるところだ。ユニークな土塔と瓦に刻まれたおびただしい人名は、1300年前の歴史の現場を甦らせてくれる。

●初層上面を葺いた瓦の列


●土塔平面図
●参考 「土塔」堺市教育委員会、「大野寺を考古学する」近藤康司
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