グリフィンでは力不足？

　まずロムちゃんが自由意志を持って人とコミュニケーションをとることができるという、肉体こそ無いもののその存在はほぼ人と言って差し支えないほど完成されたプログラムであると言う点が問題となります。
　人間の脳がニューロン細胞という神経繊維の塊である事はよく知られていますが、その数はおよそ１００億個あるそうです。その１００億それぞれが１０００〜１０万もの他のニューロンとシナプスを介して接続しており、信号をやりとりしています。これをコンピューターに置き換えると、おおざっぱな計算で１０兆〜１０００兆フロップス程度の計算量に相当するそうです。フロップスというのはコンピューターの計算能力を測る物差しの一つで一秒間に浮動小数点演算なるものを何回出来るか、と言うことらしいですが、アップルがマックで採用しているパワーＰＣＧ４チップで５５億フロップス、国のさる研究機関で新規導入されるスーパーコンピューターで５０００億フロップスだそうですから、我々の頭の中がいかに大量のデータ処理を行っているかが判ります。もちろん脳の活動は心や記憶と言ったものばかりではなく、全身のあらゆる器官を制御し、生命を維持する大事で膨大な仕事をこなしており、自由意志を構成するための計算量は、それからすればごく一部なのかも知れません。しかし、コンピューターのハードウェアが加速度的に進歩している２１世紀初頭ですら、ロムちゃん実現のための処理能力獲得まではあと一息、なのですから、いくらグリフィンが凄いコンピューターでも、残念ながら難しすぎる、と言うことになるでしょう。

ソフトウェアが大変！

　それより問題なのはソフトウェアの方です。実際のところ、スーパーコンピューターがいかに速くなっても、それが前世紀半ばに産声を上げたノイマン型コンピューターの直系の子孫である以上自ずから限界があります。ノイマンの方式は、分岐構文を使って、「もしこの時はこう動く、あの時はそう動く」というふうに、あらゆる事態を想定してその全てを破綻無くプログラムするのが前提です。つまり、ロムちゃんをノイマンの方式で組み上げるには、女子中学生が直面するあらゆる局面を想定し、それをプログラムする必要があります。そんな事は事実上不可能ですし、仮にその１部でも組むことが出来たとしても、それを動かすハードウェアは先のおおざっぱな計算の更に何倍もの処理能力を必要とするでしょう。
　でも人間の脳はスーパーコンピューターよりもずっと遅い処理スピードで人として破綻無く活動しています。これは、人間の脳がノイマンとは違うやり方で動いているからです。例えば、学習能力。人間の脳は、必要に応じて適当なプログラムを自ら生み出して実行し、その妥当性を評価して進化させる能力があります。しかも、似たような状況に遭遇したとき、かつて学習した内容を応用する能力があります。コンピューターにとって、「似たような状況」というのはあり得ません。同じか、違うかだけです。人間なら知り合いを横から見ようが前から見ようが、場合によっては後ろからでも識別できますが、コンピューターでこれが出来るようにプログラムするのは容易ではありません。それを可能とすべく研究されているのが人工知能、とか脳型コンピューターとか呼ばれているものです。ようは人間の脳が行っている計算処理方法をコンピューターでまねよう、と言う試みですが、残念ながら、ショウジョウバエの行動すらまだシュミレートできるレベルではないそうです。もちろん女子中学生の行動、性格、情動、他をプログラムし、ロムちゃんを生み出せるようになるのは、今のところ、まだまだ遠い未来の話です。

精神って何？

　ロムちゃんは「いい女」になるべく、せっせと人の夢に上がり込み、根こそぎ精神を奪い取っていきました。では、ロムちゃんはどうやって人の夢に上がり込んだのでしょう？　現在、機械が人間の脳にアクセスする方法はひと頃に比べて飛躍的に進歩しました。頭蓋骨を開けなくても、脳の中をミリ単位で観測し、その活動を描き出すことが出来るようになってきています。でも、精神に直接アクセスするようなデバイスは、まだまだおとぎ話に過ぎません。「脳と心は別」という心身二元論はさる大学の心理学専攻学生の３割ほどが信じているという結果があるそうですが、脳の研究者によると、精神活動もニューロンの電気化学的反応に還元されるのは「言わずもがな」なことなのだそうです。従っていずれはそれが読み解かれ、精神に直接アクセスして夢を記録したり操作したりするような手段が開発されるかも知れませんが、今のところは全くの「夢物語」です。

　これではロムちゃんが生まれてこない！　そこでかっこうはこう考えました。
　屋代修一博士がコンピューター技術に途方もないブレイクスルーをもたらす天才であった、という作品上の設定に加えて、こんな想定はいかがでしょう？　

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