明夢世界最大の決戦 全夢魔(オールナイトメア)総進撃!

 ドリームハンター綾小路麗夢と死神死夢羅ことルシフェル。共に同じ太古の血族でありながら、互いに善と悪、光と闇を代表して果てしない闘争を繰り広げてきた。だがそれも今回限りかもしれない。そんな生涯最大のピンチに、今麗夢は襲われようとしていた。
「死神博士、雑魚は片付いたわ。さっさと正体を現わしなさい!」
 赤を基調とした刺激的なビキニスタイルに一振りの長剣を構え、麗夢は荒涼とした空間に叫んだ。その足元には、つい三〇秒前までこの悪夢に充満していた下級夢魔の残骸がうずたかく積み上がっている。麗夢の脇を固める魔獣、アルファとベータも、物足りなさそうに舌なめずりを繰り返した。その善と光を代表する戦士達の前に、不適な笑みをたたえ、愛用の大鎌を肩に担いで、悪と闇の代表が忽然と姿を現わした。
「ふふふ、また腕を上げたな、麗夢」
 麗夢はずいと剣を構え、死夢羅に迫った。
「もう終わりね。覚悟なさい!」
「覚悟するのは貴様の方だ、麗夢」
 自信満々に死夢羅は言った。
「わしも死神博士とあだ名されるからには、一度やっておかねばならぬと常々思っておったが、ようやくその準備も整った」
「何を企んでいるの?!」
「ふふふ、過去貴様に葬られた怪じ……じゃない、夢魔達の呪われた魂を復活させるのだ。さあ、かつて闇の世界に君臨した強者共よ、今こそ血の復讐を遂げるがいい!」
 死夢羅の声に呼応して鳴動した地面へ、突然一筋の亀裂が走った。地割れから強烈な瘴気が吹き上げ、やがて、幾体もの破壊神達が地割れの底からせり上がってきた。麗夢から見て右端に、身の丈三メートルは下らない緑の巨人、夢魔王が現われた。その左側に、ピンクのワンピースに身を包む、小柄な女の子のみいらが立った。虚ろな眼光に憎悪の炎を燃やす、高宮鏡子である。さらにその隣に、猛々しい黒馬にまたがる白銀の鎧、平智盛の怨霊が現われた。そこから少し離れてチョコン、と座り込んでいるのは、ひらひらのドレスに大きなリボンをあしらった元祖バーチャルアイドル、ROMである。その隣では、「あっぱれ四人組」こと原日本人の巫女達が、一固まりでたたずんでいる。さらに左に外れて、白い仮面を付けた魔女が、死夢羅のそれに見劣しない巨大な鎌を持っている。その横にいるのは、ヴィクター・フランケンシュタイン博士が生んだ人造人間ジュリアン。その隣、全体の左端にもなる化物は、巨体全体に無数の目玉を開き、「夢見の太刀」という一振りの日本刀を手にうごめく夢魔の集合体である。どれもこれも、かつて大変な苦戦の末にようやく勝利を納めてきた強敵ばかりである。顔が強ばり、額に汗を浮かべる麗夢に、死夢羅は絶対の勝利を確信した。
「思い知ったか我が力を! あらゆる夢魔を統べる王にして闇の絶対支配者。悪魔の総帥ルシフェルの前に、今貴様は確実に地獄へ落ちるのだ! ふぁっはははっ!」
 黒いマントに大きく凶風をはらませ、左反面肉が削ぎ落ちた顔が喜びと残忍な期待に打ち震える。圧倒される思いに自身の不利を自覚しながらも、麗夢は一言言い返してやろうと剣のつかを握り直した。
「そうそう貴方の思い通りには……」
「待てい! 今の言葉、聞き捨てならん!」
 いかないわよ! と叫ぼうとした麗夢の声をかき消して、野太い怒鳴り声が右端から割り込んできた。驚いて見ると、夢魔王が手にした蛮刀を死夢羅に突き付けていた。
「夢魔の王とはこのわしの事だ! わしを差し置いてそのような物言いは許さんぞ!」
 すると、その隣からも声が上がった。
「一体誰が貴方を闇の支配者と決めたのよ!闇の支配者はこの私! 夢の世界で一番美しい夢魔の女王、この鏡子様よ!」
 予想もしない非難の連続に目を点にした死夢羅を無視して、今度は左から金切り声が鳴り響いた。
「お前のような干涸びたミイラが一番美しいですって? 笑わせるんじゃないよ! 夢魔の女王はこの私に決まっているのさ!」
 手にした大鎌が冷たい危険な光をはねて主人の力を誇示して見せた。対する鏡子も負けてはいない。
「仮面を被った年増のおばさんは引っ込んでなさいよ! どんなに厚化粧したって、女子高生のピチピチお肌に勝てっこないわ!」
「何だとう?!」
 きーっと怒りも露わに大鎌を振り回す魔女に対し、鏡子もバラの鞭を手に応戦の構えである。そのにわかに盛り上がった戦意に、可愛い声が水を差した。
「女子高生だってもう立派なおばさんよねー」
 何! と鏡子がにらみつけた先に、カラフルなドレスが冷笑を浮かべていた。
「もういっぺん言ってご覧なさいよ!」
 いきり立つ鏡子をなぶるように、ROMはわざと間延びした声で答えた。
「バッカねー。ピチピチって言うのは私みたいな女子中学生までに決まってるじゃない」
「うるさい! 乳臭い餓鬼は引っ込んでな!」
 夢の魔女も苛立たしげにROMを罵倒する。こうして三人の「美女」が三つ巴ににらみあう中、南麻布女子学園古代史研究部長、荒神谷弥生が、ずり落ちた眼鏡をそっと指で直しながら後の三人に振り返った。
「ふん! しょせんは私達、闇の皇帝に仕える原日本人の真の美しさに比べれば、美という単語を使うことさえおこがましい方々ばかりだわ。ねーぇ、皆さん」
「異義無し!」
 口を揃えて合唱する三人に、隣で聞いていたROMが皮肉げな視線を浴びせ掛けた。
「古けりゃ偉いってもんじゃないでしょ。それに闇の皇帝、だなんて、お勉強足りないんじゃないの? 皇帝って言う言葉は、紀元前二二一年に始皇帝が使い始めるまでは無かった言葉なのに、古代史研究部が聞いて呆れるわね。こんな連中の神様だなんて、闇の皇帝も大したこと無いんじゃない」
 からから笑うROMに、荒神谷弥生の柳眉が吊り上がった。
「メインCPU一個壊されただけで逝っちゃったポンコツのくせに、闇の皇帝を侮辱するなんて許さないわ! あんたなんてただの変態ロリコンプログラマーが作ったソフトじゃないのよ」
「屋代博士を馬鹿にするのは許さないわ!」
 憤然として立ち上がったROMに、弥生もすかさず言い返す。
「許さないのはこっちの台詞よ。さあ、闇の皇帝に土下座して許しを乞いなさい!」
「だーれがあんな化物に!」
 思い切りアッカンべーと舌を出したROMに、弥生の堪忍袋がついに切れた。
「ええい! 日登美さん! この小娘に一つ御灸をすえてやって頂戴!」
「がってんでい!」
 力強くうなづいた斑鳩日登美が、早くも自慢のパワードプロテクターを装着し、ミサイルランチャーをROMに向けた。
「覚悟しな!」
の掛け声よりも早く、数発のミサイルが白煙をなびかせながらROMに飛ぶ。ROMは本体であるコンピューターグリフィンの力を解放し、ミサイルの誘導装置をハッキングして狂わせた。ミサイルは次々と勝手な目標に向きを変えた。その内の一発に見舞われた智盛は、草薙の剣で襲い来るミサイルを叩き切り、ぎょろり、と日登美をにらみつけた。危険を悟った日登美が次々にミサイルを乱射したが、物ともせずに智盛は必殺の間合いまで近づくと、四人組めがけて剣を振り上げた。そこへ脇から飛び込んできた夢の魔王が、智盛を馬ごとはじきとばした。
「邪魔だ! こいつはわしがやっつける!」
 見れば魔王の分厚い胸板の真ん中が、火薬臭い焦げ跡を付けている。ミサイルの一発が直撃し、怒りのあまり智盛を押し退けて自ら成敗しようと飛び込んできたのである。この隙に四人組の姿が忽然と消え、数メートル離れた場所に、また唐突に現われた。
「四人いっぺんはきついわ」
 ぜいぜい息を切らしてしゃべるのは、テレポート能力を持つ眞脇由香里である。
「ナイスよ由香里さん。さあ皆さん、今こそ闇の皇帝にお出ましいただき、この不埒者共を一掃するのよ!」
 荒神谷弥生の掛け声を合図に輪になった四人はたちまちトランス状態に入った。
 その間、智盛との小競り合いで劣勢に陥った夢魔王が、一気に勝負を付けようとその本性を現わした。たちまち身の丈一〇数メートルになんなんとする巨大な西洋ドラゴンが、智盛を踏み潰そうと足を上げた。しかし智盛も負けてはいない。いきなり途轍もない精神エネルギーを爆発させると、自らも急激に巨大化して今しも自分を踏み付けようとしたドラゴンの足を払い除けた。バランスを失ったドラゴンは見事に引っ繰り返り、その長い尻尾でもうひとつの紛争場所を薙ぎ払った。夢魔の女王の座を争う、魔女と鏡子の戦場である。既に互いに太古の悪霊を召喚し、魔女は骸骨の巨大翼竜、鏡子はジャバウォックと時計台ロボットを操っての大乱戦の最中だった。戦いは二対一で押しまくる鏡子が優勢であったが、ドラゴンの尻尾は事もあろうに時計台ロボットに直撃し、それを叩き壊してしまったのである。
「何するのよ馬鹿!」
 鏡子は罵声を浴びせたが、これはチャンスと勢いを盛り返した魔女を相手しながらでは、魔王に仕返しをすることも出来ない。一方邪魔を排除した智盛は、草薙の剣を天高くかざし、耳をつんざく炸裂音をこだまさせて、怒りの一撃を落雷させた。その強力な力が、左端でおとなしく蠢いていた目の化物の夢見の太刀と共鳴した。智盛の放った一発の燭光がたちまち無数の雷となって荒れ狂い、辺り構わず落ちまくった。その煽りでROMのグリフィンが緊急停止した。魔女の大鎌が打ち砕かれ、鏡子の鞭も焼き切られる。そこへ、ようやく四人組が召喚した闇の皇帝が降臨した。巨神兵を思わせるおぞましい姿の化物は、荒れ狂う雷を物ともせず、巨大化した智盛に襲いかかった。だが、闇の皇帝も智盛を倒すところまではいかなかった。もみあいの膠着状態に陥ってしまったのだ。
「闇の皇帝はまだ完全ではないわ。やはり夢守の力が必要なのよ!」
 焦りも露に叫ぶ荒神谷弥生が麗夢の方に目をやろうとした時、テレパシストの蒔向静香が、緊迫した情況もものともせずに、マイペースで口を動かした。
「ぶちょぉ、死神博士って、麗夢ちゃんと同じ、ドリームガーディアンよぉ」
「それは本当なの? 静香さん!」
「それに、力は麗夢ちゃんより上みたい」
「でかしたわ静香さん!」
 弥生は、うれしそうに振り向くと、三人の部員に言った。
「さあ皆さん、あの老いぼれを捕まえて、闇の皇帝に捧げるわよ!」
 おう! と応じた四人組は、はたで茫然と事のなりゆきを見守っていた死夢羅を、たちまちのうちに包囲した。
「な、何じゃ貴様等!」
 あわてて鎌を構えた死夢羅に、問答無用と四人は攻撃を開始した。再び日登美のミサイルランチャーが火を噴き、弥生のサイコキネシスが岩石を雨霰と降り注ぐ。更に全く予期しない方角からテレポートで由香里が襲いかかり、ええい面倒と姿を隠せば、静香のテレパシーでたちまち炙り出されてしまう。反撃のいとまも見いだせぬまま、死夢羅はあわてふためいて逃げ惑った。
「待て待て、待たんか! 貴様等を復活させてやったのはこのわしだぞ!」
「そんなこと関係ありません。さあ、観念して捕まりなさい!」
 死夢羅は魔女と鏡子が素手でつかみ合う喧嘩の真っ最中に逃げ込んだ。だが、二人は見事に息の合ったダブルキックで死夢羅を二人だけの聖域から蹴り出した。そこはまたジュリアンと目の夢魔が取っ組み合いの最中であり、無茶苦茶に振り回される夢見の太刀に怯えて逃げると、ようやくリスタートしたROMがセキュリティシステムで死夢羅を陽気に追い回す。これは敵わんと方角を転じれば、今度は智盛と闇の皇帝が、莫大なエネルギーを発散させながら巨体同志くんずほぐれつの格闘中!引きかえそうにもぴったり後に続く「あっぱれ四人組」が迫る。進退窮まった死夢羅は、きょろきょろと逃げ場を求め、やがて反対側で一人茫然と立ち尽くす美少女に目を止めた。
「麗夢、何をしておる! 折角わしが力を尽くしてお前の宿敵を皆復活させてやったのだぞ! さっさとこいつらと戦わないか!」
 既にぼろぼろの死夢羅を見つめていた麗夢は、左右に控えたアルファ、ベータに振り返り、ぽつりと一言。呆れたように言った。
「帰ろう、アルファ、ベータ」
 二匹も不満げに鼻を鳴らしつつ、早くも背中を向けた主人を追い掛けてきびすを帰す。いつ果てるともしれない修羅場にとり残された死夢羅は、絶望のあまり麗夢に叫んだ。
 「ま、待て! 無責任だぞ麗夢! こいつらをほったらかしてどうするつもりだ! おい、待て、待てったら! 頼む、待ってくれ! わしも連れていってくれえ!」
 その叫びをかき消すように、ミサイルが次々と着弾し、同時に雷とレーザービームが撃ち込まれ、青白い炎が辺りを舐めた。たちまち強烈な爆発が発生し、巨大なキノコ雲が沸き起こった。麗夢は少しだけ振り返りながらつぶやいた。
「もし無事だったらまた会いましょう。それまでお元気で」
 それを追い掛けるように死夢羅の絶叫がこだました。死夢羅はようやく、麗夢の相手が皆人の下風に立つことの出来ぬわがまま揃いだったことを、おそまきながら理解したのだった。

後書き