IINAZUKE!4
猫のように大きい目をさらに見開いて菊丸が不二を直視している。
「何?英二!!」
何か文句あるかと言わんばかりにドーナツをパクつきながら問う。
「い、いや不二にしては随分な勢いで食べてない?」
「別に!!普通だよ。」
ぶっきらぼうで少々乱暴な言い方。いつも柔和な不二なだけに妙に棘があるように感じる。
「そ、そう・・・?」
そう、不二は機嫌が悪かった。
昨夜父と話すまで自分はいつもと何変わらぬ生活を送っていたのだ。
それが、何が災いしてかいきなり友人だった奴が許婚になり、
しかもそいつとキスまでした。いや、されたんだ。
今冷静になって考えると、あの屋上での出来事、あまりに瞬時のことで、抵抗はおろか文句のひとつも出なかったが、自分に落ち度など決してなかった。
そう、一方的にキスされたんだ。
テニスに明け暮れる毎日、恋愛ごとには縁遠い生活だったが、そこは健全なる中学三年生、青春真っ盛り、いつか素敵な恋をして好きになった女の子と触れるだけのファーストキス・・
そんな夢や憧れはそれなりに持っていた。
それがこの現実は何だ?しかも相手は男なわけで・・。
不二は悔しさと情けなさで無性に腹が立ってかなり焦燥していた。
訳の分からない不二の迫力に菊丸は少々怯みがちだったが、不二が6つ目のドーナツに手を出そうとした時さすがに止めに入った。
「もう、やめとけよー。腹こわすって。」
むぅーっと剥れて不二が
「大丈夫だってば!!放っといてよ。」
そう言い切って立ち上がったものの急に体制を変えた為か胃に重みが一気に押し寄せた。
「うぐっ・・・・」
素早く口に手を当て、胃から上がってきたガスを押さえ込む。
「ほらぁ〜、幾らなんでも食べ過ぎだってー。俺、てっきり家の人へのお土産だと思ってたのに、次々食べちゃうからビックリしたって。まさか、最初から全部食べるつもりだったのか?」
不二は店頭でドーナツを10個も注文していた。
店員が当然のようにテイクアウト用に箱詰めしたそれを店中で開け広げ、鷲づかみで食べだしたのだから菊丸が驚くのも無理はない。
「何かあったの、不二ぃ?」
菊丸が心配そうに覗き込んでくる。
いけない!!さっきからつい感情が露になっていたことを自覚し、慌てて表情を取り繕って微笑んでみる。
今更、何もない・・と笑ってみても聊か説得力に欠けるだろうが
「どうして?英二。何もないけど?」とサラッと言い流す。
「でも、さっきから様子おかし・・・」菊丸はその後の言葉を呑み込んだ。
不二はにっこり笑っていながら眼光鋭く菊丸を睨み付けている。
こう見えて菊丸は案外人の機微に聡い。手塚が許婚だなんてまさか気付くとは思えないが、このまま話していては手塚との間に何かあるぐらいは感ずかれそうだ。
それ以上聞くなと半ば脅しに近い形相で一言。
「そろそろ帰る?」
疑問文のようだがその実命令である。拒絶は許されなかった。
「不二ぃ、それ怖いよ〜〜。」
「いい子だね。英二。」
×××××××××
「あ〜〜〜、むしゃくしゃするー」
菊丸と別れた後、家に帰る道すがら気分は絶不調だ。
手塚との話し合いが全く意味を成さなかった事ももちろんだが自分のファーストキスをあっさり奪われた事も面白くない。
そもそも何故自分がこんなくだらない事で悩まなければならないのか、不二の苛々は最高潮に達していた。
「ただいまー、あれ、お客様かな?」
玄関に見慣れない靴があるのを見て、客人が来ている事を察する。
不二の父親は海外赴任で普段は異国の地にいる。赴任先よりの帰国はせいぜい年に二〜三回だ。
今回の帰国も正月以来でかれこれ半年ぶりだった。
父が日本にいる間に親しい友人や同僚が不二家に訪れる事はお決まりごとのようになっている。
早速、誰かやってきたな・・・
そう思い不機嫌丸出しの形相を改めて余所行きようの笑顔に作り変える。
静かにリビングのドアを開け、いつもよりワントーン下げた落ち着いた声で
「ただいま帰りました。父さん、お客様?」
「遅かったな周助、待ちかねたぞ。」
父はすぐさま立ち上がってそう言った。
客人が自分と対面する事を望んだのだろうか、如何にもそんな反応の父に
「ごめんなさい、友達とちょっと寄り道してたものだから・・・」
しおらしく言い訳しながらこちらに背を向け座っている客人を一瞥し軽く挨拶をする。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりなさって・・・・・・え?」
・・・まさか?・・・そんな・・・でもあの後姿・・・
「君!一体こんなところで何してるのさ!!」
先ほどとは打って変わってどでかい声で叫んでしまった。
そう、目の前の客人は理にかなわない事由で許婚と言い渡された相手手塚国光だった。
再三再四の説得にも微動だにせず、挙句の果てにキスまでしやがった目の前のバカヤローに不二は一気に怒りの情が激し、わなわなと震える手を胸の前で拳に変えた。
「寄り道は感心しないな。部が終わったらまっすぐ家に帰れ。」
「ぼ、僕の勝手でしょう?もっともらしい事言っちゃって、世間の一般常識も通用しない奴の台詞か!」
「学校の帰りにそのまま出歩くのは立派な校則違反だ。大体中学生がこんな時間まで遊んでいるのは非常識だろう?」
「なっ・・・き、君だって夕飯時の非常識な時間帯に他人の家に堂々と上がりこんでるじゃない!!」
二人のそんな言い争いに、というか一方的に不二が熱り立っているだけなのだが父が仲裁に入ろうとする。
「こら周助、手塚くんに失礼じゃないか。こちらから夕飯に誘ったんだぞ。わざわざ来てもらったのにそんな言い方するものじゃない。まあ、喧嘩するほど仲がいいのは分かるが・・」
「誰が仲がいいって言った!!」
すかさず突っ込みを入れる不二であったが父はさらっと受け流す。
「お前!昨日手塚くんに好意を持っていると言ってただろう?」
「本当ですか?お父さん!」
「お、おいっ、ちょっと待て!つーか何でお父さんなんだ!!!」
不二は慌てて訂正しようと必死で2人の会話に割り込もうと試みたが全く以って相手にされず。
「本当だよ、国光くん。とても尊敬できる人間で大好きだと・・」
「大好きとまで言った覚えはないよ!」
「俺なんかをそんなに・・・」
「そうそう。憧れの人だとも言ってたよ。」
「だから、それは友人としてで・・」
「自分はとても憧れられるような人間なんかでは・・・。ですが、周助くんにそんな風に思ってもらって光栄です。」
「いや、初めて会ったが礼儀正しくて君はなかなかの好青年だ。」
「青年・・・って手塚は中学生だってーの!」
「周助が惚れるのも無理はない。」
「だっ誰が惚れたんだ!誰がっ!!」」
「そ、そんな・・僕の方が周助君に参ってますから。」
「参るな〜〜〜〜!!!」
「それを聞いて安心した。これでやっとご先祖様に顔向けができる。」
「ご先祖様、僕は背いていたいんです。」
「はい、あちらの世界でゆっくり休んでいただけるかと・・」
「いーえ、化けて出てもいいからもう少し活動して!」
「有難う、国光くん。周助は幸せな奴だ。」
「何時から不幸せを幸せと言うように?」
「自信などありませんが俺のできる範囲で幸せにしたいと思ってます。」
「そもそも範囲を超えてんだよ!!」
「不束者だが、私にとっては大事な息子だ。どうかよろしく頼みます。」
「あ、頭を上げてください!」
改まって頭を下げた父に手塚が慌てて止めさそうとする。
何とも慎ましやかなこの光景に不二の怒りは頂点に達した。
「こら〜〜〜!!!さっきから僕を無視して何を盛り上がってんのさ!これじゃあ結婚の挨拶に来た恋人とその父じゃないか。ハッキリ言わせて貰うけど僕は結婚とかそんなこと全く考えてないんだからね!そっちで勝手に話を進めないでほしいね。ご先祖さまの願いか何か知らないけど何で僕なわけ?僕や手塚のそのまた先祖でもいいわけでしょ。納得できない!納得できないからね!!とにかく、僕はぜーったい嫌だからね!!!」
不二は感情に任せて洗い浚いぶちまけた。
普段からセルフコントロールが自然に身についている不二だが、こうとなったらもう抑える事などできるはずもなく。
何時にない不二の感情的な発言に驚き暫く呆然と聞いていた父が急に深刻な面持ちになっていく。
「周助・・・嫌って・・それは如何して?・・国光くんは立派な青年じゃないか・・」
先ほどまでのりのりで手塚と対話していた父の態度が一変して妙に物寂しげな風情を見せる。
家族思いの不二にとって父親のそんな表情は胸が詰まる気持ちになる。
まして自分が発した言葉が原因と分かってる今、父を傷つけたかもしれないという自責の念に駆られ苦痛を感じる。
「あ・・の、父さん。手塚は素敵な人だと思うよ。ホントに尊敬もしてる・・でもね、僕たちは男同士・・・」
「じゃあ、お前が嫌なのは少なくても国光くん自身ではないんだな?」
不二の言葉を遮って父が質問をする。
「そうだよ。手塚にどうこう言ってるわけじゃなくて・・性別に問題が・・ある・・・」
父の表情がぱぁーっと明るくなった。どうやら不二の台詞の前半だけで都合よい判断をしたようだ。
「そうかー。いや、安心しろ周助!幾らなんでも中学生のお前たちにすぐに結婚しろとは言わないから!いやいやよかった。国光くんが好きなら問題はないんだ。ゆっくり時間を掛ければいいんだ。なあ、国光くん!!」
「はい、そうですね。お父さん!」
「え?・・いや・・ちょっと・・・・あの」意外な展開に慌てて説明しようとするが
「さあ、お夕飯できましたよ。」と母の声が邪魔をした。
「待たせたな国光くん。さあ、あっちへ」父は手塚を促してさっさと食卓へ移動してしまった。
「ちょっと待ってよ〜〜〜〜!!」
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