IINAZUKE!5
終始和やか(?)なうちに夕食は終わった。
食後のデザートと共に不二と手塚は不二の自室にいた。
「甘いもの苦手でしょう?別に無理して食べなくていいから!」
わざと視線を外してとげとげしい物言いをする。
「いや、折角お母さんが作ってくれたのだから、頂こう。」
手塚はお手製のタルトをフォークの先で丁寧に切り取り一口、二口と口へ運ぶ。
不二はその姿をチラッと横目で見た。
相変わらず綺麗な食べ方だなあ・・
休日の練習等は他のメンバーも含めて手塚と昼食をとることが多い。ただ弁当を食べているだけなのだが、洗練された箸使い、口元への運び方、食べ方、そのどれをとっても目を引くものがある。先ほどの夕食の席でも洋食は不慣れだと言いつつナイフやフォークもそつなくこなしていた。きっと家庭で行き届いた躾をされているのだろうが、それだけではない彼そのものの気品のようなものを感じさせられる。不二はそんな彼の食べ方がとても好きだった。
思わず見惚れて口の動きを凝視しているとある一点で視線が止まった。
形良いきりりと締まった唇。
あれが僕の唇に触れたんだ・・・
無意識に自分の唇を人差し指がなぞる。
「何だ。」
「は?」
「は?じゃない。何だと聞いている。」
「ああ、タルトだよ。姉さんがいたらパイを焼いただろうけど・・」
「ケーキのことではない。それくらいは知っている。」
「へぇ、以外、それがタルトってネーミングだってこと知ってるんだ!」
手塚は本気で驚いている不二に軽く溜息を漏らし、
「お前、俺を見ていただろう?何か言いたいことがあるのではないのかと言ってるんだ。遠慮せずに言ってくれ。」
「みっ、見てないよ!!それになんで僕が君に遠慮する必要があるのさ!」
慌てて否定する不二の反応に少し間を空けてから「それならいいが。」そう呟いて残っていたタルトを再び口にした。
「ねぇ、甘いもの苦手じゃなかった?」
先ほどは嫌味をこめて言った言葉だが、黙々と食べている手塚を見て本当に我慢してるのではないかと少し気になってきた。
「ホントに無理しなくていいんだよ?」
「いや、これはそれほど甘くない。美味しいと思う。」
甘いものを苦手とする手塚は普段から洋菓子など口にする所を見たことがない。調理実習なんかで手塚のためにと女の子たちがわざわざ作ったものですら行き先は大抵レギュラー部員の胃袋である。
「折角だから一つくらい食べてあげたら?」と周りが言っても
「いや、いい。」の一言だ。
「かわいそうに・・・」作った女の子たちは今頃手塚くんに食べてもらえてるんだってドキドキしているに違いない。
「仕方ないだろう。苦手なものを慈悲で食べるほど俺はできた人間ではない。」
「わ、ひど〜〜。」
菊丸は嬉しそうにそれらを頬張りながらも一応女の子たちを気の毒に思ってるようだ。
「俺は、ちゃんと最初に断っている。それでも要らないなら捨ててくれていいと言って置いていくんだ。だからと言って本当に捨てるわけにもいかないだろう。食べ物を粗末には出来ない。だからこうしてお前たちに食べてもらっている。他にいい方法があるなら教えてくれ。」
確かに食べ物を粗末にしてはいけない。でも女の子たちの気持ちは粗末にしていいのか。
淡々と語るこの朴念仁にそんな疑問を皆は抱かずにはいられない・・・・・
そんな手塚が母が作ったタルトを美味しいと言って全部食べたのだ。気を遣っているだけかもしれないが母の手作りを褒められて悪い気はしない。
少し気をよくした不二が
「僕も食べよかな。」と手塚の斜向かいに座った時、
「お前はやめておけ!」一言制して紅茶のカップを口にした。
「何で?」
何故手塚に止められなければならない?正直に疑問符が口から出た。
「どうせ全部食べないだろう?中途半端に残すくらいなら初めから手をつけない方がまだいい。」
自分のこれからの行動を全て読んでるかのように語られ、
「なんで君にそんなこと分かるのさ!」
なまじ当たっているだけに余計にむかついて食ってかかってしまった。
「先ほどの夕食もどれもこれも口を付けただけで大半残していたじゃないか。どうせ菊丸あたりとどこかで買い食いでもして来たんだろう。それならそうときっちり説明すべきだ。それが作った人への礼儀と言うものではないのか。」
「それは・・・・」
誰のせいで強行的にドーナツを大量に食べたのかを考えるとお前にだけは言われたくない台詞だが、あまりに確信をつかれていて続く言葉がない。
「―――――ごめん。」
結局出たのは謝罪の言葉だった。
「謝るのは俺ではなく、お母さんにだろう?」
手塚がやんわりそう諭した時、タイミングよくドアをノックする音が鳴る。
「入るわね。林檎を剥いたのよ。」
母が綺麗にガラスの器に盛られた林檎と撮り皿をお盆にのせて持って来た。
手塚が来ている事もあって次から次へ母も気を遣っているのだろう。しかしさっき手塚に言われた事を肝に銘じた不二は事情を話すことにした。
「ありがとう母さん。でもあのね、僕、今日帰りに英二とドーナツ食べに行ってさ、ちょっと食べすぎちゃってお腹一杯なんだ。それで夕飯もあんなに残しちゃって・・・。ごめんなさい。」
「あら、そうだったの。具合悪いんじゃなくてよかったわ。それにしてもあなたが食べ過ぎるなんてよっぽど美味しかったのね。」
食が進まない不二をやはり心配していたのか母は理由が分かって安堵の笑みを漏らした。
「え?・・ああ、うん。」
美味しかったから食べ過ぎたのとは全く違うがあえて説明する必要もなく、とにかく母が安心する様子を見て手塚の言うとおり予めきちんと話しておくべきだったと反省した。
「手塚くんはどうかしら?」
「ありがとうございます。でも僕ももうお腹がいっぱいですから、口直しに一切れだけ頂きます。」
「そう?そうね。じゃあ、一切れだけ・・。」
そう言って、母淑子は持ってきた取り皿に林檎を一切れのせてそれだけテーブルの上に置いていった。
手塚の態度はさすがだと思う。折角用意されたものだ。目上の人に対していらないとはいくら手塚でも言いにくいだろう。だがお腹がいっぱいでも林檎一切れくらいなら何とかなる。全く手をつけないよりは失礼に当たらない。しかも理由をはっきり言って食べられない分はきちんと断りをいれている。計算ではなく自然にそういったマナーが身についていところはやはり尊敬できる。きっと手塚にあれこれ持ってくる女の子達にもそれなりの誠意をもって断っているのだろう。それでも容易に引き下がらないのが彼女達の現状だ。一々相手にするのが鬱陶しくて適当に受け答えしている自分の方がよっぽど失礼なのかもしれない。
「僕さ、君のそういうところ好きだよ。」自然に出た言葉だった。
手塚は僕の顔をじっと見つめていたが「そうか。」と一言だけ言って林檎を口にした。
シャリッ―――
黙っていると手塚が林檎を齧る音が響く。
美味しそう。
満腹で下げてもらったものの一切れもらえばよかったと手塚の持つ林檎をぼんやり眺めていると不二の視界にフォークに突き刺さった齧りさしの林檎が飛び込んできた。
「ほら。」
口元に差し出されたそれに不二は一瞬戸惑いを覚えたものの自然とそのまま口を持っていった。
「おいし。」シャリシャリと音を立てて林檎を食べる不二を見て
「それはよかった。」と手塚が微笑んだ。
この気持ちはなんだろう・・・
不二は不思議な感覚に陥っていた。さっきまであれほど手塚にムカついていたというのに今はなんだかこの空間が心地いい。
手塚の手から林檎を食べたことが嬉しいと思うなんて。
「そろそろ失礼するか。」手塚がすっと立ち上がる。
「えっ?もう帰るの?」不二は素直に思った事を口にのせた。
「どうしたんだ。さっきとえらく態度が違うじゃないか?」
顎を引き上目遣いに自分を見ながら、口元を隠すように手をあててにっと笑っている彼を見て
「ち、違うよ!!友達、そう友達として僕は君が好きだ。だからさ、君と共有できる時間は・・楽しい・・・んだ。だから・・・もう帰るのかって・・・。」
勢いよく否定しかけた不二だったがだんだん気弱になる語尾に説得力の欠片もない。
「くっくっく・・。」口に手をあてたまま笑い出す手塚。
「な、何笑ってんのさ!別に変な事言ってないけど?」むっとして言い返す不二。
「ああ、そうだな。別に変じゃないぞ。」楽しそうに答える手塚。
「だったら何で笑うのって言ってんの!!」真っ赤になって台詞を吐く不二。
必死で向きになっている子供とそれを軽く受け流す大人・・そんな構図が今の二人にぴったり当てはまる。そしてそれが分かっているだけに不二は凄く悔しくて、でも何故か嬉しくて。
手塚のこんな姿は初めて見たかもしれない。いつも彼は完璧だ。だからこそ尊敬もし憧れもする。だが、時としてその完璧さが手塚の人間味を掻き消しているように思っていた。
毎日を楽しんでいるのだろうか?
人の上に立って苦労を買ってでて嫌になる事はないのだろうか?
弱音を吐いたりしないのだろうか?
悔しくて泣くことなんてあるのだろうか?
腹の底から笑うことはあるのだろうか?
彼の表情から読めるものは殆どなかった。辛い事悲しい事を一人で抱えているのではないか。楽しい事嬉しい事を誰かと分かち合うことをしないのではないか。それなら悲しすぎる――――そんな風に思っていた。
手塚が今、この一時を楽しんでいる事が不二は嬉しかった。
その時を共有しているのが自分である事も。
むっと口を尖らせながらもつい緩んでしまいそうになった。
「また・・・・来てよね。」
その台詞はとても照れくさかった。だからわざとおまけを付ける。
「でも許婚とかそういうのは抜きだからね!さっきも言ったけど君の事は好きだ。でもあくまでも友達としてだから。そこ、勘違いしないように!!」
「ああ、分かった。初めは友達からと言うしな。」
「だからぁ〜っ、初めも終わりもないって言ってるでしょ〜〜。」
僕の反応を未だくつくつと笑ってる手塚。
ま、いいか。
彼の笑顔、悪くない―――
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