僕は何をしてるんだろう・・。
早く離れなきゃ・・・でも目を逸らすことができない。
その気にさせるのは作戦で、本気で受け入る必要なんてないのに。

何故だろう・・・もう、如何なってもいい――



IINAZUKE!9



少しずつ手塚の影が近づいてくる。

とろ〜り、半分くらい瞼が落ちたその時―――

バンッ

「不二っ!大変だよ。すぐ降りてきて。」

屋上の鉄の扉が開く音とほぼ同時に切羽詰った声がして、二人はさっと身体を離した。

「どったの?二人とも・・。」

菊丸が口をあんぐり開けて立っていた。

み、見られたかな?
慌てて澄まし顔を作ってごまかしてみる。

「なあに、英二?」

菊丸は手塚と不二を交互に見ながらも、ありがたいことに自分のことに切羽詰っているようで何も触れてはこなかった。

「ああ、うん。悪い不二、大事な用を忘れててさ。」
「用って?」
「宿題だよ。昼休みに写させてって言ってたじゃん。」
「ああ・・・。」

そう言えば、そんな約束してたっけな・・。
うまく交わせた安堵感と現実に引き戻された空虚感に何だか呆然となる。

いいとこだったのに・・。

(わぁぁ!何を思ってしまうんだ!!)

でもあのままいけば確実にキスをしていた。2度目とは言え、今度は一方的じゃない。あれはどう見たって同意の上だ。
一体自分は何を考えているんだ。もし、もし菊丸が来なかったら・・・

ひゅるるるる〜〜〜

冷たい風が不二の身体を通り抜けた。
今日は夏日。通り抜けた気がしたと言うのが正しい。

「ごめん、手塚。ご飯まだだったけど・・。」
「ああ。」


結局、昼食を食べず手塚を残して教室へ戻ることになった。
復讐とか言ってたわりに、なんとなく罪悪感が残る。宿題を写す菊丸の横で弁当を食べながら、手塚は結局どうしたのか気になって仕方がない。彼も教室へ戻っただろうか。それとも屋上で一人で食べてるのかな。群れをなすタイプではなさそうだが、孤独に屋上で弁当食べるなんて自分だったら嫌だな。
何だか手塚に申し訳なくて、何度も溜息が漏れた。

「悪いことしちゃったな・・。」
「ホントごめん、もう食べてると思ってさー。」

ペンを走らせながらすまないと反対の手をあげて菊丸が謝罪する。

「いや、来てくれてよかったよ。」
「ん?」
「ううん、こっちのこと。早く写さないとチャイム鳴っちゃうよ。」
「そうだった。」

慌てて、ノートに目を戻す菊丸を見ながら、改めて来てくれてよかったと思う。
何故こんなに手塚に左右されてしまうんだろう。ムカついてぎゃふんと言わせてやるはずじゃなかったのか。
それなのに手塚をおいて教室に戻っただけで悪いことをしたと思ってしまう。
菊丸が宿題のことを思い出さなかったら、今頃はどうなっていただろう。キスをして、それから・・?
手塚のこと一体どう思っているのか。なんだかんだ言いながら自分は着々と彼に飲まれていってるような気がする。
あの深い眼差しで見つめられたら、もうどうなってもいいと思ってしまう。
自制心が効かなくなる。いや、寧ろ自ら望んで包まれたくなるんだ。
このままじゃいけない、手塚は自分を騙してるんだから。


でも・・・・・・本当にそうなのかな。

手塚は事実ではないと言っていた。
許婚の件で手塚という奴が思っていたような人間ではなかったことは実証済み。
想像以上に自分勝手で、思い込みが激しくて、人の気持ちなんてお構いなしに、ずけずけと入り込んで・・・。
けど嘘なんてつくような奴だろうか。デリカシーには少々欠けるけど、思いやりは十分すぎるほど伝わってきた。

信じてるから――

さっきの自分の言葉が蘇る。手塚も信じろって言った。
本当か嘘か分からない事実は信じることができなければそこで終わりだ。
彼が嘘を付いていると決めてしまえば、信頼関係も全部断たれてしまう。
例え、それが後で間違いだったとしても、そこから修復することはとても難しいことなのだ。
やり直すことができても一度入った亀裂は心の傷として残ってしまう。
それが友人という形であっても同じではないだろうか。
手塚自身が否定していることを、自分は噂の方を信じるのか。


「サンキュー、不二。助かったよ。」
「うん。」
「でも、本当に悪かったにゃ。」
「もういいって。でも後で手塚に走らされるかもしれないね。」

くすくす笑って言うと、菊丸の顔からさーっと血の気が引いて、

「何周かな?」
「そうだね、屋上で一人ぼっちなんて結構きついからね、きっと相当だよ。」
「うにゃー、でもぉ、もしかしたら命の恩人だったかもしれないっしょ?俺。」
「恩人?何それ。」
「だってさぁ、不二なんか怒ってたしー。あれ手塚に対してだろ?俺が行った時も随分手塚に詰め寄ってたじゃん。」

詰め寄って・・・ってそんな風に見られたのか。
まさか抱き合ってましたとは言えないけど、ちょうどキスしようとしてましたなんてことも絶対言えないけど・・、あらぬ誤解を招いているようだ。

「怒ってなんていないよ?」

とにっこり言ってみたが実際自分は怒っていた。

「僕が手塚に怒る理由なんてある?」

それは自分の事を好きといいながら彼女ができたなんて聞いたから。

「いや、それは分かんないけどさー、何かすげぇ迫力だったしぃ。」
「迫力・・。」

そんなに顔に出てただろうか。
そもそも手塚に彼女が出来たとわかって何故あんなに怒っていたのか。
騙されたのだとしたらそれは確かに心外なことだ。だけど自分にとって婚約が解消されれば、好都合だったはずではないか。
嘘をつかれたことに腹立てるならその事実だけをを直接手塚にぶつければよかっただけだ。
回りくどいやり方で騙そうとしたのは寧ろ自分?
しかも手塚は彼女なんて間違いだと言った。そしてそのことに安堵して事を起こさなかったことを良かったと思っている自分の気持ちを統合して考えると

ジェラシー・・?

「嘘・・そんな。まさか・・違うよ。だって・・僕は・・」
「あ〜、うん。俺の勘違いだよ。そうだよな。別に怒る理由なんかないもんな。」

目の前で突然しどろもどろになる不二。
不二の様子がおかしいと碌な事がない。いち早くそれを悟った菊丸はこれ以上突っ込むまいとすかさずフォローを入れた。

「英二、ちょっと出てくるよ。」
「出てくるって、もうすぐ予鈴なるぜ。」
「すぐ戻るから。」

不二が向かったその先は2年4組。
手塚の彼女(ではないらしいが)がいるクラスだった。


着いた途端予鈴がなる。
後5分、名前は聞いたが顔は知らない。噂に寄れば髪の長い和風美人。
教室の後ろ扉から顔を出してそれらしき人物を探す。
一体自分は何をやってるのか。彼女を見つけたからといってどうするわけでもないのだが、それでも不二は知りたかった。
彼女がではない。自分の気持ちをだ。
それを知る手がかりになるもの、今、噂のその彼女以外思いつくものはなかった。
分からない。転校生と聞いてるが学年が違う中、その区別すらつかない。
タイムアップ、授業が始まってしまう。とりあえず教室に戻らなければ・・・・その時、

「すみません。」

ちょこんと会釈をして横を通り過ぎる影。流れる黒髪。すこしおっとりとした独特の発音は西の地域のもの。

この娘だ!!間違いない。
噂に聞く通り、そこにいるだけで自然と目がいくほどの美しい容姿をしている。
色白の肌に、切れ長の目元、すっと通った鼻筋、少し薄めの唇は口角を微かに上げ自然な笑みを称えていた。

ごくり。
普段、女の子の容姿は特に気にしない不二だったが、彼女のその美しさに思わず生唾を飲む。
あの手塚に決して引けなどとらない。二人が一緒に並んだら、他を寄せ付けないほどのオーラを醸し出すだろう。
二人が一緒に・・・

手塚は彼女と噂になっていることを知らなかった。
それが事実だとしても噂になるシチュエーションがあったに違いない。
確かに生徒会長として構内を案内させられたとしても(不二勝手構想)それを恋人と見紛わんばかりの迫力があるだろう。
どんなことで彼女と接点があったのかは分からないが、誤解されるなにかがあったはずだ。

自分の左腕を掴んでいた手に力がこもる。
授業開始のチャイムがなり響き、不二は走って教室へ戻った。

認めざるを得ない。胸の奥で行き場がなくてむずむずした感覚が「嫉妬」なんだと言うことを。
悔しい――誰かを見てそんなことを思うなんて、不二は初めてだった。




××××××






あれから数日、手塚と例の彼女のカップリング説はまるで鎮火したかのように静まっていった。
所詮他人への関心ごとなんてそんなものだ。まして校内で堂々とデートしてるならともかく、二人でいるところを誰も見かけないのだろう。もともと手塚相手に切り出す輩もいなければからかう奴など当然いない。ギャラリー達も刺激がなければ騒ぎ立てることもなくなっていく。
手塚も普段と何一つ変わらない。やっぱり彼の言うとおりただの噂だったのだ。

けれどその噂が旋風を巻き起こしていた時、自分が言い知れぬ感情に苛々したのは事実。
そしてその的になった彼女を見たとき、咄嗟に浮かんだのは「負けた」だった。
手塚の眼中に彼女がなければ勝つも負けるもない。それは十分に分かっていることだったが、もし彼が同等の気持ちで二人を見れば、結果は歴然。
不二もそこそこの容姿をしているとそれなりの自負はあったのだが、彼女のそれには到底及ばないと思った。何よりも彼女は本物の女の子だ。いや、百歩譲って自分が女の子だったとしても勝ち目はない。それほどに彼女の見て呉れは完璧だったのだ。そして現実は「だったとしても」の仮定は成り立たない。やっぱり自分は男なのだ。

「あ〜!もうやだ!!」

手塚彼女できちゃった説以来、不二はそのことばかりずっと考えている。
もう手塚が自分を騙しているとは思っていない。周りが騒いだだけのことだったのだ。
今、不二を悩ましてるのは自分自身の気持ちだ。
明らかにあの時感じた気持ちはジェラシー。しかも事実無根の嫉妬なわけだが、彼女のことが気になって仕様がなかった。
だからと言って手塚を恋愛相手として好きだというのはちょっと違う。
屋上でキスをしかけた事は自分でもかなりの衝撃だった。冷静に考えたら気色悪い。現にファーストキスを思い出すと、その不条理さに未だふつふつ腹が立ち、腕はぷつぷつチキンになる。手塚の想いも自分の中ではどうしても消化しきれない。やはり同姓をそういう対象で見ることは抵抗があるのだ。

手塚が不二を好きだと言ってから、今まで知らなかった彼が手に取るように見えてきた。
それが不二への気持ちゆえに彼が向けたものならば、手塚にとって本当の部分を自分は引き出すことができる存在なんだと不二はとても嬉しかった。
そう、恋というよりは大切な親友を奪われた気分。手塚の特別が自分から違う人へ変わろうとしていることへの嫉妬心。

「ばからし!」

彼女は手塚とは無関係なのだ。
勝つも負けるもない。しかも恋と友情は全く違うものなのだ。それを天秤にかけて苛々するなんてあまりに不毛すぎて不二は自分自身が情けなかった。

やっぱり一度きちんと話すべきだよね・・

ここのところの自分の感情の浮き沈みに限界を感じた不二は、手塚と話をしたいと望んだ。
もちろんきっちり許婚問題を踏まえてのことだ。
そもそもここから話がややこしくなったのだ。
それまではいい友人としてやってこれた。確かにこのことがきっかけで手塚との距離が随分縮んだことに喜びは感じている。
でもそれはこれからも何でも分かり合える親友として十分繋げていける関係だ。プラスに導かれたことと受け入れればいい。
ただ決着もつけず許婚でいるわけにはいかない。
僕達は男同士。許婚といっても実際に結婚なんて出来るわけもなく。
単純にご先祖の願いだとか、両家の想いだとかで片付けられては困る。
手塚は話せばちゃんと分かってくれる奴だ。
自分達の関係をはっきりしておけば、余計なことも考えずにすむし、妙な気持ちに捕らわれることもないだろう。そしていつか手塚に特別な誰かが出来た時、心から一緒に喜べるんじゃないだろうか。




日曜日の部活は午前中で終わる。
手塚とゆっくり話がしたかった不二は早速声を掛けた。

「手塚、お昼から会えないかな。話がしたいんだ。」
「構わないが、では何処かへ行くか?」
「いや、出来ればお宅に伺いたいんだけど。ご両親やお爺様にも聞いて頂きたいから。」

ご両親やお爺様を出した時点で許婚絡みの話だとピンとくるだろうが、手塚は「そうか。なら待っている。」と言っただけで特に追求してはこなかった。

「じゃあ、ご飯食べたら行くね。2時過ぎぐらいになると思う。」
「ああ。」


これでいい。今まで色々遠回りした気がする。手塚にだけではなくご家族にも自分の気持ちを伝えればきっと分かってくださるはずだ。
自分の両親へは事後報告になるだろうが、先方にきっちり納得してもらったとなればそれ以上四の五の言わないだろう。

勉強が出来て、スポーツ万能で統率力があるから部や生徒会をも纏め上げる。そんな手塚は不二の憧れだった。少し近寄りがたい一面もあったが、それは自分が彼という人を理解しきれていなかっただけで、本当は思いやりのあるすごく優しい奴だ。そしてあの仏頂面、喜怒哀楽がないのかと思いきや、笑ったり照れたりする実に普通の中学生だった。

これでまた元に戻れる。普通の友達だったあの頃に、いや、もっと君の事好きになって互いを分かり合える親友として付き合っていくことができる。
あの憧れの手塚が最良の友達なんてこんなに嬉しいことはない。そして手塚にとっても僕はそうあれると思う。

なのに何故だろう・・不二の気持ちは重かった。
今から自分が話そうとしていること、きっと先方はがっかりされるだろう。手塚もきっと、がっかりするのだろう。

罪悪感―――だろうか?

いや、そんな感情ではない。全てが終わった後を想像すると何かこうぽっかり穴が開いたよう気になるのだ。

その心の揺れが何を意味してるのか不二はまだ分からなかった。






「はーい、ちょっとお待ちくださいな。」

インターフォン越しから優しげな声が聞こえた。直後その声の持ち主が玄関から顔を出す。

「よく来てくれたわ。ずっとお待ちしてたのよ。」

挨拶をする前に向こうから歓迎の言葉をもらった。
息子の許婚に会うことをずっと前から望んでいた・・いかにもそんな口ぶりだ。

物腰柔らかそうな振る舞いで不二の肩にそっと手をかけ、家の中へと導いてくれるその人はきっと手塚のお母さん。

「初めまして。周助です。もっと早くご挨拶に来るべきだったのですが・・・。」

普通の友達なら苗字を名乗るところだが、今現在は息子の嫁(?)になる者なわけで、殊勝にも不二は敢えて「周助」と名乗った。

「あら、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。自分の家と思って遠慮なんてしないでね。さあ、どうぞ。」

手塚の母、彩菜の態度から不二は自分がどうやら好意的に受け入れられているらしいことが分かった。
その事実に何故か安心してしまう。
いくら手塚家のご先祖の願いだとしても相手が同姓なんて反対していてもおかしくないはずだ。
特に母親はおそらく他家から嫁いできているはず。手塚家の一員とは言え、血の繋がりのない先祖の遺言、しかも何代にも渡って叶えられなかったことを、大切な一人息子に押し付けられて、内心どう思ってるんだろうと冷や冷やしていた。
しかし彼女は不二に優しく接してくれる。

「あの、ご都合も聞かず急にお邪魔することになって申し訳ありません。」
「そんなことちっとも構わないのよ。どうぞゆっくりしていって頂戴ね。不二君が来るって聞いて張り切ってお夕飯の用意をしようと思ってるの。」
「え、夕飯・・ですか。」

今日は許婚をすっぱり解消してもらうつもりでやってきた。今までの流れからいくと手塚家にとって良い話ではないだろう。それなのにのこのこ夕飯までご馳走になるわけにはいかない。

返答に困っていると、

「遅くまで引き止めちゃご迷惑かしら。」

ご迷惑?と問われるとまた困る。
ご迷惑というより申し訳ないだけだが、迷惑がってると思われるような態度は取りたくない。

「いえ、とんでもないです。嬉しいです。でもその前にお話が・・あの、お爺さんかお父さんは?」
「ああ、それがお爺さん今日は囲碁の集まりに出ちゃってて、お父さんもアッシーに借り出されてるの。」
「そう・・ですか。」


先方の都合も聞かずにやってきたのだから、お留守でも仕方がない。
出直すほうがいいだろうか。
でもこのままもやもやした時間を引っ張り続けるのはやはり不本意だ。


「でも夕方には帰ってくるのよ。だから不二君さえよければ本当にお夕飯食べて言って頂戴。」

いつまでも先延ばしにしていても仕方がない。
できれば今日中に片をつけるほうがいいのだ。
その気もないのにご家族にも手塚にもこれ以上期待を持たせてはその方が申し訳ない。
どうしようかとごちゃごちゃ考えていたが、不二はその言葉に甘えることにした。

「すみません。お言葉に甘えさせてもらいます。」
「じゃあ早速お買い物行ってくるわ。不二君は何が好き?和食は平気かしら。」

手塚の母は胸の前で手を合わせて嬉しそうに張り切った様子を見せる。
手塚のお母さんなんて、真面目で堅そうな人かと思っていた。
だが、年配の女性に向かって言うのは失礼極まりないが、実に可愛らしい母上だ。
不二からくすっと自然な笑みが漏れる。

「何でも大丈夫です。ありがとうございます。あ、これ・・遅くなって。」

つい後回しになってしまった手土産のケーキを渡す。

「あら、嬉しいわ。ケーキなんて久しぶり。だってお爺さんがいるでしょう。洋菓子なんてめったに口にできないの。」
「あ・・そうですね、和菓子のほうが良かったかな・・。」

言われて初めて気付く。お年寄りがいる家庭にはケーキよりお饅頭のほうが良かったかもしれない。
ふと以前母の料理を残した時、手塚に指摘されたことを思い出した。あの時とは全く違うが自分は周わりの人への気遣いに少々欠けているのかもしれない。
手塚もケーキの類は苦手だった。そのことは重重知っていたのに。
自分の考えのなさにちょっぴり自己嫌悪に陥る。

だが彩菜はそんな不二の様子を知ってか知らずか、

「あら、とんでもない!私は洋菓子のほうが好きなのよ。国光だってお爺さんに付き合って和菓子でお茶なんて啜ってないで、若者らしくケーキにお紅茶くらいの勢いがなくっちゃ。」

ケーキと紅茶に勢いがいるのかはさておいて、彩菜の言葉は不二を安心させるものだった。

ぷっと吹き出した不二に釣られて彩菜も笑い出す。

「ふふっ、お茶の時間が楽しみだわ。その前に少し買い物に出てきていいかしら。2階に国光がいるから一緒に待っていてね。」
「はい。」

手塚の時折見せる優しげな顔が、彩菜の笑顔に重なる。
手塚といて居心地がいいと思うのは、彼がこの人に育てられているからかもしれない。
不二はそんなことを考えながら、階段を上っていった。


買い物へ出ようした彩菜が玄関先でふと足を止める。

「あら、この靴、いつの間に来たのかしら?」

玄関に置いてある靴に何か気付いた様子。
そこから何気に階段の上を見るが不二の姿はもう見えない。

「別に大丈夫・・よね・・。」

どうやら、手塚の部屋に誰か来ているようだが、彩菜はそのまま何も言わず家を出る。
一方不二は手塚の部屋の前までやってきた。

「ここ・・かな。」

軽く拳を作ってドアをノックしようとした時、中から何やら話し声らしき音が漏れてくる。

え・・?誰かいるのかな。
でもお母さんは何も仰っていなかった。
独り言?まさかあの手塚に限って・・・。
あ、もしかして電話かも。きっとそうだ。

勝手にそう思い込んだ不二はノックしようとしていた手を下ろし、「手塚、入るよ。」と声を掛けドアノブを捻った。
ノックが聞こえても電話中なら返事できないと気遣ってのことだったが、手塚はまさか行き成り不二が入ってくるとは思わなかったのだろう。
次の瞬間、不二はとんでもない光景を目にすることになる。


カチャッ

開いたドアの向こうに見たものは手塚と例の噂の彼女だった。

「なっ・・」

二人のその姿に絶句する。

手塚の両手は彼女の肩に添えられていて、彼女は上半身服を纏っていなかった。





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