IINAZUKE!11
「さあ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
仄かに湯気の立ち上がるティーカップから香るのは、ほんのり甘いシナモンの香り。
手土産に持ってきたケーキにと彩菜が入れてくれたのだ。
しかし、なんでこんなにぎゅうぎゅう詰めなんだ。
手塚家の応接室に並んだソファに僕は腰をかけている訳だけど、手塚と彼女に挟まれて十分に動くゆとりがない。
「あ、ごめん。」
ほら、紅茶のカップを持ち上げただけで、肘がこつりとあたってしまう。
3人掛けのソファではあるのだが、他に座るところがないならともかく、一人用がまだ二つもあるではないか。
「あらあら、そんなに引っ付かなくても。」
「そ、そうですよね。僕、そっちに・・うっ!!」
カップを持って移動しようとした不二をすかさず引き戻す腕がある。
波打つカップの中身を、何とか零さず均衡を保った。
「あ、あのねぇ・・」
しかし不二のそんな戸惑いも全く気にすることもなく、
その腕の持ち主は不二をしっかりがっしり捕まえたまま、一つ向こう側にいる仏頂面に鋭い眼光を投げつけ言い放つ。
「ほら、おばちゃんも言うてるやん。国ちゃんあっち行き!」
「お前があっちに行け!不二は俺の許婚だぞ。」と、さすがに腕は絡めないが一歩も譲らない男らしい手塚。
「許婚ったって、実際結婚なんて出来へんやん。私の方が可能性がある。」
「可能性とは実現する見込みということだ。お前に何が実現できると言うんだ。」
「恋の成就に決まってるやろ。一目ぼれってほんまにあるねんなあ〜。」
胸に両手を添えて、うっとり頬を赤らめる彼女に手塚に怒りの炎がメラメラと燃え上がる。
「人のものに抜け抜けと!不二は渡さん!!」
「だ、誰が、手塚のもの――わっ!!」
いつの間に手塚のものになったのか。
聞き捨てならんと今度こそ口に出して抗議しようと試みたが敢え無く敗退。
不二を挟んだ両隣で立ち上がったふたりはその頭上でまたもや掴みあいを始める。
「そっちこそ!恋愛は自由や。口出す権利なんかあらへんで!!」
「言っとくが、不二はものすごく繊細で上品なんだっ!お前のような粗忽者には合わん!」」
「そんなん、そっちかって一緒やろ!国ちゃんには勿体無いわっ。」
自分を間に「お前の母ちゃんデ〜ベ〜ソ」なレベルの喧嘩を繰り広げる二人に不二は脱力の溜息を吐き、呼吸を整えてから一発バンッ!とテーブルをぶん殴った。
「そろそろ座ったほうがいいんじゃないかな?」
その優しい笑みに隠された殺気に適うものなどなく。
手塚も彼女もさっと元に位置に戻っていった。
「周助くんも大変ねぇ・・」とまるで人事のように言う穏やかな彩菜に苦笑を返して、すっかり温くなった紅茶を啜る。
もうどうとでもしてくれ―――
夕方、手塚の祖父と父が帰ってくる。
しかし昼間の一連の騒ぎですっかり士気が萎えた不二は婚約破棄を言い出せずにいた。
一体何のためにやってきたのか、実に和やかに談笑が繰り広げられている。
それに案の定不二を大歓迎している二人、特に爺様の方を見れば、切り出しにくいというのも本音。
どんな理由であれお年寄りを傷つけたりはしたくないものだ。
「いやあ、周助くんは実に愛らしいのう。」
「本当に、気立ても良くて、国光とはえらい違いですね。」
「それに、とても礼儀正しい。最近の若者にしては上出来だ。さすが不二家のご子息じゃ。」
そう、僕はご子息でご令嬢じゃないんです。
先ほどからの不二への褒めっぷりに反論したいのはやまやまだったが、「ははっ・・」と笑顔をのせるのが精一杯。
「国光には勿体無い嫁じゃのう・・。」
「ははっ・・」
やっぱり僕は嫁なのか・・・はぁ〜と続いて溜息が出る。
「そうよ、お爺ちゃま。国ちゃんにはだめよ。」
おぉ、天から救世主のお声が降り注いだ!と思いきや、素直に喜べないのは・・
またしてもお前か、ぶっ飛び娘!
イントネーションは変わらないが、先ほどと違って、女の子の口調になっているからびっくりだ。
これは爺さん操縦法の一つだな。とすぐさま察知した不二に悪寒が走る。
「だって、やっぱり可哀相よ。不二さんかって男の子なんよ?」
思わず、しかも行き成り今日の目的に突入されて、緊張の糸がピンと音を立てた。
「それは分かっとるが、国光が構わんと言うんでな。」
(僕は構うんだよ!)と胸の奥でいつもの突っ込みは入れてみるものの顔では「ははっ・・」と笑ってしまう。
「この際、国ちゃんはおいとくべきよ、お爺ちゃま。どうせ俗世間の常識なんて無関係の人なんやから。」
そう、そう。手塚の常識は世間の非常識ってね。
でもこの娘、手塚に言うならともかく、当人の実の祖父と親の前でよくそんなにはっきり言えるものだ。
礼儀には厳しいと聞くこの爺様が怒り出さないかと内心冷や冷やするが、
「うむ、それは尤もじゃのう。」
・・ってあっさり納得しやがった。
「まあまあ、お父さん。ここは周助君の意見も聞こうじゃないですか。」
「それは、そうじゃな。周助君はどうなんじゃ?やっぱり男同士というのは気にするところか?」
こ、これは!!正に今日の本題ではないか!
向こうから振ってくれるなんてこの上ないチャンス!
・・・・が
「え、あの・・・僕は・・その・・なんて言うか・・。」
あーん、なんで大いに気にするところですって言えないんだー。
「なんじゃ、周助くんも構わんのじゃな。」
(構う、構う、構うんだぁー!)
「え、あ、まあ。」
(おーい!何で認めるんだよ〜、僕!!)
「お爺ちゃま!こんな風に取り囲んだら可哀相よ。他人のお家で言えることも言えないわ。」
(そうそう、たまにはぶっ飛びもいい事を言う。)
「それにねぇ・・お爺ちゃまぁ。」
ぶっ飛び娘、猫になる。
急ににゃあにゃあ猫撫で声を出したと思ったら、上目遣いで爺様を見つめる。
「なんじゃ、なんじゃ」と目尻を下げる爺様はどうやらこのぶっ飛び娘を大層可愛がっていると見た。
彼女は頬をピンクに染めながら、爺様にそっと耳打ちする。
「そうか、それは困ったの。」何やらふむふむ相槌をうってると思ったら、
「周助くん。この娘は国光の従妹にあたるんだが。」
「ええ、聞いてます。」
「どうやら君に恋に落ちたそうじゃ。」
落ちたそうじゃ・・って日本昔話風に語られてもめでたしめでたしとはいかんのだ。
「はぁ・・。」
それは何となくさっきからの流れからしてそうらしいけど。
「あの、それで僕にどうしろと・・?」
「好きにしたらいいぞ。」
「は?」
「この娘でもあの仏頂面でも君が好きな方とくっつけばよい。」
一体どういうつもりだ。
彼女は母方の従妹・・つまり手塚家と血の繋がりはないはずだ。
「でも・・その、僕が彼女とってなれば、ご先祖さまからの縁(えにし)は一体どうなるのかな・・とか?」
「ああ、別に気にせんでいい。そんなもん。」
「・・・・・」
そんなもんとはどんなもん?
昔から両家に代々伝わってきた重要なことではなかったか!
僕はこの遺言にもならん言い伝えのお蔭で、ここ何日も尋常ならぬ苦しみを味わってきたというのに。
しかし目を丸くする不二を気にも留めず爺様は楽しそうに続ける。
「そんなわしらより何代も前の爺さん、婆さんたちの恋愛事などはっきり言ってどうでもいいんじゃ。それよりわしは事の他こいつが可愛くてのう。」
と彼女の頭を撫で撫でしながらにへらにへらと爺様は笑う。
「血の繋がりこそないが、昔から遊びに来てはお爺ちゃま、お爺ちゃまと来てくれるこの娘は目に入れても痛くないんじゃ。かと言って目に入れたら絶対に失明しそうな国光も一応大切な孫には違いない。あいつが是非にと言うのでこの話を勧めてきたが、この娘を選んでくれても一向に構わん。なあ?」
「ええ、お父さん。」
目の前にはニコニコ微笑む手塚の祖父に手塚の父に手塚の従妹。
そしてやっぱり「周助くんも大変ねぇ・・。」と全く人事の手塚の母。
しかも与えられた選択権は手塚かぶっ飛びの二者択一なのか?
それはあまりに究極の選択すぎ・・ってな問題じゃないんだよ〜!!
手塚家と不二家の縁なんぞどうでもよくって、この展開か!
手強い!手強すぎるぞ!手塚ふぁみりぃ。
「人が席を立っている間に何を勝手に話しを進めてんですか?」
「勝手にではないぞ。ちゃんと周助君の意思を尊重しようと思っとる。」
(二つに一つの拷問が何故尊重と称されるのか!?)
「そんなこと聞かずとも俺を選ぶに決まってます。」
(なぬ?)
「そうなんか?」と爺様は視線を彼女に移すと、ぶっ飛び娘はぶんぶん横を振って勢いよく立ち上がった。
「いい加減なこと言うたら承知せーへんで!」
ま、また始めるつもりか!
「こ、こら喧嘩は・・。」
「いい加減なことではない。現に今日俺とお前が居るところを見て不二はやきもちを焼いて泣いただろう。」
「よくな・・・いぃ〜〜?」
思わず言葉に詰まる。
や、や、やきもちだって〜〜〜?
「そんなん、驚いただけやんか。なあ?」
なあ?って同意を求められても・・・。
手塚が彼女との関係を大いに誤解して、涙が零れたのは事実。
自分でも何で涙が出たのか分からない。
「ただの友人なら、あれぐらいのことで泣くか!不二は俺をお前に取られたと思ったんだ。」
僕が彼女に手塚を取られただぁ?
どこをどうしたらそんな解釈ができるんだ。
ただあの時は悔しくて、手塚に騙されたと思って、そしたら悲しくて・・・
手塚を奪われたとか思ったわけじゃ・・・でも、もしかして、そうとられても仕方ないと言えば、そうなのかな?
それに初めて彼女を見たとき「負けた」と思ったのも本当。
それはやっぱり手塚を基準にした負けだったわけで。
僕は、僕は一体―――まさか!でも!そんな!
自分の気持ちが分からない。
僕は・・・一体、手塚をどう思ってんだろう?
「あ、あの・・僕、今日はこれで失礼します。」
自分の思考回路が詰まってしまって、うまく回らなくなった不二は、とにかく退散しようと決意。
狂人的とも言える手塚家の人々にすっかり憔悴しきったこともあって、また一からよく考えて出直す方がいいと結論をだし、逃げるようにさっさと手塚家を後にした。
あ〜あ、僕は一体何しに来たんだろう。
次の朝―――どうか今日は平穏無事に過ごせますように・・・と祈りを込めて登校する。
しかし、その願いは叶うことはなく・・・。
「おっはようございまーっす!!」
と元気溢れる声が聞こえたと思ったら、背後から急に飛びつかれ、背中をがっしり支配される。菊丸で慣れているものの、その声に、その重みに全身の毛が逆立つ。
女の声だ。しかもべたべたの関西弁。
振り返えるとやっぱり違いました。ああよかった!・・・なんて甘いだろうな。
不二は溜息を吐きつつゆっくり振り返ってみた。
そこには満面の笑みの超美人!
でも不二には悪魔の微笑みに見える・・・。
「あはは・・・おはよ・・はぁ〜・・。」
どうやら今日も平穏には済みそうもない。と諦めて右腕に絡みつく彼女をぶら下げたまま歩き出した。
手塚が後ろから追いかけてくる。
「こらぁ〜、離れろっ!!」
「いややっ!離れへんっ!」
と無理矢理、不二から彼女を引き剥がす手塚と、必死で不二に食らい付く彼女。
手塚の恋人を不二が奪って、怒った手塚が彼女を取り返しにかかってる。
手塚の頭の中では、
手塚の恋人を彼女が奪って、怒った手塚が不二を取り返しにかかってる。
が正解なわけであるのだが。
(不二の中では両方、事実無根である。)
その日の青学トップニュースは最大スクープとして前者のほうで報じられた。
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