IINAZUKE!12
「ったく!冗談じゃないよ。」
ドカッと音を立てて座る様が如何にも不機嫌を表している。
普段ならそんな様子の不二に菊丸が近寄ることは決してないのだが、こんな興味そそられる話を放っておくには忍びない。
「ねぇねぇ、昨日手塚と決闘したってホントかにゃ?」
「け・・」
決闘・・・どこからそんな縁起でもないシチュエーションが想定されるんだ。
不二の顔の筋肉がぴくぴくと収縮する。
顔は一応笑っているが、目が放っている光線は温和でほのぼのとしたものからは程遠い。
「誰からそんな事聞いたのかなぁ〜英二?」
「だ、誰からって・・・。皆言ってるぜ。昨夜彼女を賭けて手塚と不二が壮絶な決闘を・・繰り広げ・・たって」
不二は若干身体を後ろに引きながら防衛の姿勢を保つ菊丸にさらなる強面で詰め寄った。
「なんだって〜?」
「いや・・・その・・なんていうか・・」
さすがに不二の形相にびびった菊丸は言葉を濁すが、後悔先に立たず、こうなった不二に叶うはずもなく。
「英二っ!!」
「は、はいっ!だから・・不二が手塚の彼女に横恋慕して、不二の話術に彼女も揺れだしたんだろうって。ほ、ほら!どう考えても手塚が口で不二に叶うとは思えないし・・あ、いや、その・・。それで彼女を賭けて手塚と決闘したとかなんとか・・。」
不二の手がわなわな震えだす。
今朝のあの一瞬の絡みがこんなストーリーを生み出す結果になるとは。
結論的には「不二が手塚の彼女を奪った」わけだから手塚との戦いは不二に軍配があがったことになってるんだろう。
「で、僕は手塚と一体どんな勝負をしたっていうのさ?」
「詳しい事は俺も聞いてないけど、不二のことだから最初から負けると分かってる勝負はするはずないし、きっとテニスじゃないことは確か・・・うわぁ〜俺が言ったんじゃないって!!」
ず、随分言いたい事言われてるじゃないか。
「それで?」
「だから・・手塚が到底勝てない勝負を挑んだか、めっちゃ姑息な手段で無理やり不二が勝利したかで、納得できない手塚が彼女を取り戻しにかかっているって。」
「・・・・・」
一体僕は普段どんな目で見られてるってんだ!?
これじゃどう考えてもこっちが悪者じゃないか!!
僕は被害者なんだよ!被害者!!
あの恐るべき手塚ファミリーに囚われてしまった可哀想なこの僕によくもそんな惨い事を言えるもんだぁ〜〜〜!!
これもすべてあいつのせいだっ!
不二の怒りが頂点に達する。
くっきりと額のちょっと右寄りに青筋が二本浮き上がっていた。
「ふ、不二、落ち着いて。噂だよ、ただの噂。」
「これが落ち着いてられるかっ!手塚の野郎ぉぉぉ〜!」
噂を広めたのは決して手塚ではないのだが、元を正せば奴に原因がある。
そうこじつけた不二は怒りの全てを手塚にぶつける。
しかしそれが反って噂を真実化させるわけだ。
「そんな怒んなよー。手塚とは色々あったかもしんないけど、最終的に不二が彼女を落としたんだろ?だったらそれで許してやれよ。」
「誰が落としたんだ、誰がっ。それにっ!許すも何もあの娘は手塚の・・・」
「私が何か?」
「ぎゃあ!!」
そこにいるのは今話題騒然の手塚の彼女・・・じゃなかった不二の彼女。
教室にいる全生徒の視線が不二と彼女を突き刺している。
「な、なんでここにいるの?」
「えっとー、辞書借りに来てん。」
両手を胸の前で合わせ可愛らしく首を傾げてにっこり笑う。
正にそれは天使の微笑み。
か、可愛い・・。
さすがの不二も一瞬見惚れそうになる。
クラスにいる全男子生徒はうっとりと、女子どもは羨望の眼差しで彼女を見つめている。
ホント容姿だけは大輪の花も見劣りするほど綺麗で可憐だ。
容姿だけは・・・。
「辞書なんてわざわざこんなところまで借りに来なくても、もっと近くのクラスで・・」
「だってまだ他のクラスに知り合いなんかおれへんもん。それに先輩に会いたかってん。」
彼女は人差し指でつんと不二の腕を突きつつはにかみながら答える。
ヒュー〜ッっと口笛の嵐が吹き荒れた。
お、おい、こら!そんな素振りで如何にもなこと言うんじゃない!!
ちらっと横目で見ると菊丸は三日月型に目尻を下げてにんまり笑っている。
「おい、目に毒だ!外でやってくれ!」なんて野次まで飛んでくる始末。
「ちょっ・・誤解だって・・・」
慌てて皆に弁解しようとした矢先、止めの一発。
「ねぇ先輩、今日のお昼一緒に食べへん?」
(ま、まじっすか!?)
「いや、そのお昼はね・・・あの・・。」
「あかん・・のん?」
「うっ・・」
なんでそんな捨てられそうな子猫みたいな顔すんだよーっ!!
不二はめっぽうこういう状態に弱いのである。
兄貴気質というか、人がいいだけなのか目の前でシュンと俯かれたらはっきり言い放てなくなってしまう。
思えばこの性格が災いして手塚にもずるずる引きづられているわけだ。
「そ、そういう・・わけじゃ・・・・」
不二が戸惑いだすのを見過ごさない。最後まで聞かずに結論を下すのが先手必勝というものだ。
「じゃあ、決まりやね。屋上で待ってるから!」
彼女はころっと顔を上げて、颯爽と手を振ってさっさと教室を出て行った。
や、やられたっ!
なんでこんな展開になってしまうんだ・・。
これじゃますます誤解を招いてしまうじゃないか。
がっくり机で蹲る不二に陽気な声が届く。
「へっへー、彼女はすっかり不二にお熱みたいだにゃ。」
よかったじゃないかと言わんばかりに菊丸は片目を閉じてウィンクまで飛ばしてくる。
「よくなーいっ!僕と彼女は何でもないんだ。関係あるのは、て!」
「て?」
「て、・・」
「て・・?」
「・・・ってなモンキー、グレイトォォ〜!!」
「・・・・」
「あは、たかさん、なーんちゃって!」
「・・・・」
怒りすぎておかしくなってしまったか?
菊丸は驚きを通り越して怯えにも似た目で不二を見つめた。
あ、危なかった・・。
関係あるのは手塚の方だ!
つい口走ってしまうところだった。
だが持ちたくて持った関係ではない。
半ば無理やりに許婚なんて間柄になってしまっているが、
僕は手塚なんて!
手塚なんて・・・・手塚・・・
「手塚・・・」
「俺が何か?」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
今後はお前かーっっっ!!!
クラスのざわめきが一層湧き上がる。
「不二、少し話さないか?」
おお!望むところだ。婚約解消のためなら話でも決闘でもこの際なんでもやってやる。
だけど、なんで今なんだ!!
このややこしい時に、紛らわしく現れることないだろうが。
これじゃ、全く火に油だ。
「君ってホント、タイミングがいい奴だよね。」
「そうか。ありがとう。」
不二の厭味をちっとも分からずストレートに礼を言う手塚。
手塚のすっとぼけた返答に不二はますます怒りで震えだす。
この光景、周りからしてみれば恐ろしい火花が飛び散った壮絶な戦いと思えてならない。
不二が手塚に敵対心剥き出しであるのに対して、手塚は冷静に応対しながらも一歩も引く気はないと言う態度。
本当は手塚ファミリーに振り回された挙句、あらぬ噂まで立てられ踏んだり蹴ったりなこの状況を手塚に八つ当たりしてるだけの不二と、不二に褒められると厭味であることにも気付かず、嬉しくてつい礼を言っちゃうくらい素直なくせに喜怒哀楽がいつも同じ顔でしか表現できず不機嫌そうに見られてしまう手塚なだけである。
複雑そうでいて呆れるほど単純な二人。
だが人というものはドラマティックレインを降らしたがるものだ。
日頃から注目を集めやすいこの二人。そしてこのシチュエーションとくれば十分騒ぎたくなる材料は揃っている。
「お、おい、揉め事はよくないぜ。部活もあるんだし。」
ただならぬ雰囲気と周囲同様勘違いしている菊丸は慌てて止めに入るが
「揉め事?何の事だ。」
当の手塚が分かるはずもなく。
「そのシラッとしたのが余計怖いんだって。悪気あってのことじゃないだろー。押さえられないのが恋愛ってもんっしょ?面白くないのは分かるけど最終的に選ぶのは彼女なんだし、こっちで話あっても仕方ないんじゃないの?」
「そ、それはそうなんだが・・。しかし―――。」
「しかしもかかしもない。悔しいなら不二じゃなくて彼女をもう一度説得してみな。」
「だが、あいつは一度言い出したら聞かないんでな。だからもう一度不二に俺の気持ちを伝えに・・」
「だからぁ、それが違うんだって。不二に手塚の考えを言ったところで何も解決しないの!彼女の気持ちがどうかってことだろ?話すなら彼女としろよ。」
「・・・・・・・・・・」
二人の話を頭を抱えながら聞くのは不二。
互いに意思の疎通はゼロなのにどうして会話がなりたってしまうのか・・・。
要するに菊丸は不二を庇って、いがみ合っても仕方がないことだと手塚に言い聞かせてくれてるわけだ。
しかし手塚にしてみれば不二といがみ合った記憶などないわけで。
それどころか愛しい愛しい不二くんとの恋愛を邪魔しに入ってるのはあのぶっ飛び娘の方だ。
だが菊丸の言うように彼女が不二を好きになるのは自由。不二と話をしたところでその気持ちまでも変える事はできないのだ。それなら彼女と話し合えというのも筋が通ってしまう。
菊丸と手塚の中にある三人の接点は全く別物なわけだが、通じてしまうこの会話。
不本意ながら手塚の思いの方が事実に近い。だが不二は菊丸を否定する事ができない。
もともと彼女は手塚とはただの従妹で恋愛関係にあるわけじゃない。不二にお熱を上げてるのは彼女のほうで、不二には全くその気はない。
なんてことを言えば、ならば何故手塚は怒ってるのかって話になるじゃないか。
あの天然ボケのことだ。
「不二は俺の許婚だからだ!」
とか真顔で言いそうじゃないか?
いや、言うに決まってる。
そんなことで騒ぎになるくらいなら、このままの方が・・・まし?
いや、どっちもどっちの気もするが少なくとも変態扱いはされないだろうし。
不二がぶつくさ言ってる横で、手塚も考え直したのか
「そうだな、菊丸。お前の言うとおりだ。もう一度あいつと話をしてくる。」
「それがいい。どんな結果でもその時は納得しろよ。」
それが男として潔い姿だ!と、びしっと人差し指を手塚に向けて菊丸は言い放つが、そこは手塚も簡単に引くわけにはいかない。
「それはダメだ!確かにお前の言うとおり、まずあいつと話はする。だがそれであいつの気が変わらなくても俺も簡単に折れるわけにはいかない。」
「お前って結構しつこいタイプだにゃ。」
「俺は間違ってない。論理的に考えてもそうだろう。不二は俺の―――っぐ、うぐっ・・うぅぅっ・・。」
「手塚っ!!それ以上喋らない方がいいんじゃないかな?」
疑問系のようでそうでない。不二の得意のパターンだ。
ふふふ・・と顔では笑みを浮かべるものの、その目はすでに脅しに入っている。
手塚の口を思いっきり押さえ込んで、まるで息の根を止めんばかりの勢いだ。
「お、おい、話するって言ってるだけじゃん。不二もそれくらいは認めて―――」
さすがに手塚が哀れになったのか、今度は不二に一言もの申した菊丸だが
「うるさい!全身全霊で黙らせてやる!!」
手塚と不二のやり取りを背筋凍る思いで周りは見ていた。
この戦いいつか血を見るかもしれない。
手塚の一歩も引く気はない態度。
(それだけ不二にご執心なのである。)
受けて立つと言わんばかりの眼光鋭い不二。
(ここで余計なことを話されまいと必死なのだ。)
彼女を巡っていよいよ本戦の幕開けか!?
んなわけねーだろっ!!(by不二)
NEXT / BACK