LOVE ATTACK10



日曜日の午後、何の因果か見たくもないのにいつもの面がずらっと並ぶ。
ったく!誰も他に用はないのか。

楽しい楽しい不二とのデート(テニス)のはずが大きな誤算だった。
ただ、不二にとってはこの上ない嬉しい誤算。
何と言ってもあの手塚と学校以外でお近づきになれるのだ。
男子レギュラー勢ぞろいと言っても人数にしたらたったの8人。
8分の1の割合で手塚に辿りつくなんて、部活ではあり得ない。
ただでさえいつもは手塚ファンクラブなんてのがプラスアルファされるわけだし。

“こないだからついてるな〜!!”

「先輩、顔っ!!」

柔和な普段からは想像もできないような鋭い眼つき、コートに立つ時の不二は時折そんな鋭利な面持ちで望む瞬間がある。
その眼に捕らえられた相手はまるで猛獣に仕留められた小動物のようにコートに散っていく。
ゲームセット、もういつもの柔らかな顔に戻っている。
そのギャップに強烈に惹かれた。
微笑みと牙、どちらが本当の姿なのか探ってみたいと思った。ただそれだけ、興味があっただけなのだ。
だが興味というものは往往にして恋に平行するものだ。
いや、興味を抱いた時点でもう恋なのかもしれない。

目で追っているうちにいつの間にか気付いて欲しくなった。
いつの間にか笑顔の方で自分を見て欲しくなった。
いつの間にかその笑みが本物であって欲しいと願うようになった。
表と裏、そこに魅力を感じたはずなのに。

そしていつの間にか分かってしまった。
テニスでは華麗なまでのプレイを見せつける。
天才、正にその称号が相応しいほどに自在に球を操る。
まるで手懐けられた動物のように不二の思うままに動くのだ。
だが・・・

中身は正反対だった・・・。

あの複雑なプレイが信じられないくらい単細胞。全く呆れるほどである。
裏も表もなかった、どちらも本物の不二なのだ。
今、目の前でにへら〜と顔が緩んでいるのも紛れもなく本当の姿。

「顔?何かついてる?」

そして何も分かっていない・・・。
何でこんな奴が好きなのか、めちゃくちゃ癪に障る。
これ以上このおめでたいにやけ顔を見ていると自分が情けなくて仕様がない。

「せんぱーい!試合しようよ」

越前はラケットを持って既に激しく打ち合ってる桃城たちの方へ走っていった。



「あれ?あれ?」

気付けば不二はひとりぼっち。
幸せに浸っている間にコートではダブルスの試合が繰り広げられていた。
主審に副審、空いてる者は皆それぞれ役割についている。

「ぼ、僕も入れてよっ!」

「不二」

慌てて仲間に入ろうとする不二を静止させる腕があった。

「・・え?」

振り向いたそこに立っていたのは、さっきから不二の前頭葉の大部分を占めていた人物、手塚である。
8分の1なんて計算してた割には心臓が飛び出そうなほどに驚いた。
不二は振り向いたままの状態で目をぱちくりさせている。

「何を驚いている?」
「だって・・・君が僕を呼ぶなんて」
「お前が誘ったんだろう・・・」

そう言えばコートには手塚の姿はなかった。
ってことは、ぼけっと手塚の事を考えていた間ずっと後ろにいたってこと!?
不二の頬は一気に蒸気する。

「そ、そうだよね。そうだった。来てくれてありがと」
「いや、何もすることがなく退屈だったんだ。こっちこそ礼をいう」
「へぇ〜!手塚も退屈なんてするんだ〜。へぇ〜!」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ」

普段は忙しく走り回っていて退屈なんて無縁の人に見える。
時間を持て余して、欠伸しながらごろごろしてる姿なんて到底想像できない。
尤も手塚はそこまで具体的なことは言ってないのだが。

「休日はいつも何してるの?」
「本を読むとか、鯉に餌をやるとか。ああ、2〜3ヶ月に一度釣りや登山に出掛ける事はあるが」
「君って暇な奴だったんだね・・・」

街に出掛けてショッピングやランチしてるようには見えないが、
しっかりお勉強とか、はたまた自主トレに励んでいるとか、部活や生徒会の残務処理に追われてるとか思っていた。
それが、本を読んで鯉に餌・・・。
出掛けるのは2〜3ヶ月に一度だって?

「それほどすることなんてないだろう」

手塚のことだ。勉強は授業と日々の復習くらいで大丈夫そうだ。
色んな事務処理だってするべき時にきちんとこなしているのだろう。
毎週のように友達とつるんでるタイプとも思えない。

「そう言われたらそうか・・な」
「そうだろ」

手塚がいうから妙に納得してしまう。でも・・・・、
それってめっちゃ不健康じゃないか?
健全な中学三年の男子のあるべき姿だろうか。
他人が休日にどんな過ごし方をしようと不二には関係ないのだが、これが想い人というだけで放っておくわけにはいかない。
手塚がそんなオタクみたいに過ごしていてはいけないのだ。
電車男でもリュック背負って秋葉へ行くくらい頑張っている(あれは彼らの本望だ)。
なのに手塚たるものが家でそんな燻り方をしていて良いはずがないではないか。
だめだ!手塚は手塚なんだから、手塚たる過ごし方をしなければならない。
手塚に相応しい過ごし方って・・・・・やっぱりテニスじゃん!!
釣りや登山も悪くはないが、手塚の言うとおりそんなしょっちゅう行けるものではない。
でもテニスならいつでも手軽に出来るではないか。

「ね、ねえ、手塚も時々こんな風にテニスしようよ」
「時々?」
「うん。越前がいつでもここ使っていいよって言ってたんだ。お遊びだけどそういうのも楽しいと思うの」

不二は手塚をオタクから救おうと必死だった。
同人誌じゃあるまいし、家で本を読んでいるのが何でオタクなんだ。鯉もペットと同じだ。犬や猫なら爽やかな話じゃないか!
しかも越前は不二だからいつでも使っていいと言ってるんだ。
手塚のオタク脱出のためではない(だから手塚はオタクじゃない)。

「そうだな」

おいおい承諾しちゃったよ・・。

「じゃあ、決まりね!部活もあるし毎週はさすがにキツイから・・んー月に2回くらいどう?」
「分かった。ところで・・・・。」

不二の提案に手塚もすんなり賛成する。
これで手塚の健全生活を取り戻す事ができると大喜びの不二であるがすっかり抜けていたことがある。

「・・俺達二人だけでするのか?」
「違うよ。皆・・も一・・緒・・」

他意はなかった。
単純に手塚にも外で皆とわいわいやってもらいたかったのだ。
けれど実際まだ皆を誘ったわけではない。それなのに手塚は休日テニスを承諾したのだ。
ってことは、別に二人っきりでもOKだったってことになるわけで。

わぁぁぁ!!なんて勿体ない事を!

「そうか。皆一緒か」
「ふっ、二人でも僕はいいけどっ!」

と慌てて言っても時既に遅し。

「いや、人数は多い方が楽しめるだろう」
「二人の方が僕は楽しめる・・」
「何か言ったか?」
「別にぃ〜〜〜!!」

自分で言い出したくせに、ぷっとほっぺを膨らませて不機嫌になる。
あああ・・見す見すチャンスを逃してしまった。
なんて自分は不甲斐ないのか・・

「終わったみたいだ。ほら、行くぞ」

不二の頭が突然くしゃっと大きな手に撫ぜられる。
コートで繰り広げられていたダブルスの決着が付いたようだ。
次は俺達だと手塚がコートに出て行く。

「僕と打ってくれるの?」
「だから、お前が誘ったんだろう」
「う、うん!」

不二の顔はもう満面の笑みに変わっている。
それを見て手塚も少し微笑んだ。


next / back