LOVE ATTACK12



腕・・どうかした?


思いもよらない言葉が投げかけられた時、人は驚きの表情を見せる。
でもそれが当人にとって本当に記憶にないことならば、ただの疑問として聞き返されるだけだろう。

「何の・・事だ?」

だが、手塚のそれは戸惑いと驚愕が含まれるものだった。

「調子悪いんでしょう?」
「何を言っている?」

返答の中に否定を込めているのが分かるが、一瞬見せた手塚の表情が認めている。

「越前君とのさっきの試合、明らかにいつもの君じゃなかった」
「・・・・・」
「彼のショットは確かに凄いパワーだったけど、それだけであれは崩せない」
「だから腕が原因だとでも?」
「ダメだよ、手塚!ちゃんと病院行って休まなきゃ!」

不二は深刻な表情で手塚に詰め寄るが、当の手塚は冷たいほどに平静な態度を装う。

「言いたい事はそれだけか?」
「それだけって、君―――」

手塚の目に続ける言葉を飲み込んでしまう。
真直ぐ不二を睨みつけるその視線は氷のように冷たく。
そして簡素に言い放った。

「お前には関係ない」

手塚は再び背中を向け歩きだし、一度も振り返ることなく不二の視界から消えた。




×××××××××



お前には関係ない―――

不二の心配をきっぱり切り捨てる一言。
それ以上何も言う事が出来ずただその場に立ち尽くしていた。

一体いつから?
毎日普通に部活に出ていたし、試合にも・・・。
だけど思い過ごしではない。
実際手塚ははっきり否定はしなかった。
何もなければあんな言い方もしないだろう。
不二だから関係ないと言ったのだろうか。
手塚とは一友人ではあるが、一線を越えて親しいといえるほど仲が良いわけではない。
所詮手塚とはその程度の関係であるのが現実。
でも寧ろそれだったら安心もできる。
例え自分には何も言ってくれなくても、他に状態を知るものが側にいるならば無理はさせないだろうし、何かの時には然るべき処置も取れるはずだ。
だが、誰も知らなかったら?
手塚のことだ、何もないような顔で部活に出るに違いない。
今までもそうだったんじゃないのだろうか?

手塚が黙っていることなら誰かに聞くわけにもいかない。
どれくらい悪いのだろう、病院には行っているのだろうか。
心配で堪らないが、関係ないと言い切られてまで踏み込むのは不二とて気が引ける。

不二は首を横にぶんぶん振った。
気が付けば手塚の腕のことばかり気にしている。
あれから既に三日が経つが見ている限りは大丈夫そうだ。
普段と何変わらぬ様子でラケットを握っている。

案外何もないのかも知れない・・・
ほんの少し調子が悪かっただけで、きっとどうってことないんだ。

半ば自分に言い聞かせるように不二は頭の中のもやもやを打ち消した。
目を背けたと言うよりは、そうあって欲しいとの願いでもあったのだ。

しかし―――




「僕にできることはやっとくから早く帰りなよ」
「ごめんね、周」

女子部の部長、副部長が揃って私用があるらしく、部活終了後に書く部誌を不二が引き受ける事になったのだ。

「へぇ、毎日こんな細かく書いてんだ・・」

女テニではナンバー1と言われる存在だが、部の雑用ごとには殆どノータッチの不二。
手塚とは違って部員からはテニスの実力と部を纏める器とは全く別物だと扱われている。

「僕だって、これくらいおちゃのこさいさいさ〜♪」

鼻歌を奏でながら始めた作業、思うのとやるのとでは随分違うものである。
ただ一日の出来事を書くだけなのだが気付けば日もすっかり暮れ落ちて辺りは静まり返っていた。

「わあぁ!!こんなに遅くなっちゃったぁ!!!」

ばたばたと身辺を整えて、慌てて部室を出る。

「大変な仕事だなあ。部長も副部長も尊敬するよ」

ぶつぶつ言いながら部室のドアに鍵を掛けていると、何か不意に人の気配がした。
辺りを見回すと、隣の男子の部室からは明かりが漏れている。
カタンと小さな音が聞こえた。

「誰かいるの・・?」

ドアの前まで近づくと何やら荒い息遣いと呻くような声がする。

「はぁ・・・うっ・・くっ・・」

そっとドアを開けると、腕を押さえて蹲っている姿が目に飛び込んできた。


「手塚っ!!」

 
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