LOVE ATTACK13



「て、手塚・・・」

声に出たのは彼の名前だけ。
実際手塚のこんな姿を目の当たりにすると身体が動かなかった。
腕のことは感づいていたものの、痛みを堪え苦しむ手塚なんて想像もしていなかった。

「不二・・か。こんな時間にどうした?」

辛そうに顔を歪めながらも平静を装おうとしているのが分かる。

「部長たちの代理で・・。そ、それより―――」
「少し痛むだけだ。心配には及ばない」
「嘘だよっ!少しなんて様子じゃないじゃん!皆は?先生は知ってるの?」

不二の必死の問いかけにも沈黙のまま、手塚は自分のロッカーへ進む。
痛みはまだ拭えてないはずだ。
なのに、それを訴える表情は出来るだけ出さずしているのだろう。
ほんの僅かだがきゅっと顔を顰める仕草がそれを物語っていた。

「なん・・でよ。何でそんな風に隠そうとするの?」

あくまでも答える気がないのか、
不二の存在をわざと無視しているかのように黙々と着替える手塚をさらに問い詰めていく。

「手塚っ!何で無理をするのかって聞いてるんだよ!!」

手塚の態度に思わず声を荒げた不二に手塚は一瞥を投げ言った。

「お前には関係ないと言ったはずだ」

この後に及んでまだそんなことを言い張るのか。
上下の歯がぎりりと悔しさでかち合う。

分かっている。
手塚と何も関係ない事ぐらい分かっている。

「・・・るよ。そんなこと分かってる!!」

唇を噛みながら不二は手塚の右腕を取って部室端にあるベンチまで引っ張って無理やり座らせた。

「何を・・・不・・二?」

不二の瞳は涙がぎりぎりのところまで溢れ今にも零れ落ちそうだ。
それでも必死で堰き止め、備え付けの救急箱からシップと包帯を取り出した。

「ほらっ!」

鼻を啜りながら腕を出せと手を差し出す。声はすでに涙声だ。
手塚は腕を出そうとはしない。
でもそれは、先ほどまでの意地というより初めて見る不二の涙に困惑しているのだ。

動こうとしない手塚の腕をぐいっと引き寄せ、シップを宛がって包帯を巻いてやる。

「とりあえず応急処置だよ。でもこれ以上は分からない。お願い、君が嫌なら僕はもう関わらないから・・だから病院に行って・・」

処置をしたまま顔を上げることなく、消え入りそうな声で懇願する。

「お願い、手塚・・」

手塚の言うとおり不二には何も関係がないことだ。
お願いと言って頭を下げられる理由等何一つない。
なのに、他人のことをここまで想えるなんて。
手塚は深い溜息を吐き出し、全身の力を抜いた。

「古傷・・なんだ」
「・・・え?」

手塚の言葉に顔を上げる。
不二の気持ちに心を動かされたのか、手塚は静かに怪我の経緯を語り始めた。

「一年の頃上手くいかない先輩がいて、ラケットで殴られたことがあったんだ」
「そんな・・」
「いや、俺にも原因はあった。遠慮しているつもりだったんだが、どこかで自分の実力の方が上だと見下げていたのかもしれない」

入学当初から手塚は部の誰よりも強かった。
その実力は瞬く間に認められ、部の向上にとっても大いに歓迎された。
しかし中には当然よく思わない先輩達もいる。
プロの世界ならともかくそこは中学生。経験や才能の差を簡単に割り切れるものではない。
自分より後から入部した相手からワンゲームも取れないなんて情けなくて仕方がなかった。
人間は悔しさから、ねたみ心が生まれていくものだ。
わざと負けるようなことはしなかったが、手塚もそれなりに気を遣って利き腕を封じていた。
しかし反対の腕でも結局は勝利してしまうことが余計反感を買う材料になってしまったのだ。
怒った先輩が手塚の左腕をラケットで殴り、今の状態に至っている。

手塚の過去に不二の顔が苦痛に歪む。

どうして、そんな・・。
彼の実力は誰のものでもなく手塚自身が築きあげてきたものだ。
才能やセンスも確かにある。でもそれ以上に努力を重ねてきたはず。
その結果、こんなことになるなんて。

「そんな顔をするな。起因しただけでそれだけが全てではない。リスクを背負った腕に負担をかけ続けたのは俺自身だ」
「でも・・・」
「不二、今日のことは誰にも言うな」

耳を疑う。
まだ手塚はこんな状態でプレーし続けるというのか。

「ダメだよ、そんな!せめて、レギュラーの皆にだけは・・」
「頼む。病院には行く、だから」

手塚が不二を見つめる瞳は怖いくらい真剣だ。
射抜くような視線を向けられて、不二の身体が硬直する。

「ど・・してそこまで?」
「全国へ行きたい。そして俺は部長として皆を導く責任がある。その切符を手に入れるまで腕に構っている余裕などない。」
「でもそれ以上悪化したら―――」
「構わない。それでこの腕が終わるとしても俺は構わない」

ここまで決心を固めている人間にこれ以上何を言えるだろう。
中学テニス界でその存在を知らない者などいない。
将来プロを約束されたような男が、たかが中学での部活で朽ちてしまってもいいと思っているなど誰に想像できようか。

「この通りだ、不二」

不二の前で手塚は頭を下げる。
こんな彼も見た事がない。
不二の瞳は再び涙で揺れ始める。

そっと手塚に手を添えて頭を上げさせた。

「馬鹿だよ・・。君はホントに馬鹿・・だ」
「ありがとう」


外は既に星空が広がっている。
この分だと明日も晴れそうだ。
そして部活はまた繰り返される。

どうか何事もありませんように―――
神様お願い、手塚の腕を守って・・・


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