LOVE ATTACK14


季節はまだ春、けれど照り付ける太陽の日差しは、まさに夏と思わせる勢いだ。
炎天下の下、今日も部活は繰り広げられる。

「周、何ぼーっとしてるの!気合いれなさい!」

部長の厳しい一声が飛ぶ。

「ねぇ、あなた自分の置かれてる立場分かってる?エースがそれじゃ示しがつかないわ!」
「ご、ごめん・・・」
「あなた目当てで入部してきた子達だっているんだから!いいお手本になってくれないと困るし、何より女子部の明日を背負ってるのよ!」

部長が怒るのも無理はない。
足元に転がっているのは、自分が打った球を彼女がリターンしたもの。
隣から聞こえてきた男子の低い声、つい打ち合っている最中だということが抜け落ちた。
練習とはいえ、何たる失態。
試合が近いというのに、こんなことではいけない。
テニスはメンタルなスポーツでもある。
精神を統一できなければ、どんなに実力があってもいつか負ける。
それは、分かっている。
分かっているけど――――

どうしても気になるのだ。
あの夜のこと。
痛みを堪えて蹲る手塚を偶然見てしまった。
自分がいると分かっていたら、きっと平静を装っただろうけど、
手塚のあんなに苦しそうな顔、初めて見た。余程の痛みだったに違いない。

なのに手塚はそれを黙っていろと言う。
すぐにやめさせて引っ張ってでも病院に連れて行く。
本来ならそうすべきだが、そこまで介入できるほど手塚に近くない。

「関係ない」

言い切った手塚の声がいつまでも頭を巡る。
必ず病院に行く事、不二にだけは本当のことを話す事、それを条件に黙認することにした。
でもきっと手塚は何も言わないんじゃないかと思う。
たとえ、窮地に追い込まれても、誰かに弱みを曝け出したりしない。
手塚はそういう男だし、彼にとっての自分の存在の遠さでもある。


あれから、特に変わった様子はなかった。
いつものように、後輩の指導、自らのトレーニング、部長の雑務に追われる彼がいる。
そして今日も、ラケットを握りコートに立つ。
そんな日々の繰り返し。
何事もなく当たり前のように部活は行われている。
けれど、その延長線の先には手塚の腕の破滅が待っているとしたら?
彼の状態を知っているのが自分だけならば、少しの変化も見逃してはいけない。
手塚の腕を守れるのは自分だけなら尚更・・・。

フェンス越しに見える男子部コート。
怒鳴る部長を尻目に既に意識は手塚の方へ飛んでいた。

「もういいわ!少し走ってきて頭冷やすことね」

呆れたとばかりに言い放たれた。
けれど今、自分のテニスに集中することなんてとても出来ない。

「ごめん、行って来るよ」

コート脇にラケットを置いて、金網の扉から出て行く。
こんな気持ちのまま、コートに立つ事は他の部員に失礼だし、自分にプラスになることもない。
言われたとおり、頭を冷やすために不二はグラウンドを走った。

けれど走っても走っても不安が拭われる事はない。
手塚がそこにいる限り、このまま部活を続ける限り、ずっと目で追ってしまう。
明日も、あさっても、目を離すことなんてできない。



××××××××




「練習試合だって!?」
「あ、ああ、来週千葉の六角と話がついて。どうかしたのか?」

部活の後、仲間内で寄り道をしていた時のこと。
大石が、何気に洩らした「練習試合」の一言に不二は慌てた声を上げた。

「あ、ううん。公式戦が近いのに、練習試合だなんてちょっと驚いただけ」
「ああ、時期的には珍しいことだけど、六角とは関東まで当たらないからな。互いの向上も兼ねてってことで」
「そう・・。やっぱり手塚も出るんだよね?」
「そりゃそうだろー。練習試合とはいえ、手塚が引っ込んでどうするにゃ?」

じりじりと不安が募っていく。
まだ普段の部活動ならある程度自己制御もできる。
手塚もただ無鉄砲に突き進むほど馬鹿ではないだろう。
でも、試合になれば必ず無理をする。
手塚の性格だ。例え、格下の相手であっても手を抜く事なんてない。
まして、六角は強豪校だ。手を抜いて勝てる相手ではない。
普段の練習ですら気がかりでならなかったのに、試合なんて・・・。

やめさせなくては!
どんなことをしても、どんな理由をこじつけてでも、今試合なんて絶対ダメ!

「僕、今日は帰るよ」
「へ?でもそれまだ・・・?」

注文したハンバーガー、まだ包まれたままトレーに乗っていた。

「急用!思い出しちゃった。英二にあげる」

言いながら、もう既に足は出口の方へ向かってる。

「気を付け・・・・あーもう行っちゃった。何だあれ?」

日が長い季節とはいえ、すっかり薄暗くなっていた。
その中を不二は走り抜けていく。

止めなくちゃ!
手塚を止めなくちゃ!!

「確かこの辺のはず・・・・」

日も暮れて見通しが悪い中、不二は目を凝らして辺りをキョロキョロ見渡す。
手塚に試合を思い止まらせたい一心で来てしまった。

「あった・・」

立派な和風建築の家屋、敷居の高そうな門構えに少々怯みそうになるが、迷っている暇はない。
不二は細い指先をインターフォンに押しあて、一息吸うとぐっと力を入れた。


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