LOVE ATTACK16


門から玄関までの庭は、暗い中も日本の風情を感じさせていた。
外見にそぐう、いかにも純和風の家の中は、玄関を越えた途端ほんのり優しい香木の香りがした。

「いい匂い、白檀ですか?」
「あら、良く分かるのね」
「いえ、母の扇子と同じ香りだったので何となく」
「そう。うちはお爺さんがお香好きでね、いつも何かしら焚いてるんだけど、中には嫌な人もいるでしょう。嫌いじゃなくてよかったわ」
「嫌いだなんて!とってもいい香り」

不二は鼻をツンと持ち上げて、その匂いをゆったり感じとる。
小さい頃、箪笥に仕舞ってある母の扇子をこっそり持ち出して、お姫様ごっこをしたことがある。
不注意で薄板を繋ぎとめている紐を引っ掛けてしまい、元に戻そうと触ってるうちに、見事ばらばらにしてしまった。
子供ながらに高価なものと分かっていだけに、どんなに叱られるかびくびくしたが、
「あなたがお姫様ごっこなんて!やっぱり女の子ねぇ・・・」と楽しげに笑われてしまい、拍子抜けした記憶が蘇る。
そんな幼い日の懐かしい感覚が、先ほどまで感じていた戸惑いを不思議と安らぎに変えていった。

「おい」

目を閉じたまま、ふわりと夢見心地な気分になっていると、

「おい、聞いてるのか?」
「・・ん?・・なあに?」
「何じゃない!家に電話しろと言ってるんだっ!!」

荒げられた声にはっと目を開けると、目の前には黒い物体と仏頂面。
手塚が電話を突き出して立っていた。

「お前の事だ。どうせ何も言わずに来たんだろう?」

早くしろとばかりに、手塚は持っている電話の子機を、強調するように更に2回前に出す。

「うっ・・はい」
「奥の格子戸の部屋がキッチンだ。終わったらそこに来い」

不二が電話を受け取ると、さっさとその格子戸の部屋へ消えていく。
その後姿に不二はイーっと歯を剥き出した。
渡された子機をじっと見つめ、ぼそりと呟く。

「何さ、僕のことばっかり・・・」

手塚はずるい―――

自分の事は隠そうとするくせに、こっちのことだけ見抜いてくる。
ここへ何をしに来たかも全部分かってるくせに。

そのことは知らん顔なんて・・・ずるいよ。




×××××××××




「美味しい〜」

片手でほっぺたを押さえながら、不二は感嘆の声をあげた。

「そう?よかったわ!いっぱいおかわりして頂戴ね」
「はい!」

お腹がぺこぺこだったこともあるが、手塚家の夕食は本当に美味しかった。
不二の母も料理が得意で、毎日手の込んだものが食卓に並ぶが、それとはまた違った味わいだ。
食事も純和風。こういうのをお袋の味というのだろうか。
けれど器や盛り付けに一工夫されていて、何となく料亭で会席膳を頂いてるようにも思う。
にこにこと美味しそうに食べる不二をみて、手塚の母、彩菜も自然に顔が緩む。

「そういう反応してくれると作った甲斐があったって思うわ。国光なんてこっちが聞かないとうんともすんとも言わないのよ」
「えー、こんなに美味しいのに!?」

お世辞ではない。
こんな料理を頂いて、美味しいという言葉がでないなんて不二は本当に不思議だったのだ。

「ふふっ、ありがとう。お父さんは帰りが遅いし、お爺さんも最近柔道の講師のアルバイトに行きだして、毎日この無愛想と二人で夕食よ、つまらないったらないわ。今日は周ちゃんのお蔭でとっても華やかな気分よ。女の子がいたら毎日こんな感じかしら。ねぇ、国光?」
「・・・・・」
「ね、何にも言ってくれないでしょ?」

そんなこと聞かれても分かる訳ない。
というのが手塚の言い分だが、はっきり言うのもどうかと遠慮していたら、それはそれで気に入らないらしい。

「うちも女の子が欲しかったわ、ねぇ、国光?」

だから分からないと言ってるんだ。
と心で叫んでみるが、口にするのはやはり憚られる。
かと言ってまた黙っていたらそれはそれで面白くないのだろう。
手塚なりに母に気を遣って答えた返事が

「だったらもう一人産んだらどうですか?」
「うっ・・ごほっ・・ごほっ・・」

それにはさすがの彩菜も咳き込み出した。
不二も手塚の突拍子もない答えに箸と茶碗を持ったまま目が点になる。

「やだ、この子ったら。何を言い出すかと思えば・・そんなこと・・ほほっ」
「別に遅くはないでしょう。二人ともまだ十分お若いですから、頑張ってみてはどうですか?」

冗談ならまだいい。
だが淡々と答える手塚は至って真面目だ。
親に向かって何を頑張れと言ってるんだこいつは!

不二は顔半分引き攣りながらも、なんとか笑ってこの場を繕おうと試みるが、

「お前もそう思うだろう、不二?」
「え?・・・僕?」

・・・・ってこっちに振るなぁ!!!

そんなばかなことあるか!
なんて言えば、「十分お若い」を否定することになっちゃうし、けれど同級生の親に向かって一緒になって子作り頑張れなんて言えるわけがない。

「あの・・それは・・そうだけど、ちょっと違うっていうか・・・、えぇっと・・」

言葉を選ぼうとして、選びきれずしどろもどろになっていると、

「それでまたあなたのような男の子だったらどうしてくれるの?」
「それは・・・そうですね・・」

彩菜の一言で話が終了した。
というか、性別の問題とは違うと思うのですが、お母様・・・。
それにしても、あの手塚を一言で黙らせるなんてさすがと言うか。
唯一手塚に弱点があるとしたら、この母かもしれない。

不二は二人のやりとりをぽかんと見ていたが、急にそんな手塚が可笑しくて、くつくつと笑い出した。

「何が可笑しい?」
「だって・・すごく楽しいんだもん」

あははと声を上げて笑う不二を見て、彩菜も「楽しいわよねぇ」と一緒に笑う。

女二人、仲良く声を上げる中、一人黙々と難しい顔で食事をする手塚。

だが、密かに心の中で思っていたことは、

いつか嫁が来たら、こんな感じだろうか・・・
と、少々複雑な気分であった。


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