LOVE ATTACK17 「本当にありがとうございました。遅くにお邪魔して、お夕飯まで頂いて何しに来たやら・・って感じで」 ぺロッと舌を出して、申し訳なさそうに首を傾げる不二。 「こっちが無理に引きとめっちゃったんだもの。でもとっても楽しかったわ。また来て頂戴ね」 「ありがとうございます。でも・・・」 ちらっと横にある顔を伺う。 この親子、とっても似てるのに、全然似てないと思った。 手塚にこの母の愛想の欠片でもあれば、にっこり「はい!」と答えることができるのだが。 とりあえず笑みだけ残して不二はもう一度頭を下げてお礼を言った。 門まで送ってもらって、挨拶をして外に出る。 不二は空を見上げふーっと息を吐き出した。 手塚家は何処となく堅苦しい外見とその近寄り難さを、あの母が上手く緩和させていた。 物腰の柔らかさ、優しい態度、気取らない性格が不二に居心地の良さを運んでくれた。 けれど、いくら穏やかな空気に包まれていたからといって、他人の家に違いはない。それなりの緊張感はあって当然だ。 両手を伸ばして、その開放感にうーん!と背伸びをする。 「あ〜!気持ちいい!」 夜の冷んやりとした空気が肌に心地いい。 同時に、頭がやけにクリアになる。 結局、試合のことは何も聞けなかった。 一体何をしに行ったのか、さっき彩菜に言った台詞が自分を責める。 「はぁ〜ご飯なんて食べてる場合じゃなかったのにな・・」 「悪かったな、遅くまで付き合わせて」 「おゎっ!」 突然の背後からの声に驚いて、両手を挙げたまま目を剥いて振り返った。 「何だ、その反応は?」 「あっ・・・その、いるとは思わなくて」 間抜けな姿を晒してしまったと慌てて手を下ろし、スカートを叩いて乱れてもない服装を無駄に整える。 一人だと思ってたのに、いつからそこにいたんだろう? 「どしたの、手塚。僕何か忘れたっけ?」 ぽかんと呑気に首を傾げる不二に、手塚はまた一つ重たい溜息を吐き出した。 「こんな時間に一人で帰せるわけないだろう?」 不機嫌そうに答えてはいるが、それは明らかに不二を気にかけての発言だ。 「・・・送って・・・くれるの?」 「当たり前だ」 きっぱり言い切る手塚に不二の頬は赤く染まる。 街灯だけが照らされてる暗い夜道、手塚はきっと気付かない。 好きで好きで堪らない彼が、自分を送るのは当然だと言ってくれるなんて。 例え義務感と分かっていても、ドキドキと気持ちが跳ね上がる。 「行くぞ」 「は、はい」 けれど、コンパスの長い手塚はすたすたと不二の前を行く。 不二の足では置いてけぼりにならないように小走りで付いて行くのがやっと。 二人っきりの夜道、ロマンチックの空気の欠片もない。 それでも不二は手塚が自分の為にそこにいると思ったら嬉しくて仕方がなかった。 心臓が胸の奥からトクトク音を出して、うるさいくらい耳に響いて、いつしか息も乱れてくる。 「・・はぁ・・はぁ・・」 嬉しい、すごく嬉しいのだけど、 『く、苦し・・』 美味しいご飯をたらふく食べた後に、この運動は結構きつい。 いや、運動ではないのだが、不二の額にはうっすら汗が浮かび上がっていた。 このまま家まで走るのかなあ・・・。 きゅっと締め付けられる横っ腹を押さえながら、なんとか手塚に付いて行く。 でも、もう限界かも・・・ ドンッ――― 足が縺れるぎりぎりのところで思いっきり鼻を何かにぶつけた。 「いててっ・・・」 左手で押さえながら見上げると、何となく手塚の機嫌悪そうな顔。 ぶつかったのは手塚の背中だった。 一心不乱に走っていたので、手塚が止まった事に気付かなかったのだ。 「ごめん、ぶつかっちゃった」 「いや、速かったか?」 「うっ・・まあ、ちょっと・・ね」 「何故、そうはっきり言わないんだ」 行き成り押しかけて、夕飯までご馳走になって、遅くなったから送ってもらって。 そんな土台があれば、これ以上注文なんてつけられるわけがない。 だから頑張って走っていたのだが、反って気を悪くしてしまったのだろうか。 「・・・ごめん・・・」 なんだか今日は謝ってばかりだ。 手塚の腕が心配だった。 けれどそれに関して自分は非力なだけだった。 手塚の腕を守れるのは自分しかいないと思っていたのに、実際は話すきっかけすら掴めずに今に至る。 不二は頼りない自分が情けなくて仕方がなかった。 「・・・でも、君に迷惑ばかりかけてるし」 「迷惑?」 「だって、突然押しかけて、ご飯まで・・。これ以上のこと・・」 言えないよ・・と、俯いたまま小さく自分の反省を口にのせる。 「確かに連絡もなしにあんな時間にやって来るのは感心しない」 「うっ・・・そうだよね。食事時なのに・・・反省してます」 「飯の事を言ってるわけじゃない。日が長くなったとはいえ、一人でうろつく時間じゃないと言ってるんだ。来るなら先に電話してこい。迎えに行くから」 「ごめんなさいっ!僕、ホントに反省して・・・・」 言われたことをよくよく振り返ると、口に乗せかけた謝罪の言葉を飲み込んでしまった。 「・・え?今・・え?・・だって・・え?」 手塚の言葉が信じられない。 聞き間違えてはないだろうか? 何度も何度も台詞を頭の中でリプレイする。 確かに迎えに行くって・・・言ったよね? だって――― 「迷惑なんて一言も言ってない」 むすっと答える手塚はやっぱり不機嫌そうで。 「だって・・手塚、ずっと怒ってたんじゃ・・・」 そこまで言ってさっき聞いた彩菜の言葉が頭を過ぎる。 『あの顔は持病と同じなんだから!』 「そっか、持病・・それ、生まれつき・・だったんだよね。ぶっ―――」 確かにいつもどんな時も手塚が表情を変えることは少ない。 でもどんな時も不機嫌なんて、改めて考えると可笑しすぎて噴出してしまう。 妙に納得したら急に安心して、安心したら自然に張り詰めていた気持ちが解ける。 道の真ん中でお腹を抱えて笑い出す不二に、何を笑われてるのか察した手塚が聞き捨てならんと一言物申した。 「お前があまりに無防備だからだっ!」 「へっ?」 不機嫌には違いない!と言わんばかりの声色。 笑い声が一瞬にして止まる。 言葉も発せず上目遣いでじっと見つめる不二に、今度は呆れたとばかりに言った。 「お前、自分が女だという自覚あるのか?」 もちろん男ではないと思っている。 だが、そんなことよりも手塚が自分を女の子だと心配していた事実に驚いてきょとんと固まってしまった。 「無鉄砲にやってきて、途中で何かあったらどうするつもりなんだ」 「そんなの・・・大丈夫・・だよ」 懇々と説教されてるにも関わらず、未だ手塚がそんなことで怒っていたなんて信じられず、戸惑いながら返事をするが、更に強い口調で諭されてしまう。 「大丈夫かなんて分からないだろう?そういう危機感のなさが狙われる原因なんだ」 「はぁ」 頷いてはみるものの、一体手塚の頭ではどういうことが想定されているんだろう。 自分のことを言われているのに、不二はついそんな事が気になってしまった。 けれど不機嫌そうだったのは生まれつきの持病でもなんでもなく、やっぱり自分に向けられてのことで。 当然反省すべきところだが、さっきとは事情が変わってどことなく嬉しく思ってしまうのは手塚に失礼だろうか。 でも、どうしても言いたくなった。 ごめん・・・ではなく別の言葉。 ありがとう――― 今度は手塚の方が目を丸くする。 説教されてるのに、「ありがとう」なんてやっぱりおかしいかな。 手塚の表情に不二はくすっと笑みを洩らしもう一度言った。 「心配してくれて、ありがとう」 にっこり微笑むその姿は、確かに手塚が知っている不二だ。 だが、月明かりの下、穢れなく揺れる笑顔はどこまでも透明で. とても綺麗だった。 next / back |