LOVE ATTACK18



「どうかしたの?」

さっきまで懇々と説教を垂れていた手塚が急に静かになったので、不二は20センチ近く上にある顔を覗き込んだ。

「な、何でもない。行くぞ」

後ろを振り返っていた身体を元に戻し、手塚は思い立ったように歩き始める。

「あ、待って・・!」

急に動きだした手塚に不二は慌てて付いていった。
気のせいだろうか、さっきよりも速くなったような・・・?

手塚は動揺していた。
月光の下、静かに微笑む不二はやたら大人びて見えた。
いつも不二は本能のまま、はちゃめちゃに行動するところがある。

いつもなら―――?

いつもと口にできるほど手塚は不二を知っていただろうか。
何処となくしっとりと落ち着いた雰囲気は、今まで手塚が見たことのない不二。
こんな一面もあるのかとつい見惚れてしまった。
それに・・・「ありがとう」なんて言うから。
物怖じすることなく堂々としていて、ストレスとは凡そ無縁と思えるほど自分に正直な奴。
だが、その実案外人に気を遣う。
遅くに来た上、夕飯までよばれて、帰りは送ってもらう。
一方的に不二が手塚に世話を掛ける形にはなってしまったが、それは偏に手塚の腕を気にかけてのことで。
人事だと放っておけばよいものを、薄暗い中、自分のことなんてまるでお構いなしにやってきた。
ありがとうを言うのは、心配を掛けているのは寧ろ・・・

手塚の足が動きを止めた。

ドカッ!!

「いったぁ〜い!!」

不二はまたしても手塚に顔面から突っ込んでしまった。

「ご、ごめんっ!でも急に止まるんだもん」

何故かさっきよりずっと足早に進む手塚に、今度は何度も「待って」と声を掛けた。
なのに聞いてないのか、無視してるのか速度を緩める気配なし。
仕方なく不二は再び走って付いていった。
そうしたらまたぶつかって。

「不二!」
「ご、ごめんなさいっ!!」

また怒られてしまう。
きゅっと目を瞑って、次に続く言葉を待った。

「悪かったな―――」
「ごめん、何度も声掛けたんだけど・・・?」

同時に発せられる謝罪の文句。
だが二人が意識してる事は全く別物のようだ。

「お前には言っておくべきかと迷ったんだが―――すまない」

そこまで聞いて初めて手塚が試合のことを言っているのだと不二は理解した。

「僕には・・・関係ないことだもんね」

えへへと笑いながら何処となく淋しげな瞳が揺れる。

「いや・・もう関係なくはないのかもしれない」
「・・・え?」
「分かっていたんだ。お前が心配することは分かっていた。だが・・・」
「手塚・・・」

言葉を詰まらせることなど滅多にない手塚。
だが、自分の思いを形にするのはちょっぴり苦手そうだ。
だからこそ分かってしまった。
苦手な自分を押してでも貫きたい想い。

「いかなきゃいけないんだね・・」
「・・・・・」
「君は責任感の塊のような人。でもそれだけで自分の一生に関わる選択を敢えてする必要なんてないと僕は思った。けどそれだけじゃないんだね・・」

指先で払うようにじわりと浮かんできた涙を追いやる。
分かりたくなかった。手塚のそんな気持ちなんて。
だって、知ってしまったら応援するしかなくなってしまう。
止めたいのに。中学最後の大舞台から引き摺り下ろすことになってもやめさせたいのに。
手塚にテニスをさせないことなんて簡単だ。
その現状を洗いざらいぶちまければ部活停止になることくらい目に見えている。
でも、今分かってしまったよ。
青学の柱―――それだけじゃないんだってこと。
結論的にはそこに繋がるわけだけど、それが手塚そのものだったんだ。
部長だからじゃない。部員のためだからなんかじゃない。何かを背負ってるからじゃない。
青学でのテニスが手塚が今生きてる証なんだ。

馬鹿だよ・・たかが中学生の部活で燃え尽きちゃったらどうするんだよ。
でも・・・・・
越えなきゃ次にいけないんだね。
君にとって未来の姿なんて関係ない。
プロであっても、凡人であっても、そこを越えなきゃ君でなくなってしまうんだね。

「僕にそんな事言うなんて・・もう重症だね。お前には関係ないって言い続けてくれたらよかったんだ。そしたら君の気持ちなんて分からずにいれたのに」
「すまない」

あの時と同じ。
腕のことを誰にも言うなと言ったあの夜と。
こんな手塚は見たくない。いつだって堂々としていてほしい。
だって謝るような事じゃないから。
手塚は何も悪くない。ただテニスを愛してるだけ。

「君ってもっと賢い奴だって思ってた。ほんと、どうしようもないね。でも君は・・・」

俯き加減だった顔をすっと上げて不二は手塚に向かってにっこり微笑む。

「君は・・・・勝てるよ。そう信じてる」

怪我にだって勝てる、きっと―――

「ああ。見ていてくれるか?」
「勿論!だって・・・・」

だって、女の子は誰だって好きな人のこと見ているよ。
言い掛けた続きは飲み込んだ。
普段はアプローチ三昧の不二も、このシチュエーションはあまりに照れくさすぎる。

「・・だってもしもの時、コートから追い出すのは僕の役目だものっ」

誤魔化して続けた言葉も嘘ではない。

終わらせない。
僕が手塚を終わらせたりはしない。
不二はきゅっと前を見据えて手塚をサポートしていく決心する。

「お手柔らかに」

鼻息荒く、握りこぶしをつくって気合を入れる不二に手塚がぼそりといった。

「あ〜っ!!それ僕の台詞なんだけどなぁっ!」

ぷっと剥れて歩き出す不二に、手塚はくつくつ笑いを洩らし後に続く。
今度は歩幅を合わせてゆっくりと―――


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