LOVE ATTACK19

あれから一週間、手塚の腕に特に大きな異変はなかった。
だが、手塚にはほんの少し変化が見られた
不二が手塚家を訪れた夜を境に、手塚の方から自然と不二に接触するようになったのだ。
絶えず不安げに見つめてくる不二に、腕の状態を報告もする。
それは不二に余計な心配をかけないようにとの配慮でもあったが、手塚自身、息がつける場にもなっていた。
何に対しても頼るということを殆どしない手塚は、この件に関しても誰かに依存するなんて考えは全くなかった。
それ以前に、誰にも気付かれないように振舞っていたくらいだ。
だが痛みを押しての練習の中、それを悟られず一人で乗り切るのは手塚といえ、精神的負荷がなかったわけではない。
だからと言って、不二に何かを委ねているわけではない。痛みを訴えたり弱音を吐くこともないのだが、
練習前にテーピングを頼める相手がいるだけでも、いつの間にか手塚にとって大きな支えになっていたのだ。
それに、不二はいつも言ってくれるのだ。

勝て―――と。

不安に揺れる瞳とは裏腹に、前に進めと背中を押してくれる。
無理をするなとか、大丈夫か、など言われても全ては今更だ。
無理をしているのは百も承知、大丈夫じゃないことも分かっている。
「君が決めたことだよ」と言い切る不二の言葉は、何よりも手塚を納得させた。
勝て・・・目先の試合のことではない。
不二は自分に勝てと言っているのだ。
強い女だと思った。信頼できると思った。
手塚は不二を初めて本質から理解したような気がしていた。




*********




試合当日―――


「調子どう?」
「ああ、まずまずだ」
「そう」

それ以上何も言うことはない。
手塚がまずまずというなら、それを信じよう。
そう決めたのだから、後は何も言わず見届けるしかない。
不二は穏やかに面にのせた笑みを手塚に向けた。

「お前には感謝している」
「なあに・・突然?」

急に畏まった態度で礼をいう手塚に、きょとんと首を傾げ疑問符を飛ばす。
感謝されるようなことは何一つした覚えはない。

「結局お前は黙って見守ってくれた。そんなお前に俺は安心して練習を続けられたんだ」

突然殊勝になる手塚に不二は幾分慌ててしまう。
手塚が自分に向かってこんな台詞を吐くなんて今まで免疫がないのだ。
いつだって、耳が痛いことをきっぱり言ってのけるのが手塚。
冷たいくらいの態度に慣れているのに、いきなりそんな柔らかく語られてもどう反応していいか分からない。

「な、何言ってんの!僕は黙って見守った覚えなんてないよ。これからだって危険だと思ったらすぐ口出しするんだからねっ!」
「そうだな。だがお前はいつもそう言うが、結果的には影で支えてくれてるじゃないか」
「そんなのたまたまだよ。たまたま大事に至らなかったからっ!何かあった時は僕は黙ってるつもりなんて・・・何よ、その顔!!」
「別に・・・もともとこんな顔だが」

見透かしたように、口元に笑みを浮かべる手塚に不二はぐっと唇を噛む。

悔しい―――
これではまるっきり立場が逆だ。
弱みを握ってるのはこっちなんだから。
手塚にもしもの時はどんな手段を用いてでも引き摺り下ろしてやる。

「僕はそんなにお人好しじゃないからね!」

覚悟しな!と余裕の手塚に一瞥を投げつけ、背中を向けた。
一歩、二歩進んで歩みを止める。

「けどさ、・・・端から余計なことされたくなかったら、自分で見極める事だよ。」

自分のことは自分が一番よく分かるはずだ。
試合を降りることも選択肢の一つ。決して恥ずべき行為ではない。
考えたくはないが、もしピリオドを打つことがあるならば自分での方がいい。

「君が決めた事だ。でも、これからを決めるのも君自身だ!OK?」

もう一度振り返りびしっと人差し指を手塚に向けて大きく振った。

「ああ」

答える手塚の瞳には確かな情熱が映っている。

ここからは手塚だけの領域だ。
テニスの試合も、怪我との戦いも。

それを見届けた不二はもう一度手塚に笑顔を向けてその場を離れた。


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