LOVE ATTACK20

試合までまだ少し時間がある。
コートにいても手塚のことが気になって何だか落ち着かない。
少し離れていようと不二は校庭の方をうろついていた。
慣れ親しんだ学校、今更散策もないのだが、それでも何もしてないよりは気が紛れる。

「不二!」

不意に後ろから掛けられた声。
振り向くとそこには赤いユニフォームを纏った懐かしい顔があった。

「虎次郎!」
「久しぶり」

今日の男子テニス部の試合相手、六角中学の佐伯虎次郎だった。
彼と不二は幼い日を共に過ごした幼馴染という関係。
今でも時々コンタクトは取っているが、実際会うのは暫くぶりのことだった。


「へぇー、また背が伸びたねぇ」
「そう?不二は相変わらずちっちゃいままだね」
「・・・ぐっ」

華奢で小柄な体型は不二の最も気にするところ。
そんなことは我関せずと、さらっと指摘されてしまった。

「爽やかに痛いとこ突っ込まないでよ」
「なんで?可愛くていいじゃない。そこが不二の魅力でしょ」
「ははっ、ありがと」

こういうことを照れもせずさらっと言ってのけるのが佐伯虎次郎。
またそれに厭味がないから、思わず礼まで言ってしまう。
幼い頃から培われてきた仲、兄妹のように他人の壁を感じない。
久しぶりに逢っても、それは変わっていなかった。

「でも元気そうで安心したよ。こないだの電話、随分切羽詰まってたし、これでも心配してたんだぜ」
「ごめん・・ね、あんなこと頼んで。君にも嫌な思いをさせて―――」
「俺はいいけどさ、本当の事知ったら怒るんじゃないの?」
「仕方ないの。こうでもしないと絶対無茶するんだから。僕が守ってあげないと・・・って虎次郎も巻き込んじゃってるけど。ホントにごめんっ!!」
「いいっていいって、他ならない周の頼みだからね」

両手を合わせて頭を下げる不二に、佐伯は気にするなと手を振ってやる。
先日、佐伯は不二から電話を貰った。
その内容は佐伯自身にとっても不名誉なこと。
普通なら承諾できるはずのない話だったが、不二の声は何時になく真剣で。
『他にどうすることもできないの』と半ば泣きそうな声で懇願する不二に否とはどうしても言えなかった。
佐伯にとって不二は特別な存在。大切な幼馴染を泣かさない為には引き受けるしかなかったのだ。
決して本意ではなかったが、一旦引き受けたからには、不二にこれ以上責任を感じさせたくはない。
まして、恩に掛けるようなことなど絶対に言わない。佐伯はそういう男だ。
不二も佐伯の譲歩した優しさだと分かってはいたが、その気さくな言い様に他ならぬ安心感を覚えホッと笑みを洩らす。

「ふふっ、周って呼ばれるの久しぶりだな」
「普段は恐れ多くて呼べないよ。青学の不二って言ったら今や中学テニス界のプリンセスだしね」
「えーっ、何それ!くすくす。昔も今も僕は僕だよ」

自分の人気の高さに全く自覚のない不二は大袈裟だと笑い飛ばす。
そんな不二に佐伯は苦笑いを浮かべながらも、気取らず飾り気一つない様子が反って好ましく感じる。
そういうところが不二のいいところでもあるのだ。

「そうだね、その方が俺は嬉しいけど。じゃ、そろそろ行くわ」
「うん。あ、終わったら家に来ない?虎次郎が来るって言ったら母さんも姉さんも連れて来いって。僕も改めてお礼したいし」
「いいの?明日は日曜だし泊まってくって言い出すかもよ」
「いいよ、大歓迎。じゃあ、また後でね」

無邪気に手を振って、スカートを翻し走っていく。
意味深長に言い回したつもりが、あまりにさらっと受け止められて、その後姿に溜め息がでる。

「まあ、分かってるけどね」

ポツリと洩らしながら佐伯もその場を後にした。




「・・・・・・」

今、聞いた会話は何だったんだろう?
手塚は不二と佐伯が居た場所をじっと無言で見つめていた。


さっきまでコート脇で話をしていたが、手塚に言葉を掛けた後、不二は不意にどこかへ消えた。
そのうち戻ってくるだろうと、試合に向けて集中力を高めていたが、越前が不二がいなくなったとうるさく騒ぐので、何となく気になりだした。
試合開始まであと僅か。不二の姿は一向に見えない。
あの会話の流れからすると試合は見届けると言ってるように受け止めていたが、それは思い違いだったのだろうか。
自分で決めろと言ったのは不二の役割は終わったということだったのか。
それならそれで構わない。もとより不二に迷惑を掛けるつもりなどなかったのだから。
だが――自分のことのように親身になってくれた不二。
不二のその気持ちは手塚にとって、いつしか心和らぐものになっていた。
その恩を返す為には、怪我を克服して試合に勝ち進む事だと思っていただけに、不二には試合も含め、今後の自分を見ていて欲しいとどこかで期待をしていたのかもしれない。
気が付けば不二を探そうと自然に足が動いていた。

不二はテニスコート近くですぐに見つかった。体育館へと続く並木道、立ち止まって誰かと話しているようだった。
やっぱりすぐ戻るつもりでいたんだろうと踵を返そうとした時、樹木に隠れて見えなかった話し相手が目に飛び込んだのだ。
六角中の佐伯、それは今日手塚が試合をする相手だった。
手塚は不二と佐伯の関係なんて知るはずもなく、何故自分の対戦相手と不二が?と聊か疑問には思ったものの、不二も女子では全国に名を連ねている一人、どこかで面識があっても不思議ではないと、そのまま立ち去ろうとしたのだが、その時二人の会話が偶然聞こえてしまったのだ。

立ち聞きするつもりなど毛頭なかった。
だが、初めに聞こえた「切羽詰っていた」という佐伯の言葉は明らかに不二の心情を指していて、思わず足を止めてしまったのだ。
至極短い会話、二人が何について話ていたのかなんて明確ではない。
だが、不二が佐伯に何か無理な頼みごとをして、それを佐伯が承諾したらしい事と、ほんの少し低めの声で話している様子から、誰かに聞かれてはまずい内容なのだということは何となく分かった。

手塚は自分の左腕を掴むように握ったままその場から動けずにいた。

「まさか・・・な」

不二に限って―――。
一瞬過ぎった疑心を首を横に振って否定する。


「部長ーっ、何してんるんですか?試合始まりますよ」

越前がいつの間にかいなくなった手塚を探しに来たようだ。

試合が始まる―――か。

「今行く」

今は集中すべきは試合だ。
手塚はくっと顔を上げて、コートへ向かう。


「これより青春学園対六角中学、練習試合を開始します」

ネットを挟んで互いの選手が向かい合う。
審判の声が空高く響いた。


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