LOVE ATTACK22


「暑い・・な」

まるで真夏のような暑さ、じりじりと照りつける太陽に見ているだけでもジワリと汗が滲み出てくる。
その熱気の中、手塚と佐伯の試合が行われていた。
序盤、手塚のサービスゲームでエースが連続で決まり、予想通り断然手塚が有利と思われた。
しかし佐伯も簡単には引き下がらない。
持ち前の動体視力のよさを武器に手塚を揺さぶる。
天才肌の手塚と違って、地道なテニスをする佐伯。
だがその着実さが決め球を決めさせない粘り強いプレイに繋がった。
誰もが手塚の勝利を疑わなかった一戦。しかし奪われれば奪い返すの繰り返しで試合はスリーオール、両者譲らない結果だ。

「手塚・・・」

フェンス越しに手塚を見守る不二。
左手首の時計を何度も見ながら試合時間を確認する。

やっぱり本調子じゃない―――
幼馴染の佐伯には悪いが、手塚が本当の実力を出せていれば、とっくに終わっているだろう。
今のところ腕の不調を見せる様子はないが、きっと思うようにはいってないはず。
加えてこの暑さだ。コート上での体力の消耗は並みではないだろう。

君が決めた事だ。

試合前に手塚に言った。
これからを決めるのも君自身だ、とも言った。
最後の選択は自分ですべきだと・・・。
だが、手塚は自分の身を守るために、これからを絶つことなどできないだろう。
どんな理由にしろ試合途中でコートを出るような奴ならば、とっくに休部して腕の治療に専念しているはずだ。
誰にも悟られないように振舞ってまで、練習を続けていたのは―――

それが手塚だからだってこと。

例え練習試合でも降りるわけなんてない。
どんなに腕が痛み出そうとも、例えここでテニス人生が終わると分かっていても、
手塚はきっとこのまま続けるのだろう。

コートから追い出すのは僕の役目だ。
僕はそんなにお人好しじゃない。

けれど、あの時言い放った言葉は嘘ではないのだ。
手塚のテニスにかける想いを踏みにじっても、例えそれが手塚に恨まれる結果に繋がっても。

今、君の腕を守れるのは、僕しかいない―――



チェンジ・エンド
コートを入れ替わる為、選手達が反対側のエンドへ移動する。
手塚の対戦相手、佐伯虎次郎がゆっくり不二の前を横切った。

虎次郎・・・。

幼い頃を一緒に過ごした大好きな友達。
青学の、手塚の相手でなければ、不二は佐伯の勝利を祈っただろう。
けれど今は手塚の勝利を、手塚の無事を何よりも願う。
ごめんね虎次郎―――佐伯に対しての申し訳なさがほんの少し表情を固くしていたのか、青学側に立つ不二を横目に佐伯は分かっていると笑みを漏らし合図した。

再び手塚のサービスゲーム、そこだけ見れば本当に腕が不調だなんて誰が思うだろう。
初めて手塚を見た日のように、いやあの時以上に手塚のプレイは熟練されていた。

凄い、凄いよ手塚。けど―――

その腕は悲鳴を上げている。
それが見えている今、素直に喜べない。あの日のように感動できない。
試合を見るのが辛い。
手塚の状態を見極めてストップかけるのは自分の務めだ思っているのに、手塚のテニスにかける情熱がそれを阻もうとする。
その狭間に落ち込んで、まっすぐ手塚を見つめるのが辛かった。
それでも最後に選ぶのは前者でなければならない。
不二はフェンスの網目を両手で握って、苦渋の面を隠すように下を向いてしまった。

フォゲームストゥスリー
サービスゲームは手塚がキープ。続く8ゲーム目、佐伯の踏ん張りを誰しもが予想した。
しかし、これまで決め球を粘り強く返球していた佐伯が、単純なコースに飛んできたボールに届かなかった。

あれをミスするのか?
今までの流れからして信じられないという声がギャラリーから上がった。
だが誰にでも凡ミスはある。次の展開に皆固唾を飲んだが、まさかのダブルフォルトでポイントをあっさり奪われる。
一体何かあったのかと疑わずにいられないほと、その後の佐伯のプレイは崩れていった。
まるでドミノ倒しにでもあったかのように、あっさり片が付いていく。
手塚と佐伯、実績から見れば手塚の方が上。
全国区の彼にどこまで食いついていけるか、いわば胸を借りるつもりのように最初は思っていた。
だが、佐伯も強豪校の選手の一人。十分な実力はある。
その証拠に前半はあの手塚と互角の勝負を見せていた。それがこんな一方的展開になるなんて。
湧き上がる青学側とは対象に六角のメンバー達は皆険しい表情で試合を見守っていた。
しかし誰よりもそんな佐伯の急変に一番疑問を感じていたのは、他でもない手塚だった。
実際対戦していたからこそ手に取るように分かるのだろう。
まるで線を引いたかのように佐伯のプレイは変わった。
先程まで感じていた探るような視線も今はどこか定まらないようで。

試合を投げた――?

考えたくはないが、佐伯のプレイはそう思わざるを得ない。
何故だ?手塚の中で疑問が渦を巻く。
試合前に偶然聞いてしまった不二と佐伯の会話が蘇る。密談するかのように話していた二人。
不二が佐伯に何かを頼んだ。しかも佐伯が嫌な思いをするようなこと。
本当の事を知ったら怒る誰がが他にいる?

あの時過ぎった不安。
まさかと打ち消したが、今の佐伯の投げやりなプレイ。
もし不二の計らいだとしたら?
試合を早く終わらせる為にわざと負けるように頼んだ―――?

そんなことは信じられない。
いくら腕のことを知っていても、あの不二に限って・・・。
だが、そう考えれば辻褄があってしまう。
あの時の会話も、今の佐伯の状態も―――。





********




「お疲れ様」

着替えが済んで部室から出てきた手塚に不二は一声掛けた。

「腕、大丈夫そうだね。安心したよ」

試合中随分ハラハラさせられたと不二は笑いながら不平を垂れる。

「でもさすが、最後は圧勝だったね」
「本当にそう思ってるのか?」
「な、なんで?決まってるじゃない」

佐伯のプレイが一変したことは誰もが気付いていた。
勝因は手塚が圧倒的に強かったのではなく、佐伯が一方的に負けの姿勢に入ったからだ。
それを不二が気付かないわけがない。
ならばどうしてそう言わない?何故しらばくれるように誤魔化すのだろう。
手塚に芽生えた疑心がますます大きくなっていく。

「いや、それならいいんだ」
「じゃ、じゃあ僕はこれで。今日はゆっくり休みなよ」

そそくさと右手を上げて不二は手塚の前から去る。
先を急ぐように走っていく後姿が無性に気になってしまう。
もしかして今から不二が向かう先は―――

気付いたら足が動いていた。
まるで後をつけるように、手塚は不二を追いかけた。


「ごめん、待った?」
「全然」

思い違いであってほしい。
どこかで願った気持ちが目の前の姿に崩れていく。

腕のことでいろいろ世話を焼いてくる不二が最初は煩わしかった。
どういう結果になろうと、自分が決めたことを突き進める為には第三者の介入は、いらないお節介にしかならないと思っていたからだ。
だが不二は自分の心情を受け止め、サポートという形で見守ってくれた。
なんだかんだ口は出すが、結局は自分がテニスを続けられるように手を貸してくれた人。
一人で抱えていた傷み、誰かに癒されるものだと初めて知った。
いつしか不二の存在は手塚の中で大きな支えになっていたのだ。
だからもし、試合途中に不二がタオルを投げることがあったなら、潔くそれに従おうと決めていた。
自分を任せた人だから、その判断を信じようと思った。
そう。不二を信じていたのに―――

今、不二が話しているのは間違いなく佐伯虎次郎。
ついさっきまで同じコートで同じ球を追いかけていた相手。
いや、途中からは一方的に球を打ちつけた相手だ。


日中のあの強い日差しを忘れるほどに、夕刻の風が通り抜ける。
どこから入り込むのだろうか。
手塚の心に出来てしまった隙間に強く吹き付けた。

手塚は楽しそうに話す二人の影に背を向けて、学校を後にした。


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