LOVE ATTACK23

「手塚!腕、どんな具合?」

朝練、おはようの挨拶もなしに不二は手塚に駆け寄った。
特に問題なく終わったとはいえ、試合は練習の何倍ものパワーを要する。
普段なら調節しながら出来ることも、この時ばかりはとつい無理もするだろう。
直後は何もなくても後々痛んでくることも、いやそもそも手塚が堪えていたとも考えられる。だが、

「問題ない」

手塚の返答は不二を一先ず安心させた。
昨夜は気になってなかなか寝付けなかったほどだ。
やはり本調子とは言い難い試合だった。
佐伯が負けの体制に入らなければ、もっと長引いただろうし、正直勝敗もどうなっていたか分からない。
それだけ無理を押して出場していたということだ。
もしあのまま佐伯が手塚に挑み続けていたら、試合の結果だけでなく腕の方もどうなったかわからない。
そう考えると背筋がぞくっとした。
様子を見るまでは落ち着かなかったが、手塚は朝からラケットを握りいつもと変わらぬ様子で部活に参加している。
問題ないというのはどうやら嘘じゃないだろう。

「よかった・・・」

不二はホッと一息つくが、これからのことを考えるとすっきり不安は拭えない。
もうすぐ公式戦が始まる。もちろん不二だって青学の勝利を願っているが、勝ち続けることは手塚が腕を酷使し続けるということだ。
今回は大事に至ることはなかったが、それ以上に過酷なスケジュール、練習試合と同じわけにはいかない。

「これからも協力するから、何でも言ってよ」
「・・・・・」
「僕に出来る事は―――手塚?」

どうしたのだろう・・・手塚が無愛想なのはいつものことだけれど、今日はどことなく雰囲気が違う。
愛想はなくてもそれなりに表現はしてくれる。
迷惑そうにしたり呆れたり、そんなこともあったが、最近では不二のお節介にも苦笑を漏らしながらも従うようになっていた。
反応があるのはそれなりに受け入れてくれている証拠だろう。
そう思っていたのだが―――。
今日の手塚の表情が読めない。視線が冷たくてただ無愛想というのではない。

「どうか・・した?」
「別に。ただ・・随分俺の為に頑張ってくれるんだなと思っただけだ」
「それは、そうだよ。君をサポートするって言ったじゃない?」
「そうだな、確かにお前に任したお蔭で試合には楽勝して、腕も壊さずに済んだんだからたいしたものだ。で、次は何をしてくれるんだ?」
「次って・・・?」

ごくりと不二は生唾を飲んだ。
手塚は一体何が言いたいのだろう。
一つ一つに棘のある物言い。お前のお蔭でなんて言っているが、感謝の気持ちなど微塵も込められていない。
それどころか―――

「何をって・・・腕の様子を見て君の運動量を調節したり、応急処置とか・・。悔しいけど直接できることってそれくらいしかないから。でもいざとなったら!いざとなったら・・・・」

腕が壊れる前にやめさせることが出来る。
例え君に恨まれることになっても・・・。

けれどそれを口にするのはやはり憚られた。
コートから追い出すだの、そんなにお人好しじゃないだの、これまでも冗談めかして言ってきたけれど、
それは手塚のテニスを終わらせるという事。
例えそれで腕が救われても、将来的にテニスを続けられる事に繋がっても、「手塚のテニス」は終わってしまう。
それだけ手塚にとって全国へ行く事は乗り越えなければならない壁なのだ。
だから簡単には口にしたくない。手塚の想いを知っているだけに本気で言うのは辛い。
手塚にはぎりぎりまで頑張れって言ってやりたい。
そして、そんな手塚のテニスがやっぱり好きだから。

「いざとなったら?」
「えっと・・・・・」

上手く誤魔化す言葉すら見つからない。
そのまま不二は俯いてしまう。
言葉を飲み込んだまま、何も言えなくなった不二の代わりに続きを発したのは手塚だった。

「いざとなったら・・・対戦相手に俺のために負けてくれって頭を下げてくれるのか?」

信じられない台詞に思わず顔を上げた。
見張った瞳のその先は無表情のまま淡々と語る手塚の姿。

「お前の協力とはそういうことなのか?」
「何の・・・話をしてるの?」
「とぼけなくてもいい。もう全部分かっているんだ、昨日の対戦がお前が仕組んだ八百長試合だったってことは」
「なっ!」

一瞬にして不二の頭が真っ白になる。
言葉が詰まったまま出てこない。一体何を言えばいいのだろう。
いろんなことが思考を駆け巡るけれど、何一つ形にすることが出来ない。
驚きと戸惑いで不二の身体は震えだしてしまった。
自分の身体を必死で押さえようと不二は自身を抱きしめるのが精一杯。

「満足したか?自分の筋書き通りに話が進んで。圧勝か・・、とんだ笑い種だな」
「違っ!」

手塚の放言に不二は痞えた気持ちを振り絞るように叫んだ。

「違うよ・・そんなことっ。僕はっ!!」
「違う?なら何故佐伯は急に試合を投げるようなプレイをしたんだ。あれが奴の実力だと言うのか?」
「それは・・・」

唇を噛んで不二は手塚から目を逸らす。
佐伯が途中から試合を投げたことは一目瞭然。
あの場にいた誰もがその展開を疑ったはずだ。
けれどそれは―――。
今何を言っても手塚には言い訳にしか聞こえないだろう。
何を言えばいいのかも分からない。

「怒ってるの?僕が・・信じられない?」
「例えどんな理由があろうと、お前がやったことは同じテニスをするプレイヤーとして最低だ。人としても・・・俺には理解できない」

怒りよりも悲しみ。
築かれつつあった不二との信頼関係。
他の誰にも言わなかった事を、不二になら話していいと思えるようになった。
こいつなら自分の気持ちを判ってくれると思った。
それが足元から崩れていったのだ。
ずっと一人で立っていたのに。一瞬でも誰かに凭れてしまうと、こんなに心までも乱れてしまうものなのか。
どう信じろというのだ?自分の為にやったことだしても割り切れるものではない。
こんな馴れ合いを認めるくらいなら、腕が壊れて一生テニスが出来なくなる方を選ぶ。
それを分かってくれる人なら信じられた。
そんな奴だと思っていたのに―――裏切られた。

「サポートはもういい。俺は自分一人で前へ進む」

もともと一人で進んできたのだ。
誰の助けもいらない。自分の人生だから、腕が壊れようとテニスが出来なくなろうと、
全部自分で背負えばいいだけの事。

「・・・そう」

小さく返って来た答えと共に不二が立ち去る足音が遠ざかっていく。
その声も後姿も酷く淋しそうだ。
だが、手塚が追いかける事はなかった。
不二の目に溢れんばかりの涙が溜まっていたのも見ることはなかった。


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