俺にわざと負けろってこと?

ごめんなさい、酷い事言ってるのは分かってる。

本人を止めることは出来ないのかい?

僕の言うことなんて聞かないよ。だからと言って虎次郎に頼むなんて筋違いも甚だしいよね。でも、他にどうすることもできないの・・・。

弱ったなあ・・そんな声出すなよ。仕方ない、一度だけだよ。

いいの?虎次郎いいことなんて何もないよ?

おいおい、自分から言い出したくせに。でも、うん、まあいいよ。

ありがとう、ほんとにありがとう、虎次郎大好き!

もういいって。でも・・・公式戦が始まるまでになんとかしなきゃね。

うん・・・・


そう、公式戦まで後少し。
なんとかしないといけないのに―――


お前は最低だ。人として信じられない。


冷たい声が追いかけてくる。
いけないことだと分かっていた。
それでもどうしても守りたかった。大切だから―――
掛け替えのない存在だから、守りたかっただけなのに。

僕は最低なことをしちゃったんだね・・・


LOVE ATTACK25


「・・・ぱい!不二先輩!!」

ぺたりと額に冷たい感触が走った。
閉じていた瞼が呼ばれた名前に自然に持ち上げられていく。

「え・・ちぜん・・くん?」
「大丈夫?魘されてたっすよ」
「えっと・・」

冷静に辺りを見回せば自分の部屋だとわかった。

「君、なんでこんなとこいるの?部活は?」
「もう終わったよ。3日も学校休んでるからお見舞いに来たんだけど」
「そうなんだ。ごめんね、君にはいっぱい迷惑かけちゃって。あの日も・・」

道端で急に倒れた不二を越前達が自宅まで連れ帰ってくれた。
その後のことはよく覚えていない。
気付けば原因不明の熱が出ていて、立ち上がることもままならない状態だった。
今朝になってようやく熱は下がったが、この3日間ですっかり体力が低下してしまい、学校へ行ける状態ではなかった。

コンコン―――

ノックの音と共に姉の由美子が入ってくる。

「よかった、起きたのね。折角いらしてくださったのに、眠ったままじゃ申し訳ないもの」
「そんなに寝てた?」
「ええ。でもそろそろ無理しない程度に動いた方がいいわ。身体が言うこと利かなくなるから。それに少しは食べないと、ね」

由美子はそう言って持ってきたガラスの器をベッドの脇にあるテーブルに置いた。

「越前君、でしたっけ。一緒に召し上がってくださいね」

部屋を出る間際に、にっこり向けられた笑みはとても不二とよく似ている。
姉妹だから当たり前か、ふとそんなことを思いながら越前はぺこりと頭を下げた。

「はい」

越前は器から二切れリンゴを取って、添えられていたお揃いのガラスの小鉢にのせ不二に渡した。

「ありがと」

両手で包むようにそれを受け取るが、不二は口にしようとはしない。

「食べないの?冷たくておいしいっすよ」
「食べなきゃって思うんだけど・・・」

手の中のリンゴを見つめながらぼそりと呟く不二はいつもの元気どころか生気すら感じられない。

「熱は下がってるみたいだけど、もしかしてまだ気分とか悪い?」
「ああ、やっぱりさっきの越前君だったんだね」

不二は自分の額に手をやって、さっき感じた掌の感触のことを確認するように言った。

「ずっと高い熱があったって来た時お姉さんが言ってたから」
「ありがと。でも今朝には下がったんだ。気分も別に悪くない。でも―――」

後輩の前、何度も笑ってみせるが、内なる影がどうしても現れてしまう。
ところどころ見え隠れする、不二の沈んだ表情。
どんな時も屈託のない笑顔を絶やさなかった不二がこんな顔をするなんて。
ただ体調が悪いのではないことが容易に分かる。

「食べたくないなら俺が食べてあげるよ」

不二の手の中の小鉢をさっと取り上げて、越前は二切れのリンゴを瞬く間に平らげてしまった。

「・・・え?」

姉がテーブルに置いた大きい器の方をチラリと見遣ると、その中もすでに空っぽで。

「凄い早業だねぇ」
「まあね、腹減ってたし」

それにしても優にりんご2個分はあっただろう。

「お姉さんああ言ってたけど、食べたくないなら食べないでいいじゃん。いざとなったら病院行って点滴してもらえばいいんだし」

何と大胆な意見。
お見舞いに来た奴からそんなこと言われるなんて露にも思わなかった。けれど―――、

「ぷっ!さすが越前だね。言うことが違う・・・あはは」

今の不二にはそんな越前の言葉が何よりもありがたかった。
それにやっと笑えた気がする。
越前はそんな不二をじーっと見つめて、

「さっきお姉さん見て先輩に似てるって思ったんだけど、よく考えたら逆っすね。順番からして先輩がお姉さんに似てるのか」
「姉さんと僕?あんまり言われた事ないんだけど。どっちかというと裕太と似てるんだよね。あ、裕太って弟ね」
「先輩が?それともお姉さん?」
「姉さんがだよ。じゃなくて、姉さんに弟が似てるんだよね」

そっか、そっかと、越前の持論に頷く不二をみて「まあ、どうでもいいけどね」と鞄を持って帰る姿勢に入る。

「じゃ先輩、元気になったら学校来なよ。でないと俺の恋愛ライフがなりたたないっすから」
「ははっ、何それ」

コロコロ笑いながら返す不二に、むっと剥れた表情を作って、

「本気で言ってんすからね。今んとこ鉄仮面のせいで足止め食らってるけど」

鉄仮面とは言わずもがな手塚の事。
忘れていられたのはほんの数分だけ。
足を捕まれ海底へ引きずりこまれるように、一気に逆戻りしてしまった。
苦しい、息苦しくて堪らない。
吐き出せば楽になるだろうか。今抱えている事全部、吐き出してしまおうか。

「ねぇ、越前。僕ね、もう手塚のことは諦めたんだ」
「え?」

不二の台詞に部屋から出ようとノブに手を掛けた状態で越前は振り向いた。

「ううん、正確には振られたようなもの・・・かな」

くしゅっと笑いながら鼻に指を掠める。
その瞳に涙こそないけれど、ぼんやり赤くてまるで泣いているようだった。


ああ、これか―――

不二の失意の原因、点と点が結ばれた。


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