LOVE ATTACK26


「おっ、やっと来た!待ってたんだ不二」

部活終了後、着替えも終わって部室の外に出ると、菊丸を始め男子のレギュラー達が集まっていた。

「どしたの?」
「ほら、前に決めたじゃん!月2くらいで一緒にテニスしようってさ」

越前のお寺のコートでお遊びテニスをしようと皆で約束した。
元はといえば手塚を休日に引っ張り出すために計画した事だったが、そこはテニス好きの集まり、皆それぞれにやる気満々で話に乗ってきた。
けれど公式戦を来月に控え、休日の部活動が始動したことにより、結局は一度も集まる機会がなかった。
わくわくした目付きで話す菊丸に付け加えるように大石が続ける。

「そう言いつつ、なかなかできなかったけどさ、休日の部活は今のとこ午前中だけだし、土曜日の練習後どうかってことになったんだけど、都合どうだい?」
「大丈夫だけど・・・」
「そうか、よかった。不二が決めた事なのに、不二が都合悪いじゃ成り立たないからな」
「そんなこと、別にいいのに」

きっちり言いだしっぺにお伺いをたてる性格はまさに大石らしくて、不二はくすりと笑みを漏らす。

「いや大切な事だよ。それに皆が揃うに越した事はないしな。後は手塚だけなんだが」

手塚・・・・
その名前にドキリとした。
あれから手塚とは一言も口を利いていない。
幸いクラスも違うし、部活の間も女子と男子ではコートは別だ。
敢えて関わらなければ接点はない。
だが、休日テニスとなれば話は変わる。
ただでさえ少ない人数、気まずいムードが流れ続けるに違いない。
しかもあれだけ今まで手塚を意識してきたのだ。
今のところ、自分と手塚のことを知っているのは越前だけ。
あからさまに余所余所しい空気が漂えば、皆も何かしら気付くに違いない。

「やっぱり僕・・・」

目の前にいる大石達からふと視線を外した。
皆が楽しみにしているテニスを自分の所為でぶち壊したくない。
それに手塚と同じ空間にいることに耐えられる自信もない。
諦めた・・・なんて言ったもののそんなに簡単に割り切れる想いではなかった。
学校で手塚を目にするたびに逃げるようにその場を離れた。
いや、手塚が側にいなくても胸が抉られるように痛かった。
授業も部活も休憩時の友達との語らいでさえ集中していない自分に気付く。
そう、諦めると決めて忘れられる想いなら、平然な顔をしてそこにいれた。
けれどこんなにも罪悪感に苛まれ苦しんでいる自分がいる。
手塚に嫌われたと思うと、自分の存在価値まで失ったような、そんな気持ちにすらなる。
それは拭いきれない想いが残っているから。
いや拭いきれないのではない、溢れんばかりの気持ちでまだ手塚を想っているのだ。

けれど、もしあの日に戻れるなら自分は思い止まっただろうか?
多分答えは否だ。
罪悪感を感じながらも後悔はしていない。
それを手塚に八百長だと蔑まれても、守らないといけないものがあった。
誰のためでもない、自分のためだったのかもしれない。
大切な人を傷つけても、守りたいものはある。
好きな人に一生憎まれることになったとしても、自分の宝物だから。

「やっぱり僕、今回は―――」

やめておくと言い切る前に、耳を通った低めの声に続きを飲み込んでしまった。

「まだいたのか、施錠なら俺がすると言っただろう」

部誌を書き終えて出てきた手塚が言う。
恐らく鍵当番の大石に気遣って先に帰るように言っていたのだろう。

「ああ、分かっている。不二に話があって」
「不二?」

手塚の視線が大石の向こうにいる不二に向けられた。
ぴくりと身体が反応したが、その後まるで硬直するように動けなくなってしまう。
逃げるに逃げられない。言葉も―――出ない。

「ちょうどよかった。お前にも都合を聞きたかったんだ。次の土曜、部活の後空いてるか?」
「・・・・?ああ、特に予定はないが」
「よかった。前に行ってたテニス、その日にやろうってことになって。今不二にも話してたんだ」

見られている気がする。
視線は大石に向けられているのに、心の目は最低と蔑んだ自分を睨んでいるように見える。
今手塚は何を思っているのだろう。
皆で集まる中に自分が含まれていることを、どう捕らえたのだろう。

一刻も早くこの場から離れたい。
けれど同時に手塚の考えている事が気になって仕方ないのも事実。
どこかで期待しているのかもしれない。
手塚がもう気にしていないと、一時的に腹が立っただけだったと。
態度で示してくれるのを期待して自分は待っている。

不二は居た堪れない気持ちを唇を噛む事で押し殺し何とかそこに留まっていた。

これがきっかけで元に戻ることが出来れば・・・
また前のように笑って君を追いかけたい―――

「悪いが、俺は遠慮させてもらう」

まるで裁判の宣告を待つ被告人に下された判決のようだった。
切れそうに細い糸だったが、不二にとっては最後の望みでもあった。
それが絶たれた今、もう手塚に望むことはない。
何も望んではいけないのだと身をもって知らされたのだ。

「どうしてだ?何も予定はないんだろ?」
「特に急ぎではないがやっておきたいことがあるんだ。大事な用なら付き合うが遊びならとりあえずそっちを優先したい」
「そうか。じゃあ日にちを変えてもいいんだが―――」

「別に手塚がいなくてもいいじゃない。日を伸ばしても同じ事だよ」

迷う大石にきっぱり手塚を切り離したのは他でもない不二だった。
自分がいる限り、日にちを変えたところで手塚は来ない。
だからこんなところで引っ張っても無意味だ。

「そう・・だな。それはそれでまた都合つかない奴が出てくるか」
「そうだよ。毎回皆揃わなくても、来れる者だけで楽しめばいいじゃない。遊びなんだし」

手塚がいなくてもいいといわんばかりに不二は淡々と話を進めていく。
手塚だって毎回下手な言い訳をこじつけて断り続けるより、そうしておく方が気楽だろう。

「すまないな、手塚。次回また参加してくれ」
「ああ」

これでいい。
忘れられないなら、自ら断ち切ればいい。
そのうちきっと想い出に変わるから。

「じゃあ僕はここで」

早くこの場から離れよう。
でないと、また決心が鈍ってしまう。

「え?一緒に帰んないの?」
「ごめん英二、教室に忘れ物したんだ。取りに行くから先に帰ってね」

「え・・ちょっと?今から行くのかぁ?」

親友が叫んだ声にも振り返らずに不二は校舎へと消えていった。


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