LOVE ATTACK28


先日手塚と歩いた夜道を今日は越前と歩いていた。
あの夜の手塚と同じ、越前も自分を家に送り届ける為にわざわざ時間を割いてくれている。

「送ってもらってごめんね。君の方が年下なのに反対だね」
「これでも男っすよ」

お前自分が女だという自覚があるのか?
無鉄砲にやってきて何かあったらどうするんだ!
送ってくれるの?
当たり前だ―――


男としての責任感、特別な意味などないのは分かっていたけれど、それでも胸がドキドキした。

「そっか。そうだよね。ありがとう」

あの夜も思い出した昔の会話。
越前とのやりとりでまた不二の脳裏に鮮明に蘇って来るものがあった。

なあ、姉ちゃん。俺これからは自分の事は自分でする。それでもって姉ちゃんの事も守ってやるぜ。
裕太が僕を?へぇ〜それはそれはすごく期待できそうだね。
あー!!信じてねーだろ?俺はこれでも男だぞっ!


「男・・・か。昔、裕太もそんな事言ってたんだよね」
「ああ、先輩の弟?」
「うん。気が弱くて泣き虫でね、小さい頃は僕の後ろばっかりくっついてたくせにさ、いつの頃だったかなあ、俺が姉ちゃんを守ってやるなんて生意気な事言い出して」

小さい頃、どこへ行くのもいつも裕太の手を引いて歩いた。
一つしか違わないけど、弟を守るのは自分の役目だと思っていた。
いじめっ子が裕太を泣かしたら、女だてらに身体を張って仕返しに行った。
与えられたお菓子やおもちゃはいつも裕太に譲ってあげた。
トランプやゲームもわざと負けて裕太のご機嫌をとった。

信じていたんだ。それが彼にとって最善の行為であるのだと―――。

だから本気にしなかった。裕太が何を言っても、適当に受け流して。
まだまだ自分が守ってあげないとって。

それがいつしか彼の自尊心を傷つけていたなんて・・・。

「何をきっかけにそんなことを言い出したのか分からないけど、あの時裕太は目を輝かして話してたんだ。それなのに僕、子ども扱いしちゃってさ。今のように素直にありがとうって言ってあげればよかったんだよね」

なんで?なんで青学じゃないの?
関係ねぇだろ。姉貴は姉貴で俺は俺だ。
だって青学で一緒にテニスしようねって・・・
所詮男と女、一緒になんてできないんだから他の学校でも同じだろ。それに俺なんかいなくても手塚って人がいるからいいんじゃないの。
なんでそこで手塚が出てくるの?僕は裕太が心配で―――
それがうざいってんだよ!!もううんざりなんだ、あれこれ干渉されるのはっ!
裕太・・・・



幼い頃から自分がするものは何でも真似をしてやりたがった。
テニスにしても不二が中学の部活に入った途端、母に頼んでスクールに通いだしたほど。
それでもって、無事青学に入学した暁にはテニス部に入部すると張り切っていたのだ。
けれど中一の冬、裕太が違う学校を受験すると知った。
いつも自分の背中を追いかけてきた弟が初めて違う道を進むと言い出したのだ。

「ふふっ、いつまでも小さい頃と同じにはいかないね。裕太だって少しずつ大人の階段を上り始めてたのに、僕はどうしても認めてあげられなくて・・」

淋しげな瞳で不二は笑う。
良かれと信じてしていたことがずっと裕太の負担だったと思うと、やりきれない想いが込みあげてくる。

「家族なんてそんなものでしょ?俺、兄弟の関係はよく分からないけど、何かほら急に親がうるさくなったりする時期ってあるじゃん。あれってさ結局照れくさいんだけなんだよね。背伸びしたい年頃っていうか」
「そういうもの?」
「そうだよ。俺、まさにリアルタイムだし。うちの場合は母親っすけどね。でも本人にそう素直には言えない」
「なんで?」
「恥ずかしいじゃん。男なんてそれが普通なんじゃないの」
「君ってホント年の割りに悟ってるよね。背伸びなんてしたら老人になるよ」
「・・・・・。深く考えないだけっすよ。理屈で割り切れないことなんていっぱいあるよ?」

越前の言う通りだと思った。理屈じゃないのだ。
自分が弟を想う気持ちは、年齢とか性別とか世間体とか、そんなものは関係がない。
離れてもいつも側にある存在。側にあっても追いかけたくなる存在。だからいつまでも心配でたまらない。
大袈裟かもしれないけれど裕太を守るためなら自分は何でもする。
たとえ理屈で割り切れることではなくても。本人からますます疎まれたとしても。
それでもやっぱり大切な存在だから。

「そうだよね。別にいいんだよね」

とんだ醜態を見られてしまったけれど、越前とこうして帰ることができて救われた気がする。

カラカラに乾いた心が、ほんの少し潤った―――

「ありがとう、越前」
「・・・?」
「だから!送ってくれてありがとうって」

少しだけ不二に笑顔が戻ってきた。
街灯の下、映し出される顔はまだほんのり目元が赤くて。けれど、手塚の話をしていたさっきとは明らかに違う表情をしている。
一時的だとしても手塚から思考が逸れたのが良かったのだろうか。
それとも不二にとってその弟の存在が手塚よりも大きいのだろうか。
どちらにしても不二が少しでも本心から笑えたのなら、ずっと待っていた甲斐が少しはあったということか。
本音を言うと泣き崩れる不二に正直驚いた。そのまま黙って退散しようかとも思った。
何が原因で手塚とこじれたのかなんて興味ない。もちろん詮索するつもりも毛頭なかった。
だけど、そのまま不二の姿を見続ければきっと踏み込んでしまう。そんな予感があった。
それは自分にとって決していい選択ではないと越前は分かっていた。
自分だって真剣なのだ。不二が手塚を初めて見た時と同じように、自分も不二を見て胸が騒いだ。
好きだと気付いたのはもっと後だったけれど、多分その瞬間から動き出していたのだろう。
その想いに自ら蓋をするようなことは性分じゃない。
だが不二の心が未だ手塚を求めていると知れば、それを目の当たりにしてしまえば、きっと捨て置く事は出来なくなる。
今までの「協力」とは意味が違う。踏み込めば自分も捨てることになる。
それでも不二の笑顔が見たいと思うなんて、越前リョーマとして人生最大の汚点だ。

「ちぇっ、もっと貪欲な奴だと思ってたんだけど」

肩に掛けた大きなラケットバッグを担ぎなおしながら、越前は自分自身に呆れるように呟いた。

「何?どういう意味?」
「別に・・俺って意外とアホだなあって悟っただけっす」
「・・・?」

ピントのずれた会話。カラカラと笑いながら歩く越前の言いたいことは不二にはよく分からない。
けれどその風姿は言葉とは裏腹にどことなく颯爽としていて。

春の夜風が心地よく、二人の間を通り抜けていった。

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何で突然裕太君?・・・という突っ込みはなしで(あれれ?)