あの日、例えばコートでサーブを打ってたのが君だったら・・・僕は君が好きだったのかもしれない

そう、考えれば一目惚れなんていい加減なものだ。
直接どんな人かも知らないで、好きとか憧れとか真面目に語ること自体笑えてくる。
あの日サーブを打っていたのが越前でも、心が奪われたのかもしれない。
人を好きになるきっかけなんてきっと単純な事なのだ。
それでも手塚を見つめる日々の中、いつしか彼自身が好きになっていた。
外見やテニスの実力ではなく、努力を惜しまないとこ、誠実なとこ、融通が利かないくらいに真直ぐなところも。
そして何より自分に厳しいところにどうしようもなく憧れた。
だからこそ、自分の腕を犠牲にしてでも戦い続ける手塚を応援しようと思った。
ばかな選択だと否定しながらも、そういう愚かさが好きだから。
そんな手塚が誰よりも好きだから―――

だから分かる。
きっと違う誰かを好きだったとしても、いつかきっと手塚に捕らわれる日が来たはずだ。
手塚に出逢った時点で、やはり恋に落ちたと―――


LOVE ATTACK29


「話はそれだけか」
「そう。でもあんたにちょっとでも心があるならそれだけでも何か感じるものがあるでしょ?」
「意味が分からんな。不二が泣いていた事と俺が何の関係があるんだ?」

一筋縄ではいかない。覚悟はしていたがここまで頑強に突っぱねられるとは。
表情一つ変えず冷淡な態度を示す手塚。越前はそんな目の前の仏頂面にやれやれと溜息を吐く。

「俺の知った事ではない・・・ってとこっすか?けどあんたの事で泣いてんだから無関係はないんじゃないの?」
「お前にはもっと関係のない事だ」

くだらん、そう言いたげな表情で30センチ近く下にある越前に一瞥を投げ、手塚はくるりと踵を返した。

「ふーん」

確かに自分には関係ないけど、ここまで言われてそ知らん顔もたいしたものだ。
振り返る素振りもない手塚はある意味あっぱれとも言えよう。

言いたくはなかったけど、というか本当はこれ以上関わりたくはないのだけれど、越前はあの夜の不二の顔が離れない。
手塚を諦めると傷心している不二は自分がこれまで見つめてきた不二とは全く違った。
そんな不二を見て、あろうことか今までの不二に戻って欲しいと願っている自分がいる。
手塚と距離を置いてくれるのは好都合のはずなのに。
結局自分が想う不二は、手塚を見つめている不二なのかもしれない。

だからもう一歩だけ踏み込ませてもらうよ。

「ねぇ、二人がこじれた原因って何?やっぱその腕っすか?」

躊躇うことなく立ち去ろうとしていた手塚の肩がピクリと揺れた。
ゆっくり振り返って慎重深げに言う。

「何の話だ?」
「とぼけなくっていいっすよ。不二先輩が最近やたら部長に構ってたのって、その左腕、調子悪いからっすよね?」
「・・・・・・・。」

眉間にいつもにまして険しい皺を作ったまま手塚は一瞬押し黙った。

「何を聞いた?」
「―――?」
「不二から何を聞いたか知らないが余計な―――」

「あんたホントにあの人が俺に何か言ったとか思ってんの?」

それまで淡々と話していた越前の口調が強くなる。
確かに手塚との事を不二がポロリと漏らしたのは事実。
けれどそれは手塚を諦めるということだけ。

振られたようなもの・・・かな

あの台詞からしたら、きっと不二に手塚の気にいらない何かがあったのだろうくらいの想像はつく。
だが、それ以上不二は何も語らない。
自分を弁護することも、手塚を責めることも、何も。一人でその何かを背負っている。
それを間近で見てきただけに、手塚のこの言い様に越前の怒りの感情が一気に溢れ出た。

「あんたの腕のことなんて初めっから知ってるよ。俺だけじゃない、大石先輩だっていつもハラハラ気遣ってんの気付いてないの?乾先輩もあんたの為に出来るだけ腕に負担掛けないような特別メニュー組んでんじゃん。この間の練習試合もさ、シップだのアイシングだの必要以上に用意して。それでも皆何も言わないのはあんたの青学に掛ける思いとか、目指すものとかそういうの分かってるからじゃないの?ぎりぎりまであんたのやりたいように見守っていようってことだろ?」
「・・・・・・」
「そういうあんただから俺も付いていこうって思ったんだ」

感情に任せていつの間にか手塚を掴みに掛かっていた手を、越前はぐっと堪えるように解いて短く一息ついた。

「柄じゃないっすね。ここまで暴露するつもりもなかったんだけど。でもさ、不二先輩だって同じじゃないの?何があったかは知らないけど、部長に良かれと思って協力してたんでしょ。そういうの、もうちょっと分かってやったら?」

じゃあ俺、行くっす。さっと左手を上げて今度は越前が手塚に背を向ける。

「おい・・・」
「ああ、別に恋のキューピットとかじゃないっすから。何ていうか・・・あんたとは同じ高さで勝負したいじゃん」

そう言って上げた手をひらひら振りながら越前は手塚の前から去っていく。
その背中に手塚は掛ける言葉がなかった。
一人残されてふっと肩の力を抜く。

全部ばれていたのか―――

無意識に左腕を擦りながら、先程の越前の言葉にこれまでの独りよがりな自分を恥じていた。

そして思い出すのは不二の姿。
人事だと放って置けばいいものを、目に涙を浮かべて包帯を巻いてくれたあの夜。

自分のことを何よりも気遣って―――

一人で抱えてきた苦悩、それを誰かに委ねられる安堵感や心強さを、いつの間にか不二に求めていたのではなかったか。
その中で強く切れそうなほど張り詰めた糸を不二に背負わせていたのも事実。
いつ壊れてもおかしくない腕。自分でも恐ろしくなる時があった。
それを間近で見続けていたのだ。
怖くなかったはずはない。心配しているなら尚更―――。

越前に言われるまでもない。
本当は分かっていた。例えどんなに屈辱だったとしても、不二はこの腕のことを一番に考えてくれていた。
それを分かっていながら・・・。

人として信じる事ができない

酷い事を言った。
不二がした事は人だからこその行為。
大切なものを守るために、プレイヤーのプライドだとか意地だとか、そういうものを全て取り払ったのだろう。
不器用なやり方ではあるが、あの時できる不二の精一杯の思いやりだった。

全部分かっていたのに―――


誰もいない教室で思いっきり泣いてたよ。
いっつもあんなに笑ってた人がさ。

越前から聞いた不二の様子が胸に堪える。
向日葵のようなあの笑顔を見せなくなったこともずっと気付いていた。
それが自分の所為だということも。
気になりながらもどうしても許せなかったのは、あの試合だけが原因ではないのかもしれない。

誰にも知られないようにこそこそと佐伯と話しをしていた不二。
裏切られたと思ったのは、不二が自分以外の人間とも秘密を共有していたから―――?

元々「秘密」でも何でもなかったというのに。
一人で背負っている気になっていたのは自分だけだったのだ。
その結果不二を巻き込んで、傷つけた。

「最低だな・・・俺は」

それでもこれで良かったのかもしれない。
誰にも知られたくない、手塚のその気持ちが不二を葛藤させていたのだろう。
佐伯に話したのも、あんな試合を企てたのも、結局不二にとって重荷だったのだ。
初めから皆に話していれば不二が出てくる事もなかった。
もう隠す必要はない、いや、そもそも不毛だったと分かった今、不二には自身のことだけを考えて欲しい。


だからきっとこれで良かったのだ―――


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