LOVE ATTACK34


長く続く廊下。
ところどころに置かれた長椅子に座る人たち。
反面その周りでかちゃかちゃ音を立てながら慌しく動き回る。
疲れた表情の隣にある白衣の笑顔。
館内に響く放送の声。
温かいようでどこか事務的でもある。
混沌としている有様を横目に手塚はその間を闊歩した。

受付での案内と館内表示に従っていれば、迷うまではいかないだろうが、右も左も同じような光景だ。
薄暗い階段を上れば、やっと整形外科の表示が見えた。
それにしても世の中には病人や怪我人がたくさんいるものだ。
ふとそんなことを思った矢先、まるで人事のようだと自分の置かれている状況を思い出し、手塚は自分自身を鼻で笑った。

病院こそ違うが、そこにいる人たちは自分と同じ立場にある。
つい先程まで自分も診療を受けていたというのに。
今は―――、一体何をしにこんなとろこまでやってきたのだろう。
いろんな柵があったとはいえ、不二の弟の件は自分には無関係の問題だ。
冷静に考えれば、ここにいることが不自然に思えてならない。
何ができるわけでもない。
不二にとっても弟の大事にやって来られても迷惑なだけだろう。
それでも気になるのだ。
不二が心から心配し守りたかった存在。
なぜ彼が、不二の弟が身体の犠牲の上に成り立つプレイを選ぶのか。
そうまでして求めるものは何なのか。
自分と同じか?それとも別の何か。
手塚は無性に気になった。

「不二・・」

大きな病院だ。一口に整形外科と言っても待合所も広範囲に及ぶ。
受付で不二の弟の所在を確認したものの、すぐに見つかるだろうかと気掛りだったが、無駄な心配だったようだ。
診察室の扉近くに不二が俯いて座っているのがすぐに分かった。
連絡を受けて一心にやって来たのだろう。
テニスウェアのままの不二は、一人場違いな装いで目立つ。
それだけ余念がなかったと言うことか。
佐伯から真実を聞かされて、ここまで全力疾走して来たというのに、手塚は声を掛ける事を躊躇った。
そこで弟を待つ不二は、酷く余裕のない顔をしていたからだ。
自分の怪我に気付いた時も、その後も、不二はいつも親身になって気に掛けてくれたが、それとはまた違う。
そわそわと落ち着きなく、診察室の方に視線を移してはまた戻す。明らかに冷静さを欠いている。
華奢な身体がより小さく見える。
こんなに頼りなげな奴だっただろうか。
自分が知っている不二は、のんびりしているようでどこかに芯の強さを秘めている、危ういようで気丈さを感じる、そんな奴だ。
だが目の前にいるのは間違いなく不二本人。
これが本当の不二・・・。

手塚に僕の何が分かるって言うの?

あの日、悔しげに投げ付けられた不二の言葉を手塚は思い出していた。
本当にそうだ。自分は何一つ分かってはいなかった。
笑顔の裏で不二が抱えているものを。
強くあろうとするのは誰かのためで、不二自身は背負う荷物を増やしていたのだ。
あんなに側にいたのに、気付きもしなかったなんて。

手塚は漸く一歩踏み出した。
まずしなければならないのは、不二に謝る事。
それで済むとは思っていないが、そこから始めなければ前には進めない。
そして、もし出来るなら今度は自分が不二の支えになってやりたい。
抱えているものを、少しでも軽くしてやれることが出来るなら、不二の側にいてやりたいと思う。

「不二」

手塚がその名を口にした瞬間、診察室の扉が開いた。

「裕太!」

手塚に気づかないまま不二は立ち上がり、出てきた少年の元へ駆け寄る。
不二と面影が良く似た女性に支えられ、裕太と呼ばれた少年はすかさず不二から目を逸らした。

「どうだったの?どうにかなっちゃった!?ねぇっ!」

不二の憂慮な声音が廊下に響くが、裕太はむすっとそっぽを向いたままだ。
代わりに母親と見られる女性が返答する。

「大丈夫よ、念のためこれからレントゲンを撮るんだけど、多分少し筋肉を傷めただけだろうって」

はぁーと安堵の息の音が手塚の元まで聞こえてくる。
不二の張り詰めた緊張が解けたようだ。だが―――、

「ねぇ、これを機にもう一度考えようよ。今日は大丈夫でもいつか絶対身体を痛めるよ。無理をしてテニスが出来なくなったら何にもならないじゃない!」

訴えるように説得する声に、裕太は漸く不二を見る。
けれど、その眼差しは冷たく鋭いもので。

「うるさいな!何度も言うけどお前には関係ないだろ」
「関係なくないよっ。僕は裕太の―――」

佐伯が言っていた件だ。
まるで聞く耳を持たない裕太に不二も言い返しはするが、

「姉なんて言うなよ。ただ血が繋がってるってだけだろ」
「裕太・・・」

不二も裕太のその物言いには言葉を飲む。
不二にとって弟は掛け替えのない存在。
それを、血が繋がっているだけと言われるほど悲しいことはない。

「もう、およしなさい」

母親に宥められ、裕太は仕方ないとばかりにチッと舌打ちをする。
そして、心配そうに見つめる不二に見向きもせずに、裕太は不二からわざと距離をとって椅子に腰を掛けた。
母親も手を焼いているのだろう。
二人のそんな様子に首を竦めて、裕太の隣に移動した。

「僕、先に帰るよ」

淋しげに掛けた声にも、裕太が反応することはなく。
気をつけてね、と言う母に薄っすら笑みを向けて、不二はその場から去って行く。
一連のやりとりを見ていた手塚もすぐに不二を追いかけようと思ったが、不二の弟の態度が気に掛かる。
見る限り弟が一方的に不二を敬遠しているみたいだが。
思春期独特の反抗なのだろうか?けれど母親を疎んじている様子はない。
家庭の事情や考えなど他人の自分に分かるはずもないのだが、単純に反抗期というには何か違和感がある。
佐伯から話しを聞いた時もそうだった。
佐伯も原因は分からないようだったが、不二も本当は何が弟をそうさせているのか分からないのではないだろうか。

自分でもらしくないと思う。
興味や好奇心などでは決してないが、余計なお世話という範疇に首を突っ込もうとしている。
それでも身体が自然に動いてしまった。

「突然申し訳ありません」
「はい――?」

行き成り掛けた声にきょとんと視線を返してくる不二の母親に手塚は軽く一礼をした。

「手塚と言います。周さんと同じ学校の―――」

母が返答する前に、いや手塚が最後まで言い終わらないうちに反応を見せたのは裕太だった。
身体の痛みも忘れて、勢いよく立ち上がった裕太は驚きの表情を見せている。

「手塚・・・。あんたが―――?」


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