ねぇ、裕太!今日学校でかっこいい子見つけたの!テニスがすっごい上手くてね。もう、僕もテニス部入っちゃうんだ! 裕太、裕太。手塚ってやっぱり天才だよ。上級生の誰も敵わないの。 裕太も手塚を見たらきっと憧れるよ! 僕、いっぱい練習して手塚に認めてもらうんだ! すごいんだよ、裕太。手塚、一年生なのに副部長になっちゃった。 裕太も頑張って手塚みたいになりなよ! 『何だよ・・・手塚、手塚って』 いつも側にいた不二が中学に入って恋をして、その中の一番の位置をあっさり引き摺り下ろされた。 お姉ちゃんがやることをすぐに真似をすると、テニスを始めた裕太を家族は笑い話にしたが、裕太の本心は手塚への対抗心。 だがそれで、不二の心を取り戻せるという淡い期待はすぐに消え去った。 手塚国光、その名はスクールでも有名だった。 いくら頑張ったところで、まだ始めたばかりの自分が敵うような相手ではない。 小学生の自分でも分かるほど、手塚のテニスにおける経歴は凄いものだった。 不二の手塚への想いは膨らむ一方、毎日うんざりするほど手塚の自慢話が裕太の耳を流れた。 当然、自分も青学のテニス部に入学すると思い込んでいる不二は(尤も初めは青学のテニス部で手塚をやっつけることが目的だったのだが)、あろうことか手塚のようになれと言い出した。 それは不二にとって、単純にテニスが上手になるようにとの弟への激励だったのだが、手塚という名に素直になれない裕太は、敢えて青学には入学しなかった。 裕太が入った聖ルドルフ学院はスポーツの補強を図る新設校。 テニス部においても打倒手塚を目標にできる環境は十分整っていた。 しかし、だからこそ否応なしに入ってくるライバル校の情報。 中学生になって尚その実力をテニス界に広めた手塚は、そこでも一目置かれる存在だった。 裕太の練習量も半端なものではない。めきめき成長は遂げているものの、まだ手塚の足元にも及ばない。 手塚とは対戦どころか会ったこともなかったが、これまでの功績を聞けばそれくらいは理解できた。 このままでは勝てない。裕太の中で焦りが生まれ始める。 不二の話から考えると、手塚が高校へ進学する可能性は低い。 となれば、手塚にとって中学最後の大会、この夏がただ一度のチャンスになるのだ。 それまでに手塚に対抗できる何かをどうしても身に付けたかった。 身体に負担が掛かかると言われても、軋むような筋肉の痛みを伴っても、それでも引きたくはなかった。 裕太もいつまでも何も分からない子供ではない。 人が誰かを好きなるのは自然なこと。不二も例外ではない。 そして、その人が不二の中で自分とは全く別の次元として存在していることも今は理解できる。 けれど、一度根付いた感情はどうにもならない牙になって手塚に向けられてしまうのだ。 理不尽だと分かっていても、今はもう手塚というだけで面白くない。 それならば、見極めるしかないのだ。 不二に相応しい相手かどうか。テニスがきっかけというのなら、そのテニスで証明してほしい。 初めてたかが二年足らずの自分に王者の風格をどう見せるか。 その為に多少の無理は否めないのだ。 勝てるとまでは思っていない。けれど一つでいい。 手塚と並ぶ何かをぶつけた時、それを打ち破る強さが彼にあるなら―――。 LOVE ATTACk36 手塚はその複雑な心境をまざまざと顔に浮かべた。 確かに不二からは、アピールとも取れる言動の数々をぶつけられてはきたが。 けれど、決定的な何かがあったわけではない。 正直本気なのか冗談なのか、その境界が分からない。 必要以上に構ってくるわりには、何かを求められたことなどないのだ。 友達とは違う視線を感じる一方で、男と見られているようにも思えなかった。 自分も不二に特別な感情を抱いている自覚はないが、他の女生徒とは違う存在であることは確か。 だから、不二が自分に向ける色々も、そういうものだと思っていたのだが。 「それは、つまり不二が俺を――と言うことなのか?」 「今更よいしょしたって・・・」 その微妙な質問は、立て続けに暴言となって出てくる苛立ちを止め、裕太の目を点にさせた。 「何・・・言ってんすか?」 「何と言われても、言葉通りの意味なんだが」 手塚はぽりっと頭をかきながら困ったように呟く。 「し、白々しいこと言うなよな!姉貴の気持ちなんて一目瞭然だろ!隠すつもりもないみたいだし」 裕太の言い分は尤も。 不二の気持ちはまるで絵に描いた看板をその背に負っているように、口に出さずとも単純明快だ。 少なからずも不二に少しでも関わっている人間は誰もが知ってるほどの手塚フリーク。 それを本人だけが知らないなんて有り得ない。 裕太はケッと顔を歪めて、手塚を睨む。 「思い当たる節がないわけではないんだが・・・」 だからと言って直接そこに結び付けなくてもいいのでは、とも思う。 手塚はどうしても釈然としない。 経験上、女子に告白されたことは何度かある。 申し訳なくも受けることはできなかったが、彼女たちの想いはそれなりに分かったつもりだ。 だが、不二の素振りは彼女たちのそれとは全く違う。 二人の関係を囃す者もいたが、事実でないことに特別耳を傾ける気もなかった。 「君の勘違いということも―――」 「だっ・・・」 誰が勘違いなんてするかよ! 裕太は叫びたいのを抑えて、深く嘆息しながら言った。 「思い当たること、あるんでしょ?それって何すか?」 手塚はうーんと考えるように目線を上にした。 「上手く説明はしにくいんだが、そうだな・・・写真とか」 「写真?」 「何故かいつもくれようとするんだ。後は・・・やたら男子部にやってきて俺の近くでプレイする。ああ、そう言えばお姫様だっこ・・・」 「お姫・・?」 「足を怪我した時にせがまれた」 あいつ・・・随分好き放題やってるじゃないか。 裕太の額にぴしりと青筋が立つ。 「他にはっ!?」 えらい剣幕で続きを催促されて、手塚も不二の行動を振り返らざるを得ない。 「改めて言われるとやはり違うような気もするんだが・・・」 「いいからっ!」 「きゅ、休日にテニスを二人でしようとかどうとか・・・」 めっちゃど真ん中じゃん! 突っ込みをいれたくなるのを裕太は必死で耐える。 この人、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。 全部芝居だったらたいした玉だ。 天然に見せかけて、その実人の心さえテニスボールと同じように操ってしまう魔術師のような奴なのかもしれない。 「いや、やはり違う。不二は皆でしようと言ったんだ。二人ですると言ったのは俺の方だったか・・・?」 「お前、やっぱり魔術師か!?」 ―――――が、 「―――裕太くん。俺はこう見えて架空の産物は嫌いではない。だが、それはあくまでも物語や空想の中であるから楽しめるものであって、現存するとは考えにくいだろう。しかもいくらそう思ったからといって、初対面の相手に向かって言うことではないのでは?」 「・・・・・」 天然の方だった。 「まあ、今はその話は置いておこう。つまり、テニスに誘われたから二人でするのかと聞いたら、皆でするという回答だった。やはり特別な意味などないように思うが?」 「いや・・・だから・・・さ。・・・でもっ、そうじゃないかってちょっとは思ったんだろっ?だから思い当たる節があるって言ったんだろ!?」 何故か裕太は必死だった。 思い描いていた手塚のイメージがずれ始めているのが気に入らない。 自分が今まで手塚に向けてきた感情が一人よがりだったと認めたくないのだが、元来手塚に不二への下心などなく、詰め寄られても答えようがないわけだ。 ただ・・・ 「腕の怪我に随分懸命になってくれたんだ。何故そこまで思ってくれるのかと、ありがたく思うと同時に疑問でもあったのだが―――、もし不二が俺をそういう感情で見ているのだとしたら・・・納得できる気もして」 手塚は無意識に右手で左肘を擦った。 裕太の言うように、不二が自分に好意を抱いていたのなら、不二に言ってしまったことが、ますます自分を責める。 手塚にまた後悔の波が押し寄せた。 「腕の怪我・・・って?」 予想外の話に裕太は思わず聞き返してしまう。 手塚が怪我をしていたなど、一度も耳にしたことがなかった。 「古傷が痛み出したんだ。だが、今引くわけにはいかないのでな。不二にはいろいろ協力してもらった」 「今って、まだ治ってないってことですよね?そんなことして、大丈夫なんですか?」 「分からない。騙し騙しやっている状態だからな」 無敵の王者、手塚国光とはそういう存在と聞き及んでいたが、 思わぬところで穴があるものだ。 「だが、それは君にも言えることなんじゃないのか?」 「え?」 裕太は手塚の顔を見た。 「誤解のないように言っておくが、不二から聞いたわけではないぞ。君がしているテニス、俺と同じ理由なら力になれることがあるかもしれないと思ったんだが―――、」 手塚は小さく溜息を吐きながら、続けた。 「とんだ思い違いだったようだ。随分甘えた感情だと、正直呆れている」 「なっ、何のことを―――っ!!」 「だが、そんな君が羨ましくもある。不満をぶつけられる相手がいるのは、時には心強いことだからな。不二が君を見放すことなどない。それは分かっているんだろう?」 「それは・・・」 言葉に詰まる裕太の肩を手塚はぽんと叩きながら言う。 「俺が面白くないのなら、その感情は俺だけに向けろ。意地やプライドで大切な人が悲しむなんて本意ではないだろう」 それは手塚の後悔から気付いた気持ち。 負の感情は負しか生まない。 大切だからこそ、信じなくてはいけないのだ。 「時間をとらせてすまなかった」 手塚は裕太に背を向け、母親に挨拶をしてから足早にその場を去っていく。 その背を見送る裕太は、訳が分からなかった。 手塚が突然やってきた意味も、結局何が言いたかったのかも全く分からない。でも―――、 負けていると思った。 テニスで戦う前に、既に自分は負けている。 意地やプライドで大切な人が悲しんでいる――― 裕太は不二を思い出した。 浮かぶのは、辛そうな顔ばかり。 子供の頃はずっと笑いあって過ごしていたのに。今はその笑みでさえも悲しげで・・・。 「母さん俺・・・今日は家に帰ろうかな」 ばつが悪そうに裕太は母に伝えた。 next / back |