「悪かったわね。仕事中に」
「いいわよ。どうせ外回りに出てたし、会社に連絡したら直帰していいって。あら、周は来てないの?」

父親が海外赴任している不二家では、家族の一大事は光並みの速さで全員に伝えられる。
家族間で助け合うというのが母の方針でもあるのだが、姉の由美子には夫がいない不安要素を委ねている面も大きかった。
由美子もそんな母の気持ちが分かるのか、こういう時は出来る限りの協力をする。
今日も母からの連絡で仕事を切り上げて弟を迎えに来たのだ。
しかし、当然一緒にいるだろうと思っていた、もう一人の家族の姿が見えない。
ばつが悪そうに視線を逸らしている裕太を見てピンときた由美子は、「ははあ・・」と眉を顰めながら声を出した。

「また周にきついこと言ったんでしょう。気持ちは分からないでもないけど、ほどほどになさいよ」

キッと目線で一睨みしてくる由美子に裕太はグッと声を詰まらせる。
周にはえらそうに楯突く裕太も、由美子には反論一つできないようだ。
10歳以上離れていることもあるが、この姉には何を言っても太刀打ちできない貫禄があるのだ。もう一人の姉とは随分雰囲気が違う。

「後で謝りなさいね」
「・・・・・」
「返事は?」
「・・分かったよ」

家族想いの優しい姉だが、白と黒はきっぱりと分ける。厳しくすべきところは決して甘やかさない。
それが分かっているだけに、由美子には素直に従うという図式が裕太の中に確立されていた。
そう言う意味では、周には幼い頃から随分理不尽な我侭を言ってきたものだ。
それでもいつも笑って受け入れてくれた。そしてそれは自分だけの特権だと優越感を抱いていた。

周が好きだったから―――。

『俺が面白くないのなら、その感情は俺だけに向けろ』

手塚に言われた台詞が胸を刺す。
そもそも始まりは手塚に対する対抗心だった。
自分だけの姉を取られたようで、会ったこともないのにその存在が疎ましかった。
最初は本当にそれだけの感情だったのだ・・・。
いつからだろう、周自身に辛く当たるようになったのは。
いつからだろう、引けなくなってしまったのは。

大好きだったはずなのに―――。

「あなたも構われたくない年頃だものね。もう少し放っておくように言ってあげるから」
「いや・・・」

裕太は首を横に振った。

「自分で・・・話すよ」
「そう?そうね、その方がいいわね」

由美子は幼い頃の二人を思い浮かべた。
まるで小さい恋人同士のようにべったりで、いつまでもこの調子だろうかと不安にさえ思ったくらいだ。
けれど、時はゆっくりと姉弟に変化を与えた。
和解したところで今更二人が以前のように戻ることはないだろう。
けれどそれは、子供から脱皮すると言う意味だ。
二人がこじれた原因は裕太にだけあるわけではない。周にも原因はある。
きっと大人になるということが、二人とも分かっていなかったのだ。
周には周の、裕太には裕太の人生があり、それぞれが別の方向を向いている。
それは生まれた時から決まっていたことだ。
血の繋がった姉弟だから、いつまでも同じ場所にいるものではないのだと気付かなければならない。
そして、互いにそのことが分かった時、必ず手を取り合えるのだ。

由美子は裕太の中に出来ていた壁が少し崩れたことに笑みを漏らした。

「ま、私はそれほど気にしてなかったけどね」
「何のことだよ?」
「お姉ちゃんに向かってその口の効き方はどうかしら、裕太くん?」
「・・・すいません」

裕太を操縦するなんてちょろいもんだ。
周もそこに気付けばいいだけのことだと、由美子はくすくす声を立てて笑った。


LOVEATTACK 38


「何するんだよ!放・・してっ!」
「可愛い顔して、威勢がいいねぇ」

男は不二の目の前でヒュッと口笛を鳴らした。
ニヤリといやらしく口角を上げた顔が近付いてくる。
不二は必死で顔を逸らしたが、そこから離れることはできなかった。
不二の両腕を左右それぞれ別の男が抱えているからだ。
前にいる男を強く睨みつけることだけが、唯一の抵抗だった。

「いいね、気の強い子って結構好きだよ」

不二の威嚇も空しく、男は笑っている。
三人もいてあんなに単純な道を迷うなんてどう考えてもおかしかった。
妙だと思った時点で、無視をするべきだったのだ。
今更ながらに自分の単純さが嫌になる。
けれど、今そんなことを反省している場合じゃない。
早く逃げなければ。この状況がまずいことくらい、いくら鈍感でも理解できる。
不二は何か手段はないかと周囲に目をやるが、相手は三人、しかもこう押さえ込まれていては身動きが取れない。

「誰か、いませんか!!助けてっ!」

叫ぶ以外思いつかない。
しかし、何度大声を張り上げても、自分の声が空しく響くだけで何も反応はない。
男たちも表情一つ変えなかった。

「無駄だよ。ここ空き家だし、お隣さんもいつも夜まで帰ってこないんだ。奥まったこの庭からじゃ、外の通りにも聞こえないしね」

肩を捕まれて振り返った瞬間、身体をいきなり押さえ込まれて、通りに面していた住宅に引きずり込まれた。
あまりに一瞬のことで声をあげる隙もなかった。
あの時周囲に人気はなく、見ていた誰かがいるとも思えない。
全てが計算尽くだったのだ。
病院が見えるあの場所で足を止めることも、すぐ横にある住宅が空き家であることも、全て計算した上で適当な相手を狙っていた。
そして、まんまとその罠に嵌まった。

不二は悔しくて唇を噛んだ。

「そんなに力入れると切れちゃうよ?」

悔しくて噛み締めた唇に男が手を伸ばしてくる。不二は噛み付くように言った。

「触るなっ!」

拘束された腕を振り解こうと、力の限り身体を動かして暴れるが、男の力に敵うはずもなく。

「諦めなよ?大人しくしてたら痛くしないからさ」
「何・・する気だよ?」

不二の問いかけに男たちは顔を見合わせて笑った。

「言っていいの?」

人を人とも思わない目つきで厭らしく笑う彼らに、それまで強気に出ていた不二も少しずつ恐怖が増してくる。
彼らの狙いなど身体の自由を奪われている時点で明白だ。
物取りやお金目当てなら、こんなに回りくどく面白がったりしていないだろう。そもそも自分など狙わないはずだ。

どうしよう。相手は自分より力がある。しかも三人。
どう考えても分が悪い。それにどんなに抗っても、何を言っても、平然としている男達に、逃げ場のなさを思い知らされる。

「ねぇ、俺達だって女の子に乱暴なことしたくないんだ。君だって、暴力振るわれるより大事にされる方がいいでしょ。だから黙って言うこと聞いてなよ」

目の前の男が不二の顎を捕らえる。
顔を背けようとしても動かせない。不二は男を視界に入れないように目を瞑るしかできなかった。

「・・・・っ!」

男の手が不二のスコートの裾に差し込まれた。
瞬間ぞわりと身体中の毛が逆立つ。腿をじわりと撫でられて、かろうじて踏ん張っていた足が力を失っていった。
不二はがくりと地面に崩れるが、両腕を抱えている男からは解放されることはない。
膝を付いた状態で捉えられた身体は、全身の筋肉が弛緩したようにだらりと枝垂れた。

何故こんな目に合わなければならないのか。
こんなところで知らない男に囲まれて、一体僕が何をしたと言うの。
一体―――?

お前は人として最低だ。
ただ血が繋がっているだけだろ。

頭の中で、これまで自分を苦しめてきた声がまるで疑問に答えるように木霊した。

何もかも空回りするようになっているのだ。
一生懸命でいるつもりでも、迷惑でしかない。
所詮自分なんてその程度の存在でしかないのだ。
愛しても、愛しても、認めてくれる人なんていないのだから―――

もう、どうなってもいい・・。
抵抗したところで無駄だ。誰かに気付かれることはない。
こんな身体の一つや二つどうなろうと、誰も何も思いはしない。
悲しんでくれる人もいなければ、義理立てする人もいない。
どうでもいいのだ。どうでもいいから、こんなことに巻き込まれる。これもきっと自分が導いた結果なのだ。
それなら男の言うとおり、下手に抵抗して傷つけられるより、大人しく従う方が救われる。

このくらいのことで失うものなんて初めから何も持っていない・・・。

「わかった・・よ。大人しくするから手を放して・・・」

不二の目はもうどこも見ていなかった。
目の前の男も、自分の姿も、周りの景色でさえも、目に映るものは何もない。
暗い海の底にいるようだ。

聞こえてくるのは自分を責める言葉だけ。

「僕は・・・何をしたらいいの?」

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手塚くんお誕生日おめでとう!ビバ!10月7日vvv
すみません、とりあえず更新だけでもと思い、久々にアップしましたが、ろくでもない内容でした。
しかも手塚君、どこにも出てこないし・・・。
愛はあります。完結までもうすぐです。完結したら自動的にフジコがあなたのプレゼントになります(苦しい・・)。