LOVE ATTACK39

「僕は・・・何をしたらいいの?」

俯いたまま、不二は呟くように言った。
目の前の男は唇でヒュウッと音を鳴らすと、顎で仲間の二人に不二を放すように合図する。
ぎりぎり持ち上げられていた身体が、どさっと地面に落ちた。
漸く自由になったが、不二はその場に座りこんだまま。
動く気力は残っていない。逃げる気持ちも既に失われていた。

「もう覚悟決めたの?思ったより早かったなあ。抵抗されるってのもなかなか男心を擽るんだけど、まあいいや」

諦めろ、大人しくしろと言いながらも、素直に従われるとそれはそれで面白みに欠けるという矛盾だらけの男の言葉に鳥肌が立つ。
不二は小刻みに震える身体を押さえながら、この現状を耐えるために唇を強く噛んだ。
観念しても恐怖心が拭えるわけではない。
何をされるのか予想は付いても、その行為が何であるのかまでは想像できなかった。
これまで男女の交わりなどピュアな感情しか持っていなかったのだ。
誰かを好きになって、その人と一緒にいたくて、話したくて。
たとえ恋愛感情でなくても、自分に対して気持ちをもらった時は心躍る思いになれた。
それだけだった。それをただ追いかけていたいだけだった。

手塚・・・

どうして楽しかった時なんて思い出すのだろう。

あの日の言葉は今でも頭を離れないのに。
今尚自分を責め続けているというのに。

何故なんだろう。

怪我をした足を労わって、保健室に運んでくれたこと。
夜道が危ないと送ってくれた夜。

こんな時に限って、手塚の優しさを思い出してしまうなんて。
どうして最低な奴だと、罵り続けてくれないのか。

追いかけても届かない。想っても伝わらない。
手塚と自分を繋ぐものなど何もないと散々思い知らされたのに。
だから誰に何をされようと、どうでもいいはずなのに。

心が泣いている。
覚悟を決めても、悲しいと思ってしまう。

好きでもない人に、手塚以外の人に触れられることが、こんなに悲しいことなんて。

不二は今改めて自分の気持ちに気付いてしまった。
どんなに報われない想いでも、どんなに嫌われていようとも、やっぱり手塚が好きなのだと。

けれどその想いですら、今から壊れていくのだろう。
不二はぎゅっと目を閉じた。

男の手が不二の胸元に伸びる。
ポロシャツのボタンが一つ、二つ外されて、陶磁器のような滑らかな肌がその隙間から覗いた。
その白さに男はゴクリと喉を鳴らすと、開きかけた胸元を力任せに引き裂いた。

「やぁっ!」

抵抗する気力は失くなったはずだったが、実際に手を加えられる恐怖心から咄嗟に不二は男を突き飛ばしてしまう。
男はバランスを崩して少し後ろに倒れたが、すぐに体勢を整え、不二を睨み付けた。
不二は胸元を手繰り寄せて、じろりと見つめてくるその視線から目を背ける。
一度は諦めたものの、生理的にもどうしても受け入れられない。

「確かにそういうのも燃えるって言ったけどさ、今度やったら押さえつけるぜ。乱暴されたくなかったら大人しくしてろよ」

男の言葉に凄みが加わった。
先ほどまでのちゃらけた物言いが消えて、どことなく威圧的になった。
明らかに突き飛ばされて苛立っているのが分かる。
しかし、それは不二を萎縮させるのに十分すぎる迫力があった。
言うことを聞かないと何をされるか分からない。
そんな脅迫観念が不二の中に生まれてしまう。
不二は抑えた胸元を自分から放した。

その様子を確認した男は仲間と目配せをし、口元を斜めに吊り上げて言った。

「脱げよ」
「・・・え?」

不二は驚いて男の顔を見た。

「自分で脱げって言ってんだよ」

ふるふると首を小さく横に振る。
この状況、抵抗は今更だとしても、自分から洋服を脱いで身を捧げるなんてできるわけない。

「や・・だ・・」
「おいおい、さっき何をしたらいいのかって聞いたの誰だっけ?なあ?」

男は仲間とあざ笑うように言うが、先ほどの脅しを不二に念押ししているのだ。
不二の手が恐怖に駆られて、ポロシャツの裾を持つ。

嫌だ。こんなことしたくない。
自分から脱ぐくらいなら、押さえつけられる方がまだ救われる。

そう、頭では思っても、怖くて手がポロシャツを捲くろうとする。
そんな自分が情けなくて、悔しくて、瞳からぽろぽろ涙が零れ落ちた。

「可愛いなあ。涙なんか流しちゃって」

男は不二の顎を捕らえて、下卑た顔を近づけてくる。

本当にどうしようもないのだろうか。
身体は動かない。顔を背けることも許されない。心は恐怖で負けそうだ。
しかも相手は三人、どう足掻いても敵うわけがない。
それでも何か、何か―――。

「・・・・!」

一つだけあった。
この屈辱から逃れ、男たちにも制裁を加えられる方法が。

不二はぎゅっと合わせた唇の内側で、舌を上下の歯で挟み込んだ。

さっきも思ったばかりだ。
自分なんて何の価値もないと、そう悟ったばかりだった。
だったら、踏ん切りを付ければいいだけだ。

少しずつ歯が舌に食い込んでいって、じわりと錆びた味が口の中に広がっていく。

後どれくらいの勢いで噛み切ればいいのだろう。
本当にこんなことで上手くいくのだろうか。
でも、これしか方法はない。

「どうなってもいい」覚悟なら、ここで死ぬことを選ぶ。

「おい、早くしろよ!」

苛立った声を上げる男に不二は思う。

自分が死ねば、笑ってはいられないだろう。
これだけ用意周到に調べていたのだ。日々この周辺をうろついていたに違いない。
逃げても必ず足が付く。
二度とこんなことができないように、社会的制裁を受ければいい。

一刹那の決断だったが、不二に迷いはなかった。
ただ大切な人たちを思うとほんの少し胸が痛む。

家族は当然悲しむだろう。
どうしようもない娘だったけど、父さんや母さんは本当に大事にしてくれた。
姉さんも、頼りない自分をいつも影でフォローしてくれて・・・。
裕太は、ちょっとは罪悪感を持ってくれるだろうか。
でも、それで無茶をやめてくれたら、こんな命でも少しは値打ちがある。
英二は大丈夫だろうか。宿題自分で出来るかな。
越前はもっと可愛い人を好きになればいい。彼に似合う女の子はたくさんいるはずだ。
乾ドリンク、喜んで飲む奴いなくなるなあ。
テニス部の皆も・・・今年こそ男子に負けない功績をあげるつもりだったのに。
考えたら、思い残すことはいっぱいあるものだ。
未練たらたらで、成仏できないかもしれない。

手塚とも・・・、すれ違ったままだったし。
どう思うだろう。こんな終わり方したらきっと蟠りを残してしまうだろうね。
ごめんね。手塚は何も悪くないのに、最後まで嫌な思いをさせることになるね。
もう一度、手塚のテニスが見たかったなあ・・・。
もう一度だけ会いたかった。

でも、やっぱり君だけが好きだから―――後悔はしない


バイバイ

心の中で愛しい人に別れを告げた。
不二は瞳を閉じて、舌に食い込ませていた歯牙に力を込める。

そしていよいよ噛み切ろうとした瞬間の事だった。

「不二っ!」
「・・・ぅっ・・」

突然聞こえた声に一瞬喉が詰まった。
タイミングを逸した不二は閉じていた目をゆっくり開けた。


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フジコがとんでもないことを思いついてしまいました。不快に思われたらすみません(><)。
でもそれくらいフジコは手塚が好きなの。独りよがりの恋でも手塚一人に身も心も捧げているの。
現実にいたらとんだ勘違いヤローというか、想われる相手にとったらいい迷惑でしかないですね・・・^_^;超重たい(笑)。
でもここは塚不二ワールドなんで、まかり通る二人の世界(なんか言い訳くさ)。
ほんでもってやっと来ました。二人が絡まないとつまらなかったので、ここからは私が楽しくなる予定(むふv)。