只今午前10時10分前。
やっぱり早く来て正解。
10分得しちゃった!
予想通り、約束の時間より前に到着している手塚を見て不二は「やりっ!」とガッツポーズを作った。
しかし、

「お待たせ!てづ―――っ!」

意気揚々と先に待っていた手塚に声を掛けようとしたその時、

「お一人ですか?」

如何にも男を物色している風の女子三人組が、不二を差し置いて先に手塚に声を掛けたのだ。

「友人と待ち合わせをしてるんだが」
「私達これからカラオケ行くんだけど、良かったらそのお友達も一緒に来ない?」

行き成りの誘いに手塚は一瞬面食らった顔をするものの、あっさりと断りを入れる。

「いや、映画に行く約束をしているから」
「じゃあ、私達もご一緒したらだめですかぁ?」

しかし相手も引き下がらない。狙った獲物は簡単には逃さない。
可愛く頬を染めつつも、堂々たる誘い文句がさらさら飛び出した。
随分慣れている感じがまた腹立たしい。いい男には手当たり次第声を掛けているのだろう。
しかし、不二の苛立ちはそこよりも・・・

「お・ま・た・せ」

不二は、わざわざ彼女たちの目の前を通って手塚の横のポジションについた。

「何だ、待ち合わせって彼女だったんだ」

グループの一人が不二を見て零すように言う。

「いや、こいつは―――」
「私の彼に何か用かしら?」

不二はすかさず手塚の腕を取って、普段は使ったこともない女の子口調で彼女達を挑戦的に睨みつけた。

「行こう。友達なんて大嘘じゃん!」

先ほどの可愛らしい仕草はどこへやら。
ぶつぶつ文句を言い合いながらながら、彼女達はさっさと退散していった。

「引き際は結構潔いね。多分すぐに次の獲物を狙いに行くんだよ」
「そうなのか?」

不二はうんうんと首を振る。
女連れに時間を割いている暇はない。
あの手の輩はそういうものだと手塚に説明すると、

「お前もあんなことをするのか?」
「なっ、何で僕がっ!」
「いや、深層心理がよく分かっていると思って。追い払い方も手慣れている」

お蔭で助かったとほっとする手塚に不二はカチンときた。

「何だよ、それ!君が最初に彼女を待ってるって言えば、ああいうのはすぐに退散するんだよっ!」
「そうか。それも一理あるな。覚えておこう」

なるほどと不二の発言に感心を示す手塚にますます不二のムカつきは増す。

「あのねぇ!僕は君に追い払い方を教えてるわけじゃないんだよ。今日一体誰と待ち合わせしてるのかって言ってるの!」

友人を待っているんだが―――

そう。不二が一番気に入らないのは、そこである。

「僕は君の彼女じゃなかったっけ!?」
「あ・・・」
「あ、じゃないよ、ったく!」

全然自覚のない手塚に、ぷぅっと膨れっ面で不二は抗議するが、
手塚は不服全開の不二に困ったように言った。

「不二・・そのことなんだが、やっぱり―――」
「まさか、これっぽっちで償いは終わりなんて言うんじゃないよね?」
「いや・・そういうわけでは・・・」
「そうだよねぇ。僕の傷の深さを考えたら、懲役3年は固いなあ。僕としては終身刑でも構わないんだけど」
「・・・・」

終身刑・・・・手塚の喉がごくりとなる。
表面は至って穏やか。冗談のように笑みを湛えながら発せられる言葉は、一々棘がある。
そう言えば、以前菊丸から聞いたことがあった。

不二の笑顔は天使の笑みとは限らない。

笑顔がトレードマークと言っていい不二は、言葉どおりいつもにこにこと笑っている。
しかし、その全てが本物だと思ったら痛い目を見ると、半ば恐ろしい物でもあるかのように話していた。
その時は何の話かよく分からなかったが、今、その意味を理解した気がする。

「じゃ、そろそろ行こうか」

そう言って不二は手塚の腕に自分のそれを絡めた。

「お、おい・・」

不二の行動に手塚は引き気味の反応をするが、

「何か?」
「いや、何でもない」

有無を言わさぬ鋭い眼光に、そのまま歩くしかなかった。

「楽しみだなあ。僕、すっごく観たかったんだ、その映画」

手塚にピッタリ身体を引っ付けて、不二はうっとりと言う。

「何を観るんだ?」
「『ファースト・ラブ』。知らない?究極のラブストーリーだって結構話題になってるんだけど」
「ラブ・ストーリー・・・なのか?」

絡めた腕から伝わる手塚の温もり。その暖かさを不二は存分に味わっているが、それとは裏腹に手塚の背筋はぞくりとした。
すごく嫌な予感がする。

「うん。一少女の切ない片想いを綴ったお話なんだって。『は・つ・こ・い』ってのがいいと思わない?」

やけに初恋の辺りが強調されている・・・気がする。

「そ、そうか・・な?」
「若いカップルに大人気だそうだよ。皆、きっと自分達に置き換えて観るんだろうね?て・づ・か!」
「・・・・うっ」

菊丸に座布団5枚!
目の前の天使の笑みならぬデビルスマイルを見て、手塚はまさに囚人さながらの気分に陥るのだった。



LOVE ATTACK46


君には僕の恋人になってもらう―――

「は?」

その一言と共に手塚の時が止まった。
頭の中は不二の声だけが木霊して。

一体何の話だっただろうか。
不二の言わんとすることが理解できない手塚は呆然と言う。

「・・・意味が・・・よく分からないのだが?」
「ん?そんなに難しい日本語かなぁ?君が僕の彼氏になればいいだけだよ」
「彼氏・・・?俺が?お前の・・・?」

疑問符のオンパレード。
日本語の意味は分かる。だがこの展開の意味は分からない。
手塚はぼんやりと質問を繰り返すが、

「そう。で、僕が君の彼女ね」
「お前が・・・彼女・・」
「青学女子軍の憧れの的が選んだのが僕なんて。ほんとびっくりだね」

返ってくる答えは同じ。
しかも、何が何を選んだって?
さっきから喋っているのは不二だけで、自分は何も言ってないのだが―――。

「違う話に変わってるような?」
「どうして?」
「恋人とか彼氏とか、何か関係があるのか?言い出したお前がびっくりする理由も分からないんだが・・」
「あれ?」

きょとんとなる手塚に不二も首を傾げる。

「罪滅ぼししてくれるんじゃなかったっけ?」
「ああ、確かにそう言ったが―――」

ここまで言っても不二の言わんとすることが手塚は理解できない。

ほんと、この手の話題に鈍いんだから!

不二は心の中で一言ぼやくと、

「だから!君を殴ったって僕の手が痛いだけなの。僕の気が晴れるなら何だっていいんでしょう?」
「まあ、そうだが」
「だったら分かるでしょ。僕が君に望むことなんて一つしかないじゃん?もう一つ言わせてもらえば、君から僕を選んでくれる方が、僕の心はこれ以上ないくらいすっきり晴れ渡るってことなんですが」

不二は手塚が掴みやすいようにわざと左手を前に差し出した。

「・・・・・」

この手を取るかどうかは君が決めればいい。
にこやかに笑いながら不二はそう言っているわけだが、

この状況でできることは二つ。
走って逃げるか、この手を取るか。

「でも、ここで逃げたら罪の上塗りだよね・・」

ぼそっと呟いた不二の台詞は明らかに・・・

「きょ、脅迫か?」
「やだなあ、脅迫なんて人聞きの悪い。あくまでも選ぶのは君だって言ってるじゃない。君がつけた傷をさらに深く掘ってくれちゃうのか、綺麗に治してくれるのか、君次第ってだけで」

「・・・・・」

手塚は不二の左手を握るしかなかった。

「ふふっ、成立だね。それじゃあ、早速次の日曜日開けておいてね。デートしよ!」

晴れてラブラブ(?)カップルの誕生である。





*******





「不二、本当にその「セカンド・ラブ」とやらを観るのか?」
「勝手に二度目にしないでくれるかな」
「あっちの方が面白そうじゃないか。地球が破滅する日を描いた―――」

手塚は上映スケジュールに表示された別の映画を指差してみたが、

「ファーストラブ!中学生二枚お願いします」

さらっとスルー。不二はカウンターでさっさとチケットを発券してもらう。

来たばっかで地球が破滅して堪るか!

「お二人で二千円になります」
「はい」

不二が財布をバックから取り出した時、溜息と共に横から手塚が千円札を二枚差し出した。

「ここは俺が払うから」
「それはダメだよ!割り勘でいい」

不二は財布から千円取り出すと手塚に押し付けるように渡した。

「今日はデートなんだろう」
「くっ・・だからでしょう。デートの度にお金出してたら破産するよ?」
「・・・・・」

一度きりではないとさらりと宣言された。しかも言う前にちょっと鼻で笑った気がする。
とりあえず今日だけは・・・で済まそうとするのは甘いということか。
さすが不二。抜かりがない。

手塚は観念すると、不二から返された千円で二人分のポップコーンと飲み物を買った。

「これくらいは・・・」

不二もこれには「ありがとう」と素直に手を出した。

「楽しいね、手塚」

映画館の薄明かりの下、言葉通り不二は本当に楽しそうに見える。
この笑顔は天使の方―――。
罪の意識を逆手に取られた。
それは不二の計算に違いないが、

時折見せる本物がある。

そんなに嬉しいのだろうか。

思わずふっと手塚の口元が緩む。
諦めにも似た感情。
けれど自分の隣で嬉しそうに座っている不二が、手塚はほんの少し可愛く思えた。

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