LOVE ATTACK47


「・・・・・」

手塚は目の前でランチのサラダを乱暴に突付く不二をじっと見る。
映画館を出てから不二はご機嫌斜めだ。

「食べ物にあたるな。あれが観たいと言ったのはお前だろう」
「だって・・」

手塚と恋愛映画。
似合わないのは分かっていた。
けれど、手塚への淡い想いを胸に抱きながら、その隣で初恋に夢を見たかった。
手塚にも、ちょっとくらいは女の子の気持ちが伝わればいいと思ったのに。

あろうことか、ファースト・ラブの結末は、失恋だった・・・。

「何が、『初恋は実らないって言うものね・・・』だよ!」

ラストシーン、何年後かに別の人と結婚した彼にヒロインが懐かしく呟く台詞。
それを口に乗せながら、不二はぶつぶつと不平を垂れた。

「地球が破滅した方がまだ希望があったね」

どんな希望があるのだろう。
複雑な女心を目の前に、手塚はその疑問を敢えて喉の奥に飲み込んだ。

「お待たせしました」

運ばれてきたメイン料理に、不二はぴたりと口を噤む。
目の前に置かれたプレートを眺めてから手塚に視線を移す。そしてもう一度料理を見つめると、

「やっぱり和食の方がいいかな・・」
「は!?」

手塚は耳を疑った。

「おいおい、どうしてもこの店がいいと言ったのはお前だろう」

人気のデートスポット〜食事編〜で不二が念入りに調べておいた店は、店外まではみ出すほどずらりと行列ができていた。
当然のように最後尾に並ぶ不二に、

『ここじゃないとダメなのか?』

極自然に飛び出した台詞。
忍耐強いほうだと自分でも思うが、並んでまで食事をしようという心理が手塚には理解できなかったのだ。
しかし、不二にしてみれば、待ち時間よりもシチュエーションが大事なわけで。
そこはどうしても譲れない。
結局、一時間半程待つだけのために時間に費やして、漸くメインの食事がきたというのに、ここにきてその台詞は如何なものか。
普段はあまり感情を外にださない手塚だが、さすがに呆れ口調で突っ込んでしまった。だが、

「あっ、そういう意味じゃなくて・・・。えっとね・・・その・・」

不二は身体の前で小さく手を振って否定する。

「・・・・?」

だったらどういう意味かという疑問と、ほんの少し戸惑いを見せる様子に手塚は首を傾げた。

「実はね、母さんが一度食事にでもご招待したらって言ってるの」
「俺を?」
「うちの母さん、料理好きでね。でもどっちかというとこんな系統っていうか。手塚は和食の方が好きかなあって思ったから・・」

運ばれてきた料理は期待以上。
事前に調べておいただけあって、雰囲気もばっちりで今日この店を選んだことに後悔はない。
けれど、料理を前にした手塚を見ると微妙に似合わない気がした。

「・・・・・」

一方手塚は思いがけない誘いに戸惑いを見せた。
不二はそんな手塚を見て思う。

手塚のお弁当はいつも温かみのあるおふくろ弁当と言った具合で、目の前の料理とは掛け離れている。
以前手塚の家でご馳走になった食事も純和風の家庭料理だった。
日本人として所謂正統派。大それたものではない。どこにでもありがちな料理だった。
だが、盛り付けの一つ一つが工夫されていて、料亭を匂わせる雰囲気だった。
しかもその味は絶品で。料理を本格的に研究している母でも、あれほどの和のテイストを出せるだろうかと思ったほど。
けれど折角なら手塚の好みの料理でもてなしたい気もするのだ。

「手塚のお母さんのようにはいかないと思うけど、和食がよかったらリクエストしとくし」
「いや・・・和食がどうということではないんだが・・」

そう、手塚が困っているのは料理の内容ではなく。
なりゆきで今は恋人の真似事をしているが、実際不二とは特別な関係とは言いがたい。
こんな状態で家にまで上がりこむのはやはり憚られるのだ。しかし、

「そう!じゃあ大丈夫ね。母さんね、本当にいろんなもの作れるんだよ。洋食だけじゃなくて、アジア料理とかメキシコ料理とか・・・最近はトルコ料理なんてのもあったかな。でも和食は・・・、手塚のお母さんに敵わない気がするの」

安心した様子で無邪気に話す不二を見ていると、気兼ねする気持ちがありながらも手塚ははっきり断れない。
煮え切らないまま、話だけが進んでいって。
手塚の中にある迷いも少しずつ揺れを大きくしていく。






食事の後はショッピングだと、今度は繁華街に突入。
立ち寄った雑貨屋が気に入ったのか、不二は夢中で商品を見ていた。
一緒に入ったものの店内は女子でひしめき合っていて、右を見ても左を見ても興味が持てそうなものはなく。
きゃぴきゃぴと甲高い声に紛れて、頭一つ突出している自分はどう考えても不自然で。

「外で待っている」

そう言って店を出てからもう20分近くなるが、不二は一向に出てこない。
買い物もそうだが、食事をする為に一時間以上平気で待てたり、女という生き物の根気強さはある意味尊敬できる。
そんな暇があったらランニングでもやっている方が余程身になると思えてくるが・・・

「ごめんね、手塚!」

小さな包み紙を持って満足そうに出てきた不二を見ると、
漸く終わったかとホッとすると同時に、まあいいかと思えてくるから不思議だ。
強引に連れ回されているようなものだが、嫌な気持ちではない。
それは不二にそう思わせない雰囲気があるからだろうか。
それとも、自分の中にある罪の意識がそうさせるのだろうか。

懲役三年は固いなあ―――。

だが、三年もこんなことを続けていられるわけがない。
恋愛ごとには疎いが、償いで成り立つものでないことくらいは分かる。

「・・・・して?」
「え?」

聞こえた声に意識を戻すと、自分に向けて不二が手を差し出していた。

「何だ?」
「もうっ!聞いてなかったでしょう。携帯貸してって言ってるの?」
「あ、ああ。何をするんだ?」

疑問に思いながらも胸ポケットに入れていた携帯電話を不二の掌に乗せる。
不二はそれを嬉しそうに握ると、手に持っていた包みから何やら取り出して、ごそごそと携帯に結び付けた。

「ストラップ!お揃いなの」

ほら!と自分の携帯と並べて見せる。
同系色の小さな石が連なってできた色違いのストラップ。
良く見ると、石の中に一字ずつそれぞれの名前が白の英字で刻まれていた。

「赤が僕ので、青が君の。合わせると青学のカラーになるの」
「これを作ってたのか?」
「通しただけだよ。でも、色も形もいろんなのがありすぎて、迷っちゃった」

時間が掛かっていたのはこの為だったのかと、手塚は受け取った携帯をじっと見つめた。

「気に入らない?君の携帯飾りっ気ないし、一つくらいいいかなって思ったんだけど・・」

暫く黙っているだけで不二のテンションが少し下がる。
口ごもるように消えていく言葉に、手塚は小さく首を振って、

「そんなことはないが、ただ・・・」

ただ・・・、
休日のデート、食事の招待、お揃いのストラップ。
不二は本当にこんな形の付き合いを望んでいるのだろうか。

「いや・・・何でもない。ありがとう」

手塚はその先を口にせず携帯を受け取った。
今の自分の立場が弱いからではない。
何気に不安を垣間見せる不二に本心を告げるのはどうにも気が引けるのだ。

今までは何かと構ってくる不二に、言いたいことをはっきり言ってきた。
時には冷たい態度でかわしたこともある。
不二の行動が恋心からなるものと意識しなかった所為かもしれないが、それは遊びや冗談の類で済ますことができたのだ。
不二自身それは良く分かっていて、さして気に留めている様子もなかったが、

でも今は違う。
いつでも自分より誰かを優先してしまうのが不二だ。
もし自分が拒絶を口にしたら、最終的には不二は引き下がるだろう。

唯一自分の為に頑張ってたからかな。

佐伯が言ったあの言葉の意味が漸く分かった。
鼻で笑いながらしてやったりと強気な態度。
巧みな誘導に、冷や汗物でここまできたのも否めない。 
しかし、その実いちいち伺いを立ててくるのだ。
その時の不安そうな目と、ほっとする瞬間。そして、その後の嬉しそうな顔。
手塚は不二の変化を見逃さなかった。

不二の本当を自分が握っていると思ったら、下手なことは言えない。
だが、このままなし崩しに付き合っているのも、本当とは言えない。

「じゃあ、次のお決まりコース。公園に行こう!手塚」

お決まりコースか・・・

「随分欲張りだな。一日であれもこれも行ったら次はどこへ行くつもりだ?」
「・・・・・っ!し、心配しなくてもそのうち決めるよ!」

先のことまでは何も考えてない・・・か。
多分不二自身も分かってないのだ。
カップルが行きそうな場所を思いつくままに移動するだけで、本当はどこに行けばいいのか分かっていない。
条件で成立させた二人の行き先など何も見えるはずがないのだから。

「不二・・・もうよそう」

あれこれ考えていたのが不思議なほど、自然に零れた。

また傷つけるかもしれない。
けれどこんなことをやっていても空しいだけだ。
そしてその気持ちは多分不二の方が大きいはず。

「よそうって、どういう意味?」
「それはお前が一番分かっているんじゃないのか?」
「な、何のこと?僕にはさっぱり分からないな」

不二はさっと横を向く。
視線を逸らすのは気まずいからだ。
手塚は意を決すると、迷っていた言葉を口の乗せた。

「こんなことをやっていてもお前の気持ちが晴れるとは思えない」
「なんだよ、それ・・・。君、自分の立場が分かってるの?」
「分かっている。だが、それとこれとはやはり別の問題だ」

パシッ―――

刹那、乾いた音が響いた。
風と共に頬を掠った感触。
手塚は驚いて顔を上げると、真っ先に不二の掌が視界に入った。

「これが君にとっての償いだって言うの?冗談じゃないよ。こんなことしたって僕は救われない。何十発叩いたって、君が僕に言った事実は消えない。どれだけ苦しんだと思ってるの?どれだけ泣いたと思ってるのさっ!君には責任がある。あんなこと些細なことだったよって思えるようになるくらい僕を幸せにする責任があるっ!」
「不二・・・」
「一度は許すって僕言ったよね?それを覆したのは君じゃない。今更そんなこと言うのは卑怯だよ」

鋭い眼光が手塚を刺す。
今まで溜めていた不二の悔しさがとうとう爆発した。
これが不二の心の中に秘めた想いというなら、確かに自分には受け止める責任がある。
それが不二自身を更に傷つけることになっても。

「お前は本当にそれでいいのか?」
「何・・よ。僕は君が好きなんだから、いいに決まってるでしょう」

今度は目線を逸らすことなく不二は言い切った。
手塚はふっと肩の力を抜くと、

「分かった」

静かに返事をして不二の手を取った。

「・・・え?」

手塚の行動に一瞬瞠目した不二に、

「恋人はこうして歩くんだろう」

そう言って、手塚はその手を更に強く握り締める。

「あ・・うん」

頷きながらも一向に握り返してこない小さな掌。
それは不二が戸惑っている証拠。

それでもこれが不二にとって最善だと言うのなら、もう何も言うまいと手塚は思った。


next  / back