LOVE ATTACK7


ふわりと中に浮いたまま、景色だけがどんどん変わっていく。
ぴったり身体が触れ合う部分から、伝わってくるのは彼のぬくもり。
高鳴る鼓動が煩いくらいに音を立て、頭は真っ白、顔は真っ赤、大好きな君を見つめたいのに、俯くことしかできなくて。
気の利いた台詞の一つも探してみたが、言葉はおろか声すら出ない。

ねぇ、黙ってないで何か喋ってよ―――

無口な彼に無理な要求だと分かっていても、空気が静寂なまでの無の音を奏でる中、
自分の心音だけが響き渡るこの状況が落ち着かなくて。


これが手塚の匂い・・・

恋というのは不思議な魔法だ。
部活の中、汗まみれなはずなのに、優しくて温かくて全身を包み込む陽のような柔らかな香りに変えてしまう。
くらくらと不二の鼻腔を擽る刺激に僅かに意識を繋いでいた緊張という糸すらぷつんと弾け、不二はとっさり手塚の広い胸に頭を預けた。

「どうした、大丈夫か?」

急に凭れてきた不二に気付き、手塚が足を止める。
その台詞に不二ははっと顔を上げた。

そうだ、こんなに甲斐甲斐しく運んでもらっているが、自分はどこも何ともない。
普通に歩くどころか、今すぐ部に戻って激しい打ち合いだってできるのだ。
大好きな彼はそれを知らない。
知らずにこんなに気遣って・・・。

不二は急に罪悪感に目覚めてしまった。

「お、下ろして!」

ドキドキくらくら、息苦しいほど胸が軋んでこのままどうにかなってしまいそうだけど、本当はずっとこのままで、時間が止まればいいとさえ思った。
だけど、このまま手塚に嘘を吐き通すのは大好きな人を騙すことになる。

『ごめん越前』やっぱり僕には黙ってるなんてできないよ・・・


「どうかしたのか?」
「どうもしないよ。どうもしてないんだ!だから、だから下ろして・・」

不二は今にも泣きそうな声で手塚に訴えた。

「いや、しかし・・・」

手塚にしては何を戸惑っているのか。自分を下ろすことくらい簡単なはずなのに。
そんなに彼は自分のことを心配して・・・。だったら尚更このままではいけない。

「下ろしてったら、下ろして!!下ろしてくれなきゃ、飛び降りてっ―――」
「待て、不二!早まるな」

不二の思いを遮って手塚が止める。
手塚、僕なんかのために・・・・・不二の胸はジーンと高鳴る。
瞳が潤む。何故手塚は自分のためにこんなに親身になってくれるのだろう。
まさか、まさか僕のこと―――

「どう・・して?どうしてなの・・手塚・・・・・?」

不二は震える声で問いかけた。

「もう、着いたんだ」
「へ?」

意を強めた決断がただ少し遅かっただけのようだった・・・。


結局手塚に抱かれたまま保健室まで来てしまった。

「先生はいないようだな。この時間だ、職員室かもしれない」

室内をチラッと見渡して手塚が言う。

せ、先生なんてとんでもない!
これ以上けが人の振りはできない。

「ご、ごめんなさい、手塚!僕頭なんて打ってないんだ。え、越前君勘違いしたみたいで・・・だからっ!先生まで呼ばな・・いで・・」

この後の手塚の反応が怖い。
きっと彼は嘘をつくような人間は大嫌いだ。
未だ手塚の腕の中、不二はシュンと俯いてしまう。
しかし手塚から返ってきた言葉は・・・

「そうだな。これくらいなら俺でも手当てできるか」

「・・・え?」と顔を上げた瞬間、ベッドの縁へちょんと下ろされた。
手塚は戸棚から救急セットを取り出し、不二の足元へ跪く。

「頭がどうもないことくらい分かっている。何かあるならもっと反応が出るはずだ」
「じゃあ何でここまで運んでくれたの?」
「お前、全く気付かないのか?」

「きゃん!!」
飛び上がるほどの刺激が腿から膝にかけて走り抜ける。
手塚が濡れたタオルを宛がったからだ。

「なっ、なにす・・・あ・・」

タオルは薄っすら朱に染まる。
そんなに酷い出血はしてないが腿全体と膝がザザッと擦り切れていた。

「少し沁みるぞ。我慢しろ」
「ぎゃあ!!も、もうちょっとそろっと・・」
「そろっとしようが一気にしようが同じことだ」

少々というかかなり手荒い処置だったが手塚はあっという間に手当てを済ませる。

「これでとりあえず大丈夫だろう。家でやり替えろよ」

そう言ってぱんっと足を巻いた包帯の上を手で弾いた。

「いっったぁ〜い!」思わず大声を上げた不二に
「大袈裟な奴だな、さっきまで気付かなかったんだろう?」と呆れ声が飛んでくる。

「気付いた時点で痛いんだもん!」

はぁっと短い溜息が手塚の口から一つ漏れた。

「まあ、頭を打たなかっただけよしとするか」
「ご、ごめん。嘘付いて・・」
「別にお前は何も言ってないだろう。周りが騒いだだけだ。後で訂正しておけばいい。それで皆も安心する」

なんて優しいのか。そして・・なんていい男なんだ。
やっぱり惚れるだけの価値はある。
逃す手はない。越前が作ってくれたチャンス、ここで生かさなきゃ女が廃る!・・・が
めきめきと元気になっていく不二を尻目に手塚はさっさと片付けて保健室を出ようとする。

「ちょ、ちょっと待って!何処行くの?」
「部活に戻るんだが」
「戻るって僕を置いて?」
「手当てはもう済んだ。帰ろうが部に戻ろうが後はお前の自由だ。帰るなら部長に言っておくが」

いい男だけどはっきりしてやがる。
だが、めげてはいられない。

怯んでは、ものにはできない、手塚様〜・・・一句。

胸の中で一唄詠んで不二は気合を入れなおす。

「僕も部に戻るよ!」
「そうか」
「はいっ」

不二は両手を広げて手塚の方へ差し出した。

何が「はいっ」なのか?
手塚は問うような目を不二に向ける。
不二はその問いに即座に答えるように言った。

「抱っこ!」

さっきは何も知らず自分を介抱する手塚に申し訳なくて、下ろせと何度も言い放ったが、今となっては事情が違う。
自分は確かに足を怪我しているわけで、しかも気付けば結構痛い。
十分手塚に抱っこされる理由があるのだ。

「もう処置は済んだんだし、少し痛みがあるだろうが歩けないことはないだろう」

抱っこしなくてもいい理由があることはとりあえずこっちへ置いといて。

「だってすごく痛いんだもん!手塚は足を痛めた幼気な僕を目の前にして放っておけるの?」
「痛みを耐えてこそ幼気なのではないか?」
「そんな、薀蓄はどうでもいい!連れてくのか、いかないのかどっち!!」

半ば脅しに近い形相で不二は手塚に詰め寄った。

その眉間にはくっきり皺を刻み込んではいたが、仕方ないなと言いたげな溜息を吐き出し「乗れ」と一言、屈んで背中を向けた。

「え〜〜〜!お姫様じゃないの?」
「王子様に来てもらうか?」
「わぁっ、ウソウソ!!これでいいですぅ〜」

不二はぴょーんと手塚の背中に飛び乗り、きゅっと腕を肩に回した。

「パンツ見えないかな?」
「気になるならいつでも下ろしてやる」
「やだっ!下りないっっ!!」

放課後の校舎、人気のない廊下で大好きな彼とぴったり寄り添って二人っきり。
手塚から何度も聞こえる落胆で漏らす息の音は、都合よく不二の耳には入らない・・・らしい。



ところでところで越前君、乾先輩との話は終わったかな?


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