LOVE ATTACK8

「メリットなんて何にもないっす。ただ――」
「ただ?」
「きっかけは自分で作るってことっすよ。そのためには利用できるもんは利用する。例え恋敵への協力であってもね。」

不適な笑みを浮かべる越前に乾は顎に手をやりながらふむふむと考え込む。

「なるほど・・。それは一理あるな。で、今回どんなきっかけを作ったんだい?」
「そんなこと乾先輩には関係ないっす」

さらりと交わす越前に乾は意味ありげな口調で繋いでくる。

「それが大ありでね。きっかけは自ら作るんだろう?利用できるもんは利用するか・・。いい考えだ」

レンズの向こう側にあるキラリと光った瞳は越前には見えない。
だが、表情を読まなくても分かる、きっと自分と同じ顔をしているはずだ。
しかも自分よりも一枚も二枚も上手にそのブレインを発揮する奴ときた。

ここは敵に回すと厄介だな・・・。

本命を打ち砕く前に、バイプレイヤーにやられては元も子もない。

「ちっ!」

越前は軽く舌打ちして降参とばかりに手を上げた。



手塚に背負われて不二が戻ってくる。
足はここぞとばかりにぐるぐる包帯が巻かれてあり、その様子に相当酷い状態なのかと部員達が駆け寄ってきた。

「何だよ、その足〜!!大丈夫なのか、不二ぃ?」

いち早く口を開いた菊丸は心配で既に涙目になっている。

「う、うん。結構派手に擦りむいちゃってて」

あはは・・と照れくさそうに頭を掻く不二に

「頭はどうだったんだ。病院に行かなくていいのか?」

と、さすが大石は保健室へ行った本来の理由を忘れていない。

「・・・ごめん、頭は打ってないの。ぎりぎりラケットに当たって・・その、びっくりしただけ。心配かけてごめん」

あまり多くを語るとつい口を滑らせてしまいそうで、不二はとにかく謝る事にした。
幸か不幸か足の怪我があったので、皆の心配はそっちに移り頭がどうこう越前が騒いでいた事もすでに忘れている。
何分近すぎて男子部員達は公然とは騒げないが、その殆どが不二親衛隊の隠れ隊員なのだ。
足の怪我は気になるものの我らが姫が無事だった事で万事オーケーなわけである。

皆に与えた誤解を払拭し、もう男子部への用事は終わった。
愛しの手塚からコートまで迎えに来た女テニの部員に引き渡された。


あ〜あ、至福の時が終わっちゃった〜。

と、女子部員に大事をとって座らされたベンチで短い溜息を漏らす。
ちらと男子コートに目をやれば、手塚は既にラケットを構えていた。

カッコいいなー、手塚・・。
あの腕に抱っこされてたんだぁ。

うっとりさっきまでの心境に浸りながら手塚のラリーをぼんやり見つめる。
越前にされるがままだったけど、気付けば手塚の腕の中。
恋の進展は無かったとはいえ、手塚の優しさ(義務感)に触れながらずっと二人っきり、しかもあの密着度につける文句などなく。
越前の本来の目的を知らない不二は素直に彼に感謝する。
部活が終わって着替えを済ました不二は早速男子部部室へ向かった。

「ねぇ、何処に行く?」
「へぇ、デートしてくれるんだ」
「だって約束だからね」

約束は守らないといけない!
そんな幼稚園児のお決まりのような事にも真直ぐな不二に越前も肩の力が抜ける。

「ぷっ!義理堅いんすね。どう誤魔化されるかって思ってたんだけど」
「そんな事しないよ」
「そうみたいっすね。こんなバカもいるんだ」

そう言ってケタケタ笑い出す越前にむっと唇を尖らせて、
「バカって何だよっ!」とこれまた素直な反応を見せる。

「マックでいいよ」
「だいたい君ねぇ、僕は一応せんぱ・・・え?」
「足治ったら部活帰りにマック、それでいいよ」
「そんなんでいいの?」
「まあ、頭は打たなかったことになったわけだし」

運良く(悪く)足に怪我を負ったおかげで計画は進行したけれど、手塚は不二の頭が何ともないことは途中で気付いたようだ。
怪我がなければ失敗に終わってたかもしれない。
何よりもその足の傷は自分の責任でもある。
それを素直に感謝してくる不二を見てると、あまりの単純さに呆れてそのくらいで勘弁してやりたくなった。
結局、越前も人がいい。
ちょうど乾にデートの一件は握られてしまったことだし。
それは保留になったとして、部活帰りのマックならこっそり目を盗めそうだ。

「そう。じゃあ、僕、奢ってあげるよ」
「別にいいよ、付き合ってくれるだけで。賭けたわけじゃないんだし」
「君って意外に殊勝なとこがあるんだね」
「意外は余計っす」

生意気でずうずうしい印象があっただけに、あまり多くを求めない越前につい感心してしまう。
どん底からスタートすれば、少々のことでもかなり印象はよくなるものだ。
最も、手塚との一件で無意識のうちに株が上がっていたことは言うまでもないのだが。

「あのさ、じゃあマックとは別に今度二人でテニスしようよ」
「テニス?」
「うん、実はあの試合にわくわくしちゃって、一度マジで君と打ち合ってみたい」
「いいけど」
「ほんと!じゃ、テニスでデートだね」

すっかり気をよくした不二はにこにこと無邪気に越前を誘う。
その意図に画策も見返りもなにもない。
あくまでも越前と約束した「デート」を守ろうというわけだ。

「あんたって・・・」

よく言えば純真で無垢。でもただの単純バカだ。
全く中三にもなって呆れてしまう。
越前は思わず大きな息を漏らす。明らかにそれは心配を含んだもので。
どう考えても野放しにするには危険すぎる。

目の届くところにおいて置くためにも、

「まずは手に入れなきゃ・・ね」

キラリと光った大きな目には手塚への挑戦がありありと浮かび上がっていた。

「じゃ、俺も最後まで協力を遂行するよ。あ、部長〜!」

ちょうど部室の外に出てきた手塚にこっちへ来いと手招きをする。
天下の手塚国光を呼びつけるとは、やはり大したルーキーだ。


「なんだ?」
「まださあ、足痛そうなんだよね」

不二の包帯の巻かれた足を顎で指示して手塚の目を誘った。

「へ?へ?」

一体何の話かと一人読めない不二は越前と手塚を交互に見やる。

「ああ」
「俺の責任なのは分かってるんだけど、どうしても外せない用があるんだよね」
「それで?」
「代わりに送って行ってもらえないっすか?部員の不始末ってことで」

越前が思いもよらぬことを手塚に言い出すので、不二も幾分慌ててしまう。
手塚とは途中で方角が正反対に分かれる事になる。
保健室とは距離が違う。練習の後にそこまで付き合わせるのはさすがに気が引ける。

「ちょ、ちょっと越前!僕は大丈夫だよ。手塚もね、気にしないでいいから。ほらっ!!」

この通り〜って足で地面を踏みつけて見せた途端・・・

「っ!!」
ずきりと痛みが走って、不二はきゅっと顔を顰めた。

思ったより痛みがある。
擦り傷だけでなく、打撲もしていたようだ。

「分かった、送っていこう。ほら」

目の前でこんな光景を見せられては放り出すわけにもいかない。
手塚は右腕を不二に差し出し、掴まるように促した。

「でも、そんな・・悪いよ。」
「怪我人が気など遣わなくていい」

相変わらず言葉尻に愛想はないが、思いやりはあるようだ。
躊躇する不二に手塚は安心させる言葉をくれる。

「そうそう。遠慮はいらないっすよ」
「お前が言うな。早く掴まれ、行くぞ」
「う、うん」

そっと小さな手を伸ばす。
反対側の手を越前に振って、ひょこりひょこりと跛を引いて歩き出した。
一度ならず二度までも・・・・

飛び出しそうな心臓を押さえながら、不二の頬はほんのり赤い。

二人の背中を見送りながら自分に言い聞かすように越前は呟く。

「ま、これも必要事項だから」

まずは不二に気に入られるのが先決。
そのためには少しくらいのリスクは背負わないとね。

「桃先輩、腹減ったっす。何か食べに行きましょうよ」

全ては自分の為・・
そう信じて期待のルーキーはどうしても外せない(?)学校帰りの寄り道に出向くのであった。


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