REFLECT W 〜Happy birthday dear Tezuka〜


「おい、起きないか。」

少し低めの澄んだ声が微かに聞こえた。
眠りの世界に入りかけた僕を引き戻すそれがちょっと疎ましく夢うつつのまま抵抗する。

「う・・ん、放って・・おい・・てよ。」
「風邪をひくだろう。寝るなら布団で寝ろ。」

何だよ、もう・・布団も着ないで寝てるのはそっちじゃないか。『風邪ひくぞ』なんて僕の台詞・・・


クシュッ―――

自分のくしゃみに驚いて一気に現実に引き戻された。

「え・・?」

僕はクローゼットの前でそのまま眠り込んでいたようだ。

「さむっ・・・」
暖房が入っているとはいえ、真冬にパジャマ一枚で何も掛けずに眠っていれば身体も冷えるだろう。
ぷるっと身震いした僕は自分を包むように擦った。

そう言えば誰かが僕を起こしたような気がしたけど・・・
僕は何気にくるりと周囲を見渡すと、

「ひっ!!」

そこには眉間に思いっきり皺を刻んだ仏頂面があった。

「手塚・・。」
「手塚じゃない。全く!何度起こしたと思ってるんだ。」
「ご、ごめん。」
「いいから、早く何か着ろ・・。」

呆れたと言わんばかりの口調を投げつける手塚。
さっきまで君が転た寝をしてたはずなのに、何時の間に入れ替わったんだろう。
何だか悔しい・・。いつも怒られるのは僕の方ばかりだ。
いつも・・・いつも?

あれ、手塚はいつもと変わらない?
さっきあれだけ怒らせてしまったというのに、いつもと変わらず僕を叱っている。

もしかしてもう怒ってないの・・かな?

「あの・・手塚、・・・その、」

「さっきはごめん。」
「さっきは悪かった。」

二人の声が見事にはもった。

「え、あの・・?」

「約束してたのに随分待たせてしまった。お前が怒るのも無理もない。」
「そんな・・・僕も、ごめん。つい感情的になって、君が女の子と出かけてたって思ったら・・あ、いやその・・やっぱりちょっと待ってたもんだからさ・・。」

嫉妬して・・とはさすがに言えない。

「そうだな、すまなかった。」
「ううん、時間を決めてたわけじゃないし、僕が勝手に待ってただけだから。約束も・・君はちゃんと来てくれたわけだし、あの言い方は無かったと思う。」
「確かに言いがかりもいいとこだった。あれはお前も悪い。」

きっぱり言い切った手塚に反論する理由もなく僕はただ頭を下げた。

「ごめんなさい。あんな酷いこと言っておいて許してほしいなんておこがましいけど、だけど・・その・・仲直りしてください。」

手塚は何も言わない。
反応がないことがこんなに居心地悪いなんて。
まるで時が止まったように長く、冷ややかな時間だった。

手塚の顔を思い浮かべながら恐る恐る顔を上げる。でもそこには想像していた顔とは180度違う面があった。
深くて黒いその瞳は何処までも優しくて、その眼差しが映し出しているのは他ならない僕で。

「手塚・・。」

「もう少し早く戻るつもりだったんだが、どうしても帰れなかった。」
「そう・・だよね、クリスマスだし、彼女にも付き合ってあげなくちゃいけないよね。」

本当はこんな台詞いいたくないけれど、認めていかなきゃならない。
そうでないとまた手塚にあたって、反って自分を追い込んでしまう。
何よりも醜い自分を彼に曝け出したくなかった。

でも手塚の答えは僕の予想とは異なるもので・・。

「何を勘違いしてるのか知らないが、彼女などいない。確かにお前の言うとおり女子と一緒にいたが、今日初めて知った奴だ。」
「なっ・・・」

「君って初めて会った女の子とクリスマスに出かけたりするの?・・・って別に嫌味じゃない・・んだけど。」
「校門で今日どうしても付き合ってくれと声を掛けられたんだ。」

僕と同じ・・・ってことは君はそれに応じたって事だよね。

「買い物があったし、断ったんだがどうしても一緒に行くと引かなくてな。」

確かに結構しつこく食い下がってきた。
だから僕もプレゼントのストラップを断りきれずに貰ってしまったわけだけど。
でも以外・・きっぱり断りそうなのに、手塚がそういうのに押し切られてしまうタイプだったなんて・・。

「手袋を買いたかったんだが、どうも俺はデザインとかに疎くてな。一緒に選んでやるというので利害関係が一致した。」

・・・・・ん?
なんだって?・・利害だと?

「だが、相手のことを全く考えなかったわけではない。その後食事に付き合った。そして渡されたストラップもつけた。ちゃらちゃらしたのは好かないが借りは返しておかねば。」
「はぁ・・」

目の前のこの男、やはり恋愛ごとにはかなり疎そうだ。
これではあの女の子の方が哀れになってくる。いくらなんでも「利害関係」はないだろう。
一緒に行くことになってきっと喜んだだろうに、なんだかちょっと可哀想。
しかも無理やり渡されたとしても、お礼にプレゼントを貰うってのもおかしな話じゃなかろうか?
これで食事に付き合ってなかったらめちゃくちゃ酷いやつだ。

そして僕はこんな奴が好きなわけだ・・・。

それで勘違いも甚だしい焼餅をやいて喧嘩までして。
なんだか凄くばかばかしい結論じゃないか?
我ながら情けなくて僕はこの顛末に深い溜め息を吐いた。
しかし当の手塚は構わず何やら僕に差し出した。


「それでこれを買ってきたんだ。」

グレー地に品よく淡い色が織り交ざった温かそうなニットの手袋だ。

「へぇ。ステキだね。付き合ってもらった甲斐があったんじゃない?」
「気に入ったか?、包装は省いてもらった。実際に渡すことはできないからな。」

え・・・?
実際に渡すことは出来ない・・って

「それって・・?」
「見立ててもらった中からお前に似合いそうなものを俺が選んだ。クリスマスプレゼントだ。」
「僕に・・って、だって僕達は・・だって・・。」

僕の声は震えていた。
君が言うようにプレゼントを貰っても受け取ることなんて出来ない。
なのに、なんで?なんで僕の為にそんなことができるの?

「そうだな、俺達の世界は一つに交わることはない。結局お前にはめてもらう事は出来ない、渡すことさえ出来ない。だが気持ちは鏡を通すんだ。実際俺達はここでたくさんの想いを通わしてきただろう?さっきの喧嘩もそうだ。感情をぶつけ合うことはできる。俺はそれが一番大事だと思っている。」

同じ世界にいない。
これから先も接点など有り得ない。
君に触れることはできない。
僕はそれが一番辛かった。
君と過ごす時間が大切になればなるほどに身を裂かれるような思いだった。
わざと考えないようにして、反って意識していた僕を君は知っていたんだね。
何が一番大事なのか・・それは君と出逢えたこと。
君の姿を見て、君と言葉を交わして、笑って、怒って、泣いて・・・それこそ何の利害もない。
与えることも貰うことも実際に手にするものは何も無い。
だからこそそこにあるのは真の心。
優しさを、思いやりを与え合い、受け取り合う。
嘘でも幻でもない、それは「本物」なんだ。


「手塚。僕の手のこと気にしてくれてたんだね。ありがとう・・とっても温かいよ。」
「そうか。」
「ごめんね・・・僕は・・何も用意してない・・よ・・・。」

「お前がいれば十分だ。」

優しげな瞳は尚細められる。
今君は僕を、僕だけを見てくれている。
もしかして、君も僕のこと・・・そんなことあるわけないと否定しながらも期待してしまう。
君が他の人に向ける顔がどんなものかは分からない。
だけど僕は特別なんだって、そんな気がして。




後日、デパートで手塚が僕にくれた手袋を見つけた。
そっと手に取ってみる。
デザインもステキだけど、何よりも温かくて手触りが良く、僕の傷ついた手にとても優しかった。
姉さんが買ってくれると言ったが、僕は遠慮した。
手塚が僕にくれたそれを決してはめることはできないけれど、僕はその気持だけで十分温かかった。

それから皮紐のシンプルなストラップを2本買った。
お返しというわけでもないけれど、あの子のストラップが付いていると思ったらやっぱり妬けてしまう。
おそろいで付ける事はできなくても、気持ちの中では繋がっていると思うから。
手塚にそれを見せたら少し照れくさそうに、でもとても喜んでくれた。
あのストラップはすでに外されていて、結局は意味がなかったような気もしたが、
そんな心の触れ合いが僕はとても嬉しかった。
君も同じだと信じている。



想いは鏡を通す。
気持を通わすことはできる。
僕の君への想いは唯一つ―――


伝えてもいいだろうか・・・。
封じておこうと思った想い。でも僕達は気持ちを交わすことが接点なんだ。
男からの告白なんて君は戸惑うかもしれない。
けれどそんなことで崩れるような繋がりではないと今は信じている。


「手塚・・・驚かないで聞いてくれる?僕は・・・君が、君のことがね―――」


一大決心をして口にした告白、
けれど最後まで言う前に君は僕の言葉を遮った。

「不二、今日は遅い。もう寝よう・・・。」
「・・・っ」




かわされた――――






出会いから半年以上が経ち、僕達は二年生になっていた。
君との身長差はますます広がって、君を見つめる僕の目線はいつも上を向いていた。

あの日以来、結局僕の胸の小瓶は蓋を開けることはない。

密かに溢れ出した君への恋、それが道外れたことだとなのは百も承知だった。
男が男を好きになる、そんな普通でない事実を論理的に捕らえられるはずがない。
だけど僕たち二人の出会いそのものが道筋が全くなく、迷い込んだ迷路のようなものだ。
それでも互いに認め合い、求め合い、助け合い、「何故?」なんて聞くことすら愚問なくらい互いの存在が大切だと思いあえる状況で、男だとか女だとか今更なことだと僕は思い始めたんだ。
だからどんな事があっても口にすることはないと決めた思いを伝えようとしたのに。



女の子から告白される時、大抵は前置きで分かってしまう。
君はきっともてるだろうし、そんなシチュエーション何度も経験してるはずだ。
僕も幸か不幸か、いややはり幸なんだろうけど、告白をする女の子を何度も目の前で見てきた。
あの日、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキして、彼女達と同じような顔を自分がしてたことが分かる。
だから手塚も分かったはずだ。僕が言わんとしてたことが・・・。

そしてそれを君は聞いてはくれなかった。






「もうすぐ都大会だね。」
「ああ。」
「地区予選では勝って当然のような扱いだけど、考えれば青学もここ何年かは都大会どまりなんだよね。」
「そうだな。」
「・・・・」

最近わざと差し障りのない会話をする。
テニスや学校、互いの趣味や出来事を話し合うのは楽しい。
だけど、君を困らせないようにって意識してしまう。
今までのように何気なく飛び出してしまった君を求めるような態度に出れなくなっていた。
朝起きて、君に会った瞬間、つい綻びそうになる顔も目を逸らして誤魔化すようになってしまった。

途切れがちになる会話―――
分かっているくせに気付かぬ振りをする君。
どうにも動くことが出来なくなってしまった僕。

一度、飛び出しかけた気持ちは無かったことにはできない。
心に留めていただけの頃とは何かが変わってしまった。
大好きな君といるのに、切なくて苦しくて淋しくて・・・時々悲しいとさえ思えてしまう。
でもこのままじゃ何も変わる事はない。

僕の気持ちの行き場が、消滅という二文字ならば、
気持ちを通すことも許されなくなっていくようで・・・。




都大会決勝―――
僕達青学は決勝戦で氷帝学園に負けた。
2−3と僅差といえばそうだったが、負けは負け。
それでも準優勝校は関東へ駒を進めることは出来る。
ここ数年を思うと制覇こそならなかったが上々の結果かもしれない。

「また頑張ればいいじゃない。関東大会でリベンジできるかもしれないし。」

結果的には準優勝であっても同じ舞台に進めるなら取り上げて悔しがる必要も無い、それが僕の考えだった。

「いや、今の青学の実力では氷帝に勝つ事は無理だろう。」

確かに君の言うとおり、実力は断然氷帝のほうが上だった。
2−3までいけたことがラッキーだったのかもしれない。
しかも関東大会から選手は正レギュラーで固めてくると聞いている。

「それでもさ、組み合わせ次第でチャンスもあるだろ?それに全国なんて!・・まさか考えてる・・の?」
「お前は行きたいとは思わないのか?」
「そりゃあ、もちろんだけど・・・」

とは言ったものの、正直そこまで考えてはいなかった。
テニスは楽しい。トーナメントを勝ち上がっていくこともそれなりに嬉しかった。
ただ途中で負けたところで、別段気にすることでもないとも思っていた。
だって勝があれば負があるのは当然の原理。どちらかが必ず負けるんだ。
僕は勝敗よりも知らない相手と対戦できることが楽しかった。
相手の出してくる技の一つ一つを体感できるスリルを味わえれば試合の結果はどうでもよかった。

手塚の顔は、悔しい・・という表情。

「優勝と準優勝じゃやっぱり重みは違う・・よね。でも関東には行けるんだし・・。」
「確かに関東大会の出場権は得た。でも出場できるだけに過ぎない。今のままではだめだ。氷帝だけではない、関東の強豪には勝てないだろう。」

決勝に負けたことよりも、今の青学が関東大会で上がっていける実力がないことが彼は悔しいのだ。

この決勝戦、僕も手塚も互いにシングルス2、結果はどちらも勝利。
本当に不思議なくらい、僕らを取り巻く事実が重なる。
だから僕は君も同じと思っていた。
姿や性格は違っても根本は同種だと。
我武者羅に何かを目標にするタイプとは思わなかったが・・。

「それほど興味がないと言う顔だな。」
「そんなことないよ。でも・・団体で全国なんてやっぱり大きすぎる夢とは思う。」
「夢・・・か。確かに今のままでは大きすぎるだろうな。」

手塚の黒く深い瞳が僕を捕らえた。
何か言いたげな視線が僕を責めてる様で・・。

「な、何・・?」
「いや・・・お前が同じチームにいればと思っただけだ。」
「買い被りすぎだよ。僕はそんなに役に立たない・・・と思う。」

手塚のような強い志なんて僕にはなかった。
テニスは楽しめるのがいい。その為に上手くなりたいとは思うけど、貪欲に高く上りつめようと必死になるなんて考えられなかった。

「そんなことはない。現に氷帝戦、お前は勝ったんだろう。同じ相手と試合したからよく分かる、お前の実力が。」

本気になれ。間接的に彼がそう言ってるのが分かった。

「はは・・何だよそれ、自分には実力があるって言ってるようなもんじゃない。」
「そうか?」
「そうだよ。」

僕は笑ってごまかした。これ以上自分を追及されたくなかったんだ。
手塚とは違いすぎる自分。そして彼はそれを見抜いている。
僕から逃げた君、
そして次は僕が君から逃げた。



結局青学は関東大会であっさり敗退。
僕達の夏が終わった。





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