君と出会ってもうすぐ1年、また秋がくる。

夕日が反映して照り輝く景色が最も美しくある季節だ。

僕は随分センチメンタルなったと自嘲する。
綺麗なものを残酷だと思うなんて今まで想像もしなかったことだ。

君も見てるだろうか。
この酷くきれいな夕焼けを――

君は何を思うだろう?
僕は何を・・・。

自分の気持ちの行方すら分からない孤独感が僕を呑み込み始めていた。




REFLECT X 〜Happy birthday dear Tezuka〜



新学期が初まる。
まだまだ夏の暑さは拭いきれないが、意識すれば少しずつ秋の気配を感じることができた。
クーラーの設定温度が少し上がった。
食欲がでて体重が増えることを気にする姉さんの愚痴を聞くようにもなる。
日が落ちるのも幾分早くなり、大会が終わった今部活の時間も短縮された。



「今日さ、自転車の後ろに乗せてもらったんだ。夕焼けが綺麗でね・・・」

夕焼けと言えば秋を連想するくらいあって、夕暮れ時の残照はなんとも美しい光を放つ。
あまりに綺麗なその光景に酷く寂しさが込み上げて、真っ直ぐ家に帰りたくなくなった。
何となく・・・君と話せば話すだけ寂寥感が増していく。
僕が最も嫌だった孤独という感覚が襲ってくるようになっていた。
一人でいたくなくて、自転車で通ってる後輩に家まで送ってもらった。

「桃城か?」
「よく分かったね、まさか君も乗せてもらったの?」
「冗談はよしてくれ。」

クスクス――
想像したら可笑しいや。
桃と自転車に二人乗りしてる君なんて、いくら鏡の世界でもさすがにそれはないだろうね。


「自転車なんて珍しいな。」
「う・・ん。秋の夕暮れって何となく物淋しいじゃない。誰かと居たくてさ、乗せてもらったんだ。」
「なんで桃城なんだ?お前が仲がいいのは菊丸だろう。」
「だからと言っていつもいつも一緒にいるわけじゃ・・。それに夕焼けを一緒に見る相手ってちょっと選びたいじゃん。」

英二はおちゃらけて雰囲気壊しそう、乾はなんでも理論付けるでしょ。
西の空が赤く染まる現象は何故起こるのか・・なんて考えたくないよ。
大石は反対にロマンに浸りそうで、夕日に向かって走ろうとか言い出しかねない。
あんまりドラマチックすぎるのは得意じゃないし。
海堂は顔が夕焼けに似合わない!
たかさんは合格だけどお店の手伝いの邪魔しちゃいけないしね。

そんな自分勝手な理由を手塚の前で連ねてみた。
もちろん半分冗談のつもりだったんだけど。


「それで桃城だっていうのか?」

手塚にしては珍しく突っかかってきた。


「別に消去法とかじゃないよ。桃ってさ、一見お調子者っぽく見えるけどね、凄くしっかりしてるんだよ。まだ1年生だし、背だって僕よりひく、あんまり変わらないけど・・・でも結構包容力あるんだ。場を読めるのかな、静かにしたいって時は黙っててくれたり。いいタイミングで話しかけてくれたり。」

桃城は血が熱くすぐにカッカとなるけれど、明るくいつも場を盛り上げてくれる。竹を割ったような性格は僕とは正反対だけど、むしろ気持ちがよく一緒にいると安心感もあった。


「そんなことは言われなくても分かっている。俺のとこだって桃城はいるんだ。」
「???君が聞いたんじゃない!」

こんなわけの分からない手塚は初めてだった。
何となく言葉尻も刺々しい。

「それはそうだが一々説明しなくてもいいだろう。」
「別に説明なんてしてるつもりは―――」

僕達は何を言い合ってるのだろう。
いや、言い合ってるというよりは一方的に手塚が僕を責めてるような。
君の持論からすれば、僕が友人と交流を持つことは望ましいことではなかったのか。


「こっちでの友達を大事にしろって言ったのは君だろ?手塚だって大石とよく一緒にいるくせに。」
「大石は友達だ。変な意味などない。」
「へ、変な意味ってどういうことだよ?僕だって桃に下心なんてもってないよ!!」
「・・・・っ」

手塚が言葉に詰まるなんて。
もしかして僕が桃と二人で自転車に乗ったことが気に入らないの・・・?

「ねぇ・・・僕が桃と一緒だったから、不機嫌だったりする?」
「別に不機嫌などでは―――」

言いかけたことを途中で止めて手塚は短く嘆息した。
眉間に皺を寄せて、何とも罰の悪そうな顔をしている。

「すまない。今日の夕焼けをお前と一緒に見れたらと思っていた。だからお前が俺以外の奴と見てたと思ったら・・・いや、何でもない、悪かった。」

手塚・・・。
それって、君は・・・君も僕を―――

好きだってこと?

「ぼく・・も、僕だって君と見たい・・よ?」


でも届かない―――
届かないよ、手塚。


どうしてなの?
僕と同じ気持ちならどうして僕の想いを聞いてはくれない?
どうして君の心根を見せてはくれないの?

このままじゃ心の窓からも君と夕焼けを見ることなんてできない。
そんなに残酷なことなんて・・ないよ、手塚?



「そうか。」とだけ言って黙ってしまった君。
僕も繋げる言葉がなかった。

これ以上耐えられない。
僕は鏡に作った笑顔を向ける。

「今日はさ、ちょっと用事があるんだ。だから下へ行くね。」
「何かあったのか?」
「まあね。弟が転校するとか言い出して・・ちょっと参ってるんだ。」

僕の孤独の原因には裕太のこともあった。
春から同じ青学に通い始め、一緒に学園生活を送れると思っていた。もちろん部活も。
だけど裕太は僕とは全て違う道を歩き出そうとしている。
自分の確固たる目標があるならそれでもよかった。
だけど全て僕から逃れるため、僕との距離をあけるためだけに選んだこと。

僕が裕太に何かを言う権利があるだろうか。
この1年手塚との時間を選んで裕太とは殆ど関わりを持ってなかった。
家族は何時までたっても繋がっていられる、あの時手塚を優先した僕はそう考えていた。
けれど今僕の前からいなくなろうとしているのは手塚ではなくて裕太のほうだ。
自分から放り出しておいて今更引き止めることなんて虫がよすぎることは分かっている。

「お兄ちゃんが構ってあげないから―――」

笑いながら姉さんや母さんがよく言っていた。
裕太が時々淋しそうにしていたことも分かっていたのに・・・。
もちろん僕が相手をしなくなった事を拗ねてるわけではない。
だけど、もう少し裕太と話をしていれば・・・彼の気持ちに気付いてやれたのかもしれない。
そんな後悔がずっと僕を責めていた。











「あれから弟のことはどうなったんだ?」
「・・・・・・・」
「別に言いたくなければいい。」


先日、裕太の転校のことを洩らした僕を気にしてくれていたのか、何も言わない僕に手塚の方から振ってきた。

「そんなことないよ。覚えてたんだね。」
「あれから毎日浮かない顔をしている。聞かない方がいいかと思ってたんだが。」
「心配掛けちゃったのかな?弟は10月から聖ルドルフ学院に編入が決まったんだ。寮に入るからもうすぐ出て行くみたい。」
「不二・・。」

心配そうな顔をして手塚が覗いてくる。

「やだなあ・・、そんな顔しないで。」
と手塚の額のあたりにでこピンを食らわせた。もちろん痛いのは僕の指先なんだけど。

「結構あっさりしたもんだったよ。あの時点では編入試験も受けたあとだったんだ。そんなことも知らずにさ、引きとめようとしてたなんて滑稽だよ。ただね、君が言ったようにもっと弟との時間を持つべきだったんだってちょっとだけ後悔はしてるかな。」

僕の影に潰されそうだったなんて、僕の存在がそんなに苦しめていたなんて、気付きもしなかった。
こんなに近くにいたのに裕太とは気持ちを通わす努力を僕がしなかったからだ。

「無理をしなくてもいい。辛いものは辛いでいいんじゃないのか?」
「別に僕は普通だよ。」
「時々遠くを見てるだろう。何かを考えてる証拠だ。そうやって直ぐに感情を殺すのは、お前のよくないところだ。」
「僕はっ――」

まただ。
君には敵わない。どうして僕のことがそんなに読めるのだろうか。
まるで衣服を全て剥ぎ取られて、何も包み隠さず晒しているような気にすらなる。
ポーカーフェースが作れなくなる。作ったところで見透かされるだけ。
僕は何も言えず黙り込んでしまった。
だからと言って泣くこともできない。
だって裕太の門出でもあるんだ。どんな理由でも裕太自身が選んだこと。
兄貴ならそれを喜んであげないといけないと思うから。

黒い瞳が僕を捕らえる。
何を言うわけでもなく、何を聞くわけでもなく、
ただ黙って手塚は僕を見つめていた。



少しして手塚がふっと視線を横にやる。

「今日も夕焼けが綺麗だぞ。」
「そう?僕の部屋からはあんまり見えないんだ。」
「ちょっと待ってろ。」

―――?
手塚は鏡から離れ奥へと進む。
僕は手塚の姿をずっと目で追った。
手塚が何かに触れた途端、それは僕の目に映し出される。
彼はベッドに乗って額のようなものを触っていた。

なんだろう?
そこから何かをはずして僕の前に持ってきた。

ちょうど手のひらにのるくらいの大きさで、透明のガラスの石のように見えた。
よく見ると魚の形をしていて針が何本も付いている。

「それってルアー?」

釣りが趣味だと言っていた君。
ルアーはコレクションでもあるらしい。

「目の前でこんなにじっくり見たことなかったんだけど、ルアーってこんなに綺麗なものなんだ。」
「一口には言えないな。色々なものがある。コレクターも多く、鑑賞用かと思わすデザインのものも売り出されている。これもどちらかと言えばそうだ。」

それはまるでビー玉のようにキラキラして時々反射した朱色の光がチカチカと光った。

「あ・・・・」

もしかして手塚は僕に?
手に持つルアーの角度を少しずつ変えられ、中に映し出された景色が鮮明に浮き上がった。

「ストップ!!」
「ここか!」
「うん・・・バッチリ見えるよ。すごいや・・手塚。君と見ることができるなんて、すごい・・・。」

僕の瞳からはぽたぽたと大粒の雫が零れた。
「感動」という言葉があてはまるのかもしれない。
このルアーの中に映し出された小さな景色に、君の優しさに、僕は心を奪われた。


それは君と見たかった夕焼けだった。




「一緒に見れたな。」

そういって微かに笑った君に僕はもう自分を抑えることなんて出来なかった。

「一緒に・・・これからもずっと一緒に見たい。」
「ああ、これでいつでも見れるだろう。」
「心も一緒に、気持ちも一緒にいたいって言ってるんだ。分かってるでしょう、手塚?僕は、僕は君が――」
「待て、不二っ。それ以上・・言うな。」

強い口調で僕を制止して君は目を逸らした。
何故?君はもう気付いてるんでしょう。
だったらこれ以上抑える必要が何処にある?

「なんで?なんで言っちゃダメなの?気持ちだけは鏡を通すって言ったじゃん!それが一番大事だって手塚が言ったんじゃん!!」
「それとこれとは別だ。」
「何が別なの?何も違わないよ。僕の気持ちには違いないでしょう?君だって!君だって僕のこと――」
「だからっ!!」

手塚はガンッっと鏡を両手拳で叩く。
ビクッとして僕は口を噤んだ。

「だから言ってはいけない、不二。」

手塚の拳に手のひらをあてる。
止め処なく流れる涙はさっきの「感動」とは違うものに変わっていた。

「なんで・・だよ・・、そんなの酷いよ。想いあってるなら尚更・・」

嗚咽で自身の言葉を掻き消していく。
たった今、二人で夕焼けをみて感動したばかりなのに。
好きな人と見る景色がこんなに美しいものなんだと実感したばかりなのに。
こんなのってないよ。
目の前にいる君に、何も言ってはいけないなんて、会えないよりももっともっと淋しいよ。

君の拳が開かれて僕の手のひらに重ねるようにあわせた。
初めて出逢ったあの日のように。
君の手から伝わる温度は感じることはできなくても、僕はあの時君という人を感じたんだ。
君と出逢ったことも、君を好きになったことも今は運命とさえ思える。

「答えてよ、手塚。なんで・・・なんだよ。」

僕の問いかけに漸く手塚が口を開いた。

「お前の言うとおりだ、不二。互いの想いが一致すれば今まで以上に日々が輝くだろう。だが・・・」
「だが、何?」
「今まで以上に苦しくなる。」
「ど・・・して?」

僕は縋るように手塚を見た。
きっとその目は君を責めてもいただろう。

「俺は気持ちを通わすことが一番大切だと言った。もちろん今もその考えに間違いはないと思っている。だがそこに恋愛感情が入れば別だ。」
「何が違うって言うの?男同士だから?やっぱり気持ち悪いって思うの!?」

男同士が今更って思うことは僕だけなのか。
社会的モラルに反することを君はやはり嫌うのか。
だけど人の想いなんて抑制できるものじゃない。現に君だって僕を好きなんじゃ・・。


「そんなことが理由じゃない。お前を気持ち悪いなど思ったことなんてない。分からないか?友達なら何も問題はなかったんだ。鏡を通して話をする、一緒に夕焼けを見る事だって出来る。それだけで十分心を通わすことができるんだ。だが、それが恋愛になればどうだ?次は必ず触れたくなる。直接温度を感じたくなる。俺達にそれができるか?やがてきっとその事実がもどかしくなる。触れ合えない現実を恨むようになる。そして俺達の出逢いすら否定する時がくる。恋愛は時に人を狂わせるものだ。そんな思いを味わうくらいなら初めから封じておく方が互いのためだ。」

「そんな・・・」

初めて聞いた手塚の想いに愕然となる。
僕はそこまで考えた事はなかった。
手塚が好きで、もし彼も僕を受け入れてくれるならそんなに嬉しいことはない。
今まで以上に君と話すのが楽しくなって、毎日がきらきらして、そんな心弾むようなことしか想像しなかった。
だけど、彼との間に鏡があることを一番悲しく思っていたのは他ならない僕。
そのことで何度も嘆き、何度も苦しい思いをした。
それを払拭してくれたのは手塚、心が通えばそれでいいと思わせてくれたのも手塚だった。
その手塚がこればかりは無理だと言っているんだ。
それはその壁にぶつかった時、互いを支えあうことが出来ないということだ。

手塚の言うことは最もだ。
男同士ということはとりあえず置いておいても、恋愛の流れは僕にだって何となく分かる。
夕焼けを一緒に見た後は、きっと手を繋いでその中を歩きたくなる。
手を繋いだら、キスをしたくなるかもしれない。
キスをしたら、もっと次を求めてしまうかもしれない。
だけど僕達にその先なんて絶対ないんだ。
こうして重ねる手のぬくもりを感じることさえ許されない。
思いを通わして、後に残るものは逢えない事実を憎む感情だけ。


ここまで互いを曝け出した状態で、いまさら告白するもしないもないなと可笑しさが込み上げてきた。
だけど君の言うとおり口にさえ出さなければ気持ちを封じることはできる。
例えただの言い訳に過ぎなくても、つっかえ棒くらいにはなる。
それ以上を求めることもしないだろう。


見えない明日に怯えるならば、このままで―――



僕はその場に流れるように座り込むしかできなかった。





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