REFLECT Z 〜Happy birthday dear Tezuka〜


鏡に映る君の端整な顔がスライムのように形を変える。

「何これ?君の顔が歪んで見える。」
「ああ。」
「僕の顔も歪んで見えるの?」

まるで壊れかけのテレビのように画像が伸び縮みする。
横に捩れていったと思えば、今度は縦。
そうこうするうちに元に戻り、また歪みだす。


「不二、やはり覚悟をしないといけないようだ。」
「覚悟って何だよ?大丈夫って言ったじゃん!僕もそう信じて、強くあろうと―――」
「これが現時なんだっ!!どんなに抗ってももう俺たちを繋ぐ場所は崩れかけているんだ。」

大きな声の前、僕は言葉を失った。手塚がこんなに大声で叫ぶなんて・・
どんな時も冷静で、慌てることなんてないと思っていた君が見せる不安そうな表情。
今度は僕が守ってみせるって決めたばかりなのに。
現実は残酷で。

「そんな・・嫌だよ、君を失うなんて僕には耐えられない。」
「不二・・。」
「だって、だってそうでしょう?君とずっと一緒に過ごすために、自分たちの気持ちも封じ込めてきたんだよ?ここですべて無くなっちゃうなら何のためだったって言うの?そもそも僕らの出逢いは何だったの?こんなの悲しみを、苦しみを後に残すだけじゃないか!君が存在しない世界に一人でいるなんてそんなこと今更できるわけ・・ない・・。」

思いの丈をぶつけながら、涙が止め処なく溢れていく。

「諦めない。そんな考え、僕は納得できないよ!絶対諦めるもんか!」
「不二・・・。」

強く言い切る僕に何も言えない手塚。
歪んだ顔からも君が困惑しているのが分かる。
迷ってる暇なんてない。僕に出来ることはやらなくちゃならない。
だけど一体どうすればいいのか、正直僕にも分からなかった。


次の日から、僕は学校を休み街に出た。
溺れるものは藁をも掴めの精神とでもいうのか、部屋にいても何も変わることはない。
だからと言って、外に出たところでいいアイデアが浮かぶというものではないのだが、それでもじっとしているよりは救われた。
僕はありとあらゆるヒントを探し回った。
夜は図書館で借りてきた怪奇現象や超常現象の資料を読み漁った。
けれど結局時間が経つばかりで、僕に出来たことは強力なボントとテープを罅の反対側に貼り付けるという至極幼稚なことでしかなかった。

10月5日―――

朝、手塚が僕に言う。

「今日も出かけるのか?」
「心配しなくていいよ。僕が何とかしてみせるから。君は安心して学校へ行って!」

正直、これ以上どうししていいのか途方にくれていた。
けれど強がって君に笑顔を向ける。
手塚だって不安なんだ。だから絶対彼の前で弱音は吐けない。

「じゃあ、行って来るね。」
「待てっ、不二!話があるんだ。不二っ・・!」

僕は振り返らず部屋を飛び出した。
手塚の淋しげな顔にも気付かず、僕は今日も街を走りまわった。


もう、成すすべもない・・。まさにお手上げ状態だ。
そもそもこの世の現実ではあり得ないことを、この世で探すことのほうが無謀とも言える。
僕は連日の睡眠不足もたたって、精も根も尽き果てていた。

通りがかった小さな公園のベンチで一人空を見上げる。

「あ・・夕焼け・・」

西の空が朱に染まりかけてるのを見て、今が夕刻だと言うことに初めて気付いた。

そう言えば、何か話があるって言ってたっけ?
朝、手塚が叫んでいたことが不意に頭を通り過ぎた。

手塚とルアーに映った小さな夕焼けを見たのはついこの間。
でもあれからもう何ヶ月も経ったような気がする。
あの時はこんなことに追われるなんて思いもしなかったな・・・。
幸せだったな。
終わりが来るなんて想像もせずに・・・。

終わり――?
僕は今頃気が付いた。
何とかすると言って走り回ってきたけれど、どこかで分かっていた。
本当は何とかなるようなことではない。
認めたくなくて、強がって、飛び出してしまったけれど・・
最後の時を手塚と過ごすべきだったんじゃないのか。
一分一秒、最後まで君と一緒に、あの夕焼けを見た日のように、幸せな時間を過ごすべきなんじゃないだろうか。

僕は夢中で街中を走り抜けた。
門をくぐり、玄関を開けて、階段を駆け上がる。
自室に飛び込んでクローゼットを開けた。

「やっと帰っ・・きてくれたな。」
「てづ・・か。ごめ・・ごめ・・さい。君との時間の方が大切だっ・のに。僕は・・なんて―――」

ところどころ声も途切れるようになってしまっていた。
終わる――
認めなきゃいけないんだね。

「いいんだ。帰っ・きてくれて、嬉・・かった。」

手塚がどんな顔をしているのか、もうほとんど分からない。
僕の顔もそうだろう。
だけどまだ、彼はそこにいる。僕もここにいる。
間に合ってよかった。最後に会えないほど辛いことはない。
気付いてよかった。大切なのは一緒に過ごす時間だということ。

「俺も明日は・が・こうを、休むこと・する。最後・はおま・といたい。」
「てづか?」
「これは・勝手・想像だが、7日なんじゃないだ・ろうか?」
「最後が7日・・てこと?」
「ああ・・」


10月6日―――

僕たちは朝からいろんな話をした。
これまで話してきたことや、初めて打ち明け、初めて聞いたこともあった。


何故10月7日が最後の日になると思うのか――そんな話も語られた。

手塚にも友達はたくさんいるようだった。
大石を初め主に青学の同期の面々がそうみたいだ。

10月7日は手塚の誕生日、1年前、前日にお母さんからプレゼントは何が欲しいと聞かれたらしい。
特に欲しいものなんてなかった手塚は、何を答えるでもなくただ首を横に振ったそうだ。

「俺・が欲し・ったのは、物で・なかった。本当・友達が欲しかった。」
「友・ちは、たくさ・・いる・でしょう?」
「ああ、彼らに不服・が・あるわけじゃ・・ない。ただ、一緒にいて・心・・和む友達を・・いつも・望ん・いた。そして・・あの日お前が・・現れた・・だ。」

手塚は不器用だから、自分から媚びたり擦り寄る術をしらない。
彼のテニスは見たことないけどその実力はかなりなものと想像が付く。
きっとそれを妬む輩も少なくはなかっただろう。
同じ立場にいるからよく分かる。でも僕は適当に周りに合わせることができるから、表立って何をされるわけでもなかった。
でも手塚は、左肘を殴られて、テニス部をやめるところまで追い込まれたこともあったと言う。
大石を中心に当時の部長などに支えられ、何とか皆の信頼を得るまでに来たようだったが、その胸の内は誰にも分からないものだったんだろう。
手塚だって、人間だ。淋しかったり悲しかったりする。
黙っていても分かってくれる友達が欲しいと思うのは当然。
また一緒に笑い会える友が欲しいのも当たり前のことなんだ。
僕だって、そうだった。孤独になるのが怖くて、誰かと一緒にいることを選んでも、満たされることが少なかった。
それは僕自身が距離を置いていたからだ。それを教えてくれたのは手塚、君だよ。

「お前と・出逢って・・初めて心が・満たされる・・気持ちを知った。そしてそれを・同じ世界の奴ら・向けていこうとも・・思った。自分から歩みよれば・・自然と引き寄せ・・られ・んだ。」
「そう・だね。僕・もそう思う・よ。ここ3日ほど・・学校休んで・・るでしょ。毎日・・電話・メール・・くれ・・んだ。嬉しい・・こと・よ・・ね。」
「本物はなにか・・と迷っていた俺に・・与えら・・れたのが・・お前。とんだ誕生日・・レゼントだったが、やっぱり、最高のプレゼントだったと思う。」
「じゃあ、僕は・君の誕生日に・便乗して、得しちゃっ・たんだね。僕も君というプレ・ントをもらって・たくさんのこと・得ることが出来・たんだから。」
「卒業という・・ことなんだ。1年互いに・支えあって成長した。これか・らは自分で立ち向かえ・という新しいプ・ゼントを貰うんだ。」

なんて悲しいプレゼントなんだ。
だけど喜ばないといけないんだね。前を見つめることができるようになったんだから。
自分達の本当に大切なものを見つけ始めたんだから。

僕も君が言うとおり明日でお別れのような気がする。
話したいことはまだまだたくさんあるよ。
だけど時間はもう残りわずか――
大切にしたい。最後まで君との時を、悔いのないように、出逢えてよかったって振り返られるように。


「見てくれ不二――」

手塚があのルアーを翳したのが分かる。
見てくれと言われても、もう形は鮮明ではない。
それでも手塚の手に乗ってるだろうそれはぼんやり朱色の光を放っていた。

大切なのは言葉じゃない。
伝えたいことを残りの時間でどう纏めようか・・そんなことばかり考え焦って必死で話をしていた。
でも何も言わなくても伝わるものがある。

それは愛情だ――
君が僕にくれた暖かく優しい愛。
ありがとう、手塚。

優しさを、愛をありがとう――

「手塚、僕はやっぱり君が大好きだよ。」

禁句だった言葉を口にした。
これだけはこの言葉だけは伝えなきゃ後悔しそうで。
無償の気持ち――
求めるものなんて何一つない。
ただ伝えたかった。

偶然か、それとも神様に僕達の気持ちが通じたのか。
声は途切れることもなく、歪んだ空間も元に戻った。

手塚の嬉しそうな顔が目の前で揺れる。
せっかく綺麗に映ったのに、涙で霞んで手塚がまたぼやけていく。

「笑ってくれないか。お前の笑顔が好きなんだ。」

僕は手塚に答えようと必死で笑顔を作る。涙できっと顔がくしゃくしゃになっていたと思うけど、それでも一生懸命笑った。

「ありがとう。俺もお前がずっと好きだった。」

通い合った恋に明日はない。
でも僕は嬉しかった。世界で一番幸せだと思った。

「やっと、やっと・・言えたね。」
「ああ。」


幸せな時が過ぎていく。
恋人になった僕達は二人鏡の前で寄り添うように黙ってその時を待った――


この何日かの無理がたたって僕はいつの間にかウトウトしかけていた。
手塚の胸に凭れ感じる。直接肌に触れているのは冷たい鏡の温度なのに、伝わってくるのは君の温もりだった。

「ねぇ・・手塚、なんだか眠くなってきちゃった・・。」
「ああ、安心して眠ったらいい。俺が傍についててやる。」
「う・ん。・・あ・・りが・・と・・。」

その暖かさに守られて、僕は睡魔に飲み込まれていった。


ゴ――――ッ!!
突然の音と揺れで目が覚める

ガタガタ部屋中が動き出し、棚からレコードや本が崩れ落ち、所々からガシャンと何かが割れる音がする。
付いていたはずの電気も消えて真っ暗だった。
僕は身動き一つとれず頭を抱えてその場に蹲る。

「不二!!掴まれ!こっちだ!!」

鏡の向こうから手塚の叫び声が聞こえてきた。
その鏡もガタガタ揺れて罅の辺りから亀裂が広がっていく。

「掴まれって何処に?」
「俺の方に手を伸ばすんだっ!早くっ!!」

僕は何とか体制を整えながら必死で鏡に手を伸ばす。

瞬間、伸ばしたその手が吸い込まれるように鏡に入り込んでいく。

「わぁっ!!」

がしっと僕の手を何かが掴む。
恐る恐る顔を上げると僕をしっかり支える手塚がいた。

「て・・づか!?手塚なの?」

この状況が信じられず僕は目を思い切り見開いた。

「大丈夫か?」
「だ・・いじょう・・ぶ。それより君、なんで?ここはどこ?」

手塚に抱きとめられながら周囲を見る。
僕の部屋ではない。手塚の部屋でもなさそうだ。
何処というより、何もない空間。
あたり一面真っ暗で立っている地面すらない。
まるで宇宙の真ん中に二人で浮いているような・・・。

「こんな・・こんなことって。」

未だ状況がよく飲み込めない僕に手塚が言った。

「お別れだ、不二。」
「・・え?」
「もうすぐ7日が来る。きっと12時に俺達はさよならだ。」
「そ・・んな。逢えたのに?やっと君に触れることが出来たのに?こんなに温かいのに、もうお別れな・・の?」

君の腕の中で泣きじゃくる僕を強く抱きしめて、頭を何度も何度も撫でる君。

「嫌だよ。このまま、君と離れたくないよ。」
「そんなこと言ってはいけない、不二。大切なものは他にもたくさんあることに気付いたじゃないか。俺は嬉しかった。お前が全国へ行こうって言ってくれたこと。皆と共に一つのことを目指すのは素晴らしいことだ。見返りを求めず、ただ突き進む。終われば形になどならないかもしれない。でも残るものはあるんだ。それに気付いた今、もうお前に俺は必要ない。」
「そんなことない!僕には君が必要なんだ。こうして触れ合って、温度を感じて、そうできる君が必要なんだっ!!このままっ!このまま君といたい。元に戻れなくてもいい。そっちの世界に僕を連れてって!!」
「馬鹿なことを言うな!そんなことできるわけないだろう。」
「本気だよ、僕。君のためなら何を失っても構わない。だからっ!!」

嫌だ嫌だと首を振る僕に手塚は冷たく言い放つ。

「俺にはお前は必要ない。これからは自分で立つと決めたんだ。」
「嘘だよ、そんなの!僕を、僕を諦めさせるために言ってるだけだ!」
「嘘じゃない、お前は必要ないんだ。」

そんなことない、そんなことあるはずない!!
もう何が何だか分からなくなって僕はただ大声で叫ぶ―――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ・・・

「嫌だぁ、嫌だっ―――」
「忘れないからっ!俺はお前のことを絶対忘れない。だからお前の世界にいてくれ!頼む・・」

手塚が・・・手塚が泣いている・・。
あの手塚が涙を・・・僕の・・僕のせいなの?

「・・・て・・づ・か・・」

張り詰めて緊迫していた空気が一変する。
冷たい風が通り過ぎたように、心の中はひんやりと静まり返って、身体中の力が抜けていった。
何処からか時計の針が進む音が聞こえる。
12時を告げる鐘の音が鳴り出した。

カーン、カーン―――

「忘れない、生まれて初めて本気で人を愛したんだ。これからもずっと心の中でお前を想い続ける。」

カーン、カーン、カーン――

非常にも時を告げる鐘の音はますます大きくなっていく。

「僕・・も、僕も忘れない。誰よりも何よりも大切だった。」

カーン、カーン―――

「不二、お前に逢えてよかった。たとえこれからが辛くても、逢えないよりはずっと良かった。」
「逢えてよかった。手塚、君と過ごせて幸せだった。」

カーン、カーン――

二人の唇が引き合うように重なる。
12時を告げる音の中、短くて切ない最初で最後のキスが交わされた。
もう2度と触れることはない。

最後に強く抱きしめられて、

「もっともっと幸せになるんだ。お前なら大丈夫。」
「君も、どうか元気で――。」

別れの言葉を告げる。

カーン、カーン―――


「さよならだ、不二。」
「さよなら、手塚・・さよ・なら・・」

そして―――


最後の鐘が

鳴り終わった・・・・


カーン






次に意識が戻った時は僕はベッドの中だった。
地震で崩れていったはずの部屋が何事もなく、いつもどおりだ。

「周助、いつまで寝てるの?遅れるわよ?」

姉さんが僕を起こしに部屋に入ってきた。

「あら、起きてたの?急がないと・・・」
「ねぇ、地震はどうなったの?みんな大丈夫?」
「地震?やぁねぇ、何を寝ぼけてるの。朝ご飯できてるから急ぎなさい。」

夢―――?
何処から何処までが・・・?

僕は何が何だか把握できず混乱していた。

「手塚!」

急いでクローゼットを開ける。
確か昨日は手塚といるためにずっと扉は開けていたのに、なぜかきちんと閉まっていた。
中はいつもの様子と変わりない。
でも鏡に入った罅は綺麗に無くなっていた。
そこに映るのは自分自身。元々あった普通の姿見だ。

「手塚?」

小さく呼んでみたけれど返答はない。

手塚のことは鮮明に覚えている。
けれどもしかすると彼と出会ったこと自体夢だったのでは・・・。
意識がぼんやりする中、僕は手の中何かを握り締めてることに気付いた。

ゆっくり広げると、そこにあるのは小さな夕焼けを映したあのルアーだった。

自然に涙が頬を伝う。
夢でも何でもない、確かに君はいたんだ。
そして最後に僕は君に触れることが出来た。
薬指でそっと唇をなぞる。
もう、君のぬくもりは感じられない。何処にも――手塚はいなくなってしまった。

急に涙を流す僕に驚いて傍にいた姉さんが心配そうに覗き込んできた。

「どうしたの?大丈夫?」

僕は静かに首を振った。

「何でもない――。」
「でも!」

「ほんとに何でもないから・・。」

そう言って、僕はクローゼットの扉を閉めた。



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