with you 3


一見何処かの公園か何かと思わせるほどの広大な敷地。
土地との境界として扱われている鉄製の格子も芸術を匂わせる小洒落た雰囲気があり、その隙間からは中が見えないようぎっしりと木々が覆われている。
その風雅な趣に相応しい重厚な造りの門の前、不二は動けずにいた。

ここまで来ておいて何を戸惑っているんだろう。
インターフォンのボタンに指を置いては戻す行為を何度も繰り返す。

今朝の跡部の冷たい態度が許せない訳ではなかった。
いや、寧ろ跡部には逢いたい。腹立たしいと思いながらも彼を求めてしまう自分は否定できない。
ただ不二はいつも不安なのだ。
いつか自分の一方的な想いだと思い知らされる時がくるかもしれない。
それが今日という日なのかもしれない。

それでも身体を繋げるまでは最後の切り札を持っているというわずかばかりの余裕があった。
昨夜、全部カードを吐き出した後、自分が手にしたものはジョーカなのかエースなのか。
それが苛々していた本当の理由。跡部の言動や態度など今に始まったことでもなく。今更それを受け流す器量くらい備わっている。
ただほんの欠片でいい。自分を想ってくれる情思が彼の中にあれば満足できる。
けれど今の不二にはその自信がなかった。
だから・・・

跡部と逢うのはいつも怖かった――――


彼が自分を呼び出したのだ。堂々とすればいい。
「よしっ!」
顔を上げて再び指を前に掲げ、
「はぁ〜・・」
溜め息と共に、また下げる。

「何やってんだか・・。」自分自身の行動が情けなくてボソリと呟く。

「それはこっちの台詞だろ。」
思わぬ返答に驚いて顔を上げたそこに跡部の姿があった。

「あ、景吾・・。」
「あ、じゃねぇだろ。お前、来てからもう三十分は経ってるぜ。」
「僕が来てるって分かってたの?」
「犬が吠えてるだろ。ったく、ずっとああだぜ。さっさと入りゃ静まるのによ。」

門からは離れた所に繋がれてるため大して気にならなかったが、そう言われれば奥の方で犬が騒いでいる。
半時間もあの状態では、家にいるものはさぞうるさかったに違いない。

「ごめん、僕。気付かなくて・・。」

パフッ――
そっと手が不二の頭に添えられた。

「いいから、早く入れ。」半ば呆れながらもどことなく優しい響き。
横柄でありながらも跡部からはほんの時折優しさを感じることもある。
不二がどうしても彼に惹かれる理由はそこにあった。
よくよく考えてみれば不二がいることが分かっていて半時間も放っておいた。しかも呼び出したのは跡部自身である。
けれど最終的に迎えに出てきてくれたその事実だけで全て帳消しになってしまう。
自分で愚かだと思いながらも不二は跡部の傍にいる。跡部が見せるかもしれない優しさの欠片を求めて。










「急に呼び出したりして、何か用があったんじゃないの?」
心にもないことを口にした。未だかつて理由があって呼び出されたことなどない。

「逢いたかったんだよ。」
「・・・・・・」

逢いたい―――  
都合のいい言葉だ。
確かに跡部は自分に逢いたかったのだと思う。でもそれは離れていたくないほどに愛しくて・・というのとは違う。
きっと他に遊び相手がいないのだろう。いつもそうだ。二人の逢瀬は一方的に跡部の都合で決められた。
それでも、「逢いたい」の本質はどんなものであっても、自分に向けられる言葉である限りその響きは不二にとって嬉しいものだった。


「こっち来いよ。」
跡部がほんの少し離れて立っていた不二の腕をぐいっと引き寄せた。

「あっ!」
急に腕をとられた不二はバランスを崩して跡部の胸の中へ倒れこむ。
そのまま顎を持ち上げられて深く口付けられた。
濃厚で激しいキス。ちゅうっと唇を吸い上げる音が何度も部屋中に響く。

「・・んっ・・苦・・し・。」
息継ぎすら頼りなく、なんとか口にした台詞も全て呑まれていった。

「喋るなよ。」
顎を捉えていた指が徐々に下がり制服の上から膨らみをなぞる。
いつの間にかボタンが外されブラウスの中心に出来た隙間から手が差し込まれた。

やっとの思いで顔を背け
「・・ちょ・・と、待って・・よ・・」と抗ってはみたものの男の力に敵うはずもなく。

「待てない。」
一言吐いて跡部は行為を続行する。

「や・・だ・このために僕を呼ん・・だの・・?」
「他に何があんだよ?」

 


ほかになにがあんだよ




時が止まる。


他に何があんだよ
他に何があんだよ
他に何が・・・


跡部のこの一言が頭の中で何度も反響する。
腕に込めていた僅かな力も、精一杯の反抗の文句も全てがどうでも良くなった。
その瞬間不二の両腕がだらりと垂れ下がった。


脱力した不二を跡部は好きなように貪り続けた。



中途半端に脱がされた制服、スカートの中から下ろされた下着が片足に引っかかった状態で身体が前後する。

「・・いや・・いたっ・・んっ・・いた・・い・・」

漏れるのは苦痛の声でしかなかった。
性行為に不慣れな不二は感じることもなく、また性急すぎる結合に濡れることもない。
伴うのは下半身に感じる現実の痛み。
そして性処理のようなセックスに対する心の痛み。

何をしにここまで来たんだろう。

跡部に揺らされながら何故かつい先ほど笑って会話をしていた自分を思い出した。
あんな風に楽しいと思ったことは久しぶりだ。
お腹を抱えて笑ったことなど、一体いつからなかったのだろう。

手塚――――

もう家に帰ったかな・・・。
今頃何をしてるだろう。
明日の予習かな。お風呂にでも入ってるかな。それとも――――

「て・・づか・・」

消え入りそうなほどの小さな声と不二の瞳から零れた一粒の涙。

跡部はそのどちらにも気付かなかった。








制服を整え、髪の乱れを直す。
首筋に出来た鬱血の後はぎりぎり見えないように隠すことが出来た。

「僕、もう帰るね。」
「遅くなったから、送ってやる。」

いつもなら嬉しくてたまらなかっただろう。けれど今は一秒でも早く一人になりたかった。

「ありがとう。でも平気。駅まで出たらバスに乗るから。」
不二は小さく笑って、背中を向けた。
何となくいつもとは様子の違う不二に跡部は背後からもう一度声を掛ける。

「おい、本当に一人で大丈夫か?」

振り返り微笑む顔はどこか生気がない。

「お前・・・いや、また来いよ。」
「そう・・だね。抱きたくなったら・・また呼んで・・・。」

不二は視線を合わすことなくそのまま部屋から出た。


抱きたくなったら・・また呼んで・・・

「ちっ!」
跡部に残ったのは感情なく吐かれた不二の言葉だった。





××××××××××





「今、何時だろ。」
かばんから携帯を取り出し時間を確認する。

21:07 液晶に記された時間。

「遅くなったなあ・・。母さん留守でよかった。」

母親は先週末から海外で赴任中の父のところへ行っていない。その間、姉の由美子が保護者代わりを務めるがそこは姉妹の誼み、ある程度の事は多めにみてくれるだろう。夕べの外泊に引き続き、今日も跡部の家に行くと連絡した時も「ほどほどにしなさいよ・・。」と注意しつつも許してくれた。
まだ帰る気になれない不二は学校へ足を向けた。こっそり忍び込みテニスコートへ行く。さすがに鍵が掛かっていてコート内には入れないが、金網に手を掛けぼんやり中を見つめていた。月明かりに照らされるコート。ライトがなくても十分テニスが出来るほど明るい夜だ。

コートに来ると何故か落ち着く。
1年の頃から見慣れた景色。ここはいつも変わらない。
自分がいくら変わっても、何もかも昨日と同じじゃなくなっても、ここは変わらず存在する――――
不二にとってコートは安らぎの場所だった。


何時までもここにいたって仕方がない。そろそろ帰らなければ幾ら姉でも心配するだろう。
一歩踏み出そうとした時、不意に携帯のベルが鳴った。
友人仕様の呼び出し音。
見慣れない番号が表示されていた。

誰だっけ?―――


「もしもし?」
「もしもし」
「・・?」
「不二か?手塚だが。」

手塚―――?

「・・手塚、手塚なの?」
「遅くにすまない。」

「手塚、僕っ・・・・」
「どうかしたのか。不二?」

機械ごしに響く音はいつもと変わらない落ち着いた声。
さっき別れてから、時間にしたら幾らも経っていない。なのにひどく懐かしく感じるのは何故だろう。

「僕、僕ね・・・」
「どうした?落ち着いて言ってみろ。」
「・・・・・・・・」

言葉の先は続くはずがない。
不二は手塚の声を聞きながら泣き崩れていた。



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