with you 4
「さあ、こんな時間にご両親が心配するから帰ろう。」
手塚に促され不二はこくりと頷き立ち上がる。
「両親はね、今いないんだ。父さんはずっと海外勤務で、母さん少し前からそっちに行ってる。」
「だったら、尚更早く帰るべきだ。親がいない間にとご近所で噂にでもなったらお母さんが帰ってこられたら悲しまれる。」
「手塚って・・・ホントに中学生・・?どこかのおじさんにお説教されてるみたい。」
「正真正銘の14歳だ。ただ、祖父と暮らしてるからな。少々爺くさいことは認める。」
ぷっ――
小さく吹き出して不二が笑う。
やっと落ち着いたのか、不二に漸く笑顔が戻ってきた。
苛々の原因を解決して来いと言ったものの、実際不二に何があったのか知っていたわけではなく、果たして本当に行かしてよかったのかどうか手塚はずっと気になっていた。
部活の仲間として番号は知っていたものの私的に電話を掛けたことなど一度もない。
自分には関係のないことに首を突っ込む気等なかったが何となく良くない予感がよぎる。
手塚の指は自然と動いていた。
外れてほしい予感に限って当たるものなのか。
電話に出た不二は言葉が出ないほどに泣き崩れ、何処にいるのか聞き出すことすら時間を要した。
学校にいるらしいことが何とか分かりこれ以上ないほどの短時間で駆けつけたが、手塚が不二のもとへ辿り着いたのはすでに夜の10時半を回った頃だったろうか。
初めに飛び込んできた不二の姿は座り込んで折り曲げた足を両腕で包み込みできるだけ小さくなろうとしているかのように見えた。
「不二?」
不二は手塚の呼びかけにゆっくりと顔をあげる。
月明かりに照らされたその面には2本の筋がうっすらと浮かびあがっていた。
「送っていくから帰ろう。」
差し出された手塚の手に不二はそっと自分のそれを伸ばす。
暖かいぬくもりが手のひらから伝わって、止まっていた涙が再び溢れ出した。
手塚の手を自分の方に引き寄せ、ぎゅっと力をいれ握る。
「ごめ・・ひっ・・もうすこし・・っひっ・だけ・このままでっ・・い・・て・・」
目の前で泣きじゃくる不二に手塚は何を言ってやることもできなかったが、
ただ、不二の目線にあわせて一緒にしゃがみ込みもう片方の手でそっと頭をなでてやった。
小さい子供にするように。何度も、何度も・・・。
「付き合ってくれてありがと。もう一人で帰れるから、手塚も・・」
「何を言っている。中学生が一人で出歩く時間じゃないだろう。」
「だけど手塚のご両親だって心配なさるし、それに君だって中学生でしょう。」
自分を送っていったらますます遅くなるし、その後一人で帰らなければならない。いくら友達とはいえそこまで迷惑を掛けるわけには――――
そう説明しようと思った時、
「両親へは連絡するから大丈夫だ。それに一人で帰したら余計心配事が増える。」
心配させてしまったんだ。そらそうだ、あんな風に泣いたら心配せざるを得ないだろう。人一倍正義感の強い彼だからこそ放っておけなかったに違いない。
不二は改めて自分が手塚に迷惑を掛けたのだと申し訳なくなる。
「本当にごめんなさい。なんて謝っていいか・・・。」
手塚は不二のそんな台詞に全てを見透かしたように続けた。
「そうじゃない。お前を責めているのではない。ただ、こんな時間に一人で帰して何かあったらと不安になるだろう。そんなことを考えてやきもきするくらいなら送っていけるほうがいい。その方がよっぽど俺のためなんだ。」
「手塚・・。」
「お前は・・自分のことだと少し遠慮しすぎる。いいところでもあると思うがもうすこし貪欲になってもいいんじゃないか。少なくとも俺につまらん遠慮などいらない。」
淡々と語られているようで手塚の優しさがびっしりと詰まっている。自分はなんて大切にしてもらってるんだろう。同じ学校で同じ部活というそれだけの関係でこんなに思ってもらえるなんて。
「手塚・・・ほんとはね、ちょっと怖かったんだ。だって、これでも一応女の子だから。」
ちらっと上目遣いで本音を言ってみた。
「ああ、それでも一応な。」
憎まれ口で返ってくる。でも手塚は優しげに笑ってくれた。
「もうっ!」と口を尖らせて見たがすぐにくすりと笑い声に変わる。
さっきまであんなに辛かったのに。
心が安らぐ―――
それは手塚のせい?
「君は不思議の国の魔法つかい?」
「・・・・何の話だ?」
また眉間の溝が深くなった。
それを見て再びくすくす笑いだす不二に手塚も安堵の表情を浮かべた。
「行くぞ。」
「はい。」
××××××××
「周、一体何時だと思ってるの!!」
さすがに姉も心配をしていたようでインターフォンを押したとたん玄関を飛び出してきた。
不二はその時々の状況に応じて体裁よく振舞うことが自然に出来る。あからさまに本心を見せたりぶつけたりはしない。だが生まれた頃から一緒に暮らしている姉に取り繕った言葉が通用しない事は解っていた。それにこのような遅い時間になって物凄く心配させていた事が姉の表情から伝わってくる。罪悪感に苛まれる分、なんて説明していいか分からず俯いてしまった。
そんな不二の様子を察知してか手塚が先に口を開いた。
「すみません。部のことで少し話しておかなければならないことがあって今まで学校にいました。非常識な時間になって本当に申し訳ありません。」
「ちょっ・・手塚何を言ってるの!!僕は・・」不二は思わぬ言葉に慌てて手塚の顔を見上げた。
深々と頭を下げる手塚に驚いた姉、由美子が不二の言葉を遮って
「え、あの・・。あなたは?」
「同じテニス部の手塚といいます。」
「周とずっと一緒に・・・?周、あなた跡部くんの家に行くんじゃなかったの・・どういうこと?」
「えっと、あの・・・」
「いえ、一度下校したんですがどうしても急用でもう一度学校へ呼び出しました。すみません。」
不二を庇うために何処で誰と何をしてたのか全く何も知らないのに、出来るだけ差し障りのない言葉で繕ってくれる手塚の優しさが不二には痛かった。
手塚には何一つ関係がない。いや、夜遅くから付き合わせて家にまで送らせる迷惑千万なことをしてしまったのだ。頭を下げるのは寧ろこちらの方なのに。
手塚――――。
「そう、周を送ってくれてどうもありがとう。車を出すから少し待っていて。」
誠意ある手塚の態度になのか、遅くなった事について由美子は二人を責めたりはしなかった。
「いえ、一人で帰れますから。」
「だめよ、中学生が出歩く時間じゃないわ。」
さっき不二に自分が言った全く同じ台詞を今度は言われる側になっている手塚。それが分かっているのか少し罰の悪そうな顔をした。
口を手のひらで覆って横で少し肩を震わしてしまった不二に気付いた手塚はコホンと咳払いをする。
その様子をみた由美子が何かを勘違いして慌てて弁解をしだした。
「私ったら、すみません。同じテニス部っていうからてっきり生徒さんかと。中学生には見えないと思いましたが先生にも・・随分お若いので。」
「・・・・・」
ぶっっ!!
由美子の真剣な言い訳と何も返すことが出来ない手塚に思いっきり不二は吹き出す。
「ちょっと、何笑ってるのよ。」
「だって、・・くっ・・姉さんったら・・手塚に・悪い・・よっ・・ぶっくっく・・」
「え、私何か失礼な事言ったかしら?」
何の事かさっぱり分からない様子で由美子は不二と手塚を交互に伺い見る。
黙って聞いていたが何気に不機嫌そうに見える手塚が
「いえ、別に。ただ俺は中学生です。」ボソッと言った。
××××××××
「さっきはごめんなさい。」
由美子は慣れた手つきでハンドルを操りながらちらりと手塚の方を見た。
「いえ、年より上に見られるのは慣れてますから。」
「でも勘違いとはいえ、とんだ失礼な事言ってしまったわ。許して頂戴ね。」
手塚は不二の姉はどちらかと言うと聖ルドルフにいる弟のほうによく似ていると思った。
だが照れ笑いをする時の角度やその口調の柔らかさは不二にそっくりだ。
その雰囲気のせいだろうか。手塚の表情も自然に和らぎ幾分饒舌になる。
「本当に気になさらないでください。両親にもじじくさいと言われてますからやはりそうなんでしょう。」
「まあ。くすくす―――手塚くんって面白いのね。」
軽く握った手を口元にあてて笑う所も不二と同じ。
「そうでしょうか。不二、いえ周さんにも言われましたが、他にそんな事言う奴はいません。」
「あら、そうなの?じゃあお友達はまだあなたの魅力に気付いてないんだわ。」
「魅力・・ですか?」
「ええ。あなたはとっても魅力的よ。少なくても周もそう思ってるってことだわ。」
信号が青から黄色へ変わる。由美子は一瞬アクセルを踏み込みかけたが思い直し、ブレーキにミュールの底を移した。
「すっかり遅くなって、ご両親にお詫びしなくちゃいけないわ。」
「両親には連絡してありますから。それに送っていただいてご迷惑かけてるのはこちらです。何故謝るなんて?」
「だって私は周の姉ですもの。妹の不始末を詫びるのは当然よ。」
「・・・」
帰りが遅くなった理由が全て手塚の作り話である事を見抜かれていた。
手塚も淡々と語る由美子の様子に一瞬絶句したもののすぐさま自分の吐いた浅はかな嘘が露見していた事に気付く。
「すみません。」
「いいえ、寧ろ周を庇ってくれてありがとう。」
「何故分かったんですか?」
「何故って?だってほら・・・。」
くすりと笑いながらハンドルを持つ反対側の手で手塚の袖を軽く摘んだ。
「あ・・・」
「ふふっ、そのまま先生って事にしておいてくれれば信じたかもしれないわ。けど生徒さんなら部活の用事で学校にいるのに私服なんて着ないでしょう?それにやっぱり遅すぎるわ。こんな時間に顧問の先生から自宅に連絡もないなんておかしいもの。」
申し訳ない気持ちが手塚を神妙な面持ちにさせる。
「そうですね。」
「あら、責めてるんじゃないのよ。大方周のほうが原因でしょう。」
「いえ、そんなことは。」
「ありがとう。でもきっと私が帰ったら本当の事を言うと思うの。人に責任を押し付けたまま嘘を突き通すなんて出来ない子だもの。何があってのことか原因までは言わないと思うけど、理由も無く不謹慎な行動をするような子でもないのよ。ただ微妙な年齢なのね。大人でもなく子供でもない・・。」
大人でもなく子供でもない――――
その台詞が先ほど何気に聞いた由美子の言葉を引き戻す。
『跡部くんの家へ行くんじゃなかったの・・・』
「あなたのようなお友達がいてよかったわ。これからも周の力になってあげてもらえるかしら?」
続ける由美子の方にゆっくり目線を送り、手塚はそっと頷いた。
由美子は手塚を送り届け両親に丁重に挨拶をして帰った。
学校での不二の様子を話すべきだったのだろうか。実の姉ならきっと不二の力になってくれるはずだ。だが手塚は結局何も知らないのだ。不二が部活の時から苛ついていた理由も、何故あのような時間に学校にいたのかも。ただ不二へメールを送った相手、そいつが原因なのは間違いないだろう。
不二には男がいる。
そしてそれは自分も知っている―――
部屋の窓を開けると夜の大気が肌を冷やす。
透き通るような澄んだ空気、空が高く、蒼くて明るい月。
何時までも離れない不二の笑顔と涙。
光と影が入れ替わる鍵になっている人物―――――
「跡部・・・」
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