雨の音―――
窓の表面が白く雲って外が霞む。
指先で拭ってみると、滲んだ景色が目に飛び込んできた。
まるで泣いている時のようだ。
涙で前がぼやけたように。
泣いているのだ。
僕の心も―――泣いている。
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「真面目に聞いているのか?」
少し怒気を含んだような声に、不二ははっと顔を上げた。
「き、聞いてるよ。」
「ではお前の意見を言ってみろ。」
「僕?僕は・・その・・あはは・・は。」
深い溜息と眉間の皺が目の前に叩き付けられて、笑い誤魔化しても反って場を凍らせるだけだった。
「全く!お前は何故ここに座ってるんだ。」
「・・部長の代理・・で・・。」
モゴモゴと口篭って不二は下を向いてしまう。
目の前で滅入る様子を見せられると、ぼんやりしていた事実よりもそれを庇ってやりたくなるのが心情。
「ま、まあいいじゃないか。不二はこういう場に慣れてないんだし・・。」
「代理でも部の代表として来てるんだ。自覚を持ってもらわないと困る。」
大石のフォローにも動じる事なく手塚はぴしゃりと否定した。
「それは・・そうだが、そこまで厳しく言わなくたって・・。」
「気が抜けてる奴にははっきり言わないと分からない。」
「手塚っ!」
手塚の言ってることは上に立つものとして尤もだ。
しかし部活をする上でその雰囲気や居心地も大切だと思っている大石は、ある程度部員の態度も許容していくことが必要だと考えている。
普段、親友としても良きライバルとしても志同じく肩を並べている二人だが、根本的な性格は別物だ。
こうしてぶつかる事も珍しくない。
「だから日頃からお前は甘いと言うんだ。何もかも大目に見ていたら纏まるものも纏まらなくなると言ってるだろう。」
「厳格にすればいいってものでもないだろう。」
「ちょっと・・やめてよ。何も二人が言い争わなくたって!」
いつの間にか論点がずれてきている。
不二の事というより、部長、副部長としてのあり方に話が傾きだしていた。
「ごめん手塚。君の言ってることが正しいよ。大石も、ありがとう。ぼんやりしてた僕が悪いの。ちゃんと集中します。だから・・すみません。」
自分がなってないばかりに迷惑を掛けてしまう。
意識を集中して取り込もうと不二は本題を改めて口にした。
「えっと、ミクスドの試合の件だったよね。僕自身はやってみてもいいかなって思ってるの。同じ部の割に特に接点ってなかったでしょう。もう3年だし、思い出作りって意味でも・・」
行き成り分かったような顔で自分の意見を言ったはいいが、手塚の顔は明らかに不機嫌を保ったまま。
理由にしても真剣に全国を目指している男子にとったら「思い出づくり」など遊び感覚なのかもしれない。
「ごめん、そういう理由って安易・・だよね。」
「いや、それは女子部としての意見ととっていいか?」
「う、うん。初めからこっちに異存はないんだ。後はそちらの都合を重視してくれればいいから。」
要するにミックスダブルスの試合出場についての話し合ってるわけだが、ただ団体戦の大会を控えたこの時期、簡単に出場を決めれるものではない。
ミクスドとなれば、言うまでもないが組むペアは異性になる。戦略一つにとっても全てが変わってくる。
これも向上の一つと思い切るにはあまりに日頃と条件がかけ離れていた。
全国大会に向けての負担になっては元も子もないのである。
だから手塚もより慎重になるのだが。
「そうか、では部員の意見も踏まえてと言うことで返事させてもらう。」
「うん。」
一先ずこれでミーティングは終了。
なんて事のない結論をだすために、思わず場の雰囲気を悪くしてしまった。
不二はそんな自分の不甲斐なさを反省しつつ教室をでる。
こんなことではいけない。
それは分かっているのに、気付けば自分の心に迷い込んでいる。
自分をコントロールできなくなっている。
「もうっ!」
自分を叱咤するように頭をコツンと叩く。
「しっかりしなきゃ・・・ね・・。」
呟いた言葉もどこか朧げで、また内なる思いに支配されていく。
今の不二はこの繰り返しだった。
「ぼんやり歩いてると転けるぞ。」
突然かけられた言葉に意識が引き戻される。
目の前には手塚の姿。
「手塚!あれ、もう終わったの?」
話し合いはとりあえず終わった。
だが不二は先に出てきたものの未だ手塚達は部活の残務に残ってるものと思い込んでいた。
それがきちんと着替えも済まして昇降口に立っているから驚いてしまう。
「遅かったな。」
「そ、そうかな。手塚こそやけに早くない?大石とまだ残ってるものとばかり・・・」
「いや、今日はこれで上がりだ。部活自体は雨でなかったんだ。たまに早く帰るのもいいだろう。」
「そっか。そうだね、たまにはいいよね。」
ふふっと笑いながら下靴に履き替える。
一緒に帰ると言ったわけではないが、二人は自然と肩を並べて歩き出した。
「雨、上がったね。」
「ああ。」
もともと口数が少ない手塚。その後の会話は特にない。
普段の不二なら沈黙が続くとなんとなく落ち着かず、他愛無い会話でも気を遣って提供しようとするのだが。
何故だろう、手塚といると反ってこの静けさが心地がいい。
黙っていてもいいのだと思わせてくれる安心感がある。
ちらりと左横にある端正な顔を見上げる。
その視線に気付いたのか、ぼそりと手塚が口を開いた。
「・・・さっきは悪かったな。」
「え?・・そんな!ぼんやりしてたのは事実だし・・。こっちこそ違うこと考えるなんて悪かったです。」
「お前・・・・いや何でもない。」
何か言いかけて言葉を切る。
手塚にしたら珍しい事だ。
謝ることも、手塚は間違ったことを言ったわけではなかったのに。
「女子部としたら最初から結論はでていたようだな。」
「う、まあ。こっちは和気藹々と楽しければいいってとこがあるから。でも男子はちょっと違うし、そっちがいいようにしてくれたらいいんだ。」
「そうだな、初めからこちらで決めればいい問題だった。付きあわせてすまなかったな。」
「やだなあ。別にそんなこと思ってないって。手塚ってば結構人に気を遣うんだね。」
言ってから気付く。
そうだった。手塚はいつも人の立場にたって考える人だ。
でなければ部長や生徒会長としてあれだけの人望を集められるわけがない。
それに自分には全く関係のないことまで被って頭を下げるような人だ。
厳しい事を言ったとしても、それは思いやる気持ちがないのではない。寧ろその逆、思いがあるからこそ厳しくなるのだ。
誰にも言えない気持ち・・
この人なら分かってくれるだろうか?
分かってくれなくても黙って聞いてくれるかもしれない。
行き場のない思いを手塚なら受け止めてくれる・・・?
「あの・・さ・・」
自分でも不思議だった。
決して話すことはできないと秘めてきた想い。
仲の良い姉にすら、どうしても話せなかったのに。
不二の唇は自然に動き出していた。
どうしてだろう。
ここまで他人を信じるなんて自分でも驚いてしまう。
話してしまったらきっと後悔する。それも分かっているのにどうしても止める事ができない。
「ん?」
「僕ね・・・その・・」
「ああ。」
言葉を選ぶのに時間がかかってしまう。
そんな不二を手塚は決して急かさず、ただ相槌を打ってやる。
「お付き合い・・・」
言いかけて唇を噛む。そして一呼吸置いてまた声にする。
「・・・してる人が・・いるの。」
顔を下に向けて消え入りそうな声で告白した。
「・・・・ああ。」
少し間があったが、頷いた手塚の声は驚きとも感心ともとれないもの。
手塚が興味本位な反応をするとは思っていなかったが、まるですでに受け入れていたかのような応答。
「知ってたの?」
それまで前を向いていた手塚がゆっくり不二の方を見遣った。
「何となくだが。」
「さすが・・何でもお見通しなんだね。」
「勘違いするな。あんなことがなかったら・・・いや、何でもない。」
あんなこと・・恐らく手塚は先日の夜の事を言っているのだろう。
あれだけ迷惑を掛けたのだ。次の日はどう説明しようかと考えたものだが手塚は何も聞いてはこなかった。
自分とは関係のない領域の事と控えてくれたのだろう。
何度も言い掛けの言葉を飲み込むのもきっとそういうこと。
「いいの。っていうより・・もしよかったら聞いてくれる?」
「・・・・・。」
手塚にしてみたら予想外のことだった。
不二はむやみに自分の内を見せたりしない。
人当たりがよく人気もあって付き合いも悪くない。
それなのにプライベートはもちろんのこと、学校での彼女もどこかベールに包まれている。
テニスプレイにおいても、それに準じて神秘的とも言える技を突然披露する。
いつの間に?と周囲が騒ぐのも無理はない。
だが当の本人は表面にうっすら笑みを浮かべるだけで多くを語ることは決してない。
天才だと騒がれるのも汗臭い努力の痕跡を決して見せないからではないだろうか。
もちろんそれなしで今の不二がいるなんて理屈からして有り得ないと皆も分かってはいるのだが。
だからこそ誰にも本当の自分を見せることがないとも思われている。
手塚もその中の一人。
まして、この流れからいくと『付き合ってる人』の話に違いない。
不二のほうからそんなプライベートなことを聞いて欲しいなんて思いもよらなかった。
「ご、ごめん、やっぱり迷惑だよね。僕ったら・・。」
戸惑う手塚を見て、不二は慌てて訂正する。
手塚なら分かってくれるなんて自分本位もいいところだった。
手塚に話したところで解決する問題でもない。
解決と言ってもそもそも何が拗れているわけでもない。
ただ自分の気持ちが安定しないだけなのだ。
手塚に何を言って欲しい?
それも愛の形だと言われたら自信がもてるのだろうか。
手塚に何を求めているのだろう。
自分が彼を信じていればいいだけじゃないのか。
「ホントにごめん。今の忘れて・・・。」
ぷっ―――
突然手塚が噴出す。
また迷惑をかけるところだったと神妙に反省していたというのに。
「な、何?」
「すまない、悪気はないんだ。だが俺はそんなに恐れ多いのかと思ってな。」
「え?そんなんじゃなくて・・えっと・・」
「まあいい。だがお前の性格は相変わらずだな。」
苦笑混じりだった声音が急に真剣になる。
「本音を言おう。あの夜、お前のあんな姿を見て俺が何も思わなかったと思うか?」
「・・・思わない。でも・・」
不二は小さく首を横に振る。
でも・・・手塚はそっとしておいてくれた。
「ああ、無理に聞くつもりはなかった。だがお前が今俺に言い掛けたのはあの日の事が関係するんじゃないのか?そこまで土台を吐き出しておいて土壇場で忘れてはないだろう。そんなことをされるほうがよっぽど迷惑だ。」
今度は打って変わって不機嫌な顔をする。
強い視線を向けられて、まるで睨まれているようだ。
下を向いてしまいたい気持ちはやまやまだったが、こう真直ぐ問われると瞳をそらすことも出来ない。
「ごめんなさい・・。」
「全くだ!あんな風に泣かれたら気にもなるだろう。加えてここ数日のお前の様子だ。俺は土偶じゃないと言ったはずだ。」
あの日部活の後に手塚と食事をしながらそんな会話をした。
自分を土偶に例えるなんてあまりに手塚らしくて、思わず笑い話にしてしまったが、あの時も不二に気を回してのことだった。
「ずっと・・心配してくれてたの?」
答えの代わりに短い溜息の音が聞こえた。
それからぽんぽんっと頭に大きな手のひらの感触がした。
見上げた手塚の表情は怒ってるでもなく、まして呆れているわけでもない。
穏やかで優しい目をしている。
「なんでも決め付けるな。」
「え?」
「勝手に色々思い込むのはお前のよくないところだ。迷惑かどうか決めるのは俺だろう。お前は自分のことだけ考えればいい。少しでも楽になるならつまらん遠慮などせず何でも話してみろ。」
「手塚・・。」
ああ、結局これが聞きたかったんだ。
大切にされてると思える言葉を手塚はいつもくれるから。
ううん、実際大切にしてもらってる。
自分は誰かに想ってもらえる存在だと知ることで安心したかったんだ・・・
「ひとつだけ、問題はあるが・・。」
眼鏡のフレームを人差し指でちょんとなおし、咳払いをしてからきっぱり言い放った。
「俺は恋愛経験が全くない!」
目を合わせたまま数秒。
「あの・・それと・・何の関係が・・?・・ぶっ!ぶぶっ・・あはっ、あはは・・あ〜はははは!!手塚って面白すぎ!あはは・・ひ〜っ!」
お腹を押さえて笑い転げる不二を見て、手塚はどんどん眉間の皺が増えていく。
「ごめ・・だって・・・いきなりそんなこと宣言されたって。・・あはっ・・もうだめ・・はは・・」
「笑い事ではない。聞いてやるだけできっと助言できることは何もないと推察する。それだけは了承して口を割ってくれ。」
「固っ!」
生徒会の討議じゃあるまいし。
でも手塚らしくて不二はくすくす笑い続けた。
「笑いすぎだ。だがその方がお前らしくていい。」
「僕らしい・・?」
「ああ。」
つきんと胸に響いた。
『ホントの僕なんて知らないくせに・・・』
だが「らしい」と言うのは自分を見てくれているからだ。
手塚なりに不二は笑っているのが似合うと思っているのだ。
心臓がドキドキする。素直に嬉しいと思う。
「分からなくなってきたの・・好きって気持ちが何なのか。」
分からない。
跡部と一緒にいたかった。
でも満たされたくてただ追い求めてただけなんじゃないのか?
身体を繋げても結果は虚しいだけだった。
残ったのは胸の痛みと悲しみと。
恋愛ってもっと楽しいものじゃないのだろうか。
ドキドキして、嬉しくて、ちょうど今の自分のように。
そんな気持ち、跡部には感じた事がない―――。
不意に隣を歩く手塚の足が止った。
不二はその視線の先にあるものをゆっくり追う。
「・・・・・。」
言葉も出せず生唾を飲み込んだ音だけ耳の奥で響いた。
ぽつり、ぽつり・・
冷たい雫が頬を濡らす。
また雨が降り出した。
「よぉ、迎えに来てやったぜ。」
落ちてくる雨粒が一つ二つ足元を色濃く塗り替える。
心の色も塗り替える。
泣いているのに
まだ僕は泣いてるんだよ・・・
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4から次を更新するのにものごっつ長い月日が流れてしまいました。一体何の話だったのか?自分でも分からなく・・^_^;
あわわ、そんなことありません。覚えております。でもあの頃は元気なフジコも、天然フジコも、乙女なフジコも色々あってもいいんじゃないかと始めたお話でした。けどあまりに放置しすぎて最近うちのフジコでは有り得ないウジウジ性格をしておるなあと自分でもびっくり!フジコならずウジコ?(親父ギャ・・)
暗い話ですみません・・