LAST DAYS 4
「周・・・?」
帰ってきた手塚が見たのは、門扉に上がる階段の影でそぼぬれて小さく蹲っている周の姿だった。
「お前、なんでこんなとこにいるんだ!?」
先ほどから振り出した雨が随分酷くなっていて、傘を差していても雨水が降りこんでくるというのに、雨ざらしでこんなところに座り込んでいるなんて、一体何があったのか。
手塚の声に、俯けていた顔を周はゆっくり上げた。
「あ・・よかっ・・」
ほっとして力を抜く様子を見れば、随分前からここにいたに違いない。
ただでさえこの時期日照時間が短い。
夕方から日は一気に暮れて、辺りはすっかり夜の世界に変わる。
さすがの周も慣れない異国で、日中以外に出歩く事など今までなかったのに。
「何かあったのか?」
「ちょっと表に出たら部屋に入れなくなっちゃって・・。それで、退屈だったし公園にでも行こうって外に出たまではよかったんだけど、今度は門が開かなくて・・・」
ドイツのアパートでは、ドアがオートロックシステムになっていることは珍しくなく、このアパートも例外ではない。
手塚はしまったとばかりに額に手を当てた。
「階段の入り口以外はオートロックになってるんだ。すまない、お前に言ってなかった」
周はぷるると首を振って、大丈夫と笑おうとするが、寒さでそれも儘ならない。
三月が近いといっても、まだ冬の気温だ。
その上、雨まで降ってきて、さぞ心細かっただろう。
「とにかく中へ」
手塚は周を抱えるように部屋へ連れて行く。
やっと部屋に入ることが出来た周はホッと胸を撫で下ろすが、冷えた身体は尋常ではない。
手塚はバスタオルで震える周を覆ってやり、暖房の温度を最大まで上げる。
「全部脱いで身体を拭け。今、風呂を入れてるから!」
冷え切った周を何とかしようと手塚も必死だ。
なかなか温まらない部屋に痺れを切らして、
「もういい!入ってしまえ。シャワーを掛けながら湯を貯めればいい」
半ば強引に風呂場に突っ込まれた周は、寒さに唇を青くしながらも、そんな手塚がちょっぴり可笑しかった。
少し熱めのシャワーはカチカチに凍った身体を溶かすように、少しずつ周の体温を取り戻してくれた。
湯船にお湯が張った頃には周の頬にも赤みが差して、何とか大事には至らず済んだようだ。
風呂から上がった周を見て、手塚は安心して脱力する。
いつものパターンからして、ここからお説教が始まるはずだったが、
「本当に悪かった。俺の中で当たり前になっていて、注意が欠けていた」
「ううん。部屋はともかく、門のロックは来た時に分かってたことだもん」
だからそんなに責任感じないで・・・
険しい表情をしていても、これはどっぷり落ち込んでいる顔。
長年の付き合いで、周は手塚の心情が読み取れてしまう。
「ほら、僕は全然大丈夫だよ」
小さい頃から励まして支えてくれるのは、いつだって手塚の方で、その存在にどれだけ護られてきたか分からない。
けれど、こんな風に立場逆転して、慰める側に立つのは嫌いではなかった。というよりは寧ろ快感・・・。
いつも雄雄しい手塚のこんな姿を見るのは自分だけの特権だと、その時ばかりは得意になる。
手塚の弱気な一面が可愛いと母性本能を擽られるのだ。
「・・・・ね?」
周は手塚に手を伸ばす。
まるで母親が幼い息子にするように、いい子いい子と調子にのって頭を撫でていたら、
「いつまでそのままでいるんだ。早く乾かして着替えないか」
「ほえ?」
その辺りはさすがに手塚である。
いつまでも周に主導権は握らせない。
風呂から上がった周は、洗いっぱなしの髪にバスローブ姿。
厳しい口調で喝が飛んだ。
「だいたいそんな格好で部屋をうろつくな!お前は女だという自覚があるのか?」
「だってぇ、お風呂から上がった後ってぼんやりしない?なんか色々面倒くさくなるじゃない」
風呂上りであろうと、朝一であろうと、いつ何時も思考はクリアの手塚に周の感覚は理解できない。
ぽとぽとと肩に雫を落としながら、周は濡れた髪を物臭そうに掻き揚げた。
その様子に手塚は先程とは違う険しさを表情に出す。
だが、これもまた長い付き合いである。
その感覚は理解できなくても、周がなんか色々面倒くさくなる・・・らしいことは何となく知っていた。
「座って待ってろ」
手塚は呆れ口調で諦めの溜息を一つ落として、バスルームへドライヤーを取りに行く。
この時点で、逆転した立場はすっかり元通り。気分はすっかりダメ娘を持った父親だ。
周の短い天下だった。
手塚の長い指が周の髪に差し込まれる。
同時に音を立てて、生温い風が流れてきた。
ふぁさふぁさと髪が上下に揺さぶられ、少しずつ髪が軽くなっていく。
頭の先から伝わってくる温度はドライヤーの熱だけではない。
手塚のぬくもりが、周を包み込んでいく。
こんなこと、小さい頃から慣れっこのはずなのに、何故か心臓がどきどきして止まらない。
どうしようなんて、何故思ってしまうんだろう。
恋人同士なんだから素直に流されてしまえばいいものを、どうしても兄妹の壁が邪魔をする。
手塚が見てる女としての自分と妹としての自分。
怖い。
どちらも手塚の本当の想いだと分かるだけに、どちらがより強いのか、確かめるのが怖くてたまらない。
ホントはとっくに分かっていた。
甘い雰囲気に弱いことも、妙な気恥ずかしさに苛まれる事も、兄として手塚を見てしまうからではなく、妹として手塚に見られているかもしれないと怖じてしまうからだ。
本能のままに手塚を求めて、手塚が妹としての自分を断ち切った時、本当に男と女の気持ちで見つめ合えるのだろうか。
手塚は女としての自分に何か違和感を持つかもしれない。
妹を大切にする気持ちに、手塚の中にいる女としての自分が守られているだけかもしれない。
考えれば考えるほど気持ちが葛藤する。
j自分の中で兄妹なんて感情はとっくにない。
でも手塚は・・・。
「もう・・いいよ、お兄ちゃん・・」
「後少しだから動くな」
身体を捩って逃れようとする周の頭をぐいっと押さえる手塚に、周は震える声で言った。
「だめ・・だよ」
「何?」
小さな声はドライヤーの音で掻き消されてしまった。
手塚はスイッチをオフにして周に耳を傾けるが、周は何も答えない。
「今何か言わなかったか?」
シンと静まってしまった部屋。
周の様子が先程と違うことは一目瞭然だった。
「どうかしたのか?」
「・・・・いで」
やっと答えた声も聞き取れず、手塚は周の前に回りこんでその顔を覗き込んだ。
「周・・・?」
湯上りの火照りは当に冷めているはずなのに、周は熱に侵された時のように、頬を染めて視線を彷徨わせている。
「お前、やっぱり風邪をひいたんじゃないのか!?」
手塚が周の額に自分のそれをくっ付けようとした瞬間、
「だっ、だめっ!」
周はまるで身を隠すかのように、自分の身体を抱きしめて、真っ赤になって手塚から顔を背けた。
「な、何が?」
訳がわからない手塚。
これではまるでうっかり手をだして、拒否されたようではないか!?
「お願い、これ以上・・・僕を乱さないで」
「何を言ってるんだ?お前・・・。やっぱり具合が悪いんじゃ―――」
そう言って自分に伸ばしてくる手塚の手を、周は思い切りひっぱたいた。
「だめだって言ってるじゃん!お兄ちゃんは僕のこと何にも分かってないっ!僕は、僕はもう・・・・」
周は立ち上がって、今まで座っていたソファに手塚をどんと突き飛ばした。
「わっ!!」
されるがままソファに突っ込んでいった手塚は、とりあえず体制を整えたものの、突然の珍事に思考がついていかず目をぱちくりさせている。
「何なんだ?」
周の行動の意味が分からない手塚だが、唖然としているうちに、今度は膝の上に周がどっかり乗っかってきた。
「お前さっきからどうし・・・って何をやってるんだっ」
周は膝に乗った状態で、手塚の首の後ろに手を回しぎゅっとしがみ付く。
「いけない?」
「だから何をやって―――」
「こんなことする僕は嫌い?」
手塚が発する台詞を悉く遮っていく。
やはりいつもの周ではない。
一体どうしたというのだ・・・。
「別にどうもしない・・・。いつもの僕だよ」
「いつもって、明らかにおかしいじゃないか?」
「どうして?好きな人とくっつきたいって思うことは変?僕の頭の中はいっつもこんなことばっかりだよ。それってお兄ちゃんにとってはふしだらなこと・・?」
「周・・・」
戸惑う手塚に周はますます力を入れて抱きついてくる。
手塚の膝の上で動く周は、バスローブ一枚で他は何も身につけていない。
「ふしだらなんて思ってない。けれどもう少し身体を起こしてくれないか」
困った手塚の声に、少し身体を離して自分を垣間見れば、バスローブの合わせが乱れて、胸元が覗いていた。
周は悔しそうに唇を噛むと、わざとその胸を押し付けるように、再び手塚に詰め寄った。
「こ、こらっ!人の話を聞いているのか?いい加減にしないと襲うぞ!いくら俺でも我慢に限界が―――」
「・・・と?」
「何・・?」
「今言った事、本当?」
周は顔を上げて手塚を見つめる。
上目に見つめるその目は僅かに潤んでいて。
「当たり前だ。俺だって健全な男なんだぞ。頼むからこれ以上刺激しないでくれ・・・ってこらっ、周っ!!おいっ!!」
ここまで言っているにも関わらず、構わず身体を摺り寄せてくる周に手塚はパニック寸前だ。
こうなったら、強引に引き剥がすしか―――
「いいって言ってるんだよ。それとも言い方を変えないと分からない?」
「周?」
「・・・抱いて下さいって僕からお願いすれば、妹だってこと忘れられる?」
「周、お前―――」
「僕は・・本気だよ」
震える声で目を伏せる周はとても遊び半分には見えない。
怖い、それでも―――
確かめなければ、前に進めない。
「二十歳になったからって大人だなんて思ってない。でも、今のままじゃ本物になれない」
「お前あの時言ったことを気にしてるのか?」
大人になったら愛してやる・・・
渡独を控えたあの日、切れた理性を取り戻した後、周に約束をした。
嘘ではない。いつかは・・・という気持ちは本当だ。
ただあの時、漠然と大人と言ったのは、やはり呈のいい逃げ文句だったのかもしれない。
実際、酷い罪悪感に苛まれた。
周が欲しいと思う反面、周が本当に自分を受け入れることができるのか怖くもあった。
兄として過ごしてきた時間の方がずっと長い。周が好きな自分は兄でもあるということだ。
そこに男女の色恋を求めてみても、事実を知れば幻滅するかもしれない。
どんなに綺麗な言葉で繕っても、セックスなんて所詮欲望のぶつけ合いなのだ。
決して美しい行為などではない。本能をぶつけ合って、貪り合い快楽を得る。
好きだから、愛しているから、そういった感情が付随していたとしても、行為そのものは至極動物的だ。
その事実を知ったとき、周はまだ自分を好きでいられるのだろうか。
自惚れではなく、周の中の自分はきっと理想像として出来上がっている。
そしてそれは、今まで壊れ物を触るように周を扱ってきた自分でもあるのだ。だが・・・、
本物になれない―――
そう言って、しがみついてくる周を見て改めて思う。
そうかもしれない。いや、その通りだ。
逃げていては始める事はできない。
本当なら今日伝えるはずだった言葉―――。
手塚は目を伏せて、入れ違いで日本に送ってしまった周へのプレゼントをふと思い浮かべた。
いつかを現実にするために、選んだのではなかったのか。
人生のパートナーに周を選んだ・・・。
小さく深呼吸する。
そして手塚はゆっくり目を開いた。
「お前からそんなことを言わせるなんて・・・。俺は情けない男だな」
「そんなこと。僕はただ―――っ?」
否定の言葉を言い掛けた周の唇に、手塚は自分の人差し指を当てる。
目を瞬かせる周に、手塚は静かに言った。
「もう何も言うな」
周は黙って手塚を見つめる。
ゆっくりと人差し指を離すと、手塚は自分の胸に周を抱き寄せた。
「本当に後悔しないか?」
手塚の腕の中、顔を上げようとしても、思うように動けない。
胸から伝わってくるその声は少しくぐもっていて。
けれど周の耳にはしっかりと届いた。
周は黙って小さく頷く。
その瞬間、カーッと顔が熱くなった。
首をほんの少し前に倒しただけ。そんな身振りが、未来を変える応えになる。
夢の中にいるようなのに、現実だと分かるだけに性質が悪い。
顔を上げられなくて良かった。
これからしようとしていることを思えば、これくらいのことで恥ずかしがっている場合ではない。
先ほどからの大胆な台詞の連続。
まるでベタなドラマの主人公ではないか。
今時、中学生でもこんな内容喜ばない。
それでもそれが真の自分のなのだから、照れずにはいられない。
そして、手塚はそれに応えた・・・。
「奇麗事じゃないぞ」
手塚の胸に顔を埋めたまま、もう一度無言で周は頷いた。
それを見た手塚は、周を抱えて決心したかのように立ち上がる。
「あっ・・」
急に向きを変えられて、ふわりと持ち上げられた身体。
視線を逸らしてみても、手塚に見つめられている事が分かる。
ここまできたら覚悟を決めるべきだ。自分から言い出したことなのだ。
「僕で・・・いいの?」
何を今更―――
手塚は持ち上げた周の耳元で言う。
「お前でなければ意味がないだろう?」
周でなければ意味のない行為。
手塚のその台詞に周は顔を上げ、まっすぐ手塚を見つめた。
漸く視線と視線が絡み合う。
もう逸らさない。互いの気持ちに真直ぐになりたい。
「後悔はしない。あなたが好きだから」
あなたが好き―――
その声をしっかりと聞き取った手塚は、寝室へ足を向ける。
パタンと扉が閉まる音が響いた。
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ああっ!プラトニックサイトなのに!!いいのか、私!?恥ずかしい(///)←殴?
でも、清純派なんだから、ほんとに(笑)・・・・。読むのは好き(あは!)