(仏道要集)
八、願心
親鸞聖人の『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』信の巻に、
「真実信心すなわちこれ金剛心なり。金剛心すなわち願作仏心(がんさぶつしん)なり。願作仏心すなわちこれ度衆生心(どしゅじょうしん)なり。度衆生心はすなわちこれ衆生を摂取して安楽浄土に生ぜしむる心(しん)なり。この心すなわちこれ大菩提心なり」
とある。
「真実の信心は、どんなことがあっても揺るがない金剛の心である。金剛の心とは、仏になろうと願う心すなわち願作仏心である。願作仏心とは、一切衆生を救おうという度衆生心である。度衆生心とは衆生を安楽浄土に往生させたいという心を発(おこ)すことである。その心は無上の悟りを求める心である」
という内容になる。
念仏信者は、はじめから「このままでよい。煩悩のあるままでよい。ありがたいことだ」などと気楽に構えていては往生できないということである。
仏になろうという強い願心をおこして、一切衆生を救おうという心をもたなければならない。仏になりたいという願心を起こさない限り、仏道は成就しないのである。
精進に精進を重ねても境地が開けず、自分の力では仏になれないと行きづまって、阿弥陀如来の本願に助けられて往生できるのだと安心(あんじん)し、そこではじめてこのままでよい、煩悩のままでよいと気づかされるといえる。
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