dear my angel  〜5〜


目が覚めて初めに映ったのは小さな朱色の光。
何処だろう・・?
まだ目覚めきってないぼんやりした状態で小さな豆球の灯りを頼りに辺りを見回した。

ここは――
少しずつ思考がはっきりしていく。
見覚えのある写真、クラシカルなオーディオ、窓際のサボテン。

カタンと音がして誰かが傍に来た。

「お兄ちゃん・・。」

パァッと明かりが灯る。一瞬眩しくて目を逸らした。

「気分どう?」
私の目線の横にいつもの優しい笑み。

「私・・」
起き上がろうとゆっくり身体を持ち上げた時、掛けられてい綿毛布が滑り落ちた。

「キャッ・・」
自分の姿に驚いて慌てて毛布を手繰り寄せる。
身に着けてるものはブラジャーとショーツだけ。

「何か着せてあげたかったんだけど、姉さんも母さんもいなくて。ごめん。」
「あ、ううん。ちょっとびっくりしただけ。」
「今、姉さんの部屋から何か着るものとってくるから。」
「え?」

少し意味が分からなかった。
自分が何故下着だけで眠ってたのか、どうしてお姉ちゃんの服を借りなきゃいけないのか・・。
何があったんだっけ・・?
そもそも何故お兄ちゃんの家にいるんだろう・・・。

「あれ、もう着れそうにないから。」

ぽつんと言ったお兄ちゃんの目線を追う。
椅子の背に一緒に映画を観たあの日、見立ててもらった洋服が掛けられていた。

ボロボロに引き裂かれたそれを見た途端、記憶を辿るかのように事の一部始終がフラッシュバックする。

「あ・・・」
私の身体はさっきまでの恐怖を再び実感して小刻みに震えだした。

「わた・し・・あの・・人、私に・・」
ちゃん?」
「やめてって言ってるのに・・。何度もやめてって・・」
「大丈夫、ちゃん。何もなかったんだ。大丈夫だから。」

お兄ちゃんの声も何も聞こえなかった。
目の前が真っ暗で薄気味悪いあの公園に変わる、頭をぐるぐる回るのはあの男の声。
全て思い出して、怖くて、悔しくて、どうしていいか分からなくて大きな声で喚くことしかできなかった。

「凄い力で・・無理やり押さえつけられて・・動くことも出来・・なくて・・キ・・ス・・され・・」

不快な感触が蘇る。
べっとり唾液を付けられてぬるりとした舌が進入してきた。

「うっ・・」
思い出すと吐き気がする。
少しでも拭いたいそんな一心で私は唇を手の甲で乱暴に擦り続けた。

ちゃんっ!」
「いやっ・・いやぁ!」

止めようとするお兄ちゃんの手も振り払って。

ちゃん、やめろ!・・っ!!」

大きな声で叫ばれて一瞬時が止まった。
そのまま硬直している私の唇にふっと何かが触れる。

え・・・?

優しいぬくもり、温かなそれは荒んだ私の気持ちを溶かしていくような。
私はそっと瞳を閉じた。

時間にすればほんの1.2秒のこと。
けれどすっかり眼が覚めたように落ち着いて目の前を見据える事が出来た。

そこにはお兄ちゃんが微笑んでいる。

「消毒終わり。」そう言ってまたにっこり笑った。

「着替え取ってくるから待ってて。」
ぽんぽんと肩を軽く叩いて背を向ける。


私に背を向けて彼女と話すお兄ちゃん。部室での会話が蘇る。
遠かった――いつも傍にいると思っていたお兄ちゃんが遠くて、自分ひとり取り残されたような気になった。
違う誰かと先に行ことするお兄ちゃん、辛くて悲しくて逃げ出したけど―――

伝えなきゃ――自分の今の想いを伝えなきゃ。
たとえ叶わなくても、
伝えなきゃお兄ちゃんとの出会いまで悲しいものになってしまう。



少しずつ私から離れて部屋のドアに手を掛けた。

待って・・行かないで・・お兄ちゃん。

「待って!!行かないで。ここにいて。ここにいてくれなきゃヤダ!!」

急に悲痛な声で叫んだ私に驚いたお兄ちゃんはもう一度ベッド脇に戻ってきた。

「どうしたの?着替え取ったらすぐ戻ってくるよ。」
「いや、それでもいや。ここにいて、の傍にいて。」
ちゃん・・」
「足りないよ、まだ足りない。もっと・・もっと消毒して。唇だけじゃ足りない。全部、心も身体も・・の全部消毒してっ!」

お兄ちゃんに縋るようにしがみ付いていた。
胸の前で押さえていた毛布も滑り落ち下着姿のまま必死で。


「本気で言ってるの?」
「好き・・なの・・お兄ちゃんが好き。だから、お兄ちゃんでいっぱいにして・・。」

眼を閉じて黙って返事を待つ。
瞼の向こうで光がフッと消えたのが分かった。

お兄ちゃんの指が頬から顎のラインを辿る。
そのままくぃっと持ち上げられて唇が落ちてきた。
触れては離され触れては離され軽いキスが繰り返される。
時々チュッと吸い上げられる音がして次第に唇を押す強さが増してくる。
さっき軽く触れたキスとは全然違ったけど優しさは同じ。
あの時のような厭らしさも恐怖もない。
私はキスの嵐に陶酔していく。

けど・・

「・・んっ・・・・ん〜・・」

プハッ――
息が続かなくてそのままベッドに崩れ落ちてしまった。

はぁ・・はあ〜〜はぁ・・

「く、苦し・・」
「何で息しないの・・?」

必死で酸素を吸い込んでる私を見て気遣わしげに覗き込んでくる。

「だって、よく分からなくて・・。」
「・・・ホントに後悔しない?」
「しない・・よ。後悔なんて絶対しない。」

お兄ちゃんはふっと笑みを浮かべた後、

「力抜いて・・。」

私を覆うように身体ごと包み込んだ。







次のシーンは性描写が入ります。苦手な方はこのままスルーして下さい。
大丈夫な方は続きはしたのお花のアイコンからどうぞ。
終わったらまたここに戻ってきてくださいね。

―――――――――― 









衝動的な出来事―――だったのかもしれない。
自分の想いを伝えたいだけ。
でも心の中と飛び出した言葉は全く違った。
いつかお兄ちゃんと一つに・・私の中でずっとそんな気持ちがあったんだろうか。
いや、人を好きになるということはそういうことなのかもしれない。
私もいつまでも小さい子供ではない。
好きな人と結ばれたい――そう願うのは当然の事。

産まれて初めての行為、
これほど自分をコントロールできないなんて思ってもいなかった。
恥じらいがなかったわけではない。
それでもお兄ちゃんに触れられている事実の方が嬉しかった。
愛しいという感情が溢れ出して、ただただそれに溺れて行く。
身体に与えられる刺激に反応し、見境もなく声を出す自分がどんなに淫らと分かっていても、
お兄ちゃんにどう思われようと、そんな自分の姿は取るに足らない事のように思えた。
最後には訳も分からなくなって、このまま消えてなくなってもいいとさえ思った。

まるで嵐が去った後のよう―――

私はベッドに力なく横たわりぼんやり暗い天井を見つめていた。
ふっと何かが髪に触れる。
ゆっくり視線を動かすと心配そうな面持ちのお兄ちゃんがいた。

「大丈夫・・?」と問われ、一瞬何の事かと思い曖昧になりつつある現実を辿る。
ああ、私の身体の事・・?
そう言えばほんの少し気怠いような気もする。でも激しい行為の後を思えばあるべき状態だ。
「ん。」と頷いて、平気だと伝えるつもりだったのに、視界がぼやけて、初めて泣いてる自分に気が付いた。

大丈夫?と気遣うお兄ちゃん。でもそれは私が発するべき言葉だ。
身体がどうこうじゃない。
自分の感情だけを優先して、身体を結んでしまった。
お兄ちゃんの気持ちも彼女の存在も何も考えられなかった。
男の人は気持ちがなくても女性を抱ける。
私はそういう男性の非理性的な感覚を利用したのかもしれない。
そして私の我侭を何でも聞いてくれるお兄ちゃんの優しさを利用したのかもしれない。

それなのにこんな時でさえ私の事を気遣って・・。
私がした事はあの庄司という男と同じ。
人を思う心さえ忘れて、自分の貧欲のためにだけ求めた。
一番大切な人なのに、大好きで止まない人なのに。
自分が情けなくて、腹立たしくて、涙が溢れた。

お兄ちゃんの指が私の濁った涙を拭う。
私はその手をとってそっと頬に当てた。
私を守ってくれた手、大好きな温もり、もうお別れしないといけないね。

ごめんね――
ごめんなさい。
謝ることしか出来ない私を許して下さい。

「ごめんね・・」

いっぱいいっぱい搾り出そうとしたのに、たったこれっぽっちしか口に載せる事が出来ず私は眠りに落ちた。






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