(ミニ法話)  こころの泉

   9.厚い信義

 第二次世界大戦後にインドはイギリスから独立しましたが、そのときのインド総督政府にV.P.メノンという秀れた文官がいました。メノンは、十三歳で学校を止めた後、日雇い労働者や炭坑夫、職工、行商人などの職業を転々としていましたが、インド政府に事務官として仕えるようになってから、頭角を現わしはじめました。
 時のネール首相も総督のマウントバッテン卿も、メノンこそはインドに自由を実現させた人物であるとの讃辞を惜しみませんでした。メノンには、優れた人格、他人への深い思いやりがありました。
 若い頃、政府に職を求めてデリーにやってきたとき、駅で金と身分証明書、荷物をすべて盗まれてしまいました。悲嘆にくれた後、彼は行きずりの老シーク教徒に事情を話し、身の置きどころが決るまで生活費として十五ルピーを貸してくれないかとたのみ込みました。老シーク教徒は、メノンに金を与えました。
 後日、メノンが金の返済のために老シーク教徒の家を訪れますと、彼はメノンに次のように伝えました。「見知らぬ困窮者が助けを求めてきたら、私が貸した金をその人に返すように」と。
 メノンは、このことを決して忘れませんでした。彼は老シーク教徒から十五ルピーの金と同時に信用も与えられたのです。
 死を目前にしていたある日、彼の家に一人の乞食がやって来ました。足にマメができて歩くのが苦痛なのでサンダルを買う金を恵んでくれないかとのことでした。
 メノンは、娘に、財布から十五ルピーを出してその男に渡すようにと言いました。彼は、死の直前まで老シーク教徒との約束を忘れずにいて、最後に義務を果たしたのでした。
 メノンの行為は、「善からぬこと、己のためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い」
 とのブッダの言葉を思い出させてくれます。

        (平成18年5月)